
昨日は京都テルサでのトークショーのあと、夜は長年勤めた会社の同年代仲間とプチ忘年会。
3人の集まりですが、1年の間には、それぞれいろんな出会いや別れ、心身の変化があるようです。
会社時代の終わり頃をみていると、私よりも若い頃に頑張ってエラくなっていた連中がアップデートできずに、色褪せた晩年を迎えていたようです。
若い頃のイケイケの努力の貯金が尽きたような残念な人がいて、パソコンや会計学、経営学、英語などが必須の時代についていけてないのです。
これらの基礎の勉強は必要と言われていても、私が勉強していてもそんなもの今の仕事にすぐ役たたないと軽んじて言う人が多かったです。
そういう勉強とか努力ってのは、今すぐ役立つかどうかなんて分からないものです。
学校で、いろんな教科を学んで、部活で練習したことも、それぞれすぐに社会で役立つからとやったわけでもなく、実際には生涯で何のために学んだか分からないままの努力もあります。
それでも、何かに挑戦し、努力した時間というのはかけがえのないものであり、人間が生きていく糧です。
若い頃の努力が多い、恵まれた立場も人もいます。それでも努力を続け勉強して更に徳を積み重ねた人もいますし、努力を忘れ徳が無くなって生きる糧を見失いかける人もいます。
身体は高齢に差し掛かると衰える部位もあります。しかし、筋肉は鍛えればつきますし、脳も勉強すれば、常にアップデートし、進化していくものです。
若い頃に大して努力しなかったのなら、今もう一度学ぶのも全然ありでしょう。
人生100歳時代と言われますが、60過ぎてあと30年だとして、若い頃の貯金だけで暮らすのはもったいなさ過ぎます。新しい糧を見つけて、努力するのも必要かと言われています。
