一期一会の意味

 こんなことなら、もう少しアイツと喋ったりしたのに、、、

 一期一会(いちごいちえ)とは、茶道に由来する日本のことわざ・四字熟語です。
 私は歓送迎会などの挨拶で、好んでこの言葉を使います。大勢の飲み会、数人の飲み会でも、そのメンバーその人とまた同じよう集まれて会話ができるかというと、なかなかそんな保証はないものです。実際の6人以上のメンバーを、同じように集めるだけでも難しいものだと話しました。
 茶会に臨む際には、その機会は二度と繰り返されることのない、一生に一度の出会いであるということを心得て、亭主・客ともに互いに誠意を尽くす心構えを意味するです。茶会に限らず、広く「あなたとこうして出会っているこの時間は、二度と巡っては来ないたった一度きりのものです。だから、この一瞬を大切に思い、今出来る最高のおもてなしをしましょう」という含意で用いられ、さらに「これからも何度でも会うことはあるだろうが、もしかしたら二度とは会えないかもしれないという覚悟で人には接しなさい」と言う言葉通りです。


 還暦を過ぎたら、人生の師や先輩の訃報にも接することも増えます。
 そして、さらに悲しいことに同じ学び舎で過ごした友、職場で切磋琢磨した同年代の悲報も耳に入ります。いくら平均寿命が延びても60も過ぎればいつ亡くなっても当たり前と思っていても、自分と自分の周りだけは違うとバイアスがかかっているものです。

 一生に一度だけの機会「一期一会」という言葉の持つ意味も、自分が年齢を重ねるにつれさらに深いモノに変わってきた気がします。

 千利休の言葉かともされますが、献杯はお酒で。

湖西今昔 50年以上前の鉄道を追う

 滋賀県の湖西地方は京阪神から近く、湖西線が走っていますが山と湖に挟まれそれほど広い土地がありません。
 湖西線の前身には江若鉄道という単線非電化のローカル鉄道が走っていました。1921年開業ですから大正時代から昭和の戦後まで長閑に走っていたのです。1969年に廃止され、多くの路盤が国鉄末期の湖西線に引き継がれていて顕著な廃線跡は少なく、浜大津近辺の遊歩道ぐらいです。
 当時の最新鋭技術を使った全線踏切の無い高架、複線電化でハイスペックな路線をサンダーバードなどの特急が走る湖西線は、短絡のためトンネルを設け一部は江若の廃線跡とは離れているところもあります。
 湖西北部で風光明媚な近江の厳島と言われる白髭神社あたりも、山が湖に迫り湖西線はトンネルで通過し、最寄り駅もなく、湖西線ではこの光景は見られません。
 クルマでの観光で短時間通過する人も多いようですが、琵琶湖の東側の近江八幡、彦根、長浜などの主要な観光地に比べると、規模も小さく鄙びた感じです。
 短絡新線の湖西線もかつては寝台特急日本海、トワイライトエクスプレス、雷鳥、白鳥といった名物特急が走り、今も高頻度でサンダーバードが駈けますが、特急以外は新快速が走るとはいえローカル線でとくに堅田以北は1時間に1本のダイヤで70年代開業の面影を残す古い駅施設です。
 湖西は湖東ほどは発展せず北陸新幹線が延伸すれば、並行在来線扱いで特急はなくなり、3セクのローカル鉄道へ戻るかもしれません。
 何だか、人生を見るような鉄道の発展、成長、栄枯盛衰があります。

守秘義務スレスレで話します 役所の個人情報管理

 ある程度良識ある方は、公務員の仕事は、一見安定はしているけども堅苦く、何か問題が起こると非難の矢面に立たされる辛い面もある忍耐だとご理解いただいているのではと思います。
 もちろん、官僚の上の方へ行くと、俸給も高く、かといって政治家の顔色を窺って結構楽しでいるとも思われがちです。
 少なくとも、一般の国民にとって、ネットで呟けても、身近に文句を言える相手は、近くの役所や公的機関の窓口や電話に直接出た人です。
 そんな人に岸田総理や、デジタル大臣、官僚や市長クラスへの文句を言っても始まらないのはわかるのですが、世の中ボヤキたくなるこのは多いのでしょう。だから忍耐のいる仕事です。これは正職員も有期雇用の非正規も変わらないのがまた辛いところです。
 民間企業を定年退職して、何の因果か公的機関のお仕事をしています。その中で守秘義務があって、退職しても軽々には言えないこともありますが、違反にならない程度に、今騒がれているマイナンバーカードに関連した部分で、個人情報の取り扱いってどうなっているのかを書きます。もちろん、全ての役所の現場を知る由もないので、自分の経験や伝聞から、誰でも想像、推理できる程度のものです。

