高市総理の報道されない苦悩と限界

 高市総理の支持率は少し落ちたとはいえまだまだ最近の総理大臣に比べダントツに高い。

 私の知る範囲でも、元々岩盤ともいえる保守層もですが、政治に関心の薄い人が、分かりやすいフレーズなどで好感を持つ、初の女性首相が一生懸命頑張っているという面で支持しているという話もよく聞きます。

 ここでは憲法改正や外交、経済とか国内外の問題に関するスタンスとかその是非ではなく、純粋に体力や気力と、仕事量の多さに関しての処理能力が心配です。

 選挙でも圧勝して、さあ政策実現という所に来て、何だかここへ来てヒステリックで元気がないという情報です。

 ガラスの天井を破って初の女性首相となった高市さんですが、ここへきて心身の疲労もピークなのでしょう。

 元々、ご家族の介護と、自身のリウマチの持病などを抱え、それが首相という激務で、さすがに心身とも疲労困憊ではという情報です。

 いわゆる側近やお仲間に、根回しの利く実力者が少ないのも高市総理の心配な点です。

 麻生さんに総裁選挙ではバックアップをもらいましたが、今回の衆院の突然解散以降は距離をおいた感じです。

 第2次安倍晋三政権には実力者の菅官房長官が睨みをきかせ、汚れ仕事から根回しまで強力に首相をささえていました。森山幹事長らも党内野党を上手く抑える力とバランス感覚があったといいます。

 目指す道、思想信条やキレイ事も大事ですが、清濁合わせて呑み込み、盤石の体制は必要です。

 政界のサラブレッドで、閣僚、当幹部も歴任した安倍晋三元総理でさえ、第一次政権では、党内や野党、閣僚、マスコミなど、上手い対応が出来ず心労も重なりダウンして総理を降りました。

 会合や根回しが良いことばかりではありませんが、本人ができなければ、根回しできる側近、味方につく官僚を見出さないと、政策の速やかな実現は難しく、滞りだすと支持は陰りを見せ、党内外の反対勢力やマスコミは一気に加速します。

 一度傾きだすと、政権発足時の支持率は全く関係なく、むしろ低落したことが危機になるのが通例です。

 消費税の食料品暫定除外も是非は別にして、公約に掲げたものであり、実現できないならもっと納得のいく説明もいるでしょうし、外交でも何でも何ならかの新しい政策を実現しないと、勢いはジリ貧必至です。

 新しくてもいいので強力な政策実現と、実務面でのバックアップ体制を確立していくかいかないか正念場です。

 長期安定政権になるか、あの時初めて女性首相になったねと振り返られるだけかの分かれ目を迎えているのではと思います。

 

 

 

ダニーボーイ、戦争と母の愛

 「ロンドンデリーの歌」でも知られる「ダニーボーイ」女性の立場で男性や子供に別れを告げる内容で、邦訳もされ何人もの日本の歌手に歌われています。

 世界で戦争が続く今、戦地に赴く兵士も、危険は国に赴かざるを得ない人もいるでしょう。  イランとかウクライナにしろ戦争の悲惨な場面はやはり、自分の子供や身内がもしと思うと衝撃です。

 アイルランド民謡だったと思いますが、穏やかな旋律ですが、出征した兵士の息子を待つ母親の信条を歌詞で歌われていました。

「手柄なんてなくてもいいから、」という部分は、いくら立派に戦い、戦果をあげようが、生命を奪われてはしょうがない。

 いくつになっても子供は子供で、お腹を傷めた母親は母親で戦場に行った子供が愛おしくてしょうがなく、切ない気持ちが男性の私にも分かります。

 確かに、軍隊や企業で、名誉や出世を得て楽にさせて貰いたいという気持ちより、いくつになっても出来が悪くとも、叱りながらも世話をしたく、生きてそばにいる方がいいものなのでしょう。

 思想信条を論争し、戦争に賛成とか反対という仮説ばかり問う2択には意味がありません。

 軍隊を持つとか戦争をするかしないかは、国を護るための別の高度な議論からの決断です。一人でも多く国民を護るために、誰かが代表して戦場に赴くことは避けられないケースもあり得ます。

 戦争反対と叫んで戦争に巻き込まれることが無くなるわけではありません。そこは難しい問題です。不幸にして戦場に赴くことになった兵士の母親や家族は、やはり無事に帰ってくることを祈るのみでしょう。

