1975年、映画「新幹線大爆破」の頃

 昔の映画を観ていると、当時の鉄道の車両や風景、その役割すらがその時代らしく出てきて驚きます。
 松本清張の「点と線」「張り込み」などは新幹線以前の昭和40年頃の長距離は夜行列車が当たり前の時代が映像に残っています。
 「新幹線大爆破」はようやく山陽新幹線が博多まで開業した年の作品です。1両のみの禁煙車が登場するのは翌年からで、乗客が平気でタバコをくゆらせていました。もちろん丸いゼロ系列車で2階建ての100系は1985年の登場です。


 高倉健、丹波哲郎、宇津井健、千葉真一、志村喬ら当時の東映のオールスターキャストでの娯楽サスペンス大作です。
 「暴走機関車」「夜空の大空港」にサスペンス部分などでアイデアを得ているところもあり、また後の映画、ドラマにオマージュや影響を与えた要素も多い映画でした。
 撮影協力を交渉したところ、安全を謳い文句にしていた国鉄は、刺激的な映画のタイトルに難色をしめし、協力をしていないのでセットやミニチュア、はめ込み合成になっているところは映画屋さんの意地が見え、愛嬌のあるところもあります。それでも指令室や東京駅などをかなり大がかりなセットで作り、実際に犯人が脅しに爆破するSLを購入するなど、当時ならではの破格のお金のかけようです。
 興行的には、まだ新幹線が全国に及んでいない時代で、面白いお金をかけた映画なのに元が取れるほどヒットはしなかったようです。映画を観たファンにはウケたようで、評価は高かったようです。
 鉄道ファンからもマニア的な厳しい指摘は多くあり、実際にはあの設定では爆破してしまうだろうとの指摘も問題もありましたが、結局面白かったとの評価はあったようです。
 航空機パニックなみに、お医者さんが乗車していないかの放送があったり、まだまだ新幹線は高値の花だった時代で、高度成長への暴走が止まらない世相でした。
 当時、爆破テロなどの模倣犯を心配されて、国鉄が上映中止を要望したほどでした。
 ほとんどの電車が完全禁煙になり、地方にも新幹線が走り出した今に至るまで、爆破などの大事故は起こっていないことは、国鉄とそれを引き継いだJRの鉄道マン、関係者の努力は見逃せません。 

大河ドラマ終了で1年の終わりを感じる寂寥

 テレビ離れの時代と言われながらも、元祖テレビっ子でドラマウォッチャーでした。NHKも内情が暴露されいろいろ問題を知ると最近はかなり嫌いになりましたが大河ドラマに関しては1年もかけて歴史上の人物を追うという、民放ではできないことをやり続けてますので、何となく1年見続けました。子供や若者時代から描かれた英傑が、年末に来ると老境を迎えるのが何とも時の移ろいを感じ寂寥、年の瀬を覚えます。

 ドラマとして良くできている内容、優れた役者、伸び盛りで旬を迎える人や、年齢を重ね上手くなるベテラン俳優もおられます。思い入れをしたドラマが終わると民放の1クール10回3か月ほどは短いようにやはり思います。
 ジャニーズ問題が大きく騒がれた年で、今年は大河ドラマの主役家康も、準主役の信長もジャニーズ系でした、どうする家康というかどうしようかとNHKも悩んだでしょう。ジャニーズ系がしぼむとイケメン枠でいうと、今回本多忠勝を好演した山田裕貴くんのような戦隊ヒーローやライダーなどの特撮系の俳優、舞台やミュージカル系からもチャンスは広がるでしょう。
 毎クールのように顔を出す売れっ子も男女を問わずおられます。役作りも大変でしょうが、見る方の感情移入がファンでさえついて行けないこともあります。
 昔に比べて、人気俳優をNHKが1年以上も抑えきるのは主役以外は無理になりました。朝ドラでさえ半年とはいえ、すでに売れっ子を主演にしますから、サブの登場人物枠を増やし主演クラスの負担を考えている感じがミエミエです。
 そこらあたりで、脚本に制限がかかり面白さが半減になります。
 時代モノも、視点が散漫になり、家康の物語でも、織田や武田、真田、豊臣の家の中で時間を割きます架空の人物もご都合で登場します。いくら大河、歴史とはいえその時代だから活躍した人物を総花で出せば、人物の掘り下げは浅くなります。
 オールスターキャストとなり勝ちなとくに戦国の大河ドラマですが、武将もお姫様も多いの、今度は誰がとか楽しみにもします。 
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 リアルさや重厚さはなくなっていますが、そもそも言葉など昔のことや方言など再現もできないし誰にもわかりません。NHKらしい採算度外の豪華なキャストを組めるところが、民放と違う楽しみではあります。
 季節感や、人間の成長が味わえるので、来年以降見るかは迷うところです。
 民放も個性的なドラマも増えました。その10月に始まったクールの民放のドラマも次々と終わり、年末年始の長時間のうんざりする特番の時期を迎えると、何だかんだあった1年が終わるのを感じます。
 仕事も日常も我々はそれぞれ12月31日まで続くのです。心身を整え乗り切りたいです
 