 前置きが長くなりましたが、結論をひとつ、
「役所、公的機関はマイナンバーカードやそれから導かれる個人情報をとても大切にしています」
 それは窮屈で、面倒くさく、時には残業になったり、細かなミスを糾弾したり、煩雑な申請を書き、承認や管理のハード、ソフトの仕組みがあります。
 もちろん、マイナンバーカードの連携による電子申請なども急速にできたものもあり、現場の省庁、役所にもよりさまざまな温度差や格差はあります。
 もちろん、映画やドラマに出てくるような超絶スキルのハッカーが侵入しないとも限れませんが、パソコンそのものからUSBメモリでデータが簡単に抜かれるようなことはできません。未だにテレビでは、USBメモリに大事なデータを移すシーンが描かれていますが、私が最後にいた会社もそうでしたが、その後の公的機関もパソコンそのものが基本USBメモリは使えません。挿し込むだけでウイルス感染するかもしれませんから、そんな甘い体制のところはもうよほど田舎の役場でもあまりないでしょう。個人情報管理の研修はどこもやらされています。そういう点は、過剰なほど手間をかけているので安心と断言できます。

「マイナンバーカードで、家族構成や所得の情報だってとれるのに、何で未だに公的な手続きにはいろんな書類が必要なの?」
 相続や、年金受給の手続き、扶養の手続き、マイナンバーカードで、一本化されたのに、戸籍であるとか、いろいろ添付書類を求められるのはなぜなのでしょう。役所の人は調べたら何でもわかるなら、いちいち細かいことを求めないで欲しいとも言われます。
 一部は過渡期だからかもしれません。しかし、この必要書類がいまだにいるというのは、法律で決まっているものと、先に述べたマイナンバーカードのセキュリティの強さ、個人情報の管理の裏返しなのです。
 マイナンバーカードを記入して、申請しただけで、その書類を受け取った職員が役所のパソコンを叩けばその人のあらゆる個人情報を見れるわけではないのです。
 例えば悪質な所得隠しや、財産隠しがあって、国税とかで調べるとしたら、マイナンバーから、上司を通して関係部署、いろんな手続きを踏んで閲覧許可や記録もとり、限られた時間と用途で、一切別の目的を外して許可が下ります。こういうことは、少し考えれば想像がつきます。
 ですから、マイナンバーカードを渡しても、ストーカー的な変な職員がいても、記入情報以上のことは調べられないし、落したとしてもそこから何かを引き出すことは難しいのです。
 そして添付書類が必要なのは、それが入手できることで本人である信頼度が高まり、手続き業務が早くなるのです。これも過渡期のものもあるかもしれませんが、仮に添付書類なしから、所得や雇用や家族状況にたどり着こうとすれば、1枚の申請書から申請が回るまでに担当者は大変なセキュリティを外す時間を強いられます。
 あとは添付による申請が、条件と決められているものです。年金の免除であれば、添付必要と「失業の証明」「所得激減を申告する申立書」と書かれてれていたら、「俺が失業したのは、あんたら調べたらすぐわかるやろ」「ウチの店が売れていないのは調べれば分かるはず」といっても決められたことだから、それには書類が要るのです。書類さえ添付されていればルーティンで早く流れることです。
 マイナンバーを書けば、名前も住所も要らないじゃないかと言われても。申請の名前の欄には本人の名前がないと申請書にはなりません。保険診療を受けるのには、保険証の提出が必要で、それがマイナンバーカードでできるようになったわけであり、マイナンバーの数字と、顔写真の入った運転免許証を持ってきて、「本人だと分かって、番号もわかるから、どうせ機械に番号を入れて診察させろ」と言われても、それは従来通りで保険証がないのと同じで不可能なのは、わかると思います。
 多くの添付書類も今の段階では、決め事と、マイナンバーカードからのセキュリティのためと迅速な処理のため必要なのです。
 そのために、役所の人は結構苦労して、煩雑で間違いなく面倒な仕事をしています。

