書評:深田智「原子力の現在地」わかりやすく中立な専門書

 たまたま手にとって、たまには専門書をと速読してしまいました。

 放射線の発生原理などの基礎知識、医療、工業、環境への応用、発電の仕組み、人体へのさまざまな影響を幅広く解説された本です。

 そして、やはり注目な、廃棄物処理の問題、今後の原発の安全性、次世代原発、トリチウム原発や核融合技術の進捗など、興味津々の解説もあります。

 わかりやすくと言いながらも、基礎知識はそんなになく難しい面もありますが、中立にたんたんと書かれる内容には、なるほどと唸る箇所が多いです。

 理系、文系と人を分けるのは好きではないですが、東日本大震災と福島の原発事故以降、原子力というと感情的になり、思考停止になっている人にも是非おすすめです。優秀な人材がエネルギー関連に集まらず、政治でさえタブーになるのは困りものです。

 何でも反対、何でも先送りで、再生エネルギーという詐欺みたいなリベラルに多くの国民が惑わされ騙されて、日本は防衛はおろかエネルギーでも世界に取り残されます。

 統計的にみても、原子力のエネルギー効率がずば抜けて優れた点は改めて分かります。化石燃料や再生エネルギーが、環境面からも課題が多いことも、もう一度勉強し、考えるべき点です。

10年遅れの役所

 コマーシャルでたびたび流れる経理部員役の横澤夏子さんが月末に髪かき乱し、上司の滝藤賢一さんがオロオロするのを「楽楽精算」の場面を見たことがある方も多いでしょう。

 私のいた花王では、10年以上前から紙ベースの決済をやめ、スマホで画像を読み込む第何世代かのOCR.RPAが導入されていました。

 今は、請求書関連、切符もコインパーキングもさらにキャッシュレスが進んでいますが、まだ現金払いのみのところもあります。

 役所はまだまだ10年以上遅れて紙に貼り付けての目視決済です。

 私もその処理を預かっていました。ある時コインパーキングの100円のレシートと、本人申請の日付が1日ズレて使用日の翌日の精算日になっていたのをスルーしてしまいました。

 少額精算は立て替え金を前渡プールして多くの領収書をまとめて月末最終にチェックしてひと月分を精算していましたが、私も上司ライン3人もそれなり見ていても見落とし、経理や監査でお目玉でやり直しです。

 日付の1日ズレなので本人も悪気もなく、ボールペンで修正で終わりですが、またそれをまとめてひと月分の書類をまとめて4人が稟議して、されに会計室でチェック?!うーん、ムダなことやってます。金額齟齬ではなく、月度内なので、不正の要素もからっきりありません。

 そこにかかる人件費の時給が高いのも分かりますし、役所が1円もムダにしないために、ムダな時間を使ってしまう例です。

 会計の仕組みを変えれば、時短になり、人件費の節約というか、人は要らなくなる。

 役所でも、いろいろデジタル機器は導入されています。受付はわかりやすく病院のような大型モニターで表示される発券システムを持っています。インフラの防災や建築、土木の部門でも、公用車はもちろんですが、ドローンなどもかなりの台数を装備しています。

 結局、難しいのは、かつて人が関わってやっていたことを、機械がやっているのに、何故か人員はそのまんま?という点です。労組は昔からパソコン導入とかには反対してきた経緯めあります。

 もちろん、調整はされた部門も あるでしょう。しかし、職員もデジタル化対応でストレスとなっていて税金を多く使っていても楽してる気持ちは毛頭ないのです。

 市民目線では税金で贅沢している割にはと思われても仕方ない面があります。

 デジタル化の課題はこういうところにもあります。しかし、この10年の差は大きいです。

酷すぎる冤罪、誤認逮捕

 

大川原化工機の冤罪事件で、先月25日、東京地検の市川宏次席検事、最高検の小池隆公安部長、警視庁の鎌田徹郎副総監が横浜市内の相嶋静夫元顧問のお墓参りをしていたと報道されました。

市川次席検事の映像も流れていましたが明らかに検察の理不尽な拘束で命を奪っておいて「心からのお詫び」とは感じられない紋切り型です。頭を下げれば、威厳が下がるとでも思っているかの、傲慢な上級国家公務員の典型です。