ワンテンポ早いと残念な人はいる ADHD的な人へ

 「一秒先の彼」という、SF的な設定もあるラブコメディを観ました。
 感想はネタバレになるので、レビューではありません。
 人より早く行動しようという思いが強い人はいますね。私もどちらかというと、慌て者で他人の話をゆっくり聞かないで、あるいは指示をよく読まないで動いてしまったり、話してしまったりします。
 トークが途切れず面白い人は、お笑いとかで才能として見られますが、一般人が人の話をよく聴かず合いの手を入れたり、自分の話ばかりするのは、いつの間にか嫌われたり、疎遠にされイジメられたりします。
 病的なものか、単なる性格なのかまでは境目が難しいですが、ADHDに分類されるような方は実際には多いです。
 ADHDは、「注意欠如・多動症/注意欠如・多動性障害」とも呼ばれ、不注意(集中力がない)、多動性(じっとしていられない)、衝動性(思いつくと行動してしまう)といった症状が見られる障害です。
 職場などでも、周りの理解がないと誤解を生みやすく、苦労する人もいますし、環境などの条件が合えば、天才型で才能を十分発揮するケースもあります。
 この映画の二人のように、ややおっとりした相手と、欠点を補い合い良いバディになることもできます。
 あるいは、ADHD同志でも、個性や気質は違いますから「不注意優勢に存在」「多動・衝動優勢に存在」「混合して存在」と、さまざまに補い合うこともできます。同じような症例を見ると、幾分冷静に自分を見ると、ちょっと間をおいて考えることもできるのです。
 会話を途切れさせないためのつもりとか、議論で勝ちたいのか、知識を顕示したいのか、人間何かと相手の話をさえぎって口をはさむ時があります。「教えてあげる」とか、「このやり方が正しい」とか、本人は悪気はなくとも、これはけっこう相手にストレスを与えます。
 前置きとか、クッションになる言葉をしっかりはさむと、だいぶマシなんですが、イントロクイズみたいに、「女優Aの話、、」「政治家Bの話、、」「最近みたドラマ〇〇、」と言うや否や自分の意見や、下手したら関連する過去の引き出しを無意識のうちに強引に開けてしゃべりだす人がいます。こうなると、ちょっとこの人何だかになってしまいます。親しい友人や、部下になら文句は言われないからと、ついこの癖が拡大し周りから人が離れる場合があります。
「傾聴」と言う言葉があるように、まず息を吸い込み、相手の話をよく聴くことは。訓練としてやれば、少しは改善できると思います。
 もちろん、多くの積極的に「来た球を反応してすぐ打ち返す」「積極的に発言や行動に出る」という、良い評価を受けることも多いので、本当に自分をよく理解し、周りにも恥ずかしがらず、少し「俺、こういう性質やからよろしく」という関係が築けたら良いのです。

いつまでも記憶に残る特撮ヒーロー、ヒロイン

 
 モノ覚えが悪くなって、最近のことでもですが、昔のことは覚えていることは少なく完璧に数十年欠落したままのこともありあす。同窓に会って聞いたい、メッセージで知り斬新なぐらいに過去のことを教えてもらうことがあるぐらいです。
 まだ覚えている詳しいのは子供の頃、見ていた特撮番組ぐらいかなと思います。
 子供時代によく見たテレビとくに特撮ものは、再放送もよくあって見ていたので覚えています。今でも動画配信やリメイク版などで当時の記憶も蘇るもので、なおさら鮮明に思い出します。