天使が舞い降りる25の法則

「天使が舞い降りる25の法則」
タカラヅカの楽屋に貼られている「ブスの条件25」の戒めを、自分なりに新解釈してみました。
逆説的に美男美女?で仕事をして、ひとが集まり楽しくできるかにはどういう条件が必要かです。
.笑顔がいい挨拶ができる
苦虫を噛んでるみたいで挨拶もできない人に誰も仕事を一緒にしたいとは思いませんね。
2.お礼を言える
3.美味しいと言える
4.精気がある
5.自信がある
6.愚痴をこぼさない
愚痴らず人の倍働く。時間が倍にならなければ倍工夫する、考える考え抜く誰かに聞いたり本を読んだり最低でも人の倍努力してみる
人と同じだけのことをしていても、つまらない仕事でしかない。人の倍やると、つまらない仕事がつまらなくなくなる。
非凡な人は普通の人の、最低でも3倍働いている。面白くないこと辛いことも経験であり、コヤシとなって人を大きくする。
経験していくことは決して無駄ではない。毎日がつまらないなら、それは君自身がいつまでもつまらないからだ。
つまらない毎日から脱却するのは、自分自身を面白くするしかない。
7.希望と信念がある
8.悪いときも周囲のせいにしない
「仕事が面白くないのは〇〇がバカだからだ。会議ばかりやってる。幹部はちっとも現場をわかっていない。こんな仕事やっていても意味ない」
今が楽しくないのは〇〇が悪いからだ(自分は悪くない)と思うことこそが、諸悪の根源である。自分の好きなことだけしないこと。
みんな「自分のすきなことで、自由にやれて、楽で、給料もよくて、楽しい仕事がしたい」と本当は思っている。でもそんな仕事は絶対にどこにもない。
なのでせめて自分の好きなことをしようとする。それもかまわないが、自分の好きなこと『だけ』をしていると、
結局はそれしかできないことになる。どこにもつながらないし、誰も相手にしないし、何も広がらない。
9.自分をよく知っている
10. 声が大きく元気
11.なんでもないことに傷つかない
12.他人に嫉妬しない
同期や同僚、同じ程度か自分以下の仕事しかできない人が評価されたり先に出世する不公平や不合理はどこにでもある。
自分の能力以上に評価され、昇進することほど、ある意味不幸なことはない。
高いレベルの学習・経験をつもうが、誰も褒めてもくれなくなり、自分を律して成長していくエンジンをうしないかねない。
嫉妬も不平も言わず、ひたすら自分に与えられた職務とそれ以外も、職階以上の仕事をしていく姿が、実は最高にカッコイイ。
13. 目が輝いている
14.いつも口角が上り気味
への字の口の両側を上げ、笑顔になるだけで、毎日すこしずつ面白くなる。
15.責任転嫁しない
16.共感したり感動したりする
17.楽観的に物事を考える
人間は何にでもなれる
必ずなると決意すれば、天使が舞い降り、不思議な力を発揮して、成りたいものに必ずなれる。
周囲を苦しめず 周囲を喜ばす 一歩一歩なりたいものになる努力をする。
天使の心に周囲の天使の心が集まり、なりたいものになるのを手伝ってくれ、幸運の出会いが始まり成りたいものに必ずなれる。
自分の中の天使の力を信じて、決意した理想は必ず叶えられる。
18. 問題意識を持っている
19. 他人に尽くす
自分の身の回り 机の周り クルマ 家 会社 せめてキレイに整理整頓。
他人とのネットワークはやがて自分が助かるときがある。
20.他人を信じる
21.人生においても仕事においても意欲がある
22.傲慢でなく謙虚である
23. 他人のアドバイスや忠告を受け入れる
24. 本当に正しいことは何か常に追い求める
いろんな情報があふれる時代。すぐに結論に飛びついて行動を起こしたくなる。
でも常にこれが正しいことなのかは、始める前に、最悪やり始めてからでもよく考える。
ときに集団も間違った意思決定をしてしまう。
昔は誰もが正義のヒーロー&ヒロインだった。いつからか悪の手下と手を結んでいるような自分がいないか!
25. 存在自体が周囲を明るくする
2017年秋イベントで一緒にお仕事したヘア&メイクアーティストの方
本当に明るく、積極的で仕事が好きで勉強が好きで、毎日が楽しくて輝いてるような人でした。
オフがほとんどないほど、仕事をかけもって、でも収入や保障は大会社のようにはいかない。
それでもあの人にまた会いた、話を聞きたい、指導を受けたい。
大会社で高給とってても、笑顔一つなく、ろくにゴミの片づけもできない人が残念ながら多かったです。
(美を売る会社、掃除道具売る会社だったんですが)
仕事って本来、苦しみ苦行であってはいけない。ましてそれが顔にでるようでは周りが迷惑な話です。
輝いていてまた会いたいなって魅力的な人に天使は舞い降りてきます。

尊属殺人

 孫が祖父母を殺すとか、中学生が見ず知らずの人を「殺すのは誰でもよかった」とか、突然刃物で刺すとか思いもつかない、考えられない事件が起きています。

 昔も凶悪時事件はありました。戦前のある時期、戦後すぐとかには確かに治安の悪い時代はありましたが、家族は生活にも厳しい時代でも、高齢者をいたわり、それぞれ助け合い、今よりは繋がりが強かったでしょう。

 高度経済成長期以降、日本は世界でも有数の治安の安定した国になっていたはずです。
かつては、家長、父親、祖父母は尊敬もされ、ましてやその家族を殺めると、通常の殺人よりも重い罰を受ける法律さえありました。

 もちろん、戦後人権平等が叫ばれ、ろくでなしの父親を殺害して女性の罪が重すぎるために、尊属殺人は憲法違反であるとされ、無くなりました。平等はいいことなのかもしれませんが、それで失われた日本の大事なものもあります。
 単純に昔は良かった、今はダメではなく、昔の方が人権上問題があったことも多いでしょうが、法律の柔軟な解釈などでもっと今の無機質で冷たい核家族化は防げたのではと思います。

