快食、快眠、快便で

 やはり、健康でいるためにはこの3要素は必須であると思います。

 運動習慣や食事習慣の結果ということもありますが、特に年齢を重ねるとどれかが欠けると他も欠けていき、五感などの大切なものまで衰えを早くしてしまいます。

 病院に行くとか、孤独になってしまうと、楽しみが無いと感じてしまい3要素を自ら手放してしまいがちです。中でも腸の調子というのは、身体のいろんなところに地味に影響します。胃に比べ食べた物の影響は少し時間がかかりますが、水分をはじめ多くの栄養、あるいは害のあるものも腸で吸収されて自立神経、肌など末端にも大きな影響を与えます。

 ついつい外食、コンビニ、インスタントで消化やカロリー面ではよくても腸環境には悪い物が多いと便秘や軟便などで最終的には自律神経や気力の衰えに繋がります。

 運動や睡眠もストレスの改善になりますが、野菜や玄米を多く取るなどが難しい人は安いヨーグルトや整腸剤で一度1月ほど腸内を整えると心身ともに整うかと思われます。

 

テレビ放送70年 

 2月1日でテレビの本放送が始まって70年だそうです。

 白黒テレビ時代からのテレビっ子ではありますが、さすがに本当の黎明期、街頭に集まったような時代は知りません、力道山はリアタイでは知りませんが、アニメもドラマのスポーツも家庭でテレビを見始めた初期の頃は知っています。そういう面ではほぼテレビの発展、盛衰をほとんど見てきた年代かもしれません。

 カラーテレビが来た時は、少し感動しました。学校から帰ると大相撲をやっていました。今はまったく当たり前の、ただのアナログ地上波、デジタルでも4K8Kでもなくカラーというだけで本当にすごいものが我が家に来たと思いました。

 兄がいましたからチャンネル争いもありましたが、ほぼみんなが同じような特撮とかマンガとか見ている時代でした。学校から帰ると、再放送のマンガや特撮もよく見ていました。

 最近、動画投稿サイトなどで、昔の特撮ドラマも見られるので、チャンネル争いをしていた子供時代の思い出も蘇ります。

 地方のテレビ局も何だか面白い懐かしいものが多いです。転勤や出張も多く、独身時代もそれなり長かったので、家やホテルの部屋に戻るとテレビをつけて安心するテレビっ子でした。

 忘れらられそうですが、大騒ぎで地デジ対応のテレビとチューナーのデッキを買いましたが、カラーテレビ登場ほどの感動はなく、踊らされてたのかなと思いました、

 ネットをやり出し、スマホやパソコンで事足りることが増え、まずテレビからまずスマホの時代になりました。テレビの制作側の劣化も言われますが、初期のCGもない特撮や、アニメを見れることも含めてテレビはスゴイことをしてきたと感嘆しています。

 
 

パワハラついついありがち

 人を教えるとか、組織を守って目標に近づけるのは難しいとつくづく思います。
 私も人を育て、教えるのは得意ではありませんでした。

 自分がいい聞き手や教わる側でもなく、独習型でしたからなおさらです。
 ついつい『こんなこともできないのか』『知らないのかよ』『前に教えたじゃないか』とイライラしてきます。
 ところがもちろん自分が逆の立場だと、イヤなものです。
 それでも自分だけはいい先輩、いい上司になろうと思っていた人もパワハラ、お局になっていくのです。
 どこの職場でもあることです。

 他人に対する想像力とか、リスペクトなのです。言葉では簡単でも、難しい。テレビなどで見る極端な例、LGBTなどは分かりやすいですが身近な人には適用できない場合が多いのです。

 自分でももっと謙虚に寛容になれたらと日々思います、

夜汽車 『どうにかなるさ』死語になりそうな旅へのロマン

厳密にいうと寝台列車は、特殊なリゾート列車以外はほとんど廃止され、飛行機や夜行バスに代替されました。夜汽車という定義は、夜を走る列車ということなら、通勤電車でも日が暮れれば夜汽車ですがやはり長距離の旅に出る夜行列車のようです。

 唱歌や昭和のJPOPには唄われた夜汽車。青雲の志で故郷を離れたたり、何らかの事情で人や土地と別れるため夜汽車に乗り込む情景があります。
 自動車、夜行バスや新幹線とはちょっと味わいの違う言葉です。仕事に疲れてふと通勤電車の横にブルートレインがあると、あれに乗って遠くに行きたいと若い頃思いました。

 旅の仕方も生き方も安全で確実なものに変わりました。1970年ごろのかまやつひろしさんの名曲『どうにかなるか』の出だしは『今夜の夜汽車で旅立つ俺だよ あてなどないけど どうにかなるさ、』というので始まります。
 有り金はたいて片道切符を買う、住み込みでも何でも働き生きていけた時代であり、そういう自由で大らかな人が多かったのでしょうか。