 「シン」なんとかという感じでまた映画になったりもしています。
 今でも大金をかけてリメイクされるぐらいなので、当時の子供の視聴率、世帯での視聴の割合も多かったでしょう。それでも映画やテレビの世界で一般のドラマより特撮が格下の扱いで、重要なヒロインや登場人物の俳優が他のドラマや映画を優先して急に降板するということもありました。
 ところが、今になると記録にも記憶にもよく残り、繰り返し再生され、イベントや取材もあるのは特撮ドラマで、わざわざ途中降板して優先させた方のドラマは今となってはそれ何だっけという記憶にもないものになっています。これは、特撮がオタク的な言われ方はあっても地位向上したのかなと思います。
 当時のヒロインなんて、もう70歳以上のおばあさんですが、いまだに初恋の人のように思いいれるファンが多いものです。
 なぜか、これが10代後半から20代前半で輝いていた普通のドラマの女優さんや歌手だと、老けたら「ああそう〇〇も、劣化したなあ、サヨナラ」みたいな感があり不思議です。


 出演キャストとしては男性俳優の方が多く、60代の私より年上で鬼籍に入られたかたや、相当みんなおじいさんですが頑張っている方もおられます。
 昭和の特撮ヒーローを演じた俳優さんで仮面ライダーの藤岡弘さんや、V3の宮内洋さんなどは、未だに二の線を捨てない、誇りを持ったヒーローであり続けている感じがします。
 予算も少なくCGもなく、身体を張って危険な撮影をじていた時代に、子供の夢のためヒーローであった熱い思いをいつまでも持っておられます。
 今は仮面ライダーや戦隊ヒーローの後継シリーズが若手イケメン俳優の登竜門といわれるほどになっています。それはそれで、ステータスが高くなって良いことです。

仮面ライダー 真(シン) 考察

 庵野秀明監督・脚本の「シン・仮面ライダー」が上映されました。
 同世代でややマニアックな面もある庵野さんの「シン」シリーズです。エヴァやゴジラ、ウルトラマンとそれぞれヒットを飛ばしてきましたが、仮面ライダーはやや興行的には苦戦しているようです。
 ネタバレはできるだけ避けますが、観た方も賛否両論で、相当コアなファンでないと十分には楽しめないような内容のようです。私の印象もそう、複雑です。
 仮面ライダーはウルトラマンと並ぶ私らの子供時代のヒーローであり、途中中断もありながら、平成、令和と今も続いている特撮シリーズです。もちろんご存じの方が多いとは思いますが、ウルトラマンが円谷東宝系の怪獣相手の巨大ヒーローであるのに対し、仮面ライダーは等身大で怪人を相手にする東映が制作のヒーローです。

 今となって、制作の裏話などでも伝わりますが、特撮の本家ともいえる円谷のウルトラマンに比べ、東映は予算や技術では太刀打ちできない面を役者や演出陣の工夫、根性とアクションでカバーしたと伝わります。その熱気が第二次特撮ブームで、先日紹介した「帰ってきたウルトラマン」その後の「ウルトラマンエース」あたりの時期に、等身大の「仮面ライダー」その後の「仮面ライダーV3」は真っ向からスピーディなアクションで迎え撃ち、「変身!」のブームで第二期のウルトラシリーズを上回る人気でした。
 小学生から中学になろうかというときが、この第二次特撮ブームで、第一次のウルトラマンほどの圧倒的世帯占拠はなくとも、当時の子供らは「ライダー派」と「ウルトラ派」に分かれました。

 どちらが強いかという議論は設定であり身体のサイズからして意味がないのですが、私はどちらもリアタイである時期まで見て、ウルトラマンのシリーズの巨大化というのが時にムダでリアリティを欠くと子供心に感じた面があります。実際にアクション面で敏捷さに欠けるイメージがウルトラマンの不人気な点でもあり、巨大化することでミニチュアなどの制作費もかさむため特撮巨大ヒーローは一時下火になります。東映側からは潤沢に見えた東宝円谷もオイルショックには勝てず実は厳しい予算だったのが分かります。
 ただ今回、「シンの映画」で取り上げられた仮面ライダーの初期シリーズもいろいろ矛盾やリアリティを欠くような大人の事情もあったようです。主役が本郷猛から一文字隼人に交替するのも役者の大怪我という事情を無理に脚本化しています。

