想像したより高齢者が生きづらくなった21世紀の日本

 今還暦を迎えて、高齢者と呼ばれてもおかしくない世代の人が、子供の頃の昭和末期まではお年寄りはもう少し優遇されていました。

 戦争と、戦後の厳しい時代とその後のモーレツに働いた世代が、日本を支えた人たちなんで現役引退お疲れ様という感じだったのでしょう。

 年金は納めた当時の金額よりも、はるかに大きな金額が貰えて、健康保険の保険料も医療費負担も少なく、介護保険は制度はないのですからもちろん負担も無かったのです。

 年金が年300万、月22万とか25万で当時の物価で昔は天引きもないので、十分生活できました。家族も多いので世話してくれる人がいたのです。

 老人ホームに入れるなどは、世間体が悪い印象すらありました。

 21世紀では家族で高齢者を介護するあらゆる余裕が無くなり、年金の中からか本人が払うか扶養者が負担して施設に入るのが当たり前になっています。それだけでも経済的な負担は大きくのしかかります。そこそこの施設に入ると年金では払いきれない支出になります。

 家族の奉仕で無料だったものが、保険料になり介護保険料の徴収が始まりました。健康保険も無料だった時代は終わり、国民健康保険や、健康保険組合の財政悪化の根源だった高齢者は後期高齢者医療保険制度に切り離されました。2割の負担と、保険料の本人負担も始まり、年金から天引きされ始めました。

 税制改正で富裕層の累進上限が70%から50%そして37%まで下がりました。これに対し年金生活者はこの30年近くで税金も社会保険料もどんどん上がりました。

 リタイア時の虎の子の退職金も、初任給や賞与などに比べ、じわじわと下がり、老後資金は自分で2000万用意が必要と言われるようになりました。お金がないのに長生きすれば罪のような感じの高齢者に厳しい21世紀になっています。

 ロボットが家事をやり、空飛ぶ車が家の上空にいると想像した未来でしたが、そんな未来は庶民には夢でした。平均的な高齢者はここへ来て物価高で相当厳しい生活を強いられています。自治体によっては国保料も高く、公営交通の特典なども減っています。

 ロボットはまだファミレスの配膳かウーバーぐらいしか見かけないですし、おかげで楽になったり安くなった訳でもないです。

 役人や政治家それぞれが年金を優雅にもらってるお年寄りから、もう少したかれるだろうと、あっちからもこっちからも無分別に税金やら保険料も取り立て給付は減らしていきました。支払う年金は年金財政のため抑えられては、仕事とか財産がない高齢者は悲鳴を上げるのは当然です。

 人生100年と言いながらも、サラリーマンの定年は65歳ですから、個々人のファイナンスプラン、バラ色の年金生活は大変厳しいものになります。

 物価高は待ったなしですから、ただでさえ2カ月に1度の年金振り込みですから、1〜2年後の改訂ではなく、食料品の値上がりにスライドして年金生活者支援給付金はもう少し幅広い層に給付すべきです。

 ほぼ国民年金だけの人に5000円程度だけの調整のような制度では貰える人はちょっと嬉しいにせよ、多くの厚生年金受給者の年金生活者には関係ありません。

 配当や事業で所得がある人以外の年金生活者には、物価高に合わせての増額給付を早くすべきです。

 外交、国防、そして少子高齢化ももちろん大事で比べるようなものではありません。しかし、喫緊の国民課題には違いありません。

 減税や社会保険料軽減に財源というのはそもそもおかしいので、既に取りすぎた制度時代の見直しであり、公平公平な老後の最適化です。政治に携わる人、役人・行政のトップはこれを考えないと、政権、国の根本は安定しません。

 失われた30年とかいうのは政治の失策と野党は言いますが、専門家の官僚が酷いのです。

 20世紀末に、将来まで俯瞰したグランドデザインを考えられず、目先のセクトだけの枠組での予算にこだわった官僚の責任が大きいでしょう。自分たちは天下りで悠々と老後を暮らせる退職金や年金をガッツリ貰う立場におれば、実質の所得代替率がどんどん下がり不満が爆発する時期は必然だったのです。

