海外へはいつ行けるのか

コロナ禍、ワクチンで沈静化かと思えば敵もさるもの、変異株で感染力を高めて国によってはまだまだ拡大中です。
国民の過半まで接種を終えれば、イギリスやイスラエルのように収まるとは思われますが、ワクチンやこれからの治療薬開発とともにコロナとの戦いはまだ続きます。
日本に海外からの旅行客が自由に来る、そして日本人が海外に自由に旅ができるのは一体いつごろになるのでしょう。
留学とか、単純に学ぶだけならオンラインでアプリや動画でもできる仕組みはあります。しかし現地の言語や習慣等でリアルに生活を体験しないと身につかないもの経験できないことはあるでしょう。
ワクチンや治療薬、感染対策のグローバル化でコロナを季節性インフルエンザ程度の脅威に抑え込むことがここ1~2年でできるか人類の真価が問われます。
旅行や観光の復活を期します。

仙台国分町の思い出

いわゆるまん延防止法報道ののおかげで、懐かしい仙台国分町の映像がテレビで流れました。管理職の定例会や、バイヤー接待でよく行きました。
祇園や新地の上品さはなく、歌舞伎町やすすきの、宗右衛門町ほど下品でもない盛り場です。
仙台に商品部のあった企業の化粧品バイヤーと、キャバクラかサロンの仕事終えた女の子が飲みに行くような店で朝方まで付き合わされたものです。
そういう女の子の中で、当時働いてたカネボウのケイトという化粧品ブランドのシェアが凄く高かったので、バイヤーさんがなるほどと良く新規取引扱ってもらいました。
しかし、付き合い終わると、空が白む、翌日眠かったという記憶のみです。今ではとても無理、若かったなあと思いだします。

終電繰り上げでは「密」になるのでは

鉄道各社ダイヤ改正で終電繰り上げや列車本数削減が行われ、これといった新型特急も新路線もなく寂しい感じです。
そもそもコロナ禍で経営が苦しいとはいえ、保線管理の労働環境改善まで理由にあげるのは、今に始まったことではないので違和感も感じます。駅や列車の営業される時間が短くなると乗客は限られた時間に集中して「密」になります。首都圏の混雑はテレワークや時差出勤をしてもまだまだ収まりません。
いくら外出を控えている人が増え、深夜営業の飲食が減っても鉄道がサービス業としての使命をおろそかにすることは間違っています。結局、マイカーやタクシー利用されれば環境にも負荷が増え、鉄道離れを起こし自分の会社の首を絞めることなります。深夜の保線や安全作業は夜行列車の激減でかなり緩和はされたはずです。それでも営業していない夜間に作業するのは仕方のないことで、そういった方の労働環境、待遇改善はもとより必須案件です。その中でどのようなサービスが運輸会社で適性なのかを考えていただきたいです。

3.11

言葉は無力な気もします。
冬が終わり、春が来る。
夜が明け一日が始まる。
震災10年、それは変わりません。あの時流した涙、再び流す涙、微笑み。10年、長い時間だったのでしょうか。

【東日本大震災デイケード】岩手県厳美渓、三陸海岸の桜。

写真は記事と関係ありません

震災前、仙台に仕事で赴任して子供が遊び盛りで、あちこち休みにはお出かけ行きました。岩手県は一ノ関に景勝厳美渓には子供とも行って、渓流を挟んだ対岸からロープをはったかごで届ける「カッコウ団子」という名物も食べました。東北の労組とのレクリエーションでも渓流下りをし、この時ご一緒した岩手支社の幹部の方が、3.11で亡くなられました。大した会話は無かったのですがブラックな強面の人が多い中、優しい印象の方でした。関西に戻っていた私はだいぶ後で訃報を聞き絶句しました。津波に慣れてない彼は営業中、海よりの取引先被害を確かめに行ったそうです。三陸海岸、今も桜の季節は、みどりと、青、そして名もない花も頑張って見事なピンクに咲くのでしょう。多くの生き残った方は、亡くなられ方からエールを送られているのかもしれません。

外国人が日本に来れない

コロナ感染対策で国内の非常事態は首都圏を除き緩和されましたが、変異種の問題もあり水際での検疫体制は厳しいままです。
日本人が母国に戻るのにさえ検査証明から2週間の待機、公共交通機関の利用もダメというかなり厳しい制限のままです。外国人の新規入国は基本的に難しい状況です。
オリンピックを前にどこで緩めるのかの判断はかなり高度な難しい判断が求められます。
オリンピック開催の是非と、その際のフェアな運営も大変難易度高いですが、日本と国際社会のつながりはずっと続くわけであり、このまま鎖国のように取り残される訳にもいきません。
ワクチンの普及、治療薬、その他の感染対策これから良い方向に向かい感染は抑えられるのかですが、早く自由な行き来ができる日々が戻るようにと切に願います。