 今回、「シンの映画」で仮面=ヘルメットのような感じで描かれています。特撮ヒーローの変身というのはツッコミどころ満載なのです。仮面ライダーの仮面が外部装着のヘルメットなら普段はどこに持ち歩いているのでしょう。バッタ容姿のヘルメットなら複眼状の目や触覚は装飾のようなものなのか、改造人間としてパワーを発揮できるようになる状態に変身した時、いろいろ装着するのはどういうシステムなのかと思います。ややグロテスクかもしれませんが、甲虫などの金属感は自然にもあるので身体が変身するとした方が未だにしっくり感じます。そうでないといきなり爆風を受けて変身する場合などは成り立たないような気がします。
 ベルトが身体に埋め込まれて、あとは身体が変態すると言うのがリアルなのか、宇宙刑事の蒸着や、その後の一般人のライダーシステムでの変身などは外部からの高度技術です。同時期のスペクトルマンなどは宇宙へ本人が依頼してそこからの何らかの技術で変身します。
 バイクの変形などはメカとしてはそういうものと分かりますが、相当にバックアップメンバーが要ります。
 最近の仮面ライダーは改造人間ではなく、普通の人になりました。改造人間の悩みという面では初期シリーズの踏襲は重大でしょう。コントロールしにくい魔性の力を持ってしまい、悩む苦しむ、その人外となった醜い強さを隠すのが「仮面」そうなると、かなりヒーローとしては異端です。相手がテロ組織とは言え、石ノ森さん独特の悪の組織が作った者が、裏切って孤独なヒーローになるというのですが、警察や防衛組織もない孤独な戦いでは現実的には戦い切れないのではと思います。警察と良い連携をとった平成の仮面ライダークウガやアギトなどがその点は一番納得です。アギトにはG3という警察の作ったライダーがヘルメットのような仮面をかぶり全身防具を装着しますが、元のアギトやギルスはやはり自然に仮面や身体は変身しているような描写に見えます。謎の部分です。

 どこまで行っても、ご都合な謎は残る者です。それも楽しみなのでしょう。

1976年7月 Gメン75沖縄3部作レビュー

 先日Gメン75の話を書きました、その中で沖縄3部作について詳細をレビューをそのうちと書いておりまして、ようやくDVDをじっくり見ました。

  第59話「東京ー沖縄 縦断捜査網」
  第60話「暑い南野島 沖縄の幽霊」
  第61話「沖縄に響く 痛恨の縦断」
 以下ネタバレです。
 昭和51年(1976)年7月3日から.3週続けてという、2時間半以上にわたる、オール沖縄ロケという今では考えられない映画並みのスケールであり、異色中の異色ともいえるギャンブル的な試みの力作です。タイトルだけでは60話はホラーみたいですが、完全な連続ストーリーになっています。しかも見ているものは前編とも後編とも謳っていないのでいつ終わるのかもわからないで見せられていました。
 当時の刑事ドラマ、アクションドラマは多くのレギュラーがいるものの全員が総花的に出るのではなく、それぞれ一人のレギュラーが主役になってゲストと対峙し厖大なセリフをこなすパターンが多かったのです。この3部作でいうと、シリーズ前半紅一点の響圭子刑事を演じた藤田美保子さんです。朝ドラ「鳩子の海」でデビューした背の高い女優さんですが、朝ドラ時代も子役が好評の後、当時としては大女の藤田さんは不評で、その後も今の朝ドラ女優ほどドラマ、CMには出ておられません。しかし、Gメンの女刑事はハマリ役でとくにこの沖縄三部作で、沖縄問題の奥深さを知り苦悩する役をよくこなしています。沖縄人から罵倒され、地元刑事に逮捕拘留されるわ、罠にはまり米兵に暴行寸前、犯人を逮捕するもハブに咬まれ瀕死の目、最後は逃げる米兵と銃撃線で腕を負傷しながら発砲と自ら体当たりの演技で、沖縄の悲劇を日本人の目で体現していきます。