 何も、女性がどうこうとか、人権を声高に抑えるのではないですが、親や高齢者に冷たい社会構造にしてしまったのが、これらの事件に象徴される寂しい日本の原因ではないかと思います。

 昭和の高度経済成長期までは、老人を施設に入れるなど、とんでもないは薄情な、親不孝者と近所からつまはじきにされるような時代でした。年老いた高齢者は、子供や孫が支えるのが当然だったのです。介護を職業にするような人はいない時代がつい最近まであったのです。もちろんそこでも、食うや食わずの家で老人を支えるのは大変な負担だったので、現在の介護制度も優れたものです。しかし、親との同居が減り、老いれば施設にハイでは、家族の絆も、人へのいたわりの感情も薄れます。

 医療や科学が進み、核家族化も進み、デジタル化が進む世の中、ロボットやAIも進化して世の中の仕組みに組み込まれ、高齢者を介護するのもシステム化されました。教育だけの問題でもなく、報道とか社会全体の空気のようなものが冷たいのでしょうか。便利な時代に、慈悲、恩義とか礼節、愛、人の心などがどんどん希薄になってしまったのでは思います。

 

権威や空気に流されない

  昔は新聞やテレビの報道というと、みんなが真実とまでは行かずとも権威あるものと認識していました。「新聞を読んで勉強しなさい」ともよく言われました。就職活動でも、最近の興味あるニュースはという質問を受けたり、大新聞の記事から出題があったりしました。

 自分が大人になり、いろいろ社会の仕組みや裏側を見聞きしたこともあるのですが、今はそういう権威などが良いも悪いも無くなっています。

 新聞をとる人も減りましたし、テレビの裏側などもジャニーズ事務所やフジテレビの問題などで、その価値もモラルも一気に下がって見えました。

 もともと、そんな権威や肩書は時には必要でも、ありがたがるほどのものではないのです。

 三ッ星の評価の店、口コミ上位とかいうのも真実は会っても、盛られて作られたものだというのも、少し考えれば分かることです。

 内閣総理大臣というのは、本来なら国の行政のトップで本来、日本国で最も肩書上エライ人のはずですが、巷間そんな尊敬の感情を抱く人は少ないでしょう。自分の目の前にいる上司や先輩などでも威厳のある人はいますが、実務上は社長だとか、監督官庁の認可や決済が必要な時があります。弁護士や医師、公認会計士、税理士、大学教授など、資格という権威がないとできないエライ仕事もあります。司法試験など難しい試験を受からないと、得られない資格で、常人より頭が良く勉強された権威のはずです。国家公務員でキャリア官僚になるなども、大変な難関試験を乗り越える、頭と努力が必要で、本来感心して、敬意を表すべき存在のはずです。

 ところが、ある局面では、ある特定の人物かもしれませんが、弁護士でも金儲けだけの悪徳な者がゴロゴロいる。議員でも役人でも給料だけ高いけれど、何をやっているか分からないヤツがいっぱいいるような気がします。

 政治や経済が行き詰まるとますますそんな気持ちが沸きます。長年作られてきた伝統や権威も今や、新聞のようなもので、真実も伝えていることも多くとも、それほど重用されないものになっているのです。

 伝統や権威を持って素晴らしい仕事をしている人もいますが、それぞれ報酬に見合った仕事をして欲しいものです。

 一人一人は伝統や権威にあまり惑わされなくともいいのです。

年金減額:慇懃無礼な手紙

 私も公務員側の立場になることが多いので、大声で怒ってもカスハラになるのは分かります。

 年金の仕事も3年以上やりましたし、公務員としては、国の税金から俸給を貰っており、国の制度を根本から覆すような非難もしたくはありません。
 辞めても、守秘義務になるところもあります。
 働きながら年金を貰うと一定額を超えると減額されることはもちろん承知しています。

 しかしながら、言いたいのは2点。

 伝達の文章、文言に配慮が欠けます。難しいです。
 その上、支払ってきた保険料にたいして払う年金を国の仕組みにより停止するのだから、もう少し丁寧にへりくだらなくてもいいですが、丁寧なスタンスが必要だと思います。
 記号的に数字に結びつけた定型文で、木で鼻を括るの典型のような連絡です。
 もう1点はやはり、難しいです。どういうことでっこうなったという、計算根拠も今後どうすればよいも何の情報もないのです。私のように年金手続きの仕事をしてきた人間でも、どの計算でこのタイミングかは、分かりにくいし、苛立ちを覚えます。
 リンク先に行っても、一般的な説明しかないので、自分で計算式に数値を調べて入れないと金額はわかりません。そもそも標準賞与額などその年の12月にならないと分からないし、昨年は人事院勧告の4月に遡る給与増額は12月最終の銀行営業日に振込です。
 全部の計算が機構側がするのも確かに大変、それはわかります。
 私など、例外的な働き方かもですが、昨年の報酬のあった勤めは辞めたばかりです。その情報が届くのは時間もかかる状況もわかりますが、だからこそ行き違いなどのケースも多々発生するのです。高齢者が対象なのですから、家族を含めて、5W1Hが分かりやすい文章にすべきです。