 いつか日本もまた戦争に巻き込まれる日が来るかもしれません。しかし、国益のため、一人でも不幸な目に遭わないような、ギリギリまでの外交は必要でしょう。

 

 

 

役人が鉄道やスポーツにごちゃごちゃ言う

 財務省が北海道新幹線の札幌延伸に対して、費用対便益が1を割るのではと警鐘を出しました。

 既にJRや国交省側は、巨額を投じて新函館北斗から札幌の工事を始めており、財務省の意見だけで、いきなりストップというまでの話ではありません。ただ以降の新幹線延伸には相当釘を刺すような財政緊縮論が報道されています。

 深読みすればというか、そう裏の事情を知らなくとも、積極財政を掲げる高市総理と、緊縮財政の財務省の暗闘からの報道というのは何となく分かりそうです。

 直接、旅行や用務で利用しない新幹線に巨額の税金を投入するのに反対という人や、政党も確かにいるとは思います。

 しかし、それこそ積極財政や地方分権、経済を活性化して回して景気を良くしていく対策が分かっていないのです。

 東京五輪や関西万博、リニアやIRにしろ、あるいは武器輸出なども、反対する人はいつもいます。しかし、その予算を全て福祉とか低所得者給付に回しても、一時的なもので、多少の消費は増えてもそれだけのものです。ましてやどう工夫しても貯蓄に回す人がいてその割合の額は全く経済に影響を与えない死金になります。

 例えば、東京五輪や関西万博はその圏内の業者始め様々な雇用や購買を産み、その人たちがまたサービスや消費を使い、経済が回り税収も増えて、インフラや施設も国や地域の資産として残ります。そのために、万博や五輪に行ってない人も恩恵を受け、その効果も続いているのです。延伸した新幹線やリニアには乗らないし、IRにもいかないし、何だかギャンブルは危なそうだから反対ではなく、将来の日本の国土軸を強くし、強靭なインフラを築き、経済を回すのです。

 それができないと、本当に少子高齢化で、人口も減で、経済も回らず、税収も増えないから一人一人の負担は増えるばかりなのです。将来の日本を支える子供や若者のためにも、今積極財政でインフラを強化しておき、経済を回して国を強くしてのです。

 財務省が締め付けるから、自治体も秋田のJリーグスタジアムのように、志のない反対という意見があたかも正論のように叫ばれます。

 サッカーをする人や関わる人はそんなに多い訳ではありません。野球が好きな人の方が地方では多いですし、スタジアムに税の投入は、賛同が得られないから反対というのです。

 もちろん、チーム運営者ももっとスタジアムスポンサーを探す努力が必要です。しかし、これも税を使われるから何でも受益負担がない市民が反対反対では、何も公共的なインフラも施設も進まない不毛の地方になります。

 Jリーグのスタジアムがある都市は何だかんだとそれを町の誇りにして、ビジターのサポーターも訪れてお金を落としますし、報道でも注目されます。

 巨大なスポンサーが支えてスタジアムも立派な長崎は別格としても、鹿島や柏、鳥栖といった地名もサッカーで頻繁に報道されるため全国的に知られた効果もあります。

 毎日のように試合のある野球は日本ではまだまだアマも含め人気がありますが、プロ野球は球団数も限らら、参入障壁が高すぎて秋田に来ることはありません。年にたった1〜2試合の地方試合と、甲子園の予選ぐらいしか使えない野球場よりは、せっかくサッカーチームが頑張ればJ1への道も広がるJ2であと一歩となっているのに、スタジアムが作れないので無理では悲しすぎます。秋田県も市も精一杯の切り詰めやネーミングライツなどの努力をしたのかは、少し疑問でもあります。

 野球の方ではWBCに負けた腹いせか、文科省はNetflixの独占配信にいちゃもんみたいな発言をしています。では、NHKが受信料から巨額の放映権料を払うのか、税負担でWBCを中継すれば国民のためになるとでも思う役人や議員がいることに呆れます。

 放映権料を海外の企業に支払うのは国益でも何でもありません。

 新幹線にしろ、万博や五輪、IRなど、ゼネコンの利権だと騒ぐ人がいます。利権と言えば利権です。それはみんな予算が絡めば利権で、全ての人に公平ではありません。例えば、難病を患うと厚生労働省から私の家族も貰った支援システムがありますが、貰えない人から見れば利権です。公平ではありませんが、医学の発展のためや、ジンドのための予算が公正に支払われます。