 最後には憲法で守られた最低限の生活、セーフティネットがあるというのはあまりにも横柄な役人の立場です。

 財政が厳しいなら、20世紀末に必要だった天下り団体が、用済みで縮小するとか、役員報酬ぐらいは減らすスタンスがあってもいいはずです。逆に入札で優位に立ち民間を圧迫しているのでは、貴重な税金が上手く経済にまわらないのです。

 退職金の税額控除など、せめて生涯でトータルにすべきです。そもそも巨額の退職金が、起業家でもない、横滑りの役人に何度も支払われることすらおかしい。最低賃金のボランティアでいいぐらいですが、「規定が」とか言って辞退する人もいない。

 この辺から財源を産まないと、金額の多寡は別にしても、不公平感が理不尽すぎます。

 高市総理の回りにも、庶民とはほど遠い世襲議員や官僚出身、財務省洗脳議員もおられますが、負けずに頑張って欲しいものです。

 他党とも協議を重ねた税改正などの案件をおろそかにするとイッキにブームは去ります。

 あえて、高市総理にもう一度エールを送ります。

 

 

 

 

 

選挙つれづれ

 明日が投開票で衆議院選挙が終わります。あまり、政治がどっちがいいという話は好まれないので風景と、選挙制度そのものについてのみ。

 

 プチ旅をしていて、京都でも別の選挙区や、名古屋や大阪、奈良の候補者や応援の幹部らも見ました。

 ポスターや街宣車、辻立ちも日本の選挙ならではの風習です。

 高市総理が来るとか、他の人気幹部が来るというと相変わらずものすごく人が集めるものです。

 ライブなどでもそうですが、あんまり人が多いと見えないし、聞こえないから意味ないと思うんですが。

 辻立ちでテレビと全く違う話を切り出すわけでもなく、せいぜい御当地ヨイショと、大して知らないはずの候補者を褒めちぎる応援者も嘘っぽいのでなんだがです。

 高市総理、大変頑張ってはおられるし、圧勝の勢いですが、体力的にはちょっと心配です。これから課題山積みで、自民党が勝っても切りたい守旧派のような人、官僚の改革を妨げる層が残るのです。中道改革や維新が敵ではなく、敵は身内にありです。

 イタリアの女性首相メローニさんが40代なのを思うと、二世でも官僚でもない高市さんのような政治家がもっと若く首相に登りつめる体制でないと日本は変わらない気がします。

 相変わらずの辻立ちや、ワンフレーズ、ワンイシューで流れが決まる。選挙権を持って投票する人のレベル以上の政治にはならないのです。

 辻立ちも確かに近くで人となりを見れば人物が分かります。

 少し前になりますが、みんなの党という一時ブームになった党の代表にもう引退された渡辺喜実という政治家がいました。辻立ちされているのを近くで見ました。お父さんが総理にはなれなかった渡辺美智雄さんで、サラブレッドのはずが、麻生首相を批判して自民党を割りました。

 辻立ちでの批判的な恨みつらみの言動は、どうも正確さを欠き、誇張もあり、違和感あり、聞いてる方をバカにしてるような感じでした。案の定、その後、不透明な借入金が発覚して、この方は党代表どころか、親の地盤も失い、政治家失格となりました。

 そういう面では一生懸命さが伺える辻立ちの候補者には好感は持てます。京都1区では高校の後輩に当たる候補に握手もされ、激励はしましたが、「選挙区違うねん」でちゃんちゃん。

 大阪は与党同士の自民党と維新の対決区が多く、ガチンコのところもあります。京都と奈良の一部もそうです。

 維新代表の吉村さんは良く見かけましたし、元共同代表の馬場さんも近くで見ました。寒い中、あくせく回るのも大変体力が要りそうです。与党とはいえ、自民党が圧勝すると、維新はジリ貧なので必死感はあります。

 一方、大阪府の参議院議員で幹事の松川るいさん、エッフェル塔で物議を醸しましたが、この方も多くの大阪選挙区をよく走りまわって、熱心な分かりやすい話で応援をされています。何よりも、大変キレイな方で近くで見るとびっくりしました。