 税と社会保険料は概ねそうですが、社会保険労務士や行政書士、税理士、会計士などでないと分からない、いや彼らでも即答できないいくつもの壁があって煩雑です。こんなに難しいのは本来シンプルな「税の原則」公平性や簡素性からいっても大きな間違いです。
 文句も出ないよう、わざと難しくしていると揶揄されますが、そんなつもりはなくとも政治家や官僚は選挙対策やら自己の都合のいいように都度歪曲したツケです。制度がまさに迷宮のように分かりにくくなっている上、理解をして分かりやすく直すことがもう手を付けられないほどひどい状況です。

 正解がこれという答えがでにくいほど、日本国のいろいろな仕組みが制度疲労しています。AIが進化したらせめてもう少し、分かりいい通達になるのでしょうか。10年1日変わらない文言は少なくとも早く変えて欲しいです。

 苦言を呈せば、AIに頼らずとも、本来は人間の力で変えて行けるものが変わらないのが日本です。
 日本の経済界でGAFAが生まれないのうは、やはり伝統やしきたりを重んじるて、保守的な前例主義に尽きると思います。しかも従えない者はスポイルしてしまう、保守とか前例主義の伝統が全て悪いとかじゃなく、必要な時もあるし、それで守られた文化も人もいます。でもそれが、楯となり、隠れ蓑になり、制度や仕組み、しきたりが変わらない、新しい発想や改革を恐れてしまい、潰すことになってしまっているのが、多くの組織なのです。

 いろんな場で、改善の提案はしていきたいです。

映画レビュー「花まんま」朱川湊人原作

 朱川湊人さんは好きな作家で、以前は短編集はほぼ読んでいました。この原作もかなり前に読んでいたのですが、ここまで映画化されるという強い印象はなかった気がしました。

 予告編を見たり、封切りからも随分経っていたので、原作とはだいぶ変えているというのは分かりました。映画の出来は素晴らしく、原作を盛ったというより、素材にして大きく飛躍したという感じです。朱川さんは同世代作家でホラーテイストの昭和の下町の人情や奇跡的な偶然を描きますが、昏いイメージも強く、そこを現代にうまく加工しています。
 【ネタバレ】というか、ほぼ原作は回想時間に使い、後日談のような現代がメインです。令和の今年のカレンダーのようなので、30年後という以前の設定すら、原作の昭和40~50年代よりも今よりにずらしているのではと思います。

 少し、もやっとした気分の時期に、映画館に行き、隣にポップコーンを頬張る女性とカップルみたいな感じで、その横は車いす用スペースで、前が通路のゆったりした席で鑑賞できました。
 冒頭から近鉄バファローズの三角帽子の主人公になる少年、大阪の昔の下町の象徴なのか、それでも当時少年は巨人か阪神に憧れる子が多かったのですが、そこは近鉄推しにはにやりです。関西以外の人にはどうかなとも思いますが、大阪から、京都の大学、滋賀彦根とロケもいいですし、キャストもほぼオリジナルで、関西のおばちゃんと看板娘の間くらいの、ファーストサマーウイカさんとか、オール阪神巨人が関西の下町感を出しています。
 鈴木と有村もですが、カラス言葉をしゃべれるヒロインの婚約者で学者を、鈴鹿央士が好演しています。彼方側の家族もみんな好演、六角精児、キムラ緑子ももちろんいい味なのですが、父親役のキーマン酒向芳が素晴らしい。個人的には妻のお父さんを思い出しました。娘を結婚させるのは、大事なイベントです。
 近江鉄道もロケに全面協力で、蹴上のツツジ園、同志社の大学も出てきます。

 最後は、感動で隣の女性とともに涙ボロボロ。

 

書評 澤田瞳子「のち更に咲く」 平安期のロマンと暗闘

 昨年の大河ドラマ【光る君へ】で取り上げられた平安時代の物語です。
 著作は同年で、解釈や表記の違いこそあれ、あの人物だなという思い入れはあり、読み易かったです。
 藤原道長の栄華を転覆させようと都を暗躍する盗賊たち。道長邸で働く女房・小紅が、盗賊の首魁が死んだはずの兄との噂を知り探索を始めます。その過程で権力を巡る暗闘とそれに翻弄される者たちの恨みを知った小紅は、やがて王朝を脅かす秘密へと辿り着くのかミステリ的な要素も楽しめます。紫式部も地味キャラで登場、大河ドラマと違い藤式部、この物語ではふじしきぶと読まれます。和泉式部も奔放な性格で重要な人物です。

