アイデアで運動不足解消

私の81歳になる母がとうとう寝たきりになり、高齢者向け住宅も面会禁止なので心配ではあるが残念な状態だと想像されます。
元々、門外不出の出不精で、移動するのと歩くのがあまり好きではなかったのと見栄はりで他人の言うことをあまり素直に聞かないのが結局致命的だったようです。
若いころに宿泊を伴う旅行でなにかトラウマがあったのだと思われますが、旅や観光もしないままといのも少し残念な生涯に思えます。
モノグサな人、めんどくさがりな人は多いですが、運動をすること、とくに歩くことは長生きし健康寿命を延ばす上でとても大切です。
現役バリバリの時代に稼いでも不摂生がたたり、老後寝たきりではお金があっても不遇です。ましてお金がなくて、歩けない動けないは、いくら介護に認定されても最低限の生活が維持できるだけに近いものでしょう。
健康寿命を長くするには運動して、筋肉や内臓、骨等身体の状態を衰えず維持していくことです。
コロナ禍の緊急事態で多くのスポーツジムや運動施設や公園が閉まり、ステイホームを強いられて『運動不足』で太った等の話もよくでます。お金持ちジムに通ってると、インストラクターのメニューや助言に甘えないと何もできない人がいます。
そこは必死になって頑張らないと、工夫するアイデア、コンテンツはいっぱいあります。一時代前なら手紙のやりとりでしたでしょうが、今は電話でもメールでも、オンライン会議で実際に動画を見比べての運動も可能でしょう。
マンションでも縄跳びやフラフープで運動したりして公園の『密』を避けています。
オンラインで友達と競うのも良し、新たなエクササイズの情報を得るのも良しです。新しいレシピを知るのと似た楽しみがあるはずです。
エレベーターの混んだ空気を吸うとか、ボタンに触る、のも感染を恐れて すべて階段にする。一バス停間、一駅間歩くと何か違う景色が見える。
不快感を避け、身体能力を高められる喜びを感じ、景色を感じていきましょう。

コロナ後⑦:行政の改革

コロナ後のいろいろを想像し、提言していますが、今回とくに露呈したことをあげます。
一つは10万円の特別定額給付金の支給手続きで、市町村の窓口がパニックになっている件です。
国と地方自治体のシステムはバラバラで、まったく事務効率があがらない。市町村は独自の旧来のやりかたハード、ソフトにしか対応できない。
という民間の大手企業の本社、支社、関連企業ではとうてい考えられない旧態依然のレベルの低さでした。
行政改革、公務員改革、財政の厳しさで、結局役所は現場末端にしわ寄せを生みました。トップか正職員の待遇は人事院や労組に守られます。勢い現場は非正規職員が多数を占めますし、きつい現場は民間に比べ定着率が低く、良い人材が定着しません。
建物やパソコン等を新しくしていく予算も少ないですし、機会も人材も古いので、それに見合う紙ベースの目視や集計手入力、整理といった事務系の前時代仕事がいつまでも幅を利かせています。
私はかなりIT化の進んだ民間企業、化粧品家庭品の最大手を退職し、しばらく公務のお手伝いで地元の市役所区役所に勤めました。そのカルチャーショックたるものすさまじかったです。
ペーパーレスで、アドレスフリーのクリアデスクから、紙のメモやら帳票のヤマ。データでのやり取りなのに膨大な件数を手入力する。それはミスは個人差こそあれ無くすのは無理です。
給付金等申請主義が効率が良いもかどうかは疑問です。問い合わせも多くなるのと、申請者のミスが多くて、公務側は時間を取られます。
システムが脆弱だとオンラインもうまくいきません。
申請者側市民のリテラシーも上げないといけませんし、対象者に啓蒙する努力。教育などで社会に必要な手続き、しくみについてもっと学ばせるべきだと思います。
たとえば年金や健康保険、雇用保険の仕組み、行政手続きの仕方を20歳過ぎて大学も卒業する人間が何一つ知らず親任せというのもどういう国の在り方かと思います。そんな人に選挙権だけ与えても、テレビやネットの煽動情報くらいしか手に入らないです。
雇用というか仕事面、公務で、教育や情宣、介護、生活保護、医療、土木、子育てなどは現場で人材はもっと必要です。民間よりもいい待遇で人を集め、育てないと、現場経験があって上に進言し連係できる中間管理職や幹部は育ちません。これらは民間委託でもできますが、しっかりと官主導で受託業務を決め、守秘義務、情報セキュリティ、コンプライアンスの問題をクリアしたら官でも民でもかまいません。
市町村の窓口などの現場はスマートになるよう予算シフトしていくのです。