 戦時中からの本土の日本人への恨み、異民族に支配され続けた28年の沖縄人の葛藤がいろんな場面で表れ、なかなか今の時代のドラマでは難しい表現も多くでます。
 普天間基地の周辺を舞台に、米兵に性的暴行を受けて、まともな裁判すらなく泣き寝入りとなった二人の女子高校生の家族が刑事となり、米兵に復讐を企図するところが事件のきっかけです。東京と沖縄で刑事になっている二人とその妹も含め、全員が最後には非業の運命に向かいます。Gメンたちにも沖縄の壁と、米軍の壁が立ちはだかります。

 「サインはV」で白血病のバレー少女を演じた台湾出身の范文雀さんが、自死した妹の姉役で記憶を失いながら切ない恨みの唄を披露します。
 のちに刑事役でシリーズレギュラーを果たす范文雀さんこの頃は透明で無垢な印象の美人です。
 家族の復讐を誓う刑事に、川地民夫、織田あきらさんが熱演。そして仮面ライダー初期で緑川ルリ子を演じた森川千恵子さんが暴行された後、ホステスとなる悲しい運命の女性を演じています。前半は女子高生役、後半はアバズレたホステス、そして最後はほぼすっぴんのような笑顔のない難しい役どころを見事に演じています。長い髪のキレイな美人女優さんでした。
 昭和特撮ファンは米兵とつるむずるい悪役で「キャプテンウルトラ」の中田博久が、同番組でキケロのジョーを演じた小林稔侍が刑事役で出演し、同時にテロップで出るのもニヤリとさせられます。
 
 本土復帰後も米軍の不平等な裁判、犯罪者も逃げ込む米軍基地、そして本土人を信じないで、経済は基地に依存する沖縄人の悩みと、この時点で多くの沖縄の苦しむがハードに描かれます。少しスカッとするのは、やはり丹波哲郎演じる黒木警視の米司令官への英語でのまくしたてだけです。ほとんどの関わった沖縄人を救えず、最後も苦しみぬいた響刑事の怒りの発砲は命中したのか、わからないままでエンディングです。
 

1976年高校生を熱くさせたハードボイルド

真木千恵子と織田あきら

1976年高校生を熱くさせたハードボイルド

 ハードボイルド Gメン’75 熱い心を強い意志で包んだ人間たち,このドラマ冒頭のナレーションは視聴者に強烈な印象を与えました。そのインパクトから派手なアクションを想像されますが、沖縄を描いた3部作など、今の民放の刑事ドラマでは考えられないほどシリアスに社会問題を深く彫り描いていました。

 1970年代後半、Gメン75は、TBS系土曜夜9時枠・東映製作によるアクションドラマシリーズです。この作品はとくに登場人物の葛藤や悲哀、緊張感に満ちた心理描写や、社会性を強調した重厚かつ先の読めない人間ドラマがコンセプト。特に初期は硬派なハードボイルド刑事ドラマとして製作されました。

 劇中
『米軍の武器横流し事件の主犯、マーチンが米軍基地内に匿われていることを知った故丹波哲郎扮する黒木警視は、米軍司令官と交渉すべく沖縄へ飛ぶ。』

 詳細レビューは、また後日。とにかく熱く、カッコよかった1970代。

デレイ鑑賞完了 年末終了ドラマざっくり総まくりETC #大河ドラマ#鎌倉殿の13人#PICU#invert城塚翡翠倒叙集#エルピスー希望、あるいは災い

 今年も仕事納めが終わって、テレビやラジオもその少し前から年末体制に入り、レギュラーは「良いお年を‼」とお休みに入り、昨日あたりからは地上波は短縮されたニュース以外は、朝から総集編やイッキ見せ、ロング特番のオンパレード。要するに商店でいうと、シャッターを閉めて【〇日まで休みます】の張り紙を貼ってる状態です。