 歴史モノは良く調べて書かれることに感心します。ちなみに前年には「月ぞ流るる」という小説も同時代もので、赤染衛門を描いていました。以前にも平安時代の富士山噴火を描いた「赫夜」という作品もあり、奈良時代の天然痘が流行った事象を描いた「火定」などもあり、よくぞ調べておられます。

 不倫や権力争いも描かれた、源氏物語が宮中で世界でも珍しい古い時代での長編小説として人気を得たこと自体が、謎ではあります。大河ドラマでも政争の具としても描かれたのですが、重婚が当たり前で、モラルやコンプライアンスも厳しくない時代でも、光源氏や取り巻く女性の不倫スキャンダルの話は、宮中の女性にも人気があったのでしょう。

 今の時代でも、週刊誌が報道して、ネットで解説含めて、妻子ある有名な俳優と、若手売り出し中の女性俳優が不倫した話題で、CM降板などで騒がれます。
 国際情勢、トランプ関税、税制や社会保障の改革、参議院選挙に向けた政治や経済に比べても、どうでもいい人の不倫話。ところが、経済をどうこうしようとかは考えるだけで難しいものです。有名人のスキャンダル、不倫がいいとか悪い、重要なニュースかどうかより庶民に理解されやすく。叩きやすい話題だからもあるでしょうし、やはり面白いのでしょうか。それでも現実の人を、利害のないはずの他人が叩くのを楽しむのは良くないことです。
 

 男女の機微、権力や恋愛の人間模様を楽しむというのは、週刊誌報道ではなく、物語の世界で十分なのです。

500万でも50億でもやることは同じ

 実際に現金というのは、ますます見かけなくなった時代です。昔でも500万とか集金したのが最高ぐらいで、自分でキャッシュとして持つのは50万くらいが最高ではと思います。

 ビジネスやマネープランでも、金額の多寡というのは、実際の価値とは乖離している場合があります。

 大谷翔平が桁違いに稼いでも、いざ対戦すると、年俸が100分の1、ポッと出の新人に負ける時もあります。

 私が社会人1年目だと半期の売上目標が、500万とか1000万円ぐらいの時代でした、インフレは別にして職階が上がると、管理する数字は倍々に上がり、管理職の上の方まで行くと半期億を超えて昔とは3ケタ、4ケタも違う金額を扱っていました。

 とはいえ、数字が大きくなっても、管理するのは、月度だとか属性に分けて、進捗を管理し、課題やツボを押さえてクリアしていくやり方にハメることに違いはありませんでした。数字の全体の大きさにビビらず、この感覚にいかにはめるかでした。為替相場などでも基本は同じです。

 半沢直樹のドラマ、原作でもありました。最初のクールは支店融資課長で5000万とか5億の挽回で躍起でしたが、2クール目ではいきなり1500億とかの案件や、国交省がらみの国家規模スケールまでの役目を担っています。

 ゲームで一定の経験をし、アイテムを得たりすると、ステージが上がり、同じようなプレイをしていても桁違いの相手を倒せて、大きなポイントを得るようなのと似ています。

 大谷翔平の野球が変わらないように、新入社員と同じように苦労しても、いつの間にか桁違いの仕事をしているものです。

 芸能界、俳優、歌手。お笑いとか、作家さんや漫画家、いろんな世界の人も食うや食わずの苦労の売れない時代や所得も小さい時代があり、今世間もうらやむ年収を稼いでおられます。

 また、バブルがあって、それがはじけてメジャー帰りみたいな人も同じです。最盛期は派手に稼いでも、今はコツコツやっているような人もいます。

 派手でも地味でも、人が仕事をやっていることにはそんなに差がないのです。
 別のラスボスを倒すステージだけが楽しいのではなく、最初のステージでも遊びとしてワクワクもあり面白いものです。

5月に毎年咲く花、どんな花にも名前があり生涯がある

 新生活に慣れるはずの時期ですが。実際の社会人や新しい学年が始まり、慣れて落ち着くはずの2カ月目ですが、一度長い休みで戻って見ると、何だか違和感のようなイヤな感じを覚えてこんなはずじゃなかったと思う時かもしれません。

 5月病なんて、今さらという年齢でも、卒業したはずの学校や会社が懐かしくなる人は多いかもしれません。通っているときはイヤッだった場所でも、それなりに群れるツレがいて、心地よい居場所があった場合、少し慣れるのに時間がかかるかもしれません。

 毎年、いろいろな花が咲き、目を楽しませて、いつの間にか消えています桜や梅みたいに一斉に咲き誇るものもあれば、電柱の影やアスファルトのスキマに咲くような地味なものもいます。

 人間の生涯だって、まあ同じようなものです。華やかに見えても、そう中身なんて変わらないものです。インスタとかいろいろSNS系見て、共感する時もあれば、うらやましいというマイナス感情は沸きあがりがちです。
 でも、多く人格者と言われるような人も、友人など他人が高給グルメ店やらなかなか行けないような旅行をUPするの見て、普通に「コイツ、またか、」って舌打ちしてるもんなんです。