コロナ後⑥スポーツはどうなる

個人的には野球もサッカーも主だったオリンピック競技も好きで良く見てきました。
5月になってもプロ野球もなく、サッカーや大相撲もありません。甲子園は春に続き、夏も高校野球は中止です。
無観客でもテレビやメディアのコンテンツとして、また記録としてもリーグ戦や大会の意義もあります。一方移動する選手やコーチのために感染が広がる可能性もあります。相撲やラグビーなども接触が多く感染の可能性があります。
しかしスポーツ中継のない週末も寂しいものです。ましてオリンピックが中止になると経済も厳しいし、これまで頑張ったアスリートたちも可哀想です。
この機会にスポーツのレギュレーションや球場や競技場等の観客席も味方をも見直し、本質的な変更を考えることです。ピンチをチャンスに変えるのです。
心ならずとも引退の決断をせざるを得ない残念なスポーツ人もおられるでしょう。いつか引退のタイミングはあるのです。
経営者、指導者の中に一時パワハラや、暴君のような古いタイプの体育会系が席巻し問題になっていました。彼らの利権もコロナとともに刷新されないと、もう余裕がありません。そもそもスポーツを興行優先にして、観客を「密」に詰め込んでのやり方は疑問です。愛する地域のサポーターの楽しみの範囲でいいと思います。企業が支えることはいいのですが、興行権が高騰し商品に転嫁して物価が上がるほどになるのも良くはないことです。
健全なスポーツ指導が今回図らずも、ステイホーム動画等で広がりました。スポーツの本質、楽しさが伝わるようなものが多かったです。トップの大会だけでなく身近なものの面白さ、自分で体験、実践することの喜びが味わえました。

コロナ後⑤:待ったなしの少子高齢を逃げずに考えよう

コロナがあろうとなかろうと、否コロナで政府等の支出が増え、市民の貯金も尽きると未来はますます厳しく、苦しい先行きが見えます。
小手先のごまかし、選挙のための目の前の欺瞞ではもう無理なんです。日本はもっとも最初に老人大国になります。それは不可避です。
公務員の定年延長の問題が検事総長のマージャンによりネット上も盛り上がりましたが、もっと前向きな議論で働き方改革。年金や健康保険の今後の問題。
今の政治家や官僚も考えてきましたが継ぎはぎだらけでその場を凌いでも来ました。
「社会保障と税の改革」は待ったなしなのです。
私もここまで譲る、こういう案はどうかと持ち寄るのです。誰だって全体は見えないと、自分の周りが良ければと思ってしまいます。
政治家は力強く、国家や人々の未来を語り、あるべき姿そのために自ら知恵を絞り議論と説明を尽くすのです。そしてマスコミや専門家、評論家も事実を分かり易く解説する。右も左も老若も貧富も考えない。党派を頼まず、グループやしがらみによらない。事実を伝えるべきマスコミに色がついて偏っていては意味がないのです。
これができない政治家はいらないのです。マスコミ等も高い給料貰って、煽るだけなら害です。ゴミ以下です。そんな人を選ばない。そんなマスコミを拒否することです。声を上げSNS中心で良い政治、良い行政の体制でないとこんな危機はのりこえられません。


コロナ後④:働き方も学び方も価値も変わる

コロナ後はどんな社会なのか。
今の延長で少しずつ変わるのか。伝統を守り取り返した人もおれば、もうこの機会に一気に変えちゃえという革新派がいます。
教育関連で学年9月スタ―トを言う人はその革新派の最たるものです。
仕事のスタイル、テレワーク等もそのまま継続か、課題が多く無理というところもあります。
たとえば通勤ラッシュとか、新幹線も混んでいた時に戻らなくなるとあれほどの車両と本数はいらなくなります。雇用などの点ではもとに戻さないとそこの経済、市場は下がります。
営業車などで御用聞き営業をしなくとも、メールやオンラインの提案で十分ならかなりの仕事や経費等が省略できます。新幹線や飛行機、ホテル代まで使って、遠くから見るプレゼンならオンライと変わらない。同地区や同期との親睦が大事というのはちょっと違いますね。テレビ会議で十分があちこちで証明されています。
そんなことよりコロナでできたスキマを埋めるモノやサービスを考えましょう。
そして、学びはより本質をとらえた教育を見つめなおすことです。既得権や既成概念に捉われた全体主義、付和雷同では変革についていけません。「みんながとかあの人がやっているから」ではない、とりあえず有名な大学を出たらとかの時代ではありません。
生きていくこと、働いていくことに必要なものは何かを学び、学ばせることです。