 選挙へのエネルギーを、もっと日本全体のために、閣僚は50代ぐらいまでの若い方でいいのではと思います。麻生さんも、登場すると大変盛り上がるようですが、さすがに現役の、年代ではないと思うのです。

 推しというと、問題かもしれませんが、党の選挙公報見てて、チームみらいがやはり素晴らしい。

 政権を取るとかじゃなくて、政党ごとチームとして与党に加えてデジタル化政治を進めたらいいのにと思いました。

 政党というと、党是や信条があって、それでもころころ組んだり分かれたりが不信に繋がるので、そういう面でも選挙制度や、政治の仕組みは大きく変わらないととも思います。

 そもそも小選挙区比例代表制、完全に分かってる人が少ない気がします。

 

 

没個性、大衆迎合、日本人はなぜ群れたがる

 昨年ミスタージャイアンツと言われた長嶋茂雄さんが亡くなりました。

 私が少年だった昭和40年から50年代という時代は、子供が憧れるスポーツと言えば野球。野球と言えば巨人の時代でした。

 関西にも阪神や南海などたくさん球団があったのですが、テレビのゴールデンタイムは巨人が独占していました。多くの野球少年がYGのジャイアンツの帽子を被っていました。昔はレプリカユニフォームなど無かったのですが、帽子だけはリーズナブルなのかよく被っていました。

 かつてマイナーだったスポーツがオリンピックなどでも注目され、野球というスポーツの相対的な地位は下がりました。その野球の中でも、地域に根ざしたチームが人気を博して、平成にもなると巨人の帽子を被っている子供を見かけることも少なくなりました。

 ところが、令和の時代、ファッションとしても、メジャーリーグの人気チームの帽子を被っている人が増えました。

 昔の巨人のシェアほどではないにせよ、繁華街で子供も大人もドジャースやヤンキースの帽子を被って街を歩くのを見かけます。

 オオタニさん効果なのでしょうが、このオフィシャルの帽子かなりのお値段のものです。

 ウエアはユニクロでも帽子はメジャーという人も見かけます。日本のプロ野球、Jリーグというのは、コアなファンはいるものの。ここまでストリートのファッションにはなりません。

 人権、個性化と言われながら、日本人は、流行、大衆に流されやすいのです。みんながやっていることが、正しくカッコいいと思い、巧みなスポーツビジネスに知らず知らずに搾取されているのがわからないのです。

 世界のどこか別の国に、TOKYOとかロゴのはいったユニフォームや帽子がバカ売れし、埼玉西武ライオンズとか、福岡ソフトバンクホークス、浦和レッズ、名古屋グランパスといった帽子やユニフォームを着て街を歩く若者たちがいるでしょうか。

 前にも書きましたが、グッズだけではなく、もっと大きな放映権料も莫大になり、日本人だけがたくさん支払っております。

 こちらはNHKの受信料に反映するものですし、タダで見れると思われる地上波民放にせよ、スポンサーが自社の商品やサービスに転嫁して、実質は庶民が負担しているのです。

 飲料だけ見ても莫大な金額をCMモデルのタレントやアスリートを使っています。そんなに宣伝費使わずに同じクオリティで価格を抑えた商品があれば買うべきだと思います。

 その価格の原価以上の部分が、日本の社会に上手く分配されずに、多くはフェアトレードでなく、海外の大企業、ブローカーのような広告会社に流れてしまうのが残念です。

議員さんはいろいろ大変?