 未来の世帯に借金を残すなとよく言われますが、完全な浪費と未来に繋がる投資やインフラ整備をごっちゃにしての反対が多く、自分に便益がないものを浪費という筋違いがまかり通るのです。

 今の物価が上がった、ガソリンが上がったからと給付、コメが上がったと給付してたらそれこそ税収では足りず未来の世代に借金を残します。

 中には不透明だったり、省庁の間でもドロドロしたものはあるでしょう。しかし、高らかに財務省がマスコミを使って叫ばせるのは怪しいのです。

 役所がお金がないとゴチャゴチャ言ってもロクなことはいのです。

AIの仕事やはり当たり前に凄い 

 ベンチャー企業で働き出して、最近のビジネスマンはAIを使いこなし、頼っているのが良くわかりました。

 年配の方にはAIも間違う、トンチンカンな答えもすると否定的な声も多いですが、上手く使えば仕事のはかどりは劇的に違います。

 本当に有能なアドバイザーであり、指導を受けることも相談することもできます。

 最終的には人間がやるドロ臭い仕事もしているのですが、そこまでの組み立ては本当に早いしです。具体的に上手く尋ねれば、尋ねるほど、良い解答を返してくれます。

 こんなものは、もはや驚きでも何でもない常識なのでしょうが、私より古い頭の人や、未だ古い組織でAIを使わない職場にいる人は驚くとは思います。

 ベンチャーの良いところは、風通しが良く、何かを取り入れるスピードが圧倒的に早いことです。

 大きな組織しか経験していないとこれも大きな驚きです。

 特に公務員のちょっとした買い物も公募にかけるのは本当にそんなスピードの遅さ、関わる人員の多さがいかに損失しているのか。そして、それが平等とか公平を生んでいるかというと全くそんなこともなかったのです。むしろ経済の退潮の要因になっています。公務員病や大企業病です。

 大企業のグループが小さな会社や工場、お店を全部抱えれば賃金も統一でき、効率が上がるという人もいましたが、やはりそれは問題も産むのでしょう。

 社会保険の負担などは、スケールメリットで業界統一にするなどは良いでしょうが、組織を大きくするとやはり仕事は階層が増え、効率は良くなりません。

 どういう仕組みが正解かAIに訊けば分かるのですが、わかってもいてもやりたくない人がいるのでしょう。困ったものです。

年金支給額が上がると言うが

 4月から年金支給額が2%ほど上がります。

 4月分の振込みは6月からです。

 国民年金の基礎年金は1.9%、厚生年金は2.0パーセント増えます。

 物価と賃金を計算し、マクロスライドを引いた複雑な算式だそうです。上がるにこしたことはないですが、正直なところ食料品やら様々な物価の値上がりに対応できているとは言い難い改定額です。

 計算根拠を確認するよりも、だから年金だけでは生活するのが難しいとあきらめて嘆く感じになる層が多いのではと思われます。

 年金だけで優雅にという層が多かった世代、時代はだんだん少なくなります。

 年金制度を維持するには仕方がないともなりますが、今ひとつ納得いかない気持ちにもなります。

 個人的な浪費やアクシデントならいざ知らす、物価の急な値上がりが予想するのが難しく、年金はスライドして上がることを期待しているので仕方ない面があります。だから、四の五の言わずもう少し、物価にフィットとし、しかも年ごとでなく、素早く対応しないと社会は荒れます。

 サラリーマンは長く働いても身体の限界や定年で、辞めると無収入です。貯蓄や運用、副業などをやっておくのが必須というのはもはや現役世代には刷り込まれているとは思えます。

 それでも、今を生きるのが精一杯の人にはこういう数値の報道は寂しくなるでしょう。

 こんなに毎年財政がとかで削るような制度ではなく、知恵のある人がもっと考えればいいアイデアは生まれないものなのかと憤ります。何かもう少し国として切り詰めるところかや、運用で儲けるところを頑張って、老後に夢と安心のある国にして欲しいものです。

 