コロナ後③:地方、過疎地でもテレワークを可能に(東京脱出)

東京一極集中は1970年代頃に遡るようです。霞が関の権力が横柄になり、抵抗する企業の連合等も陳情等で度々上京するコストを考えると、ほとんどが東京に集まりだし、主要企業は東京に本社本店をおくようになります。当時は全国に空港はなく、新幹線や高速道路はおろか特急網すらない時代です。メールやオンライン電話は未来の夢、ファックスも備わっていません。そんな時の名残、慣習からスタートし、東京に住むことオフィスを構えることがステータスとなり、人が増えて便利になりまた人も集まるようになりました。
それは冷静に考えると度を超えてました。
何かを分散してはと、言いだし地方都市への首都まるごと移転も検討されましたが、利権やエゴで貶しあい、すぐ立ち消えました。
あの時に少しでもと思うほど、今は地震や洪水、疫病のリスクの上、毎日の通勤地獄。高い住宅費で生活も圧迫されます。
もちろん今回テレワークどころでなかった仕事の方も多いでしょう。それでももう一度地方に住み、キレイな空気で渋滞も満員電車もないところで、暮らすことをは検討の余地はあると思います。
テレワークやオンラインでできる仕事ならなおさらです。
田舎暮らしも楽ではないです。地方都市も東京に比べたら文化施設などでも劣ります。人間関係や風習も慣れるまで大変です。しかし命に係わるとすれば決断もあるでしょう。過疎に悩む自治体や、人で不足後継者不足の法人はあります。強い意志で何らかの情報を見つけ、東京、都会を捨てる人が増えてもいい時期だと思います。

http://seizafpkotodama.com/wp-admin/post.php?post=2546&action=edit

コロナ後②:中小企業や伝統産業、個人経営に大手の力を

コロナ禍でいろいろ中小企業や個人経営の方への給付や融資や支払猶予等が複雑に制度化されています。
日本は、中小や零細企業、個人経営のところが多いです。オンリーワン的な力があり今まで頑張ってきたところも多いようです。
しかし本格的な景気悪化で、お金が回らす存亡の危機です。
行政の全面的な給付等の支援には限界があります。無利子でも返済しないといけない訳です。返済計画も悪い状態が続けば絵に描いた餅です。家賃や人件費は待ったなしです。
持ち株会社等の投資は、もちろん吟味も必要ですが、大企業は是非日本の優れた中小企業や零細企業を救って傘下にして欲しいです。オンリーワンのノウハウや人材のあるところをどんどん吸収して、双方のいい面を活かすのです。地域密着で少しでも下請けや関連のある分やなら支援する。数を増やせば元の会社も大きくなり敵対的買収を防げます。経理事務や福利厚生はスケールメリットを活かせます。吸収してどうしようもなければ、セグメントして人材や資産をそのときに再分配すれば良いのです。
日本の企業はやはり効率は悪いです。それは中小企業が多すぎます。中小企業の社長さんには悪いし、暴言に聞こえますが。景気のいい時は個人に実入りが良く、悪くなると公的支援に頼るのも俯瞰してみれば勝手なものです。小さいところの独立性や個性は活かしつつ、経営や会計の責任までは持たせずに思い切り頑張れるような体制がいいと思います。
外食、居酒屋もチェーンしか残らないとも言われますが、資本はチェーンでもいいとも思います。

大きな会社の庇護を受けるには、長所をはっきりプレゼンし、個人経営の我儘、我流は抑えることは必要です。
(つづく)