 選挙期間中なので議員さんの話を書きましょう。

 国会議員と地方議員とは役割も違うでしょうが、多くが政党に所属して、選挙を勝ち抜かないと議員になれない点は変わりません。

 国会議員、地方議員で言うと、親族や、先輩後輩、友人関係にも何人かはいます。仕事がらみでも何人かお会いした人がいます。

 京都市内の真ん中あたりの商店街に実家があったので、昔は票田だったし、父親も商店街の理事長や業界組合の理事をしていたので、議員さんもいろいろ挨拶に来ました。

 たまたま、前職では役所で市議会に関わる仕事の補助をしていたので、市会議員さんのアテンドなども経験しました。

 各委員会、部会のような分野に入り細々とした仕事もあります。まあ、議員さんも大変な仕事だとは思います。

 そんな中で議員さんにも、人当たりの良い丁寧な人、慇懃無礼、傲慢、役人を顎で使う偉そうな態度の人もいました。

 選挙中で政党の名前を上げるのも、微妙なのですが、反省を促したり、期待をこめて実名政党か、少し考えれば解る名前にしときます。

 父は、戦前生まれで自衛隊も経験し、一つ上の叔父も予科練に入ったバリバリの右翼、保守でした。しかし京都市の特徴なのか、左翼系の議員の方が小回りが利き懇切丁寧に話を聞くとはいわれていました。結果、適当な全方向にポスターを貼る家で、投票は人を見て随時のようでした。

 二世で地盤を継ぐ場合でなければ、政治家、議員になるのに、最初に主張や党是で党派を選ぶのではなく、入れる党や繋がりの人の党からスタートするの人が多いようです。

 就職したい業界と考えると、自動車メーカーが先にあって、トヨタに入れず、ホンダに入ったみたいな形で、やはり最大手が自民党のようで、ダメなら◯◯党のような人が多かったようです。

 自民党のある議員さんも、「アイツは自民党に入れずに民主党に行ったんや」とかいう話をされていました。

 最近だと、維新とか国民民主、直近は参政党とかに勢いがあって風を読むとそれがあたりの時もあるようです。小泉チルドレンとか、安倍チルドレンなど、自民党が圧勝する時は比例下位まで議員になれた時があります。

 内閣の安定、国の政策の多数決が決めやすいかだけで見ると、政党の人数の多寡なのでしが、それだけが政治や行政ではありません。

 外交とか消費税とか派手なパフォーマンスだけではなく、コツコツと地味に部会でああだもないこうでもないとやらないといけないことが政治の多くです。

 国の官僚までいくと彼ら自身も横柄かもしれませんが、基本的に役人は真面目にコツコツと課題を議会のためにあげます。

 とても個人的な一面の印象ですが、私が取り次いだ市議会でいうと、維新や地域政党京都党の方はすごく腰が低く柔らかく物腰でした。逆にベテランの自民党、共産党に横柄は人がいました。とくに自民党の某は最悪、あんなのを見ると国政よ含めて党が嫌いになりそうでした。

 年金事務所にいた時の経験で言いますと、年金問題で政権を奪取し厚労大臣も勤めた民主党の某議員もダメでした。年金の専門家のようにいわれてましたが、依頼された側には優しいのでしょうが、機構職員には大変残念な態度を取られました。そもそも地頭が良くないし、大局が見えない感じの発言や行動でした。

 そういう点、自分が落選するとか当選するだけでなく、やはり党を代表している自覚が必要です。

 概ね議員は、専門の役人よりも無知ですから、よほど勉強しないとなかなか具体的なところに踏め込めないのは、国政でも地方でもあります。

 そういう面では、国政はとくに各議員が党派関係なく、専門部会での仕事を長く深くやるようにしないととは思います。

 首班指名選挙はしかたないとして、つまらない議員自身のスキャンダルなどで予算委員会がやたら滞るなど愚の骨頂です。

 税金をどうしようとかいうのは、今回も選挙でみんな大なり小なり言ってるので、大きな部会を作りオープンにしてやり合えば、多少まともな結論も出そうだと思うのです。

 

 

 

不祥事に思うこと

 

 この本には間に合わないタイミングだったのか、京都に本社を置く大手企業ニデックも上場廃止すら検討される銘柄に落ちた粉飾決算がありました。

 直近では、外資系大手のプルデンシャル生命も随分と不祥事がありました。企業ではないですが、東京大学も贈収賄で逮捕されるなど、いろいろやらかしています。

 私のいたカネボウのことももう世間から忘れられたと思ってましたが、この本には書かれています。

 著者はカネボウ再建に乗り込んだ産業再生機構にも属しておられた方です。さらに以前はリクルート事件当時にその社員だったようです。

 戦前は日本最大の民間企業だったカネボウの崩壊に関しては先日も某有名YouTuberが東レなどの繊維業界を取り上げていました。カネボウの中興者であり、崩壊へと導いたといわれる伊藤淳二元会長の闇の話を詳しく振り返って解説したのを見ました。