Uターンできる地方都市

 産業遺構や鉄道を訪ねて、いろんな地方を旅しました。

 観光地も行きますが、祭りだとか、桜や紅葉、花火の日とか混雑するトップシーズンはなるべく避けています。

 当日より、祭りの準備中とかの日、郷土資料館や保存館で地元の人の意気込みを見るのが好きです。

 日本の地方都市はどこでも少子高齢化で人口が減り、若い人の後継は難しいとは聞きます。

 自治体も財政が厳しく、子育てを支援する体制はどうでしょう。

 最低限、働く場所としての工場、企業などがあり、商業施設、教育機関が揃っていないと、Uターンして故郷を支える若い人は来ないでしょう。

 観光客が見るお祭りや郷土行事は、さらにプラスしての、街を活性させ、人を繋ぎ元気にさせるものです。

 日本のあらゆる地方にそういう素晴らしいものがあります。

 古くから、産業があり、地域の要衝だった地方都市も、これからどれだけ頑張っていけるでしょうか。

 東京や大阪への集中は、やはりどこかで歯止めをかけて分散する仕組み作りが必要でしょう。

今の新幹線延伸問題を語る前に読んで欲しい

 何となく北陸新幹線反対に回る一般の京都市民の方、米原ルートの再検討を言い出した維新の会などにも、読んで欲しい本です。

 夢の超特急と言われた東海道新幹線から、懸案の北陸新幹線、ミニ新幹線、リニア新幹線まで、ルート選定から、工事の内容までが語られています。

 昔の国鉄総裁も、各自治体や地元の政治家の要望を抑え、調整するのは大変だったことも語られています。

 鉄道を新たに作るのは、軟弱な地盤への対策や、長いトンネル工事も、大変です。

 上越新幹線も、その後の北陸新幹線も大変な山を掘り進むチャレンジングな計画を進めました。

 この上越新幹線一つとっても、確かに田中角栄の政治的なものもありますが、もしこれが無かったら、今の上越地方はどうなっていたでしょう。地方を活性というモデルすらなく、格差はもっと酷いものになっているとも想像されます。

 残土や環境以前に、穴を掘り貫通させるのに生命をかけての情熱が、日本の近代化を進めたのです。

 新幹線についての歴史や、目的、仕組みなどの基礎知識をあまり知らずに、将来の国民にとって非常に大事な事項を、浅はかな知識で反対とか賛成と述べていると思えます。

 どのルートであろうと、反対する方や賛成の方でも、イメージだけで反対されて、勉強不足という感じがします。報道の中には分かっている人もいるはずなのに、あえて戦略的に問題をややこしくしているやり方もあります。

 どうも感情的になられたり、目の前のことしか見えなくて、歴史を紐解くことも、未来を想像することもできない人が多くちょっとそこは残念に思いました。

 もちろん、自分が利害に関わるところに住んでおられる当事者なら、やはり反対とかそういう風になるとも思いますが、そこを一歩下がって俯瞰して見えれば、考えもまた変わる時もありそうです。

 それなりの立場の方、政治家でさえ、新幹線のことを知らない、まともに勉強していないのにも呆れました。

 今の各地の新幹線やそれ以前の鉄道も、反対や、誘致合戦、そして国や国鉄の抱えた大赤字、時代時代でさまざまな問題をクリアしてできてきたのです。歴史を知ること、この本を読めばよく分かります。

 昔の政府も国鉄もその後のJRも、もちろん国交省とゼネコンなど利権も絡んではいても、日本の発展のため、苦労を重ねてきました。

 明治の初めにも権力を奪われた昔の侍たち、士族が西南の役を起こしました。その混乱の中、国内交通を馬車と海運を維持したらという既得権益も絡んだ保守派と、西洋の最新技術の鉄道で西京(京都)と新首都東京を早く結ぶべしと主張する勢力とに分かれました。

 後者の意見が通ったからこそ新幹線に代表される鉄道技術の今日の日本があるのです。

 西南戦争の鎮圧のための、屯田兵や近衛兵まで召集された全国からの大量の派兵は、初めて港湾への鉄道により迅速に行われました。

 それ以降、戦中戦後、高度経済成長期を経て、常に日本の国土軸を支えて、地域経済の発展に寄与しました。

 田中角栄の提唱した「日本列島改造論」により、1982年に開通した首都圏から新潟まで開通した上越新幹線、同時期に盛岡までの東北新幹線もできました。

 二つの新幹線は東海道・山陽の人口や産業が集約された地域を結ぶのではなく、地方都市と首都圏をつなぐ役割でした。

 そして、私も忘れかけていたことですが、この二つの新幹線ができるともう国鉄は赤字でお金がなく新しい新幹線は作らないように凍結を決めました。 

 田中角栄が、最初に日本列島改造論をブチあげた時、その人気も凄いものでしたし、地方の期待は凄まじいものがありました。しかし、その後の財政も悪化し、ロッキード事件のスキャンダルで人気は急降下、全国に新幹線を通すという話も一時忘れ去られました。

