花火のない夏

夏祭りも、花火の中止ばかりで寂しいですね。
戦争で死んだ人の弔いでもある各地の由緒ある花火大会が中止になるのは、とても残念な気がします。
花火それ自体は、毎年丹精こめて花火師が作り上げた芸術です。それを打ち上げ、会場で観るのは多くの人を集めないといけないです。コロナウィルスの感染拡大防止のためしかたのないところです。
医療従事のご苦労への花火は良かったです。
まあ花火、芸術やスポーツは不要不急ではあります。未だに世界のどこかの国、地域では戦争で芸術もスポーツもできない。花火など爆撃を思い出しとんでもないというところもあります。そんなものにお金をかけるなら、食べるモノに回して欲しいという国もあります。
日本人が一年くらい花火を我慢する。スポーツイベントやライブを我慢することぐらいはたいした苦行ではありません。
経済として生業とされている方に対して何とも本当に申し訳ないです。
花火がなくとも、祭りがなくても心の中に輝きを持つことは可能です。

自粛で不幸になった人の方が圧倒的に多い

仕事がら連日新型コロなウィルスの影響等で収入が減って青息吐息の方のお話しを聞きます。
正直自営の方で、稼ぎが何十万もあった収入がほぼゼロとか、税金や食費、家賃を払うと赤字というお話を聞くと本当に胸が痛みます。
しかも、免除や支援も残念ながら私個人は説明するだけの立場で、可哀想に思っても規定で適応されないこともあります。
かくも経済でダメージを受けた方を多く見かける反面、、実際にコロナに罹患した人はまわりにはほとんどいません。
コロナで死んだ人の数、重篤になった人の数は毎年のインフルエンザよりもはるかに少ない。
非常事態宣言の効果がどこまでかは検証できないので正確な比較にはならないです。
これほど外出を控え、うがい手洗いマスクの徹底をした経験はないから、比べようもない。
しかし、経済、消費の落ち込みで収入が減った人は圧倒的に多い。
今も毎日東京の患者が多いように報道されますが、ほとんど無症状の軽症で、死亡も少ない。それでも何のゴールもなくとも感染者の数をセンセーショナルに告げて、不安をあおるテレビのニュース。
連日、感染者の数だけを大きく報道することに意味はありません。経済を殺すだけです。
実際に収入がコロナ前と後であまり変わらない人が、自粛警察的な考えで、他人の批判と自分の正しさに酔いしれ、経済の回復を阻害している可能性にも注意しましょう。
他県からの異動者への仕打ち、マスクやゴーグルの強要など、まず自分がしっかりうがい手洗いすれば良いことで、今日見かけた他人の〇〇がどうのこうの呟くのはそれ自体心の毒です。
有名人が自粛期間に外に出れば自粛警察よろしく集中砲火する。戦前の隣組か婦人会のような全体主義の息苦しい社会にしてしまっています。
自粛を要請されたけど「出かけた、営業した」は犯罪ではありません。もっと本当の悪、犯罪をとりあげてもらわないと。どこの新聞、テレビも多少の左右寄りはあっても、横並びに「検察(警察)関係者への調べであきらかになった」ではマスコミの正義や独立などないです。

雨にも負けず、コロナにも負けず

いろいろ試練のようなことが起こります。
でも自然の恐ろしさは昔からありました。制御することは難しいのです。
これだけ科学が発達しても、予期することができないことは多いのです。
あっという間に昨日までに日常が消えてなくなるような不条理があり得ます。
諸行無常です。絶対の安定はありえない。
だからこそ日々を大切にし、備えて、憂い過ぎないことです。
ほどほどに、働いた後には休憩を取りましょう。
他人のことを心配し、ムダな争い事をやめる。しっとりとしなやかな生き方へ、雨の季節に見直しましょう。

コロナ後:密な美術館は遠慮

もともと混んでる美術館に並んで押し合いながら短い時間でお目当てをチラ見して帰るのがイヤでした。
コロナ禍で空いている施設、観光地もありましたが、あっという間に閉鎖になりました。人数制限をしながら再開。いいことにも思います。美術館、博物館はわいわい見るものではないです。あまり不要不急の人は来ない方がよいです。
上野の美術館なんかも本当に駅からすごい人で、東京の人の多さはケタ違いです。TDLでもそうなんです。これ以上価格を高く設定しないといけないジレンマはありますが、混みあって苦行を強いるだけでお金を払う人も問題です。
美術とか芸術のビギナーや素人を拒むわけではありませんが、付き合いやどうせ分からないという人はやはり邪魔です。
高価な絵が必ずしも価値につながらない場合もあります。美術館はロケーションも含めて楽しめなければと思います。
行列があれば並びたがるブームに横並びしたい。そんな考えはもうコロナ後には捨てた方がいいでしょう。