謝ったところで、取り繕ったところで亡くなった相嶋静夫さんは生きかえらない。すぐ病院に診てもらうなどしなかったことは未必の故意の「殺人」と言われても仕方ない。未必の故意でなくとも、怠慢で人の命が失われては、検事や裁判かの公僕、人としての所業がなっていないのです。
百歩譲って、逮捕や拘留までには人間なので間違いはあるにせよ、ストーリー通りに行かずとも間違いを認めて、謝ることは丁寧にすべきです。

この件では検察が異議申し立てをし、裁判所も右ならえの官僚的対応で、心身が弱り、最悪の事態を招いてしまいまったのは明らかです。

相嶋さんの奥様、遺族が「何が真実だったのか説明がない」と言われ、特に奥様は「到底許すことは出来ません」という主旨の話をされています。

なぜ冤罪、誤認の逮捕での拘束がこれほどまでに起きるのは、警察や検察の内部での出世や権力、メンツや功名心、ノルマなのか構造的で組織の問題なのでしょう。検察を監視するような機関はないのかと思うぐらいです。
一度起訴されると、無罪は難しく、有罪になると通常では困難を極める再審の道です。再審法は早く改正すべきとしか言いようがないです。
静岡の袴田巌さん、福井女子中学殺人で無罪になった前川彰司さん、厚労省村木局長。、大阪のプレサンス事件の山岸忍さんと検察の不祥事、冤罪は高頻度で起こっています。政治的な取引での、司法取引というやつもそもそも問題です。
それは、政治や社会に国家権力を誇示し、秩序を維持するとかのためにせよ、あまりにも不条理、歪なものがあります。
雲の上のような、政治や官僚の世界のようで、冤罪の恐怖は、すぐ身近にあるのです。

どうでもいい薬を保険適用で貰うのは節約か

確かにいざドラッグストアでOTC薬、処方のいらない、いわゆる市販薬として薬を買うと、保険適用ななく医師の処方箋で調剤されて手に入れるより高いと感じます。
湿布やビタミン剤、鎮痛剤、最近だと風邪で処方されるPL顆粒だとかも、ドラッグストアで買うことができます。漢方薬なども品揃えの良いとこはツムラやクラシエなどいろいろ揃えています。しかし、3割適用だと7割引きで薬局で処方箋を出して貰っていたので、ひどく高くは感じますが、それが定価です。
かつて、高齢者が医療費負担ゼロだったころ、湿布やらビタミン剤を祖母は沢山貰い貯めていました。
家庭全体でそういった薬を常備薬にしているケースも少なくないと思います。医療券を貰って、無料で診療を受けられる、生活保護の医療扶助対象者でも、そういうケースはあり、悪質なものはメルカリなどオークションサイトに転売する例もあります。
3割負担だとしても、みんなの保険料を集めた健康保険から常備薬的な使い方をするのは、『節約』として褒められるものではありません。自分は保険料を負担して来て、元を取りたいだけというのはその心理は分からなくもないですが、勝手な理屈であり、権利の濫用です。結局、そういった保険適用のために、健康保険料は高くなり、健康な方を含め負担は大きくなります。
保険料や、給付の割合の前に、保険適用できる範囲をもう少し見直す必要があるはずです。
また高齢者や、生活保護者の0割負担ももう少し、厳格な適用が必要です。0割負担のため、同居の高齢者を世帯分離してしまうケースも脱法に近い行為です。
先の選挙である党が提起していた、医療保険の改革にも共通しますが、このまま高齢者が増え続ければ、本当に医療費負担は莫大になり、破綻というよりは現役世代の元気な人の活力が奪われ、高齢化で活力を奪われた国が経済も、ますます元気なくなります。
自分の目の前の薬ではなく、俯瞰して見れば、こんなドラッグストアで買える類も薬品類は、医師の処方や薬剤師の手を経る手間をかけずに、自分で買うということです。医療費控除はその後、所得税に応じてすれば良いのです。ここには医師会や薬品メーカー、厚労省の闇があるとも言われます。しかし、すくなくとも一次負担が増えるなら要らないと思われ売り上げが減るなら、そんな薬は要らないのです。処方箋手数料などが減るといっても要らない薬で儲けるのは、人道上もおかしいことです。
庶民も、ここを節約とはき違えて、横領、濫用をしてはいけない部分です。社旗保険料が高いと、悪循環で、保険料の元を取りたい請求や、負担軽減の世帯分離などがまかり通ります。ゴールは明示されている課題であり、政治家のウダウダした議論よりも、AIに立案させて、早く改革してしまえと思います。

高齢者がネトフリ移行で地上波消滅?