 その後、平成から令和とコンプライアンスが厳しく言われ出した時代で、多くの大企業も不祥事が明るみに出ました。

 粉飾もパワハラも無くなるわけでもなく、東芝、ダイハツ、宝塚歌劇、フジテレビ、名だたる有名企業や一流大学、団体が雁首並べています。

 カネボウが糾弾された時、社員としては痛恨の思いでいっぱいでした。

 何処でもやってるというのは免罪符ではないですが、その後も当たり前に大きな企業トップが謝罪で頭を低く下げる姿を見ました。

 人間は弱い生き物だし、組織となって悪い方向に向かうと、止められないケースが多いのを痛感します。

 やはり財務系に強く、倫理をトップに進言できる人材がいるかどうかが重要なポイントです。これは政治でも、町内とか小さな組織でも同じでしょう。

 まさに、昭和のカネボウから令和のニデックまでそうですが、成功した起業家や中興者が権力に溺れたせいです。偉そうな哲学を語り、業績の不振を見られたくなくないエゴがヤバいということです。

 こんな透明でガバナンスがしっかりしてるはずの時代の方が罪が重いとも言いきれないですが、とにかく人間は弱いから正しい方向への導きが必要なのでしょう。

 

訪日外国人を増やすのは国策

 インバウンドで外国人が溢れると、街が汚れるとか日本の情緒が無くなるとか毛嫌いし、ヘイトな発言を繰り返す人がおられます。

 外国人の労働者受け入れや、難民や移民の受け入れの問題とは違います。ごっちゃになる人もいますが、ここではその話、政治的な問題ではなく、経済、旅行業や観光などの範疇のファクトでよお話です。

 寺社仏閣、文化や歴史的な遺産、観光地がキレイに整備されています。それは所有者や地元の人のためだけでなく、やはり見てもらって親しんでいただき、感心され、興味を持って貰うとか、喜んで貰えるためです。

 せっかくキレイにして、誰も来ないでガラガラ、連休や土日にちょっと来る程度なら、甲斐もないですし、経済的にももったいないです。

 外国人の観光客が、曜日に限らずホテルや交通機関、観光地に来るのは、業界にとってこれほどありがたいことはありません。

 日本は国として、観光立国を宣言しインバウンドを柱にした政策を掲げ、訪日外国人を増やしおもてなしをする約束をしています。

 現在4000万人ぐらいの訪日外国人を2030年には6000万人と目標も定め、9.5兆から、15兆円の売上を目指しています。

 今の150%近い目標ですから、交通のルートや宿泊、ゴミや騒音含め、これは受け入れる体制をしっかり考えるべき問題です。

 観光税なども、うまく回し、自治体がもらって街全体が潤うようにして、観光客が増えることを喜ばないとおかしい話です。

 観光地全体の分散ももちろんですが、混雑が予想されるところは予約制度や入場制限を設けることですし、またその周知徹底です。地元民と価格を変えたり、交通機関も変えたりする工夫も必要です。

 確かに、海外の方にまだあまり知られていないスポットや、地域も多く存在します。その周知と、分散も必要です。

 観光産業のポテンシャルは十分あるのと、整えるポイントは明確に分かっているのです。

 外国人にどんどん来てもらっても、地元の人が住みづく感じるのではなく、誰もが喜ぶ、しっかりした受け入れ体制とそこの理解が必要です。

寒中の選挙に思う

 昨日も別の用事で役所に行くと期日前投票をしていて、出口調査のマスコミもいました。

 情勢は、まあ予想の範囲内で、あまり大きな変化はないでしょう。高市政権が揺らぐこともなく続くのでしょう。

 自民党も勝ち方、維新・中道・国民民主・参政党・れいわ新選組あたりは負けるにせよ、内容が悪いと党体制の存続に関わりそうです。

 しかし、選挙の関心はどうでしょうか、政権の選択ではなく、いい悪いは別にして、高市政権、連立与党の承認のようなもので争点や勝敗というのがあいまいな感じです。

 参議院で自民党は単独過半数ではないので、例え単独過半数の圧勝をしても連立の枠組は変わらないのでしょうが、自民党が勝ち過ぎると与党内での維新の立場は微妙です。

 公明党と立憲民主党の合体は、元々衰退必至だった両党が一時的にせよ話題を独占した点では大正解で、本来のジリ貧予想と結果を比べるべきなのです。それでもやはり負け方次第ではバラバラになりそうな危うさはあります。