 テレビドラマを、みんなが同じように見る時代ではなく朝ドラや大河でさえ見てる人は語り合いたいが見てない人は何やそれなので、ドラマのレビューをブログでするのはあまりなかったのです。舞台や本、映画のレビューはしてましたが、よく考えるとそっちのがもっとマイナーなので、原作や映画、脚本家、役者がらみで楽しめた年末終了のドラマ中心に感想をまとめてみました。

 敬称略で、まず大河ですが、「鎌倉殿の13人」やはりここ数年の中でもバツグンに面白いし、さすが三谷幸喜です。細かい史実でごちゃごちゃ言う歴史家はいるでしょうが、この時代を興味深く掘り起こした功績と、群像劇としての面白さ、小栗旬の北条義時がブラック化する描き方など見事です。
 それぞれの役者さんも大河ならではのキラ星のごとくで贅沢使いでしたが、随所に三谷ファミリーがいい味を出していました。1年は長いし、生涯で時代が流れるので、昨日総集編を見ると前半にこんな人も出てたんだと思いだしてびっくりします。
 国際派女優の菊地凛子は、義時の3番目の妻で一番正確の悪い「のえ」を憎々しく演じて、同時期に吉沢亮主演の「PICU小児集中治療室」では、主人公らを助ける熱く正義感溢れる北海道知事をスカッと演じてカメレオンぶりを印象付けました。収録時期、クランクアップは不明ですが18日日曜日大河、19日月9と連夜の最終回を迎えました。PICUは北海道が舞台で、木村文乃さんが好きで何となく見始めましたがいい内容でした。吉沢亮安田顕となると2019年の朝ドラ広瀬すず主演の「なつぞら」を思い出します。「なつぞら」で主人公なつの恋人ながら、病で若くして無念の死を迎えた画家天陽くんが、北海道で蘇って小児科医で奮闘したような印象でした。吉沢亮の前年大河「青天を衝(つ)け」も頑張っていたのですが、正直面白いドラマではなかったので、PICUは吉沢亮らしさが全面で良かったです。
 なつぞらでなつの義姉裕美子を演じた福地桃子が泰時のしっかり女房役で、当時のしっかりした裕美子役を彷彿していました。
 大河では、脚本家の力量と、時代が古いほど創作や想像の範囲が広がる反面、最終的には大きな史実が変えられないジレンマがあり、そこらのバランスが鎌倉殿の13人が優れた部分でしょうか。
 「青天」でもうひとついうと、やはり吉沢亮の相手は広瀬すずが良かったのではとも思います。PICUでは木村文乃ちゃんがツンデレで吉沢亮と恋愛に向かうかと思いましたが、一切恋愛なし、ラスト前は重病の分かった大竹しのぶ演ずる母と吉沢亮とのほとんど二人だけで親子のやりとりの回が秀逸でした。
 大竹しのぶさん「鎌倉殿」にも巫女のおばあさん役で出ていました。「なつぞら」の後半でなつと結婚する中川大志もすっかり中堅のイケメン俳優として「鎌倉殿」で畠山重忠。瀬戸康史、坂口健太郎、と小栗旬からタイトルクレジットの前半の役者名は若手中堅イケメン大集合という感じで、高橋英樹とか緒形拳も直人も遠いそんな時代かと感服します。

 そんな中で今回の大河で一番のブレイクは北条時宗を演じた歌舞伎俳優坂東彌十郎でしょう。後鳥羽上皇の尾上松也ら歌舞伎枠でドラマ出演の多い昨今ですが、主役級では初登場で誠に渋いセコい人間味のあふれるオヤジを演じ、悪女宮沢りえのりくとも味のある夫婦でした。同時期終了の「クロサギ」にも前半のラスボスとして出ていて、これから頻々とオファーがありそうです。「クロサギ」はマンガ原作、平成版山下智久主演のリメイクですが、山Pドラマでさえもうかなり前なのかと、ここでも時代は新しいジャニーズ系しかも退所予定キンプリ平野紫耀、今年の朝ドラで賛否あった「ちむどんどん」黒島結菜井之脇海の料理店コンビが再共演してました。