プロ野球ファンには衝撃的なニュース?なのか、地上波テレビ局の時代が終焉がいよいよという感じです。
月890円からですから、NHK受信料止めて、短期で契約する人もでしょうです。
しかし、まあ元々、スポーツ中継の地上波放送、公共放送への放映権は高すぎます。とくにWBCは、世界一をかけた真剣勝負と煽りはしますが、しょせんシーズン前のエキジビション大会で、真面目に取り組んでいる国は少ないです。
サッカーのW杯、日本代表の視聴率を妬んで作った、昔のプロレスのワールドリーグのような嘘っぱちハリボテの国際大会です。こんなものに、何十億と、税金のように無理やり払わされる受信料や、スポンサーのお金が流れると、見ない人は迷惑もいいとろです。
見たい人が選んでみる、サブスクを賢く選択するリテラシーの時代が、やっと来たのです。
地上波テレビの数は半分ぐらいになって結構です。NHKも収支をはっきりして、職員の給与も番組にドバドバ使うのも止めにして、公共の災害などの放送だけで十分です。

夢の洲、ゴミで埋め尽くされる世界

大きなクレーンアームにトースターかレンジやアルミサッシ、ミシンのような機械がコードでからみ、下には自転車やプリンタなどが無数に落ちているシュールな情景。
大人の夏休み自由研究ということで、この夏いろいろなスポットを回りました。当初は万博に対抗し、リーズナブルに歴史、未來や映えをテーマにしていたのですが、未来デザインの大阪市舞洲のクリーンセンターを見学し、ゴミ問題を学び、驚くとともにその問題の難しさ、深刻さに唸りました。
また、お盆休みなのに、社会を底辺から支える公共の仕事を猛暑の中、している人が多いことにも素直に感心しました。
80年前の戦時には、金属は貴重な資源で、鉄はおろか、銅や錫、不要不急の鉄道の線路、お寺の鐘まで供出されて、戦艦や戦闘機など戦争のために使われていました。
鍋や釜を叩いて直す仕事があったように、機械や道具を直して使う時代が長く続いたのに、今や家電製品はじめフライパンやら家具でも、すぐに捨てられる時代です。
直す時代から壊れれば捨てる、寿命が来ればゴミになる時代、しかもその寿命も賞味期限のように人が決めればどんどん短くなります。
人が「ゴミ」と認定すれば、数年前に華やかに宣伝され、夢を持って購入された一見壊れてないようなものでも、有料か無料か燃やせるかどうかに分別されるだけで、捨てられます。
本体は傷一つなくても、マイコンやタイマーが壊れて、修理よりも新規購入の方が安く便利となると、もはやメルカリとかで売れないなら「ゴミ」と認定されます。
写真にある自転車など、かつては全て高価だったものが、今は一部の高級、高性能な自転車を除き、乗り捨てのように放置されたものが夥しい数になります。
排ガス規制前の車もそれだけの理由で捨てられます。ガソリン車やEV車でも家電と同じように、だんだん町の自動車整備では直せなくなり、結局新車のが割安となって捨てられる場合も出ています。

ゴミ処理場に大きな目的な、分別した資源の再利用、焼却によるエネルギー利用、埋め立てるゴミを焼却によって質量、体積を減らすことです。

ゴミは埋め立てるしかありませんが、大阪は湾岸都市で、この舞洲と今をときめく万博会場の夢洲も、基準の割合でゴミを埋め立てた人工島です、今その沖に新島を作っています。いくら、海は広いとは言え、素人が考えても限界があります。潮流、漁業や航海にも影響が出るのは当然です。海に面していない、京都などは、どこか盛り土にするなど、山野に埋めています。
原発の廃棄物や、新幹線や高速道路の残土はよく話題になりますが、量から言うと、毎日毎日運び込まれるゴミの方が実はとても大きな問題です。ゴミや残土を処理すると、自然破壊とか言いますが、今の文明の人類はゴミを出すという便利を切り離すことはできません。

