熱が出たら家で寝てたらいい

 オミクロン株の検査無しでの自宅療養という提案、が出てきています。

 感染爆発の現在では大きな選択肢だと多数の医療関係者のSNSで散見されました。いわゆるワクチン推進・反対、指定感染2類を維持する人も、5類へという人も、これには異口同音でした。
 「もう熱がある人は家で寝ていて、良くなったら学校や職場に戻ってね」それだけでいいということです。何度も検査を受けたり良くなっても家にいたり、家族や同僚まで長期に休まされたり検査したりしない。普通の風邪でも、普通でない風邪だとしても、今の医療現場、保健所に受け付ける体制がないのですから、そうするしかない。町医者に行って同様のアドバイスを受けれれば、心理的になお良い程度でしょう。
 無駄なワクチン接種、PCRや濃厚接触者探しの転換点とも思われます。
 子供へのワクチン接種はとくに将来的な安全まで、しっかりとメリットデメリットの判断はできません。もう少し見極めが肝心です。今回はとくに学校での感染が大きいので、飲食店の時短も酒類提供停止もピント外れです。子供がインフルほどは重症になっていない中でワクチン接種を対応策の目玉にするのも違和感です。
 それよりも学校の現場での感染拡大をどう防ぐか、学級閉鎖やオンライン授業、隔日リアル授業など重症化が少ないうちに仔細な対策と効果検証をしていく段階です。
 感染者数が半端にピークアウトせず、早く転換点が迎えられる方が終局が近い気がします。

働き方はどんどん変わっている

 昨日も高齢者の働き方等を書きました。それに関連して自分のいた会社の情報です。
 テレワークだとか、オンライン会議などはコロナで初めて世間には広く知らされていいますが、もちろんそのかなり前から導入されていた技術です。
 実際に私が働いていた日用品最大手メーカーは、もう10年ぐらい前から出張会議も減り、営業や派遣がオフィスに出社することは減っていました。
 コロナ禍でさらにそれを微調整した程度だったと聞きます。ただ現場の直接の販売やメンテナンス、商談交渉はやはりテレワークとはいきません。自社内で完結する部分がオンラインですべて自宅や移動中でも可能ということです。
 そしてここへ来て、人員体制も大きく見直されているようです。いわゆる中間管理職のマネジメントがほぼシステムでできて不要とされ、SDGsの部門にまわったり、どうしても欠かせない現場のみに人員がシフトされていると聞きました。
 昔からのやり方で、上司や同僚のちょっとしたアドバイスや、息抜きのやり取り、励ましや指導がないのもある意味かなり厳しいという印象です。自己完結能力がないとmついていけない層も増えているようです。そこは甘えもあったでしょうが、何とも微妙にクールすぎるような気もします。

高齢者雇用に向け、社会、労働は変わらないと

高齢者雇用に向け、社会、労働は変わらないと

 人生100年ということでイギリスの学者さんの書いた「ライフシフト」なる本もよく読まれているようです。
 失業期間をスキルアップの充電期間と考えるのはフランスなどでは通用しても、日本ではまだまだ難しい状況です。終身雇用とまでは行かないにせよ、転職がなかなかうまく回らないのが日本です。投資や運用でゆとりを持てるのはやはり富裕層だけでしょう。
 ハローワークや就職情報会社の高齢者向け求人を見ても、なかなか50歳、60歳くらいまで働いたサラリーマンが転職できる職種そのものがありません。
 ましてや70歳、75歳で働き続ける仕事などなかなかありません。
 体力的にきつくなっているので、トラック運転手、介護、警備などそれまで何の経験もなければ正直選択肢になりません。
 役員で残れる一握りを除けば、給料が半分以下で屈辱的な仕事になっても会社に再雇用してもらうのが現実的に正解です。
 高齢者継続雇用、この仕組みがまた、中身は企業任せで、なかなか企業も法令指導のまま、渋々始めた所も多い感じです。
 楽な仕事で残れる企業もあれば、プライドを捨てないと残れないところもあります。楽な仕事を論功でさせるのも、若い非正規や株主からみればどうかとも思われます。
 どうせなら60歳よりもっと前に、経営幹部になれそうにない人は管理職よりも、営業や作業現場に下ろしそれなりの処遇で40代から70や75くらいまで働けるようにすればと思います。同期の一部が部長や役員になる中、一生ヒラかよと思われますが、そこまで残った方には愛社精神、自社ブランドへの思いは強いはずです。今の60からの急なダウンではなく、40でゆるやかに上昇を終え、継続が保証される体系を構築していくことです。
 労働が苦痛や忍耐ではいずれにせよいつまでも続きません。ある程度IT、システム化も進みコンプライアンスも進んだ時代で、そこそこやりがいがあり高齢者でも続けられる仕事があれば報酬はそれほど高くなくてもいいのではないでしょうか。
 もちろん高報酬を目指す人は、さらにスキルや資格を身に付けて挑戦するのにやぶさかではありません。
 社会全体が助け合い、失業や不安不満を減らしていくことは、今後の少子高齢化の中で大変重要になります。