 どうにかなるさは、現代人に夜汽車とともに持ち続けて欲しいフレーズです。

お客様ファーストではないJR西日本に失望

 私は旅、鉄道に乗ることが好きな乗り鉄です。JRには普段お世話になっています。しかしやはりJR西日本には深く失望しました。企業としても危機管理、危機や謝罪の対応がなっていません。
 もちろん深夜から夜通し復旧に尽力した現場の保線社員さんは大変な苦労だったでしょう。しかし問題を上に上げられない社員も、判断のできない社長もダメ。
 私が会見で質問する記者なら『これが新快速、通勤客でなく大臣や皇族が乗っていたらどうした?!』と問います。新快速の通勤客などどうでもいいと思うならとんでもない企業です。
 逐一刻刻と状況は変わります、自然の状況も、人間の体調も30分と2時間、2時間から4時間と経てば、最初なんとかなったものも逼迫した事態になります。
 経営者は利用者目線になり、全て加味した判断をしないといけませんし、一度決めても臨機応変に時に朝礼暮改でも、変化に対応して生命と安全を守らないとならないはずです。
 信楽線、福知山線の事故、その後の新幹線トラブルはじめ重大なインシデントが重なる体質は不気味なほど根深い宿痾を感じさせます。
 喜々と鉄道に乗り、レアな路線や車両に乗ることを楽しめなくなります。
 

昨日の天気予報や株予想

 マスコミは政府や著名人の広報だけではいけない。幾度か失敗を重ねても、それは繰り替えします。

 求められるのは今日これから明日の天気予報であって、昨日の天気予報を知らされても意味はないとは先人の言葉です。

大寒、それでも春に近づいている

 

 2023年1月20日大寒(だいかん)に入ります。大寒は、二十四節気の第24。次は立春となりますからまさに大ラス、季節のラスボスです。寒さが最も厳しくなるころ。「冷ゆることの至りて甚だしきときなれば也」と暦便覧に説明されています。二十四節気は季節を先取りしてやや実感とズレている場合もありますが、大寒は寒さのピークになる年が多く、今年も大寒の大寒波が来そうな予報も出ています。

 現在広まっている定気法では太陽黄経が300度のとき(黄道十二宮では宝瓶宮の原点に相当)で1月20日ごろ。
 西洋占星術は立春ではなく、春分がスタートです、1月20日ごろから宝瓶宮(ほうへいきゅう)みずがめ座の月に入ります。自由で活気のある寒さをものともしないような風のエレメントです。知性もあり、ひらめきをアクションの変えるような面もあり、是非この時期に取り込みたいパワーです。立冬を過ぎて、じわじわと春へ向かって力は蓄えられている時期です。

 実際に2月まで雪も多く、気温も低いですが寒くて顔も突っ張る朝でさえ、晴れるとふと感じる日差しは春の訪れを期待させます。

 日の出時刻はまだ7時過ぎでそんなに変わらずなのですが、日の入り時刻はだいぶ遅くなりました。地域差もありますが、冬至よりだいぶ前の12月20日ぐらいに4時45分ぐらいの日の入りが一番早く、年明け以降少しずつ遅くなっています。

 どんなに厳しい冬でも、やがて春は来ます。北国は本当に雪の被害が増えるシーズンですが、踏ん張って欲しいものです。

熟年結婚と離婚

 もう十年以上前の話で、不倫とかではなく、何となく通勤帰りでよく一緒になった大阪時代の既婚女性がいました。事務系の女性だったとしか、記憶がなく今はもう名前はおろか顔もうっすらしか思い出せません。

 ホンの数回、電車のつり革を掴み横に並んでお互いの仕事や家庭の愚痴を話しただけの仲の人でした。ただ気が付けば話が弾む、お互い既婚ながら、まあそこそこ好意は持っていたような雰囲気はありました。

 ある時、熟年離婚の話になりました。なぜそんな話が出たのかというと、たぶん仲間の誰かがそうなったからだと思います。その時、彼女がしゃべった話は、『それはもう離婚は誰でも考えたことがあると思う。お互い結婚生活にはマンネリし、幻滅し、失望していると思うけど、いざ離婚となると、お金も手続きも世間体も、ただ面倒臭いし、パワーもいるし、お金もいるからしない方がラクですよね』というような内容でした。『犯罪的な暴力や勝手に大きな借金したとかでもない限り離婚はないでしょうね。普通は』
 比較的、清楚で良妻賢母的なタイプに見えるその人から出た本音なので、頷き共感しながらも少し驚きました。

 最近の熟年の同年代の話を聞いてるとまさにそうです。しっかりした家同志で結びついた我々の年代の結婚だととくにそうです。お金持ちで良く働いた亭主がそうそう捨てられることも離婚を切り出すこともないでしょう。やはり遊びすぎで、金や他の女、暴力がちょっと度が過ぎると離婚に近い状況に行くケースを知っていますが、芸能界なみには高校、大学の友人や同期入社の同僚など一般には離婚をそれほど見かけませんでした。
 ただ芸能人なみの『美』の世界の化粧品会社の美容部員さんは、若気の至りで結婚してすぐわかれるという、違うパターンもありました。職場的な差別になるといけないですが、ある意味美しいということはそれで人生勝負かけてるわけで、素晴らしい反面、家庭的ではない人もおられ、またその美が年齢を重ねると微妙に変化するのが、芸能界と似ていました。美だけで相手を好きになり、末永く家庭を持とうとする夫もまたどこか幼稚で身勝手だったからです。