コロナ後東京圏の一極集中打破がカギ

コロナ後の日本復活の鍵は、地方再生、東京一極集中の是正、打破にあると言えます。
この観点から現在の問題、私達でできることと、提言することを何回かにわけ提言していきたいと思います。
今回のコロナ禍で痛感された方も多いでしょう。最後まで緊急事態宣言が解除されない神奈川や埼玉、千葉を含んだ東京圏。山間等の郡部、島しょ部をのぞく都市部として東京圏は世界最大の人口3500万人が住んでいます。これはインドのデリーの2000万を大きく上回り世界で圧倒的に1位の都市圏です。日本の総人口は近年どんどん追い抜かれて中国やインドにも差をつけられましたが、東京圏の人口は世界一なのと、それゆえ国に占める一都市圏の割合としても「日本における東京圏の割合」は面積のある規模以上の国々の中では圧倒的に大きい割合です。日本=東京に近い図式です。
首都圏機能の移転、分散などの話題の出ましたが、移転は立ち消え、文化庁の京都等しょぼい分散がアリバイのように進んだだけです。
東京圏の恐ろしいほどの地価高騰、通勤地獄。災害時の帰宅困難、避難場所の不足。保育所や病院の不足。そして今回の決定的なコロナに伴うパンデミック時の医療機関や保健所の崩壊のリスクを考えると、「日本人はなぜ東京に住みたがるのか」と改めて考えたくなります。
関西や福岡、名古屋は世界的に見ると並かそれ以下の都市圏だと改めて認識されます。東京圏がいかに異常かは朝夕のラッシュや、休日の繁華街や観光地等でも明らかです。
人やお金が集まるから、美味しい店や珍しいモノも集まる。しかしそれもリスクと天秤にかけ、判断する時代になりました。ネットの情報は都会も地方都市も変わりません。インバウンドで地価や家賃が上がり客の回転も上げるため、モノの質、料理の味など価格に比べて悪くなります。
田舎暮らしとまでは行かずとも、地方都市の住み易さを見直す。セミリタイアできる人はちょっと考えてみて、自治体を当たってみることも良いと思います。                   (つづく)

麻雀の功罪

検察トップの緊急事態宣言下での賭けマージャン問題で、にわかに注目されています。
はたして麻雀って今の若い人にとっては、どんなイメージでどの程度知られているのでしょうか。
高等教育を受け司法試験を受け公務員のトップ、しかも法務、検察の長がハマるのです。知らない人でもそれは刺激があり面白い知的ゲームであり、ギャンブルなのだろうと想像できるでしょう。
確かにオジン臭い、あか抜けない大人のイメージがありますが、根強い人気と依存症になるぐらいの常習性があります。
中国の方を毛嫌いする向きも多い中、ラーメン等の中華料理と三国志等の歴史と、この牌遊びだけは好きな中年壮年が多いです。マンガや映画にはカッコ良く孤高のプロが描かれたものもあります。
私らの学生時代や社会人になったばかりの1980年頃は、今より娯楽の種類も少ないよく流行っていました。
基本用語が中国語由来、4人がそれぞれ個々のプレイヤーとして戦うため、3人の相手の動きを観察して読まないといけないのでそれだけでも結構難しいゲームです。
細かいルールまでは書きませんが、役満など大きな一発逆転の要素もありロマンがあるといえるでしょう。そしてビギナーズラックもあり、引き込まれる部分も分かります。
私は当時の雀荘や寮などが、不衛生で煙草の煙もひどく、時間もいつ終わるか分からないのもありあまり環境面が好きではありませんでした。時間制ではなく半荘という親の一巡が2度終わるまで区切りがありません。親が勝ち続けると無制限に終わらないのです。
それとやはり4人のメンツを揃えるのがまた微妙なところ。5人なら一人抜けながら回すのはありですが3人では無理ですから4人目は、できる人が身近にいれば強引に誘われます。
まさに今の「密」や体調、明日の授業や仕事など関係なしです。そしていつもやる4人の力量レベルも大事な要素、一人があまり勝ち続ける負け続けるではない。それなりのバランス関係で続くような感じでした。
接待麻雀はまた要素が違います。ゲームとしては面白いのに片八百長などで使うというのはなんだか本質と違い残念です。オンラインでも対戦できますが、熟考が許される囲碁や将棋と違い、一定のリズムで回さないといけない麻雀は瞬時の判断を間違うとか見落とすいうミスもよくあります。4人を集めること自体がだんだん難しくなり、今度の件もありギャンブルが厳しくなるとリアルでの麻雀の文化はだんだん廃れるのかもしれません。
現実の社会は常に三方向くらいの相手をしながら、活動しています。そのための訓練としてはいいゲームかとは思うのですが。

自分で窓を開けよう

自分で進んで窓をあけましょう。灯をつけましょう。
「空気が悪い」「暑い。寒い」「暗い」と文句ばかり言っている人がいます。それを論理だててエンエンと証明して愚痴る人がいます。
そんな人に限って、自分から進んで窓を開ける、扉を開ける、灯のスイッチを入れる等の行為はしません。オフィスなどでもそういう人は顕著におられます。自動ドアや感応型の照明もありますが、他人任せ自分の意志で動くことは大切です。
朝いちばん窓を開け、大きく息を吸い込むことはきっと良い一日につながります。
地下鉄も含め電車の窓が開いていたりして、それはそれで気持ちはいいです。