 消費税、消費税と減税ばかり唱えられますが、やはり本当に手取りを増やすには社会保険料を削減すべきなんです。これを唱えた維新が国保料逃れで摘発されているあたり、深い闇がありそうです。

 多くの国民生活が厳しく、一部の業界以外長く経済が低迷している閉塞した状況は続いています。

 高市総理は、政経塾上がりで大変頭も良く努力もされてきました。スタートラインで有利な世襲の貴族議員ではありません。歴史的には、偉業を成すのは、上級貴族だろうと、下級からののし上がった政治家であろうと、政策と人物が優れて国を支える熱意があるかです。

 保守的な面がクローズアップされますが、国を憂うことは国民生活を憂うことであり、そのバランスと突破力が試される時です。

 選挙結果はわかりませんが、良い政治になることを期待し、投票に行きましょう。

映画レビュー 雪風YUKIKAZE 残念なラスト?

 当たり前なんですが、役者もスタッフもどんどん若返り、戦争を知らないというか、戦争の語り部から直接話を聴いたせだもいなくなっています。

 玉木宏さんら俳優の頑張りは一応評価されてるものの、概ね映画は酷評です。戦後80年の戦争の記憶の風化が痛いほど感じられる映画です。

 CGなどの技術が、かつての戦争映画よりも進んでるはずの時代ですが、とにかく戦争の恐ろしさの伝わらないのは残念です。

 とりあえず若い人に戦争があったということは伝わるのでしょうが、これでは怖くもないし、反戦派でも保守派から見ても、これではダメでしょう。

 司令官役の、中井貴一さんは1981年の映画連合艦隊では特攻隊員でした。谷村新司さんの群青のテーマ曲でしたが、丹波哲郎、鶴田浩二、小林桂樹、森繁久彌、財津一郎、高橋幸治さんらみんな鬼籍に入られた重厚な役者さんが揃っていました。もっと以前にも雪風をテーマにした長門勇さんの映画がありました。特撮は稚拙でも役者の伝える雰囲気は違います。

 太平洋戦争を描いた戦争映画は大作として、以前はもっと高頻度で作られていました。戦争を全く知らない世代が増えると、描き方は難しいですね。

 雪風は実際にあった駆逐艦で何度も生還した幸運な船です。エンタメと割り切れば、出来が悪くても我慢できるのでしょうが、中途半端に戦争を軽く描かれるのは残念な印象しかありません。

 部分的には好演もあり、現代の日常の日本の有難さに繋げるところも嫌いではないのですが、全体にそれを台無しにする軽さというのか甘さが何とも不満に繋がります。

 テレビでも毎週見かけるキラキラした俳優たちの画面がキレイ過ぎると、雪風の帰還が当たり前に映って感動にはほど遠くなってしまいます。

 戦艦の中、司令部、残された日本の家族、時系列で未来にあたる70年万博や、現代に近い未来、場面や時代で視点が変わるのも、数字の取れるキャスティングをしたいだけのように感じます。

 比較的マイナーな雪風の掘り起こしがテーマなら、もっとそれぞれの人間個人と戦争を深く抉って描けそうなのに残念です。

読書レビュー:「ヒロシマ」ジョン・ハーシー

 米軍従軍記者が、原爆投下直後の広島から.生き延びた6人を追ったルポ。

 医学博士、ドイツ人神父、牧師、開業医、女性労働者、市井の後家さん、それぞれ家族や友人を失い、自らも原爆病と戦いながら生きていきます。

 当たり前のことですが、原爆の日からしばらくは、爆弾の威力も病気になることも誰もわからなかったのです。ガソリンやマグネシウムを前もってまき散らしたのかとも思われていました。