 私もSNSにUPしては、一部では好かれても、それ以上に嫌われ、無視されることの方が多いです。実際自分は良かれと思ってUPしても、しょせんは自己満足であり、優越感と顕示欲のためのものです。そんなものは同じベクトルの人にガイドになって少し共感はあっても、多くはやっかみですから、心配などする必要もないですし、まして劣等感にかられるものではないのです。

 桜であろうと、ひまわりだろうと、月見草だろうと、そこには居場所があるのです。価値があるのです。
 イヤになること、飽きてしまうことも、嘆きたくなることも、一輪の花は呑み込みながら咲き、散っていき、また来年咲くのです。

ドラマ化原作のレビュー「天久鷹央の推理カルテ」知念実希人

 「天久鷹央の推理カルテ」知念実希人さんは時々ヒマつぶしに読んでいた作家なのですが、軽すぎて,読んだかどうかも忘れてしまっていました。
 朝ドラの「おむすび」が低視聴率で終わった橋本環奈が間髪入れず主演するドラマということで、オリジナルかと思ってましたが、2回ほど見てデジャブの既読感で原作者を見て、本を見てああ前に読んだ本だとやっと思い出す始末でした。
 原作と設定は少し違い、感じるイメージは違い、感じ方は人それぞれでしょうが、やはりドラマでは印象は大きく変わってくるでしょう。まあアニメやドラマ向けの本ですから、それなりにツッコんで楽しめます。ドラマはまさに朝ドラでは消化不良だった橋本環奈の独壇場のキャラミスです。姉役の佐々木希さんもキレイでハマリ役です。

 天久鷹央。天医会総合病院、統括診断部の部長を務める彼女は、明晰な頭脳と圧倒的な知識で、あらゆる疾患を看破します。外見は少女のようで行動や言動も破天荒です。
そんな天才医師の元には各科で「診療困難」となった患者が集まり、ミステリ的な謎を鷹央が解いていきます。

 原作では滋賀県の東近江あたりの設定が、ドラマでは都会に替わっています、それも気づきが遅れた点。

 間違っても本を買わずに良かったです。最近はタイトルを文庫化で変えたり、映画やドラマ化ではカバーもそっくり変えたり紛らわしいのが多いです。記憶力が悪くなると、読み進んでから「これ、読んだことある」というのが図書館本でも多いですし、買った本だとショックは大きいです。

 最近は本当に物覚えが悪くなり、会った人も相手は覚えているのに、こっちはエピソードも名前も、いくら繰り返されても思い出せないこともままあります。ドラマはハシカンファンか軽いラブコメ好きの方向け、原作はヒマがあれば楽しめる程度ですね。

新 「新幹線大爆破」レビュー

 1975年制作の東映映画佐藤純弥監督、高倉健らオールスターキャストの「新幹線大爆破」というサスペンス・パニック映画の50年を経たリプート作品です。
 今回の作品は1975年のリメイクではなく、旧の映画の世界線上の続編になるようなストーリーで現代を舞台にしたリプート、配信作品です。

 昭和の映画も良かったので、高倉健や千葉真一、丹波哲郎、宇津井健、山本圭らを、今回の草彅剛、斎藤工、のんさんらと比べることは野暮です。おかえりのんちゃん(ちょっと前に別のドラマでゲストでは出られましたが)おかえりピエール瀧さん。

 以前は国鉄が全く協力しなかったので、模型や遠景でしか新幹線が撮れなかったのですが、今回はJR東日本の全面協力、ロケもCGもあり、乗客には有名なYOUTUBERもいるのは時代です。

 劇場で上映していても観に行きたかったのですが、Netflix限定配信で、ホームシアターのある家ではないので爆発音や走行音を迫力あるサウンドで味わえなくて残念でした。もう映画館の時代ではなくなってきているのです。それも時代です。
 のんさんとピエール瀧さんの重要な役での出演も、地上波ではまだ実現できなかったものです。

 そしてネタバレにもなりますが、鉄道好きから見ても、十分楽しめるシーン満載です。そんなことが可能なのかという、乗客救助作戦は感心しました。今回はJR東日本で、昭和の映画は東海道のひかり号でしたから東京駅での接点はあり、そこからの夢の作戦は却下にはなったのですが、鉄道ファンを唸らせるものがありました。
 英語名はBULLET TRAIN EXPLOSIONでスーパーエクスプレスではないのです。新幹線というのはシンカンセンでも通じる、いつまでも「新」なのは面白い日本語です。
 大阪万博でも55年、この映画からももう半世紀なのかと、感慨のトシです。