新型コロナ VACCINEつれづれ

 新型コロナに対するVACCINE(ワクチン)に3回目接種に対し賛否が喧々諤々とネット上では語られています。
 欧米の反ワクチンでもなどは、反体制派がたきつけている感じもあります。ただ日本のワクチン議論の場合は、元々左翼系の政党も一時は「ワクチンが遅い」と政府非難をしていましたから、単純に右と左、体制反体制ではありません。海外で言うロスチャイルド、ロックフェラーの争いなのかも微妙です。
 言えることは議論が極端になると、それぞれにバイアスの強くかかった事実を織り交ぜながら巧にミスリードされるので、情報を読み取るのに注意しないといけません。
 ワクチンが早い遅いで議論されている最初の波の頃から、ワクチン懐疑を抱く方は医療関係もおられ、思想的には中庸、保守の方も多くおられます。しかも多くの医療関係者がワクチン接種でインセンティブを貰われている上、ワクチン批判には有形無形の圧力や制限の危険が伴っているのでその発言もまんざらデマではありません。
 ただ、政府や行政、体制を保つ側に立てばワクチンも新薬もない徒手空拳で戦えるのかという問題はあります。それで感染が広がればやはり轟々たる非難を受けてきました。
 薬もワクチンも両刃の刀、メリットもデメリットもあります。
 新型コロナワクチンは確かに予想したよりも早く抗体がなくなり、ブレイクスルー感染が目立ちます。治験も半ばに拙速に承認しているのですから、求められるものが多く急がれる中なので仕方ないと言える部分もあるでしょう。
 副反応にせよ、何らかの不調で特に高齢者は1年や2年後くらいには元々の疾患や老衰で亡くなるケースもあり、因果関係は不明となっても責任は問えないでしょう。
 それも含めワクチンを接種するしないは、よく検討して自らの決断に委ねられます。それで文句を言っても始まらないのです。
 マスコミの情報の上げ方がどうかとも思いますが、自分の体調など全て踏まえて、ワクチンという橋を渡るか、渡らない危険を選ぶかなのです。

突然の災厄は来る、明日死ぬと思って目いっぱい生きる

 明日1月17日は1995年に阪神淡路大震災が発生しました。関西ではとくにこの週震災特番が放映されたりします。
 そんな中、昨夜からの南太平洋トンガの噴火で津波警報が発令され三陸沿岸など東日本大震災で津波被害を受けた地域に避難勧告がでています。
 新型コロナウイルスがオミクロン株へ変異して重症化は少ないとはいえ感染者は過去にない上げ幅で増えています。
 ストレスが溜まるのか、自殺者や道連れを図った事件なども目立ちます。
 日本列島はこんな危険と隣り合わせのものです。
 明日死ぬとしたらどうするか、今日をどう生きるかなのでしょう。
 とは言え、小さな目の前のことにくよくよしたり、変に拘ったりしてしまうのが人間です。常に明日を生きる人のために最後は何かを残す毎日にしたいです。

 未来の日本を支えろ、変えろ受験生

 大学共通テスト、新型コロナ感染や濃厚接触のフォローが後付けでいろいろ。インフルで受けられなった以前の年に比べてどうなのでしょうか。レギュレーションの違いでの運不運、それも試験されているのだろう。
 コロナ対応に不満があるならエライ厚労省や文科省、財務省、法務省どこでもいいからトップ官僚、政治家、医師会牛耳るぐらいの存在になってください。

「社会のルールは頭のいいやつの都合のいいように作られてるんだ」
「損して負けたくなかったら勉強しろ」
 ドラマ化もされたマンガ「ドラゴン桜」の名言です。
とりあえず頑張れ、受験生!君たちが未来の日本を支えることに間違いありません。社会の矛盾や理不尽はいっぱいある、志高く制度を変えられる強く健やかな人間が必要です。

新型コロナ正念場のあがき

 オミクロン株で感染拡大していますが、幸い重症化は少なくいよいよ新型コロナに対する社会の在り方もターニングポイントかと思います。
 濃厚接触者の隔離期間、海外からの入国の隔離期間、諸外国に比べて長すぎる14日間も短縮の方向がようやく示されるようです。
 感染症2類の見直しは先送りされたようですが、法律通りでないことはまま行われています。柔軟に臨機応変にして、保健所や医療体制を、すぐ疲弊して医療崩壊に結びつかないような仕組みを構築していただきたい。何だかコロナそのものが恐ろしいのではなく。無症状で感染が発覚した人に濃厚接触しただけで14日出勤停止とか、ワクチンを打っていないと事情があろうとひどい差別を受けるなど、病気と違うところで怖い、やっかいなことになってきています。
 早くコロナが終わった、トレンドから静かに消えていくポイントが来ることを期待します。
 人混みを避け、手洗い、私は歯が弱いので歯を健康に保てるようにして免疫を維持し、長生きを心がけます。

紅白司会の変遷で見る女性の社会進出?