 その内に高速道路網が追い越し、新幹線が全ての、地方活性の解決手段ではない時代になりました。

 北陸新幹線も、数奇な運命で、計画が何度か頓挫し、長野五輪の開催決定で長野まではできても長くそこで止まりました。ほくほく線のスーパー特急方式での延伸も決まりかけたところで、やはりフル規格の新幹線方式に戻り、紆余曲折で金沢延伸をして、結果は大成功で、その後ようやく近畿の手前、福井県敦賀まで2年前ようやく延伸しました。

 1972年、田中角栄が約束した福井県小浜市の新幹線、実現は何度も危ぶまれ、随分待たされて、時は流れましたがもう少しです。

 既に交通至便となった京都や大阪などの都会の人が、地方からの新幹線延伸を拒むというのは、各地方の均衡ある発展を望むという当時の趣旨からして、日本人としては言ってはおかしいと私は感じます。

 昔から大きな問題を何とかクリアして、今の新幹線があるのです。

 北陸新幹線延伸だけが、残土処分や水問題があった訳ではありません。

 そんなことは百も承知で、アセスメントをし、検討を重ねてルートが決定されているのです。

 米原から敦賀が50㌔程度で近く早くできそうだという全くの素人考えです。

 反対するというのは公共交通の将来、地域政治の維持、国土軸の未来、これらの大義と自分の今の生活という相反する利害であり元々本質的な議論にならないのです。

 新幹線の設置基本事項には、「新たな旅行需要が見込まれる」というものがあり、誘発旅客による推定取扱収入が増えることが必要とされているのです。

 ただ、この本にも少し書かれているミニ新幹線、現在東日本の秋田新幹線と山形新幹線で実現し良い実績も上げて、車両も更新されています。しかし、何故か、山形新幹線の新庄延伸以来、ミニ新幹線を作る声は一切上がりません。

 西九州新幹線が当初計画されたフリーゲージトレインが技術的に難しく頓挫してしまいましたが、ミニ新幹線は現在も東北の2線を走っています。東北新幹線内では併結運転して、分離して在来線に乗り入れます。

 フリーゲージトレインやスーパー特急方式は一時期は、「ウナギを頼んだのに、アナゴやドジョウが来た」と総スカンを食い、やはり新幹線を作るならフル規格でということが言われ出しました。

 確かに在来線の高速化では、地元のインパクトは弱いし、既存の駅を使い工事発注額も小さいので経済効果は限定的です。

 実際に東京圏で1km地下鉄を作るよりも、山形や秋田の新幹線が安くできたとまで言われています。

 それなら、石破総理の時代にも言われた遅い在来線の中速化と通じます。

 これだけ、地元負担を嫌がられ、その後も運賃が上がり直通も無くなる三セクを押し付けられるなら、新幹線よりミニ新幹線の方がありがたいのではと思います。

 湖西線には大きな都市は少ないですが、近江今津、大津市堅田などにはビジネス、観光のチャンスが広がります。

 路線にはそれぞれ難易度もありますが、湖西線は元々踏切のない高架の複線路線です。風対策を抜本的にシェルターなどでやれば、琵琶湖を眺めて走る車窓の美しい新幹線路線になります。

 私がもし知事なら、路線は引き受けるけど、そこの条件なのです。ただ反対では延びるだけで解決しない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

国民と日章旗を結んだ鉄道

 国旗損壊罪が話題となっていますが、そこまで政治的な話ではありません。

 鉄道のファン撮り鉄に分類されるのかな一部の人の中には、人気の高いのが天皇陛下や皇族が乗車され行幸に使われるお召し列車があります。

 任される運転手も大変な名誉で、車両設備や整備も戦前戦後通じて最高のものが充当されます。

 菊の御紋に、日章旗を掲げて走行し、沿道にはやはり日の丸を振って歓迎する国民たちが鈴なりになります。

 この光景、日の丸が国民にいつからかというと、この鉄道の創生期からです。

 日の丸の小旗を振ったり、祝日に玄関に飾るのも明治の鉄道の開通時期からだそうです。

 日章旗は江戸時代後半から、日本の船舶に国際航海のために幕府や薩摩の船にも掲げられていました。

 しかし、明治3年に国旗に選定された日章旗を日本人が国旗として意識して振り、掲げたのは明治5年9月12日の横浜〜新橋の鉄道開通式、関西では明治10年の京都から大阪、神戸の開業式典あたりからです。

