エッセンシャルワーカー 社会を支える人々

 コロナ以後またやたらとカタカナ英語が氾濫しています。
 ソーシャルディスタンス、ステイホームやリモートワークなど流行りやすいからか、本質をごまかしたいのかみんなわかっているのかも不明な言葉の乱発です。
 エッセンシャルワーカーもその一つです。エッセンシャルワーカーとは、「生活の根幹を支える医療や福祉、保育や第一次産業、行政や物流、小売業やライフラインなどで働く人々」のことだそうです。行政、小売といっても地方公務員の窓口とか、食料品など生活必需品の販売員などごく身近な現場の人を対象にしているようですが、それらにも管理も必要でありどこまでという境界はあいまいです。
 それを言い出すと経済や社会はお互いが全て繋がり結局どこかで支え合っているので、境界はないようなものです。
 ただ休んでもどうということのない高位の役職、生活必需ではないぜいたく品の関連なのはノンエッセンシャルになります。ノマド等ナレッジワーカーもこの分類でしょうか。
 確かに社会を、正月も休日も暑い日寒い日も毎日支えているのがエッセンシャルワーカーです。
 amazonで販売店が要らなくなったといっても、材料を調達し製品を作り梱包し、配送されるまでには多くのエッセンシャルワーカーが働いています。家にいるだけでも、電気や水道、ガス。物流、警察の恩恵は受けています。トイレットペーパー一つamazonで購入したとしてもエッセンシャルワーカーの多くに関わってもらっているのです。医療や土木も住む町の自治と維持には欠かせないものです。
 こうした職業の多くはそう簡単にテレワークに移行できません。
 ただ不要不急といわれる、芸術やぜいたく品の関連が無駄とかいうことでもありません。
 コロナ禍でエッセンシャルワーカーの感染や濃厚接触、その後の隔離期間などの対応が注目されましたが、ここではまず社会を底辺から支える人々にまずは感謝しないといけないということだけです。

いろいろあるけど人生頑張ろう!

 今日はウダウダ書かない。うん、いろんなこともある。人生だから、最後はそれもいい思い出になると信じて進みましょう。

宮城県北部大崎市のお酒を呑む #宮寒梅

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 京都も底冷えで本当に寒い日々でお酒が恋しい時期です。
 宮城県北部米どころ大崎平野、古川の寒梅酒造という蔵元の「宮寒梅」を取り寄せて飲み切りました。
 平成23年(2011)に東日本大震災で仕込み蔵が全壊したものの、小さな蔵元ですが同年12月に蔵を再建され、新しいイメージのお酒にトライされたそうです。
 大吟醸ですが重みはなく、フルーティでかつ甘ったるさのないキリっとした味です。
 この1杯だけで嬉しくなるような、ほのかな香りと見事な味わいでした。
 日本酒はそんなに呑んでいるわけではないのですが、こんなに美味しいドラマが味わえるようなお酒があるのに驚きました。東北の人の長い厳しい冬から春を待つ気持ちが伝わります。
 ワインよりも飲みやすく、720mlしばらくの日々で2本空けてしまいました。
 

寒さのピーク、折り返し

 今年は特に寒波が何度も訪れ、長期予報通り「寒い冬」となっています。
 暖冬傾向が続いたのでひと際寒さが身に染みます。
 日本列島は長いのでもちろん、南北と、日本海側と太平洋側で違いもありますが、概ね寒い冬で1月の下旬までが寒さの底と思われます。
 2月も地域により積雪は多いですが、日照時間も長くなりどこかにもうすぐ春を感じさせることが多くなります。冬至を過ぎたあたりからも、日没は少し遅くなり、風は強くても日が差すと少し温まります。寒さの底を感じ、底であるということは、これから少しずつ上昇するということです。