サステナビリティとかエコとか言われますが、あまりにも活動力は小さく、ゴミを少なくするには至りません。新車だとか新製品はどんどん宣伝され、古いものを大事に使う方が税金を高く取られたり、保証期間が過ぎると壊れやすい商品になっていたりしています。

少子化とか人口減少のカーブ、あるいは医療費、保険料負担の増えるカーブでもそうですが、ゴミが増えていくカーブももう破綻が分かっていて、破滅にどんどん向かっているのを分かっていても誰も止められない。
20年とか、50年の先の未来って、本当にみんなが目先ではなく、こういうことに早く気付き、地味だけど、変えないと間違いなく先進国は破滅の国になりそうです。

 

道頓堀火災に思う

夏は毎年、水の事故で何人も亡くなっています。山の遭難もあります。
火事は季節は関係なく、消防車も行きかいますがたいていは小火です。しかし、死者が出る火事もときどきあり、焼死は死に方の中でも悲惨です。
大きなビルなどの火事があるたびに、消防の点検不備が指摘されたりしますが、インフラの老朽化とともに、喉元すぎればまた緩んだところに大きな火事が起こります。道頓堀で死者2名の火事です。

火災報知システムや、耐火性の建物も増え、消火設備なども進化していますが、建物そのものの老朽化は全国でジワジワ進み、メンテナンスする人もお金も足りずに放置されている結果が、件の道頓堀の雑居ビルの火災ではと推測されます。

大阪を代表する、ミナミの繁華街、大阪で担当していたドンキホーテの全国でもトップの売上を争う店舗はじめ、ドラッグストアの列強もひしめき合い、多くの飲食やホストクラブも並ぶ、消火も難しいエリアです。しかし、全国にもこういうジワジワと老朽化して、役所の監視も至らない危険なところが無数にありそうです。

先日、京都の貴船の川床が大雨で流されましたが、設備の点検は本当に地味に金もかかり、法律も完全ではなく、役所の指導もそう行き届かない。国の弱体化はこのあたりからくるのかもしれません。

どこかで暴利をむさぼり、肝心のところにお金が回らない。観光で潤ったお金、宿泊税などは、施設の安全に回すべきなのでしょう。

被爆者=反核、戦争反対=左翼ではない

戦後80年の節目ということで、戦争を深く考える特集が組まれ、一方保守側も昨今の参政党の躍進など日本人ファーストなど愛国心を訴え、自虐史的な戦争を否定しています。
保守の中には、核を持ってもいい、軍隊を持たないと侵略を受けるのではないかと、心配している人もいます。それも、間違いではないと思い書くのです。核保有に反対している人も、アメリカとの同盟があるからいざとなったら助けてもらえると思っている淡い期待の依存心があります。
しかし、関税交渉を見ていて、アメリカの軍隊が、日本が攻撃されて、即座におっとり刀で駆けつけるとは、普通に考えて思えないでしょう。
まして、竹島も占拠されても、尖閣に何かあり、台湾で有事となっても、丸腰では何も言い返せないです。憲法9条で、軍隊を持てない国だから、日本にはどこも攻めてこないと、真剣に信じている人はどのくらいいるのでしょうか。
核兵器も開発にも保有にも、お金がかかり、技術が要ります。原子力発電と繋がるものも多いです。しかし、原発も反対の勢力が多く、イメージが悪く、原子力のこれからの発展のための、理系の優れた人材が集まらないそうです。
核融合技術など、これからの日本を支える科学分野で、世界から取り残されることは、ますます日本の得意だった経済、ひいては国力全体を弱めます。

戦争の悲惨さ、核の脅威、原爆の被害は伝えないといけないことです。だからこそ、怖い、恐ろしいだけではなく、平和を紡ぎ、国を護るため、国を発展するためには何が必要か、もっと普通に議論すべきなのです。
本の紹介はしていませんが、理系の著者で、保守に分類されますが、感情や情緒で戦争反対、反核と思いこんでいる人も一読の価値ありです。国立大学などの法学や経済学を学んだ優秀な文系の人はどうも論理的なようで、結局情緒的なふわっとしたリベラルに陥りがちな印象があります。