 西南の役など、士族の不満も残り、まだまだ明治政府が安定しない中で、鉄道開通は国威高揚とともに、実際に各地の軍の拠点から戦地へ迅速に物資や兵士を運ぶための重要で不可欠な輸送手段でした。

 当時、軍を動かす大量輸送手段は海運しかなく、港湾までの迅速な移動は治安維持と国防上喫緊の課題でもありました。

 明治政府は主要軍事施設と港湾を結ぶ鉄路を、厳しい財政の中で最優秀に開通させました。国威高揚のため天皇陛下も開通式典には出席されました。

 日の丸の小旗を国民が打ち振る習慣はこの時期の鉄路開通からで、150年ほどの歴史です。古くからの長い歴史ととるか、近代からのまだ短い歴史ととるかは政治的解釈です。

 シベリア鉄道に代表されるように、鉄道は国民の便益は二次的なもので、主流だった水運から陸路への転換です。

 軍隊の大量輸送の必要で、まずは戦争のためにできました。

 鉄道のルートや駅は、昔の技術的問題で、地形や地盤などで今考えると変な場所にできたり、妙なルートを通ります。もう一つの要因に、今は無くなった軍事施設や鉱山を通るためというのもあります。

 どこでも新たな鉄道ができると大きな祝典があり、走る列車は日の丸の旗を振って歓迎されたのです。

 今の日本のアイデンティティの多くが明治期に確定したものです。

 日本の国旗も明治期に、こうして庶民に定着していったのです。

桜の季節に思う

 

 先日、満開のお花見の帰りに大学生の入学式帰りの集団に遭いました。

 毎年の開花時期や天候などを考えると、記念すべき日に桜が満開というのは幸運です。満開の桜に期するものをしっかり刻めるかもしれません。まあ、最近の学生は気にもしていないかもしれません。

 桜が咲き誇る時期は短いです。

 日本人は桜が好きで、あちこちに桜が植樹され、多くのアーティストも桜をテーマにした名曲をリリースしており、毎年このシーズンに繰り返し聴かれています。

 歌詞をいちいち列挙して解説するとキリがないほどで、やはり季節として、卒業や入学、そこでの恋愛、刹那の別れを綴ったものが多いです。

 J-POPと呼ばれる時代よりも昔の歌を語ると、いかにも高齢者のように思われ笑われそうでイヤなのですが、ご容赦ください。

 42年前の1982年に柳葉敏郎が所属した一世風靡セピアという踊りながら歌うグループがありました。「前略、道の上より」という曲はテンポも良く、歌詞には桜に込められた日本人の思いがよく描かれています。

「咲き誇る花は散るからこそに美しい」という冒頭の歌詞です。

 まさに、かつては軍歌の「同期の桜」で謳われた早く散ってこその日本人の美学、哲学です。

 戦地から復員した遠く南方やロシアや中国まで進んだ兵士たちが、再び日本の地で桜を見たときの思いもいくばくのものだったでしょうか。

 戦後、経済成長を遂げ、医学も進歩して、戦争で死ぬことも無くなった日本人の寿命は飛躍的に延びました。

 かつて、20代で散る覚悟をして、眺めらた桜を、今の高齢者は毎春80回、90回と愛でることができるようになりました。

 時代とは言え、それもまた幸せなことなのか、長生きできるのは早死よりもありがたいのに、どこかで日本人としての美学を失ってしまったのかとも思います。

 

 

北陸新幹線延伸 小浜〜京都ルート

「京都の地下に新幹線は要らない」??