人生模様 いろいろ

 昨日、年は同じくらいの退職組で集まって飲んでいました。
 時節柄コロナ、震災、退職前の会社の思い出、変わる会社や社会そのものも酒の肴にしてました。やはり、定年後の家庭もそれぞれです。
 堅実な方はやはりシュリンクした生活をきっちりされている。
 企業時代は上位職で、交通費も交際費も会社が持ってました。
 そんな人でも今家事を中心にひっそりした生活をされていました。
 たとえ蓄えや年金が多くても早々遊んではいられない。
 10年以上前なら、そこそこの役職でリタイアした方は海外旅行など悠々とされて使い切れないくらいの退職金、年金だったようです。今はなかなか働くのに職もなく、年金待機までが厳しい時代です。
 少し目線を変えると、アスリートも体操の内村の引退会見、女子駅伝の福士のラストランも目に入った日です。トップであり続けるのは30代後半からものすごくキツイのだと想像されます。そしてトップであれ、そこに至らないレベルであれ確実に若いうちにリタイアが来ます。次の人生の頑張り、悩みや葛藤を乗り越えていかないといけないのでしょう。
 

突然の災厄は来る、明日死ぬと思って目いっぱい生きる

 明日1月17日は1995年に阪神淡路大震災が発生しました。関西ではとくにこの週震災特番が放映されたりします。
 そんな中、昨夜からの南太平洋トンガの噴火で津波警報が発令され三陸沿岸など東日本大震災で津波被害を受けた地域に避難勧告がでています。
 新型コロナウイルスがオミクロン株へ変異して重症化は少ないとはいえ感染者は過去にない上げ幅で増えています。
 ストレスが溜まるのか、自殺者や道連れを図った事件なども目立ちます。
 日本列島はこんな危険と隣り合わせのものです。
 明日死ぬとしたらどうするか、今日をどう生きるかなのでしょう。
 とは言え、小さな目の前のことにくよくよしたり、変に拘ったりしてしまうのが人間です。常に明日を生きる人のために最後は何かを残す毎日にしたいです。

 未来の日本を支えろ、変えろ受験生

 大学共通テスト、新型コロナ感染や濃厚接触のフォローが後付けでいろいろ。インフルで受けられなった以前の年に比べてどうなのでしょうか。レギュレーションの違いでの運不運、それも試験されているのだろう。
 コロナ対応に不満があるならエライ厚労省や文科省、財務省、法務省どこでもいいからトップ官僚、政治家、医師会牛耳るぐらいの存在になってください。

「社会のルールは頭のいいやつの都合のいいように作られてるんだ」
「損して負けたくなかったら勉強しろ」
 ドラマ化もされたマンガ「ドラゴン桜」の名言です。
とりあえず頑張れ、受験生!君たちが未来の日本を支えることに間違いありません。社会の矛盾や理不尽はいっぱいある、志高く制度を変えられる強く健やかな人間が必要です。

紅白司会の変遷で見る女性の社会進出?

 民放の朝のニュース番組などは女子アナの方が多いくらいで、NHkでさえ女子と男子は同数、才色兼備の女性アナウンサーが視聴率を左右する時代なのだと痛感します。

 女性の社会進出ととらえていいのか、男性目線の世界が続くからなのかは微妙なところではあります。
 NHk紅白歌合戦もこんな時期で遅い話題ですが、テレビ離れで視聴率は下がったとも言われますが、それでも今の時代でものすごい占拠率、視聴率です。司会陣も総合司会女子アナ、男女がそれぞれ俳優や歌手というパターンになりました。昭和の時代は高橋圭三、宮田輝、山川静男など流暢な名司会をアナウンサーがやっていました。まあ当時女性はアナウンサーといってもアシスタント的な存在でした。
 そういう面では女性が数だけでなく、中心的な仕事をしている時代になったものです。
 会社の企画とか営業も女性の数、割合も増えました。もちろんいろんな面で容貌やら女性らしさを活かして頑張っている部分はあります。異性の目線を利用するのはそれは男性も同じですから、男女の活躍の場はだいぶ均等になる職場も増えたということでしょうか。

