社会保険料はシンプルに税と統合が良いと思う

サラリーマンの方は上図の例の通り、税金以外にそれ以上の社会保険料を払っています。自営の方は、天引きはないので自分で税金以外にざっくりそれに見合う額を払わないといけない義務があります。

公務系の仕事を経験して、健康保険や年金に携わっていますが、しっかり天引きされているサラリーマンの方と違い、自営やフリーランスの方は場合によって忘れている方の徴収をしないといけない場合があります。

 納付要件、資格要件を満たさないと「保険給付や障害や老齢年金の受給ができないです」と告げないといけない場合もあります。民間の保険で事故や病気になってから、やっぱり保険料払いますから保険金くださいとはいかないのと同じ道理です。

 国民健康保険の保険証は手に入れやすいので、出産一時金を不正受給(詐取)しようという外国人の方は何度か見かけました。

 年金に関しては、外国人はもちろん、若い方も老後という実感がなく、不安や不信もありなかなか理解ができないようです。義務と知らず、知識不足が未納に繋がって強制徴収など残念なケースにつながる場面もあります。

 20歳を過ぎて、自分の所得がなくとも世帯主(既婚の場合は配偶者も)に所得が一定以上あれば、催告され財産や給料の差し押さえなども含めた強制徴収に至ります。税金と違って、そこまでされるとは知らないケースも多いです。年金の加入は任意ではありません。法律では20歳以上の日本国民は厚生年金、共済か国民年金に加入しなければなりません。健康保険も会社の組合や教会健保共済か、国民健康保険に入らないといけないのと同じです。
 いわゆる減額、免除や猶予は所得によって可能ですが、「私は病気しないから」とか、「年金はいらない」「介護はしてもらわなくていい」と言って入らないという選択肢はありません。

 ここまでは、私が仕事してきたとくに守秘でもない範囲での社会保険の日本でのルールでありその世間での認知の度合いです。

 最近、ベーシックインカム論とか、税の一体化改革とかいろいろ政治家や評論家、インフルエンサーも囁き、年金制度も国民年金を65歳まで納付とかの話も出ています。

 年金財源が苦しいという話は、常に話題に出ています。
 前の大きな年金改革でマクロスライド方式を取り、安定した財源確保のために給付を微減させるやり方を決めました。将来の年金財源を確保するためには、既得の年金生活の方にほんの少しだけ我慢してもらうやり方です。大きな物価変動があればその翌年以降はそれでも年金を支給は当然上げ、上げ幅を少しだけ調整するというやり方です。
 ところが急なインフレが起こった現在のような状況では諸物価が高騰の中、前から決めていった通り年金は下がる(今年の場合、それまでがデフレで賃金が下がっていたため)という庶民の生活が苦しくなり、極めて政府への風当たりが強い事態となります。

 それでも年金支給を減らさないなら今貰える人はいいですが、年金財政の不安は大きくなり将来ヘのツケは増えるという理屈になります。野党などはそこは言いません。支給を減らすということは、生活からいって十分潤沢に貰っている人、今後の受給者に比べても不公平なぐらい昔の制度上貰っている既得の方から減らす意味合いがあります。ところがその線引きはどこまでというのは誰にもわからないのでできません。本当に生活が苦しくなる人には、一時的な給付や生活保護などの下限のセイフティネットに頼っていただくしかありません。

 保険料や、剰余積立金の運用から払おうが、税金で補填しようが、お金は同じです。将来への先送りで財源が不透明で、財政が厳しいことには変わりはありません。

 個人的には物価や賃金にスライドして年金が上がるのはもっと迅速にしないと、実生活には対応できないと思います。実際に年金生活になって、生活保護までいかない水準でも、何もかも値上げになれば、生活が急に苦しくなりそうなのは想像できます。

 何とか国の財政財政と言わずに、この問題は国民が安心できるものにして欲しいです。

 先の強制徴収などの、啓蒙から督促、最終の差し押さえに至るまでの組織ごとの手間を考えると、税と一本にすればと思います。これは一部インフルエンサーの受け売りのところもありますが、写真の給与明細を見てもらうと、日本の月給に占めるタックスは意外と安いです。ところが健康保険、介護保険、厚生年金保険料はそれよりずっと高いです。国によっては、これらすべて税金、タックスとされて天引きもしくは自営などの方は振り込みとなっているそうです。そして税から受ける年金などのサービスは国より多少の差はあってもほぼ同じような感じとなっているようです。それは政府の仕事として、コンパクトな組織で効率よく低コストだと考えられます。

 日本の場合、すべてを分けて徴収して、財源として苦しくなった分を国庫負担でカバーしています。税ではなく強制加入の社会保険料となっていて、制度を理解するのも煩雑です。そして組織も仕組みも複雑なので、手続きもややこしい上に、それだけ啓蒙から受付や審査、徴収にいたるまで人員もいるわけですからお金がかかっています。

 過去からの給付制度、年金も失業手当、生活保護なども、すべてちゃらにしてガラガラポンとベーシックインカムにするのは過渡的には大変ですが、ウラを返せばそれだけ複雑になり過ぎて無駄が多いのが日本の役所なのです。