無観客で始まったプロ野球

先週6月19日から日本のプロ野球は無観客で開幕しました。
MLBはアメリカの感染拡大で開幕未定。
それでもひさびさの野球中継に、私も楽しみました。
これから感染予防体制を敷きながら観客を入れていく試みは、開催が微妙ながらオリンピックや他のスポーツの試金石にもなるでしょう。
観客席を密にしないと動員数に響き、その他の運営もWITHコロナはなかなか大変です。
プロスポーツの損益分岐点が上ります。
東京オリンピックは、規模縮小での開催も模索ですがかなりの赤字覚悟でしょうか。
サッカーも含めプロのチーム運営も相当厳しいところです。
それでもやはりスポーツへの興味はみんな持っています。
いいプレイを続け、スポーツの面白さを伝え、視聴率や動員数をあげて欲しいものです。
野球放送で気になったのは、地上波でのCMインターバルの長さです。
こんなにスピード感のないぶつ切りで3時間では、サッカーやラグビーにも大差をつけられます。戦後のテレビ普及時代でもあるまいし、攻守交替をきびきびして3回表裏ごとにCMタイムでいいのではと思いました。
レギュレーションも今にあわせどんどん変えていかないと野球はアメリカと中南米、東アジアぐらいしかやってない地域スポーツのまま衰退していきそうに思います。
体育会OBは伝統にうるさく保守系の人が多いです。プレイヤーとファンの満足度のためどんどん改革していくべきです。

コロナ後:身の丈にあった経営と消費

一時期インバウンドで外国人があふれていた頃、まさにバブルというべき現象が京都でも起こっていた。おそらく各地の観光地でもあるあるだったでしょう。
観光地の近くの、一般向けの商店にも人があふれ、外国人向けの何でもないものが、仕入れれば売れるような現象。
名前を挙げて悪いが、伏見稲荷の近くの商店街等もそうでした。結果、街もゴミで荒れたりするが、閑散としがちな街の商店街が観光地に近いだけで化けたのだ。
こういう現象は、たとえば破綻というか店仕舞い寸前だった和菓子や伝統産業等も救ったメリットもあった。
しかしホテルや飲食やショップでインバウンドをあてこんで拡張したり、過剰に投資や仕入れをしていた者は大きな危機を迎えています。
「身の丈」に応じたものでない「バブル」はやはり弾けました。
良いものを作り、素晴らしいサービスをしていれば日本人も見捨てないし、グローバルで売れるモノもあります。
当たり前ですが、入れ食いで客が来るからと値段を上げてサービスを下げて回していただけなら、もうこの危機は乗り越えられません。
グローバルに売れるモノを作るのはコロナ後も滅びはしません。日本人の繊細な文化、、創造的な力はこの先も世界に打って出れます。
そのためにも変に身の丈以上に儲けることはいらない経験だったのです。

父の日:介護は大変な生業

父の日に直接関係はないかもしれません。
介護やデイサービス、終末医療は亡き父で多少の経験はしました。今は残った母が、高齢者向け住宅で時おり介護4レベルでサービスを受けています。
今日、たまたま母のデイサービスの現場に立ち会いました。
改めて介護の職員の方の日々のご苦労を見させてもらいました。
コロナで医療現場の苦労も良く言われました。
生業としての介護、医療、他の職業貴賤も何もないのですが、それぞれ現場にいる方の大変さが良く分かりました。
人間誰しも老いますし、健康も害します。健康寿命と言いながら、誰もが健康なままポックリは無理です。
老人が子供のに、戻っていくのを見守り支える。かつては家族がやるのが当たり前だった仕事ですが、今や職業としてのプロに頼るのが多数です。今後ロボットもこの現場に加わりますが、少子高齢化社会でこの分野での人手はますます必要です。オフィスでも事務や経営等な減っていく一方で、この現場での人材は求められ続けるでしょう。心から敬意を表したいと思います。
あと楽な仕事を人間誰も求めたいです。だから義務でもいいから、社会のみんなが経験する。ローテーションで昔の兵役みたいに介護の経験をするのは必要かなと思いました。
社会の全ての仕事が、それぞれお互いで社会を支えている。それぞれの仕事の奥の深さ等、瞬間では垣間見ることなどできず僭越ではあるが、親の介護を思う時、とても大切でありがたい仕事であることを痛感しました。