買い物先は税金をどこで払っているか

 私は商店街の店舗兼住居の家に生まれた商売屋の子供です。父親も商店街の理事や業界の役をしていたので地元商店街の付き合いもあって近所で買うのが当たり前でした。
 幸い京都の中でも大きな商店街で市内北部や亀岡あたりまで商圏を誇ってそれなり何でも揃うので日常生活には困りませんでした。
 しかし百貨店、繁華街の高級ブランド店などでないと一部揃わないものもあり、そっちへ行き買って持ち帰るときは少し包装やバックを隠してこっそり持ち帰ったものです。
 一時後継や業種による淘汰で、閉店も増えシャッターのままもありますが、今は大手ドラッグストアやコンビニ、個性的な店も増えています。それでも買い物の形態も変わり、昔ほどの活気はないでしょう。
 本当の地元にお金が落ちて、自治体の税収につながる個人店がどれだけあるかと思うと寂しいものです。
 そして、今はもう近所はばからず、マンションや店にさえamazonなどの宅配便も来ます。郵便が来ない休日も夜も来るのは軽トラックに積まれた夥しい数の段ボールです。ネット通販大手、これらの収益による税金は、地元どころか日本にさえ落ちてないのではないかとされています。
 買うほうにすると、確かに早いし品揃えも違いすぎます。ドラッグや激安スーパーには価格で勝てず、ネットには速さや品揃えで勝負にはなりません。それでも地元に貢献するつもりで、多少高くもいい店にはお金を落としてあげるのは日本人の持つべき人情です。

【死生観4】生物が死ぬことは次世代を生み、社会に役立つ

 日本人の寿命を戦前戦中と比べたり、人間と動物の寿命を比べたりすることがあります。しかし前提として、いわゆる寿命をまっとうする生涯と、不慮で死ぬケースを同列にあつかってしまう計算になります。
 動物の場合、元々繁殖を終えたら死が待っているとか、数多く生まれ肉食の天敵などに捕食されて死ぬのが大多数の寿命だったりします。
 捕食されたり、土に還り植物や他の生物のためになります。
 人間は知恵をもって生まれているため、最も死を恐れてしまいます。
 私の友人にも優れた才能を持ち努力もされ、素晴らしい人生を送っている人が何人もおられます。
 いくつもの事業を手掛け、多くの夢を実現して人の何倍も人生を楽しんだのでいつ死んでもいいぐらいと呟いていた方がいます。60歳も過ぎこれからは人生のボーナスステージだと、力を抜きながらも、さらにいろいろ挑戦されているようです。
 一方別の友人は、このコロナ禍で移動やさまざまな制限で仕事も余暇も満足に過ごせずに、家族のロスやペットロスも重なり、不幸や不満ばかりぶち上げストレスをため嘆き悲しんでいます。
 生きている者が老い、死ぬのはごく自然当たり前のこと、多くの人が聞けば分かっていることですがいざ自分の目の前に来ると受け入れがたいものなのでしょう。本当の意味で死が地球全体、社会全体への貢献と思えれば、もう少し軽くならないのかと思います。
 いつ死んでもいいというぐらい、人生を全うした気持ちには私もなかなかなれません。自分はその友人らに比べても凡庸で才能はありません。それでも、20代や50代で親を失くしたり仕事や人間関係で悩む人に比べ、60歳で、自分の健康や先行きが不安だとか、親が死ぬ友人が離れる、飼っていたペットを失う等という悲しみは悩みは俯瞰してみれば小さいものです。
 かつて人生50年とも言われた時代もあり、30や40で死ぬのも多くあり、60歳まで生きられた今、こんな時代に生を受け、食べるものに困らず生きてるだけで丸儲けとしないといけません。
 もちろん経験を活かし、向上心は必要ですが、すべては自己のためエゴではなく。社会のため子供たちのためと思えた時に、いつ死んでもいいと思えるのでしょう。【完】