80年前の日本を想う

戦前生まれの父も母も亡くなっています。世の中にリアルに従軍はおろか戦争体験を語れる人も少なくなっています。
戦争を知らない世代と言われて育った私たちですが、3歳上の、もう70手前の兄と、いつだったか、「自分たちが生まれるわずか10年か15年前が戦争やったって考えたら驚くよな。それから生きてきた時間の方がずっと長いんだ」
そう、限りなく戦中には近い頃に生まれ、まだまだ日本は発展の途中で、恵まれない戦争で家族を失った人も、傷痍軍人もいました。
「火垂るの墓」で涙するかは別にしても、コンビニも自動販売機もネット販売、も無ければ、スマホもウォシュレットついたトイレももちろんない時代で、ハエがたかる食べ物を争って取り合っていたのだと聞きました。
焦土での無力に、被爆し、病死や餓死をするのも、招集されて戦地や特攻で死ぬのも、映画やドラマの話ではない時代が、自分の生まれるつい15年前にあったのです。

戦後に生まれたのが僥倖とも言えますし、またその意味も考えて行かないといけないものです。

いたずらに戦争を逃げるように、否定して考えないないのではなく、保守であろうと左翼であろうと、まっすぐモノを伝える責任は担っている世代だと思います。

戦争は負けなければ良いのか

 

戦後80年、先の大戦を知る人が減り、メディアをはじめいろいろな立場の人が戦争の傷ましさ、平和の尊さを語られています。
戦没者の慰霊を弔うとされる終戦の日ですが、相変わらず国のために亡くなった多くの兵士がまつられる靖国神社に政治家が参拝すると、問題視するような報道はいかがなものかとも思います。
核武装が安上がりで有効な防衛策かどうかという問題も前に書きましたが、国を護り、戦争を起こさない方法論の在り方であって、原爆の被害を受けた人の苦しむと対比して問題視することではありません。
それを言うなら、アメリカの核の傘を一切拒むことを提案しないと、公平な議論になりません。
憲法9条崇拝、核拡散防止も、軍隊のような自衛隊を持たないというのも。一つの考え方ですが、それで国が絶対護れるかと言えば、不安になる人の方が多いのではないでしょうか。

ウクライナや中東ガザの戦争も複雑です。米露も停戦にむけ会談していますが、ウクライナが核を保有していたら、ロシアの一方的な攻勢もなかったとも思われます。
第二次世界大戦に突入した日本の政府、軍部が愚かなのは、指摘される通りで、停戦して引き下がることもできず、多くの国民を犠牲にしたことはおろかです。
国際社会というよりも、日本の国体護持のためにも戦争のあり方として、無理に突入し、玉砕するまでやめることができなかったことが最も残念とされるのではと思います。
昭和16年のいわゆる「総力戦研究所」がすでに日米開戦をシミュレーションし、どうしてもアメリカには勝てないと結論づけていた話が、このところドラマなどでも注目されています。
しかし、逆に見ますと、昭和12年から中国との戦争は始まっています。アメリカとの負ける戦争は非で、中国との戦争は勝ち切れば良かったのかという問題もあります。
敗戦という反省からは、「戦争は全てすべきではない」と「戦争をやるなら勝てる時だけ」という両方の考え方が生まれます。
日本が領土を拡大し、欧米の植民地を解放し、アジアでの勢力圏を強めていたことを、支配や植民地化と、左翼側は糾弾します。歴史のIFはないですが、少なくとも戦前の日本が正義の戦争だったとも言いませんが、東南アジアを支配していた欧米も正義とは言い難く、日本の方はマシだったということは良く現地からも伝わります。
平和とか、発展に関しての、方法論として、もっと戦争とか歴史の本質を知った上で、まともな議論が生まれないのです。今の報道や教育は残念な極端な議論を生みます。

戦後80年 語り継がれるべきものと、噛み合わないもの – 天使の星座

繰り返される「分かっていても負ける日本」 – 天使の星座