相対的貧困とは

「絶対的貧困」と「相対的貧困」とは】
 貧困には大きく分けて「絶対的貧困」と「相対的貧困」があります。絶対的貧困とは、生命や生活の維持が深刻に脅かされる状態を指し、これは一部の途上国などで見られるケースが多いと考えられています。衛生状態が悪いとか、教育も就業も難しく内戦など治安も悪いと言うようなことは日本ではありません。
 一方で、国全体の平均的な生活水準を下回る「相対的貧困」は先進国でも起こりうる問題で、日本ではこちらが特に注目されています。相対的貧困に苦しむ貧困層が増えると、教育格差や将来の虐待リスクなど、さまざまな形で社会的損失が生じる可能性があります。

 日本の相対的貧困率を示す代表的なデータとして、OECD(経済協力開発機構)の統計があります。2021年の日本の相対的貧困率は15.7%で、。G7(主要7カ国)のなかでは最も高い水準となっており、加盟38カ国中7位という結果で日本より率の高いのは中米や東欧の数ケ国のみでした。その割合を見ると深刻な状況と、長い経済の停滞とともに、格差が大きくなった社会がうかがえます。
 この「貧困率」は、国で設定される貧困ライン(中央値の50%以下)を下回る世帯の数を示すものであり、多くの方が生活のベースとなる可処分所得を十分に得られていない可能性を示しています。

 確かにまだ円の為替価値で、日本に出稼ぎに来る人もいるので、日本人が途上国に行けば相対的には富裕な国の人間にはなれます。また、こんな数値はまやかしで、戦後、高度経済成長期なまではもっと食うや食わずの貧しい人がいたし、大学も行けず、スマホもコンビニもウォシュレット、ウーバーもなかったと反論する人がいます。
 それは「相対的貧困」の本質を理解しない、まさに時代錯誤の反論です。
 生活保護などの時に、憲法25条で保証された「健康で文化的最低限の生活」とよくいわれる生活権の問題と、相対的貧困は違うのです。時代や国によって見方は違うけれども、その国、その集団の中で貧しく虐げられれば、やはり貧困の対象となり、日本は今その率が高いという問題です。

【貧困の要因は経済の失速と、労働の失政】
 これには、ここ20年~30年の日本経済の失速の主因となる、本当に沢山の社会的な要因が複雑に絡んできています。
 労働法の改正、人件費節約のため非正規雇用が広がり、その割合が増えたこととは比例しています。配偶者が柔軟に働けて、家計や子育ての助けになるはずが、家計の柱になる人がリストラや就職氷河期などで、キャリアの柔軟なチェンジどころか、一度非正規沼にハマると抜け出れずに貧困層のままになっているのです。AIが進化し、広がるともっと非正規雇用は多くなり、現在の正規雇用の人さえ貧困側に回るかもしれません。

 税や社会保険料が上がり、食料品や消耗品、生活に必要な家電などはどんどん高い方へシフトしていって、節約をしているようでも可処分所得はどんどん下がっていきました。

 ギャンブルや飲食、買い物に贅沢をして貧困になるというと、本人の自責を問われ、だらしなすぎるも論外ですが、誰もがやっているちょっとした趣味、娯楽を一切できずに社会に参加するのは相当リテラシーも必要で難易度は高くなります。
 政治で助けようにも、例えば10万円配ろうとか、高校の授業料を無償にと言っても、効果は見えず、焼け石に水なのは、経済を知らなくても分かりそうです。

【雇用と賃金の大きな改革】
 ドラスティックな改革としては、雇用の形態を変え、賃金の上昇しかないのです。払うのは公務員以外は国ではなく、企業ですから、人件費が上がれば苦しいからなかなか難しいところです。
「同一労働、同一賃金」この法律が決まりながら、運用は抜け穴だらけで、本来の年功序列、終身雇用の日本の環境を変えないと、この改革は進みません。今の企業や公務員の30代の若い人を見ていても、大卒で家業の無い人は、生涯その職場にいるつもりの人がかなりいます。スキルを磨いてのキャリアアップも無ければ、椅子取りゲームもありません。
 一度転職するとかなり厳しい環境とも思われています。ましてや、そこそこの年齢になると、市場価値の低い総合職の人間でも賃金や役職が上がり、実は非正規と同じレベルかそれ以下の仕事しかできないのに、厚遇され続ける傾向は強いです。「転勤がある」’「管理のシステムを使う」とかだけが総合職と非正規の差で、実務などの能力は逆転の場合さえあります。
 人件費が苦しいのではなく、これでは生産性も当たり前に上がりません。
簡単に言えば、「同一労働、同一賃金」の原則で均せばいいだけの話です。社長の決断で、組合などとの最終調整です。非正規でも組合に入れるところなら話は早いのではと思います。時間はかけてローンのある人を補助するとか、総合職の人はリスキリングして、本当に役立てる能力を磨ければ残れて、あとは現在の非正規社員と待遇を同じにするのです。
 全体の人件費が変わらない程度で、劇的に生産性も上がり、格差を解消できるはずです。
多くの昭和からの大企業も、バブル崩壊以降、倒産や合併、リストラと変革期を超えましたが、今一度労働を変えていかないと、日本の低迷は救えません。