 普通の市民や医者が考えて、当時想像された火器の威力を遥かに超えていました。人道上使用されるべき兵器として、殺傷力だけでもケタ違いすぎていました。

 東京裁判はもちろん戦勝国の主催の法廷であり、公平公正を願うのは無理ですが、日本人に限らずドイツ人やアメリカの一般市民でさえ原爆を投下を決定した者こそ絞首刑にすべき戦犯ではないかと言うのは本音でしょう。

 かと言って、ルポは淡々と綴られます。家が崩れた後にやがて草花が生えだすとかいうのは、やはり取材されてないとわからない描写です。

 1985年までの各人の生き様を追っています。その間に、アメリカはビキニ環礁で核実験、第五福竜丸の事故を起こし、ソ連、中国、インドと核を開発し実験を行う時系列が書かれています。

 ヒロシマの訴えは、常に警鐘を鳴らしておかないと、原爆の惨劇を知らない世代の国会元首や軍人が何をしでかすかわからない時代に入ってきています。

 焼夷弾の空襲には訓練され、防空壕が各所にあった時に比べて、何の危機感もない軟な世代です。ゲームや映画のオブラートに包んだ表現しか見ずに、あれが戦争と思っています。

 しかも家族、地域や近所で助けあい励ましあうような関係も稀有な社会、人口の密集した都会にこんな核攻撃が起これば一体どうなるのか。

 喉が渇けば、冷蔵庫に蓄えがあり、自販機もコンビニもあり、キレイなトイレも風呂もいつでも使える現代。その当たり前の快適の対局に戦争があることは、少なくとも反戦とか思想、政治信条以前の問題として、事実認識と伝えることは必要なのでしょう。

 暑い、苦しい、水を求める人々、重症でもはや見捨てられる人の描写はやはりキツいですが、世界のどこかの戦争ではこういう場面が今もあるのかと思うと、人類は何をやっているなかと思います。

 核はやはり禁じ手にしないと

また選挙?

 高市総理が昨日記者会見して、来週衆議院を冒頭解散して、2月8日投開票で総選挙になるようです。

 年始にはわかっていなかった、何だかいきなり感はあります。

 高市総理は高い支持率で政策を進めている段階で、「信任を問う」というのも、少し違和感ありです。

 今支持率の高いうち、相手も体制準備が整わないうちに自民党での安定多数を狙ってというのらしいですが、必然性は?です。

 石破政権の時、減税と物価高対策で一律2万円だか配るのもウヤムヤに消えましたが、どうも政治家や政党は平気でウソがまかり通ります。石破さんも失敗したのは、参議院選挙を早めたことです。

 高市総理は公明党が政権離脱して、昨年参議院選挙でともに戦った自民党を非難し、安全法制で批判していた立憲民主党と組むのはオカシイと記者会見では言われました。

 しかし、それを言うと長年自民党を非難し、特に大阪ではしのぎを削り罵りあった維新とも昨年参議院選挙で戦ったばかりで今回組むわけです。

 政党のタッグパートナーなどは、昨日の敵は今日の友、昨日の友党は今日の宿敵になるのでしょう。

 それはそれで面白いのかもしれません。前のことをこんなこと言ったとあげつらうのはブーメランです。

 立憲民主党や公明党はいずれジリ貧と予想されていただけに、この組み方は賛否あるものの、勝つか負けるかは別にしてなかなかの妙手でもあります。

 国民民主党が前回から注目され参政党やらが乱立する中で、自民党へ媚を売る党が増える中、比較わかりやすく自民党グループと野党グループの対立構図となりました。

 高市さんのやりかけた道はそのままでも、党内や取り巻くグループの中で確固たる基盤を作れるかが大きな焦点でもあります。その点では、党内や友党の勝ち方の中味こそ注目されるべきなのです。

 食料品消費税ゼロを双方が掲げるのもどうも心配な要素です。財政がというより、こういう公約など実現しようがしまいが何でもありになっちゃいますからね。

 もつと、前から消費税廃止と一貫して主張するれいわ新選組がそれなら正しいになってしまいます。れいわと自民党、立憲民主党、他の政党の党是はどう違うかが本来は国民が政党を選ぶべきポイントなのです。

 そこを見ないで、連立タッグの見せかけのキャッチだけ見ると、結局政党に騙されることになるのです。