改めて思う新幹線の偉大さ

日本の新幹線は高速で専用軌道を走るためその安全性は優れています。地震や災害に強く、死亡事故もありません。今年2月13日の東北の地震では一部架線がやられましたが10日をかけ全線復旧しました。
やはり日本の鉄道はスゴイと思います。時間はかかりますが在来線で特急車両を使い、臨時快速を入らせ運休中の便宜を図りました。東北本線や常磐線は新幹線開業後はダイヤにゆとりがありました。これも嬉しい配慮です。
東海道新幹線がストップして、特急東海が在来線を快速として特急車両で走るようなものです。東海はエリア3社にまたがる新幹線なのでいろいろ問題は出そうです。それでも高規格複線のかつての大動脈ですからいざとなればもう少し列車は走れます。
逆に東海道ではさらに格上のリニアが中央を走り、立場は変わります。何だか出世レースを見るようです。今まで偉そうにやっていたトップが、取って代わられ中間管理職に格下げのようです。
いずれにせよ日本が世界に誇る高速の乗り物が安全と環境にも配慮した未来型の乗り物となりそのヴェールを脱ぎます。

奥松島5年前

奥松島の真夏の海。多島美ですが、過疎や無人の島でもちろん津波によって被害もあり施設が修復されても人口は減り、少子高齢の波が次は襲っています。
でも、防潮堤を築いたり、たくましく生きていく島民の姿に都会人にはないエナジーも感じました。
過疎の島に未来はあるのか。そんな深い悩みも吹き飛ばす感じで、小さな船が毎日活気あふれるエンジン音で荷物と人を運んでいました。

【東日本大震災10年】生と死 運命を分けた野蒜駅発205系電車。仙石線の思い出

東日本大震災の被災した鉄道と言えば、最後まで復旧に手間取ったた福島県を通る常磐線や、あまちゃんの三陸鉄道を思い浮かべる方も多いでしょう。
震災前は仙台にいた私は仕事のエリアが仙台~石巻間の往復も多かったので仙石線を思い出します。
塩釜、松島周辺をしばらく東北線と並走し、海岸の車窓も素晴らしい路線です。
比較的有名な話で私もブログで少し書いたことがありますが。あの運命の10年前3.11で仙石線野蒜駅を14:26同時刻に発車した上下の205系電車は「生と死」に分かれます。
野蒜地区で運転手の判断により上下列車で運命を分けた話。
どちらも野蒜駅を発車してすぐに緊急停止します。
マニュアルに忠実な運転手の指示に従い上り仙台方面1462S普通列車の乗客たちは、電車を降り指定避難場所の野蒜小学校を目指しました。
一方、下り石巻行き3353S電車はたまたま高台の位置に止まり、やはり指定避難場所へと誘導しようとする乗務員に、ある年配の乗客が「ここは小学校よりも高台にある。ここにいるほうがいい。それに歩いて避難したら途中で津波にあうかもしれない」と提言します。
おろらく運転手も咄嗟に究極の判断を迫られたでしょう。マニュアルを守らずに被災する可能性もあります。しかし運転手は最後は「電車の中で待ちましょう」と乗客の意見を聞き入れます。
野蒜小学校は津波の直撃を受け被災します。乗客の数名は命を落としました。下り3353Sは高台に僥倖ともいえる運命と究極の状況判断で生き残りました。
もちろん同じ時間の列車ですが上下で位置は違いますし、上り列車が逆行して3353Sの高台に向かうという選択肢はありませんから、1462Sがマニュアルを守ったから被災したのではありません。被災の運命は野蒜駅ですれ違った時点で決まっていたのでしょう。
仙石線の線路も駅も山沿いに移転して、東北本線の乗り入れ列車やハイブリット車両も乗り入れ野蒜駅は生まれ変わっています。
以後JRの「津波避難行動心得」に(三)降車、避難、情報収集にあたり、お客様や地域の方々に協力を求める というものが追加されました。
5年前、運転再開された仙石線野蒜駅。高台から遠くに霞む松と海、何だか目頭が熱くなります。人の運命、列車の運命のすれ違い、電車に乗るときなにげにすれ違う多くの列車にはその数だけの運命があり、乗務員や乗客の判断があるのだと思いながら眺めています。

夜行列車廃止にみるJR経営の半端さ  「アフターコロナの鉄旅」を考えて

長年青春18きっぷの使える、夜行普通列車ムーンライトながらが廃止となりました。コロナの影響でどんどん特急はじめ運休も増えています。終電も早まるばかりです。
夜行は保線の時間確保や駅管理コストもかかり、エリアをまたぐ分で収益の分配の煩雑さもマイナス要因で撤退が相次ぎました。今はJR各社のエリア内を走行するクルージング型の夜行列車以外は、サンライズ出雲瀬戸が残るのみです。
しかしこれは狭い日本で5社に分けてしまった弊害の一つです。旅の楽しみは長距離移動です。北海道や九州方面等への夜行列車は会社またぎでも当然必要です。費用や利益の案分は良く話し合い、今後の鉄道会社に夢と希望が無ければじり貧です。
まさに青春18きっぷのように、エリアを気にせず乗れて、車両も少しわくわくするような企画を作ってこそ、旅の意欲が生まれるはずです。
IC改札が増えデジタル時代で、切符を売ったところの総取りでなくて、距離や施設使用の分配は細かくできる時代です。
日本の鉄路は4島せっかくつながっているのです。
コロナ禍でテレワークしているJRや旅行会社の企画職員は、どしどし考えてアフターコロナの鉄旅を生み出して欲しいです。