安倍元総理の番記者という人がいまだに政治解説などされています。
サツ廻りや、バンキシャは未だにいるのだなあと思います。
この本はたまたま、政経に詳しい方が教えてくれた政治ジャーナリズムの本質的欠陥を指摘した名著といわれているもので、図書館にはありました。1994年、平成8年の発行ですから、取材屋連載当時は35年ほど前になります。
なぜ、新聞は面白くないのか。事実の検証能力に欠けるのか。金丸神話や小沢神話を作り上げてしまうのか。政治を良くするために不可欠な新聞蘇生の処方箋を提示する必読の書。
と宣伝されていました。
35年というともう若い人は産まれてもいないし、現役の方でも物心ついていないとか、政治などに興味をもってもいない学生だったりします。
竹下、金丸、細川、羽田、リクルート事件、東京佐川急便事件といってももはや歴史上の人物のようなものなのですが、当然のように今の若い人が歴史として学ぶでもなく、かといって時事としても古すぎるので国会マニア的に政治に関心があって記憶の良い人でないと認識もないでしょう。
政治とマスコミの汚れた体質は、すでにこの時で十分語られ、残念なことにほとんど本質は改善されず、記者クラブも澱んだと言われた1990年代からまた同じように30年続いています。
テレポリックスという言葉がでてきています。テレビに影響される、テレビを利用した政治が始まった時期です。のちに小泉劇場など劇場型政治も輩出しますが、新聞からテレビへと、国民洗脳の媒体が変わり始めた時期で、サンデープロジェクト、ニュースステーションなども始まり、平日夜や日曜朝に報道ショーの番組が固定されたのもこの時期です。娯楽やスポーツと報道が明確に分かれていたのが、混在したニュースショーが現われ、巧みな世論操作も始まった時期です。
テレビや新聞がオールドメディアと言われた今と、国会をとりまく政治家とジャーナリストはあまり本質が変わっていません。むしろ、劣化したとも言えそうです。
すでに1990年代で自民党の一党独裁は続き、汚職まみれ腐敗した政治に、何とかしようという志の者と、結局は権力争いにそれを利用した者たちが、離合集散をして、細川、羽田の連立政権、自社さきがけの政権奪還と迷走します。
その後の自自公、自公、民主党政権、再度の自民党政権と、この時期改革を唱えて松下政経塾や日本新党などの志をもった若手ももはやベテラン、爛熟したのが現在です。
この書にさえ「最近の若者は」という言葉が出てきていますから、政治にしろどの世界でも、時代は巡り、世代は変われども本質は変わらないのです。
自民党の派閥も賛否がありながら、その求心力は強まったり、弱まったりしながら延々と続いていることにも呆れますし、伝統というものをひしひし感じます。
「政治とカネ」などと問題にされ続けて、久しいというのかこれも永遠の宿痾なのですが、政治家やジャーナリズムというよりも、それを許す国民が愚かとしか言いようがないのです。
私の学生時代などは就職先は新聞社は給料もよく花形でしたし。就職の面接には大手企業も天声人語は読んでおくのが必須の時代でした。ある研修で毎日新聞の地方記者と一緒になりましたが、問題意識もあり頭も良い好青年でした。政治家も官僚もジャーナリストも人間、どこかで金にまみれ汚れていくのかとも思います。
しかし、税金を無駄遣いするなとか、談合や汚職を罵る国民も、結局そういう政治家を選びそういう政治を許していることに、長年の問題はあるのです。著者の論調はまさにその通りです。
一時的なヒーローのような政治家が全てを変えてくれるのではなく、地道な投票行為の積み重ねでしか、政治は変わりません。持ち上げて、ウケを狙い、流行りが終わると、徹底的に手のひらを返し、貶め、池に落ちたら棒で叩く、ご都合主義のジャーナリズムにも責任はありますが、そこを見極められない国民もやはり愚かなのです。
30年以上前の名著の警鐘が、テレビからネットに時代に替わっても本質は変わらないのが残念です。