 結婚はある面、他人との共同生活で、根競べです。

 情熱的な恋愛と、プロポーズから、華やかな結婚式で誓ったはずです。しかし恋愛はいつか冷めるものです。病める時も健やかな時も相手の気持ちを考え、自分を少し我慢する忍耐を覚えないと長くは持ちません。

 ある日、件の女性、電車の中で、夫の仕事で島根に引っ越すから会社は辞めると突然話してくれました。またねと降りる駅で挨拶しようとした別れ際でした。『もう井上さんとおしゃべるすることはないですね。またどこかで会えたらいいですね』
 まだLINEとかが一般的っではない時代なので、通勤電車の彼女とは、本当にそれきりでした。熟年離婚の話を、もっと書こうと思ったのに、何かその人のことが急に思い出されて、今どうしているか島根のどこだか、名前すら思い出せないので、何だかもどかしいものです。一期一会がほんの数回で揺られる電車の中での会話で、幸せにしておられることを祈るだけです。

SNSストックホルム症候群 子育て支援の前の交際結婚の支援を                          #少子化対策#ストックホルム症候群

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 ストックホルム症候群とは精神医学用語のひとつとされ、『誘拐や監禁などによって拘束下にある被害者が、加害者と時間や場所を共有することによって、加害者に好意や共感、信頼や結束の感情まで抱くようになる現象のこと』とされています。

 スウェーデンの首都ストックホルムで際にあった銀行強盗の立てこもり事件で、極限的な状況の中に沸き起こった感情がその名前の由来だそうです。

 かつて、女好きの同僚がストイックな環境での研修で、『まるでストックホルム症候群みたいに同僚の女の子を好きになりそうです』とか、漏らしていました。まあ彼の性癖はさておき、男女の愛の生まれ方はさまざまな状況が関係しています。

 修学旅行や合宿、グループの旅行など、日常と違った環境で、限定された男女がやがて恋人になっていくこともよくあります。監禁ではありませんが、ある意味特別な状況になるときです

 世の中を広く見渡せば、自分の理想に近い異性はもっとたくさんいるはずなのに、狭いクラスや部活とか、社会に出ても職場の部署の中で恋愛は生まれます。
 日常的にも、例えば狭い職場と家の往復だけで、会えるのは営業独身男子と、内勤独身女子ひとりずつだと、開かれたストックホルムかもしれません。

 しかし、今の日本ではそこまで異性に欲望を抱き行動に出る人は減っています。

 昔は日本の結婚手段は親が決めたり、親が主導してお見合いというもので決めていました。結婚相談所などという組織もやがてでき、その後恋愛結婚が中心になりましたが、合コンや友達の紹介の時代を経て、今はマッチングアプリなどで交際を開始する時代になりました。

 ところがSNSで自由に異性を選べる極めて恋愛への道がラクになったはずの時代で、結婚しない男女が増えて、少子化につながっています。人口が減っていることもありますが、結婚したいのに相手がいないという人が男性だと3割以上いるそうです。
 子育て支援予算増とか、うんぬんよりもここを何とかしないと少子化対策になりません。
 SNSのアプリがあってマッチングや友達はできるはずでも結局は狭い自分のエリアにとどまってしまい、自らがストックホルム症候群の状況で広く開放された社会を見れない。その上、限られた自分の周りの異性すら見えない、インターネット時代の知識や技術が逆に弊害になっているのでしょうか。完全な孤独で監禁された状態ではないので、追いつめられないため、生存の欲求も子孫を作る欲望も代替され薄められているのです。

 半ば強引にお見合いさせたり、交際や結婚を奨励する強い政策も必要な時代なのかもしれません。

1995年、壮絶だった世相 #阪神淡路大震災28年

 戦後、平和で太平の世の中が続いたのかと思われがちな日本ですが、10年や20年のスパンで見ると、そんなことはありません。世紀末とか戦後最大の危機とか壮絶で苦しい世相の年は何度か来ています。それは、職業や住んでいる地域、年齢によっても違うかもしれません、
 大きな自然災害、景気の低迷、凶悪な事件、不幸な事故、怪しげな宗教の流行と被害、感染症や病気、健康被害の拡大等、周期的に日本を襲っています。

 阪神淡路大震災は、比較的大きな地震の心配をしていなかった関西の人にも衝撃でした。すでにバブル経済ははじけ、景気も低迷しだした関西経済に大打撃でした。東京では地下鉄サリン事件も市民を震撼させ、波乱の1年でした。

 まだスマホはおろか、ネットも普通の人には縁遠い時代でした。

 21世紀は本当にバラ色の未来として、来るのだろうかと多くの人が思いました。
東北でも、北海道でも、熊本、新潟、地震だけでも身内や友達が死んだり、自身も死ぬかと思った人も多かったでしょう。

 それでも21世紀は訪れ、令和の世が来ています。

 生きていることの幸運と意義、28年の歳月を噛みしめ、悲劇的な世相も繰り返すことを思い出さないといけません。