 民放の朝のニュース番組などは女子アナの方が多いくらいで、NHkでさえ女子と男子は同数、才色兼備の女性アナウンサーが視聴率を左右する時代なのだと痛感します。

 女性の社会進出ととらえていいのか、男性目線の世界が続くからなのかは微妙なところではあります。
 NHk紅白歌合戦もこんな時期で遅い話題ですが、テレビ離れで視聴率は下がったとも言われますが、それでも今の時代でものすごい占拠率、視聴率です。司会陣も総合司会女子アナ、男女がそれぞれ俳優や歌手というパターンになりました。昭和の時代は高橋圭三、宮田輝、山川静男など流暢な名司会をアナウンサーがやっていました。まあ当時女性はアナウンサーといってもアシスタント的な存在でした。
 そういう面では女性が数だけでなく、中心的な仕事をしている時代になったものです。
 会社の企画とか営業も女性の数、割合も増えました。もちろんいろんな面で容貌やら女性らしさを活かして頑張っている部分はあります。異性の目線を利用するのはそれは男性も同じですから、男女の活躍の場はだいぶ均等になる職場も増えたということでしょうか。

買い物先は税金をどこで払っているか

 私は商店街の店舗兼住居の家に生まれた商売屋の子供です。父親も商店街の理事や業界の役をしていたので地元商店街の付き合いもあって近所で買うのが当たり前でした。
 幸い京都の中でも大きな商店街で市内北部や亀岡あたりまで商圏を誇ってそれなり何でも揃うので日常生活には困りませんでした。
 しかし百貨店、繁華街の高級ブランド店などでないと一部揃わないものもあり、そっちへ行き買って持ち帰るときは少し包装やバックを隠してこっそり持ち帰ったものです。
 一時後継や業種による淘汰で、閉店も増えシャッターのままもありますが、今は大手ドラッグストアやコンビニ、個性的な店も増えています。それでも買い物の形態も変わり、昔ほどの活気はないでしょう。
 本当の地元にお金が落ちて、自治体の税収につながる個人店がどれだけあるかと思うと寂しいものです。
 そして、今はもう近所はばからず、マンションや店にさえamazonなどの宅配便も来ます。郵便が来ない休日も夜も来るのは軽トラックに積まれた夥しい数の段ボールです。ネット通販大手、これらの収益による税金は、地元どころか日本にさえ落ちてないのではないかとされています。
 買うほうにすると、確かに早いし品揃えも違いすぎます。ドラッグや激安スーパーには価格で勝てず、ネットには速さや品揃えで勝負にはなりません。それでも地元に貢献するつもりで、多少高くもいい店にはお金を落としてあげるのは日本人の持つべき人情です。

【死生観2】尊厳死と延命

 戦中戦後の戦死や特攻が美学だった時代が去り、食べるモノが少なく配給や不衛生、闇市などで飢えを忍んだ時期を終えると、日本人は高度経済成長期を迎え一気に飽食の時代を迎えます。
 安全や衛生状態改善、栄養不足の解消で子供や若くして亡くなる命が減り、医学も急速に進歩していきます。死因となる結核などの病気もどんどん克服されて、寿命は伸びていきます。
 それと同時に、死と生の美学、意義はあいまいになり、医学によってただ生きながらばよい、身体に道徳がついてこなくなります。
 親を老人ホームに入れるなど昭和の時代には罪悪感のあったようなことが、今は介護施設、高齢施設、デイサービスに委ねるのは当たり前、順番待ちの時代です。
 人間としての盛り、旬を完全に過ぎた人が、毎日毎日無気力に車いすで、介護施設のバンに乗せられ、送られていって、また帰ってきて出迎えられます。もちろん家にいるよりたぶん多少なり、充実した時間、快適な入浴やリハビリ等をしてもらっているのでしょう。昔の大家族なら誰かがやてちたフォローや、できない場合自分の身体をギリギリまで動かしていたことを今はお金や保険制度で他人がやります。
 そこに高齢者の尊厳は薄れているといえないでしょうか。
 食事することができなくても最後には胃ろうでも生きながらえることはできます。私の親などはその選択はしませんでした。自分で食べて、自分の足で歩くことに尊厳をもっと持たせないと、動けない老人が日本中にこれからもっと溢れます。
 健康寿命という言葉がようやく着目されています。もっと苦しくても歩くことや、食事を作って食べる、身の回りをかたずけ掃除する、体操をするなど、リハビリ以前、病気以前にやるべきことを医学界、厚労省は考えるべきです。そこに薬や治療、介護と同じ程度の予算や保険からのお金が回る仕組みを政治がつくらないと老人大国は成り立ちません。
 コロナ禍でそのことがさらにあぶりだされます。(つづく)