夏至(6月21日)部分日食も

ipicgrによるPixabayからの画像 「金環食」

2020年は6月21日が夏至、太陽の出ている時間が一年で一番長い日です。
冬至よりも5時間くらい長いことになります。太陽の恵み、暖かさを思う存分体に受けることができます。日本では梅雨の最中ですが、さいわい全国的にも雨は中やすみが多いようです。
太陽が一年で一番北寄りから昇り、お昼には空の一番高いところを通って一番北寄りの西に沈みます。
ちなみに日の出が最も早い時期は、夏至の少し前、最も遅いのは夏至の少しあとになります。


今年の夏至は、部分日食の日にもあたります。日食は宗教や天文学で重要な現象とされ、神が隠れる日と思われてもいました。太陽と月の動きが分かって初めてその予測もできるようになりました。
太陽の動く道黄道に対し、月が昇っていくポイントをドラゴンヘッド(昇交点、未来を示すといわれています)、月が降りていくポイントをドラゴンテイル(降交点、過去を省みる)といいます。ドラゴンヘッドとドラゴンテイルのように、黄道と白道の交わるポイントを天文学用語ではルナノード(月のノード)と呼びます
日食は新月の時に起こるので、何かの新しい始まり、とくに半年以上の影響力を持つ大きなパワーを持った新月と言われています。
個人や国家にも、この始まりの時期がらか影響を与えます。それぞれのホロスコープによりますが、このパワーには善悪、吉凶はありません。すべての占星術の表わすモノを吉ととらえうか凶ととらえるかは、その方次第です。
大いなる力が漲り新しいことが始まる、そのことを理解して備え、前向きに受け止めて活動することが全ての人に求められます。
まずは21日夕方、その天体ショーが見れればそこから何かを気付いていただければと思います。

6月雑感:

6月もコロナの自粛が解除され出しました。
経済の回復はまだまだですが、WITHコロナともいう戦いが続きます。
そんな中、地上ミサイル防衛、、イージスアシュア配備が中止です。コロナだけでなく少子高齢で財政の厳しくなる日本において対米隷属、従属に歯止めを利かせたのでしょうか。
間髪いれないタイミングで、北朝鮮が南北事務所を爆破のニュースが入りました。
あまりにも政治的解釈の難しい、重い内容なのでこれ以上は書きませんが、日本の未来に向けては同盟国、近隣諸国とのギリギリのやりとりが必要でしょう。
隷属はいけませんし、戦争はもっと経済を破壊します。交渉は必要ですが妥協点を見出す賢い努力が国として必要です。


今年の梅雨は雨も多く、これから水害も心配です。それでも少し天気の良い朝晩は過ごしやすいです。
厳しい真夏を迎える前に、気持ちと身体を整えていく時期です。
社会は騒然としていても、誰かがいつもどこかでそれぞれの役割で国を街を支えています。そして次の季節、次の世代に向けての準備をしっかりかっていくことが大切です。

読書【2050年 MEGA CHANGE】  ③社会保険と税の改革

5月6月といろいろ前年所得が決まったりで納税の通知が来る季節です。
給付やらマスクはなかなか来ないのに、税金の納付書は来ます。
2050年まで、年金保険料や健康保険料は上がり気味です。
選挙で負けないようにうまく説明しつつ、いろいろ改革していかないといけません。高額所得の方には保険料負担は大きくしないとしょうがないです。そしてもう給付の限度は大きくし負担をさらに多くします。
保険は成り立ちにくくなっています。ヨーロッパの福祉国家が、一律給付も支払も早く、国庫で対応しています。その代り消費税が高いとか負担もそれなりです。
富裕層に給付も打ち切ったり、負担をさらに累進的にするなど、保険は抜本的な改革が必要です。国民皆保険さえ見直してもいい時期にきています。
寄付に対して、歓声あげるなら、最初から確認も必要です。人間毎年何億も生きていくのに必要ではありません。多少贅沢、住居の購入があってもせいぜい1000万円の年俸で十分です。何十億と儲けている方はある程度経過すれば、私財を貯めるだけでなく、寄付やら国庫返納すべきです。
現役世代、高齢者も負担しつつ、富裕層が一定の条件で支えてくれないと、社会保険は増大し、少子高齢化の国家財政は成り立ちません。
高等市民と呼ばれるような、高級官僚やセミリタイアの財界人にいつまでもお金が回っていては、この国はかなり厳しいです。
それも新しい技術や産業が一定のシェアと規模で維持され、輸出入や人材交流のグローバル化がすすんでの前提です。
日本の未来は結構厳しいハードルを越えていかないといけません。