 「クロサギ」にはシロサギ白崎役で山本耕史が出ています。メフィラス星人人間体もそのキャラのまま演じた山本は。新選組、真田丸の三谷大河に続き鎌倉殿で義時を支えほぼ出ずっぱりでラストを迎えた三浦義村役でした。10月の前の夏クールになりますが公取を描いた坂口健太郎主演の「競争の番人」で最初の敵役。この番組は大河の政子役の小池栄子もレギュラーで出ていて主演の坂口健太郎とともに3人が大河掛け持ち。4月時期の綾瀬はるかの主演ややマニアックなミステリドラマ化「元彼の遺言状」にも頼朝大泉洋と共演しています。義経約菅田将暉も1月期の「ミステリというなかれ」で主演していました。これも面白かったです。鎌倉殿で掛け持ちがなかったのは完全主役の小栗旬ぐらいだけみたいで、昔の大河では考えられないスケジュールの調整が難しい裏話は山のようにありそうです。

 鎌倉殿で後半の重要な役どころを演じた坂口健太郎、やや地味なイケメンキャラでしたが、昨年前期の朝ドラ「おかえりモネ」の菅沼先生で主演して、主演清原果耶の萌音と淡い雰囲気の相手役で「俺たちの菅沼」としてブレイクしました。 

 その清原果耶、NHK出演も「透明なゆりかご」「朝が来た」「なつぞら」その他数多く優等生的な感じの強い彼女が、ややあざとく怪しい霊媒探偵城塚翡翠を演じた「霊媒探偵城塚翡翠」とそれに連なる「invert城塚翡翠倒叙集」評価が難しいところです。これまたマニアックなミステリの映像化です。
 原作者とのトラブルもあったようです。ただ元々ある程度人気女優で映像化するような意図もあるようなキャラミス的な作品でありながら、倒叙や叙述トリックなど普通には映像化が難しい矛盾を抱えたホンでしたから、まあ作者のこだわりが強くそれなりにはよくできています。結局作者が脚本をほとんど書いたような裏話です。
 10時半というプライムですが、「朝が来た」でも共演した主演級の小芝風花、瀬戸康史(鎌倉殿で「トキューサ」こと北条時房を演じ蹴鞠などもこなした)を脇に使いながらも、視聴率はやや苦戦したようです。
 最終話はテレビ的に映像TRICKを加え、全話に伏線を張って作者みずからが原作と違うなかなかすごい結末を用意していました。しかし、翡翠と小芝風花演じる真ちゃんが悩みは抱えるも可愛くきゃぴきゃぴ過ぎて、多くの人はそこで深くミステリの細かい部分まで行かず、キャラミスに思えてしまうでしょう。あざというのが嫌いな人は避けてしまいそうです。倒叙ミステリということで刑事コロンボの系譜、三谷幸喜の『古畑任三郎』ばりに出演者がテレビ視聴者に謎解きと挨拶をするのも、知っている人にはニヤリですが、知らないとなんやこれになっているのかもです。
 平成の古畑と比べられない低視聴率は残念ではあります。それと、ネタバレになりますが、原作を変えて最後の話は城塚翡翠を真が変装を早々に犯人に見破られたことにして、目撃者役も翡翠のなりすましではなく翡翠に雇われた別の人物に設定にしたのです。ここはやはり無理しても最後まで真が翡翠に変装したままでもできたのではとも考えます。大どんでん返しで最初から小芝風花が城塚翡翠だったというのを推理していたファンもいました。小芝さんの贅沢なキャスティングがそれかなとも思わせました。

 「鎌倉殿の13人」でナレーターだったのが長澤まさみさんで今クール「エルピス 希望あるいは災い」ではセクハラを受けたりのアラサー元人気アナウンサーを好演してました。鈴木亮平や三浦透子など脇も良かった。ほとんど見逃し配信でしたが、内容は鋭い地上波ではぎりぎりよく内部事情も描いたような感じは受けます。鎌倉殿前半のヒロインだった義時最初の妻八重を演じた新垣結衣とともにすっかりアラサーの実力女優です。永野芽以との「ハコヅメ」が人気だった戸田恵梨香も結婚、妊娠とありながらも同世代でいい仕事をされています。川口春奈「silent」その他いくつかのドラマ割愛させてもらいます。
 石原さとみ含め10代後半20歳前後から見てる人がアラサー、映画ではとだえりもそうでしたが芽以ちゃんの母親世代というあたりが、平成の世が過ぎたなあという感じです。
 令和も4年が終わる2022年12月終了ドラマ、マイペースにレビューさせてもらいました。たぶん、最初で最後、来年はもう見ない、、かな。