 ことさらに騒ぐ人がいます。

 それなら地上はいいの?その方が景観的に問題ですし、大深度工法で地下を利用しないと、用地買収は高くつきます。

 私自身は北陸新幹線が小浜経由のルートで京都に延伸するのは問題無いと考えます。知事選挙で騒がれますが、そもそも知事や県議に北陸新幹線延伸ルートを決める権限はありません。共産党系の候補に至っては、地方選挙で戦争反対と言い出す意味不明さです。

 代替ルートや財源の具体的なスキームによって、私は賛成でも反対でもあり得ます。湖西線や山陰本線を三セク化するかどうか特急を残すとかも全く見えない中、賛成も反対もないのです。どうしても財政が厳しいなら、湖西線でミニ新幹線という方法も選択肢です。

 市民税や府民税が他所より高いのに、この上、何の手だてもなく、地元負担を受け入れるのはさすがに困りものです。

 ただ、鉄道ファン、乗り鉄、経済鉄系のマニアとしては反対する人やそこ代替案にあまりにも誤解が多いのにはつい意見したくなります。

 水問題とか残土処分とか新しい鉄道や高速道路を作るのには何処にでも発生している問題で、それよりは自治体の負担がどうなるのか、並行在来線がどうなるかが問題です。

 京都の町に住む人、あるいは東京や大阪とか便利なところに住んでる人が「要る要らない」ではなく、かつて裏日本と言われた不便なところ、福井、石川、富山の北陸地方が乗り換え無しで結ばれ、福井県小浜市と関西の都会を結びます。

 東南海トラフ地震で東海道新幹線が不通になった際のバックアップも兼ね、国土軸を均衡に強くするために必要と決まったことです。そのことに関しては異を唱えることはしません。

  
 京都盆地の水事情は井戸の水が出やすく掘りやすい地域でした。元々川が氾濫しやすく、洪水を繰り返すほど水は盆地の地下に溢れていました。

 平安京以来、明治以降も先人が治水し、なおかつ発電もできる琵琶湖から疏水を作っていて飲料水には全く困りません。
 お酒や豆腐、和菓子というのは文化とは言えますが、イメージを守りたい贅沢品です。地下を大深度で掘っても、井戸水が急に全て枯渇するというものではありません。
 新幹線ができて毎日の水や農業用水に困る地域ではありません。この点は、過去の他地域の水問題とは異なる「贅沢な悩み」程度です。
 残土は、日本中の高速道路や新幹線の長いトンネルをどこも適切に処理してきてます。
 こんなことはちょっと調べて、考えればわかることです。

 もう一つ気になるのは「京都には要らないから米原ルートでいい」という意見です。

 確かに地図を見ると敦賀〜米原は短く見え、工事費用は安く抑えられ、早くできそうに見えます。実際に50kmしかありません。それでも、この区間に新幹線を建設するのには、問題がありすぎて、建設する意義は見いだせないのです。

 維新の会も党として、ここを誤解して米原ルートを昨年参院選あたりから言っています。米原には既に東海道新幹線の駅があり、北陸新幹線と結んで現在の北陸本線を三セク化したなら、地元は不便になるだけで何ら利益はないのです。

 多額の建設費用をかけて、米原駅を新幹線→北陸本線の乗り換え駅の現状を、東海道新幹線→北陸新幹線の乗り換え駅にするだけです。今も米原駅には降りてすぐ観光する人も少なく、駅弁を買われるぐらいでした。

 新幹線駅ができる!経済効果がとかいう喜びも刺激も何もない米原ルートは、東海道新幹線に乗り入れるとかの技術的な面以前に、整備新幹線の趣旨の基準から外れてあり得ない選択なのです。

 逆に小浜市は今閑散なローカル線しかありませんから、新幹線が来た時の喜びと変化は当然劇的なものが予想されます。京都や大阪に30分程度で行ける通勤圏ともなり、観光やビジネス需要は現状のゼロから大きく飛躍した数値になります。

 小浜には伝統的なお祭りも、由緒ある寺社もあり、京都との親和性も強いです。反対する最近の京都の人がその辺りは知らなすぎるのです。

 
 新しいもの、新幹線や鉄道は以前から、いろんな誤解による反対や賛成を繰り返してきました。

 京都人は本来、よそ者を拒まず、文化など新しいものをどんどん受け入れてきて発展してきたのです。

 鉄道が最初にできた時代にも京都の市中に蒸気機関車を通すのには反対の意見も多かったようです。新幹線が京都に通る際にも、伏見のもっと南を通す案が出たり、京都駅に新幹線駅が併設となっても、超特急の「ひかり号」は停めなくてもいいと忌避の意見もありました。

 今は全列車が停まる京都駅に、もし「のぞみ」や「ひかり」が通過していたら、京都の発展は今ほどではなかったと思われます。

 そして、小浜から北陸に繋がることで、想像しきれない可能性が開くのです。

 何とか難しい問題をクリアして早期実現を願うものです。