
一昔前に「男の顔は履歴書」なんて言葉があり、そういう題名の映画もありました。
男女同権が叫ばれて久しい今では不適切な死語でしょうか。
男の顔にはそれまで生きてきた人生の経歴が刻まれるということのようです。まあ、同じように社会では働いている現代では、これは男女にこだわらずでしょう。
赤ん坊を見てると毎日どんどん顔が変わり、1週で大きく変わり、しばらく見ないと顔もだいぶ成長しています。
逆に高齢者は毎日毎日老います。鏡を毎日しげしげ見るのは本人だけでしょうから、指摘できる人は少ないものの、久しぶり何年かぶりに会う人から見れば経年劣化は明白です。
私は赤ん坊の頃、お菓子の缶で目の上を切り、少し大きくなって兄弟で遊んでいて目の下を切った傷が大人になっても残っていました。
しかし、もう今や多くのシワに隠れてそんなものはすっかり無くなっていました。いつの間にと思う深いシワの数々です。髪の毛が多いのがまだ若く見られるのでマシなのかとは思います。
同年齢の中には、髪が真っ白やら、無くなってスキンヘッドの人もいます。白いのは髪だけでなく、ヒゲとか眉毛や鼻毛まで白くなるのにも老いを感じます。
昔、取り引き先の社長さんが、穏やかな紳士なのですが、鼻毛がびっしり真っ白な人がいて、何だか残念でああはなりたくないと思ってましたが、仕方のないところです。
顔はいかにも外見、今の言葉だと、ルッキズムですが、その顔に刻まれるのが、その人の身体の状況や、心の中、人生なのでしょう。
口角が上がる、眉間にシワが寄りやすいとか、コメカミが痙攣しやすいとかはいかにもメンタルから来てそうです。どこかが痛いとか、苦しいのを我慢するのも顔の表情に刻まれるのかもしれません。心身の健全が大事なところです。
仕事やお金とか、周りの友人、家族などさまざまな要素はあるでしょうが、頑固と言われるよりは、多少はいじられても好かれる高齢者のが良いですね。
「女の顔は領収書」という言葉もあり、こちらは美容等にお金をかけた反映だそうです。
私の会社に鼻とか目の改造?にお金かけた同僚がいましたが、年を重ねるとそのメンテナンスの苦しんでいたように思います。どうしているのかとも、心配ですが、若い頃に過度に手を加え美しくなりすぎるのも老いると借金かなと思います。
おしゃれ、スキンケアやメイクと健康習慣で健全なルッキズムに留めるべきだったのか、そのあたりはよくはわかりません。