旬の時代が早く過ぎる

 一人の女優さん特にメチャクチャ推しでもないのですが、何だか時代の流れの速さを痛感したので話題にしてみました。

 広瀬すずさんの熱愛報道が出て、引退がささやかれてます。

 そのちょっと以前から、たまたまトーク番組の内容で、何だか残念というか心配なことをしゃべっていたので、何か伏線だったようです。

 雑誌モデルなどを経て2015年の映画「海街diary」で新人賞、助演女優賞で注目され、その後「ちはやふる」や「チアダン」など主演映画もヒットする。完璧に近い容姿と演技力で席巻し、2019年にはNHK朝ドラ「なつぞら」主演、紅白歌合戦もその前年から2年続けて司会をこなしました。昔は若手女優の登竜門だった朝ドラに今さら広瀬すずという最強のビックネームをという感じでしたが、あれが3年ほど前20歳過ぎた頃でした。

 いわゆる顔面偏差値の高い、瑕疵を見つけるのも難しいような美人女優で、これから一時代が来るのかと思われました。

 私自身はアイドルの群雄割拠時代で、美人過ぎて個性がないような感じで特にファンではありませんでした。滋賀県で仕事をしていたので、女性だけど広瀬すずが好きだという同僚がいて、いろいろ魅力を教えてもらったり、ちはやふるの映画ロケ地を辿った思い出がある程度でした。

 もちろんどんどん演技も達者な、美しい若手女優が後から後から出てくるのですが、2020年を過ぎて、明らかに広瀬すずのパワーは落ちます。旬が過ぎたのか、元々コアなファンが多くなく作品にも恵まれなかったのか。ちはやふるでは引き立て役のような助演者の上白石萌音や清原果耶がその後の朝ドラに抜擢され、「旬」はそちらに行ってしまいます。

 前出のトーク番組で語った。10代前半の小さい頃から姉を追いかけて芸能界入りして、「ほとんど学校生活も青春も恋愛も経験がない。恋愛も青春もこんなもの何だろうかなと想像して演技していた」

 何だか、それを言ったらおしまい。俳優としては禁断の発言のような気がします。女優として虚構に生き続けるより、リアルな生き方をしたいとの願望だったのでしょうか。

 私の友人が好きで推した、新人の頃の情熱があり、ひたむきな演技は徐々に消え輝きを失ったのは、そのあたりが原因かもと想像します。

 昭和の時代の吉永小百合さんのように時代を築き、ブライベートをあまり語らず見せず生涯女優として生きていく人などもう出ないでしょう。

 「なつぞら」の主題歌だったスピッツの「優しいあの子」は今もよく聴き歌います。散策した近江神宮のみどり紅葉を思い出すと、わずか3-4年で時代が流れ、人はターニングポイントを迎え、悩み抜く時を経ます。旬の人やモノがだんだんと置き換わっていくなあと少しセンチに切なく思います。

「見逃し」の無い時代

 私の子供が小さい頃、地方に住んでいたのでたまに関西でしかやってない映画や子供が喜びそうな番組を親が録画してくれていました。
 操作もままならない老夫婦が頓珍漢なこともしていました。まだVHSが往生する寸前ぐらいでその後DVDだと機器の互換性が下がりそんなことも難しくなりました。
 今はリアルで視聴できず録画もできずとも、見逃し配信サービスがあります。昔の映像、映画やドラマもBSやCSはじめその他の配信サービスを探せば、問題があって放送禁止以外はたいてい見れます。
 チャンネル争いで兄弟げんかしていたころに比べると、テレビが見れなくてもすぐスマホというのが今の子供たちです。
 昔の優れたものとも対抗していかないといけない今の制作者はそれなり大変です。その上、多チャンネル化、働き方改革、テレビ離れで予算も時間もないのでしょう。
 それだけテレビ地上波もスカスカになってきています。
 ちょっと前に引退した先輩が暇で鬼平犯科帳ばかり見てるというのを、バカにしていましたがそんなものなのかもしれません。