 アタマの良い伝統を重んじる役人の方は沢山おられます。健康保険、介護保険、年金とか生活保護とか、それぞれの部署にいればそれはそれでもうそこの法律がいつ変わり、どうすればどうなるかを熟知されている自信満々の専門家が大勢おられるのです。優れた当事者ならそんなものいまさら統合できるわけないとしか思えないでしょうし、また変えることは自分の立ち場や尊厳を無くすことに繋がります。軋轢も一時的な不公平も当然生まれ、組織を大きく変えるため仕事が変わり無くなる方、今までの知識が大半無駄になることも考えられます。だから役人の組織は変わりにくいとも言えます。

 しかし、国家的な大局から見れば、役所のセクト主義や、役人の地位の安定などはプライオリティとして後回しでいらないくらいす。政府が強い意志と具体的な手法で、統合して改革はできることだと思います。公務員の数が多いとは思いません。現場に近いほど人員は不足して、残業などの過酷な労働を強いられています。申請書など紙の確認も多く、同じような給付を同一人物が3カ所にすれば3人の受付者が確認し、確認者がチエックし、上司が承認、出納担当に回りとまたそれぞれの組織×数人が関わる無駄が生まれています。無駄をなくすと、介護や生活保護などの現場に密着して、相談や公平な審査ができる体制へ公務員の人員をより多くシフトできるのです。

 一方でマイナンバーカードで所得は分かる訳なので、もうその人の義務も権利も、簡単に一本化できるようにできるはずです。おそらくその研究もされているはずです。あとは、新組織をどう効率運用するか、それまでの抵抗をどう排除するかなのでしょう。

 こういうことがあと10年ぐらいの間にできないと、日本の未来は厳しいです。

 ベーシックインカムの関しては、思いついたこと勉強しなおすこともあるのでまた次の機会に詳しく書きます。

秋も読書 駅の名は夜明け #軌道春秋2

 読書の秋企画というので、沢山アップするつもりが、他にも書きたいテーマがあったり、映画化されたのを見てからとかで、結局冬になりつつあります。
 それはさておき、読みやすいおすすめです。時代ものでブレイクして他のシリーズのが著名な高田郁さん、関西では特におなじみなの作家さんで、近畿地方の鉄道も登場する現代もののいわゆるハートウォーミングな短編集です。

雑誌連載の長いシリーズで、一遍ごとに丹念に描かれています。偶然すぎるような出会いや運命もありますが、どちらかというと不幸で不遇な巡り会わせの続いた人が、奇跡的で心温まる結末を迎えるという感じの話が多いです。

 もちろん、鉄道マニアでなくとも十分楽しめます。

 読書はあくまで時間つぶし的な意味合いもありますから、特殊設定であれ、こういう市井の平凡な人の奇遇にせよ、あまり突っ込まず楽しむのがいいと思います。

ザリガニの鳴くところ 映画と小説レビュー     思い出した自然観察の女子大生

今時欲しがるのかな

 写真は全く関係ありません。

こっちですね

 先日、映画化されたので、映画を見て、またさっと読み直しました。いろいろ違う点もちろん2時間くらいの尺に収めるためのカットやオリジナルもありますが、大筋や結末は同じです。

 以下(多少ネタバレあり)

 衝撃的な結末とはいえ、まあ完全なミステリを標榜しているわけではなく、伏線はあってもそもそも犯罪の状況とされる手がかりは全部明示されてはいないので、衝撃ラストはあくまでも自然、動物としての人間の本能的行為だという、カロライナの自然とそこに生きる湿地の女とうテーマによるものです。

 自然の美しさ、厳しさとともに、DVや差別、恋愛、法廷劇、いろんな要素が美しい自然と、難しい人間という生き物を彩ります。

 これ以上は映画鑑賞、もしくは原作をお読みください。残念ながら、全米で売れて、日本で本屋大賞でも洋画は有名なシリーズでもないとなかなか長い上映期間は難しい。分厚い原作ですので、そのうち無料配信が出たらお見逃しなくというおすすめです。

 自然に生きる女性としては、東日本大震災のボランティアで知り合った女性を思い出しました。奥松島から浦戸諸島で蝶の生態観察の大学研究生らのチームにボランティア入った時の女子大生です。蝶の観察、採取は応援で専門は「カエル」だということで、歩きながらもカエルのいそうな水田や小川には、寄り道して捕まえておられました。しかも器用に縛りポーチのようなものにいれて十数匹ぐらいは宿に持ち帰り、ケースにうつしていました。
 蝶やトンボでもマニアックですが、カエルとなるとドン引きしそうな人も多いでしょうが、この女性は喜々と作業をしておられました。真夏でしたので、もう顔は真っ黒ですが、化粧でもして垢抜ければ可愛い感じなのに、何故カエルなのか、不思議というか不気味な感じでした。

 セミやゴキブリでさえ号泣して触れない、虫など生き物大嫌いで田舎ぐらしなど絶対嫌がる、ウチの連れ合いなどとはもう真逆もいいとこ世界が違うような人がいるものです。

 あれから数年経って、彼女はその後も研究を続けているのか、犯罪にでも巻き込まれているのか、平凡に卒業して働いているのか、結婚したのか、「ザリガニの鳴くところ」を観ていてふと思いだしました。

秋の読書 書評:#熱源 翻弄され続けたポーランドとアイヌ

 ポーランドもウクライナの隣国としていろいろ事件にもなっています。

 ポーランドと日本のアイヌを描いた力作です。上梓は3年前で、ロシア人も出てきて、ロシア人よりもソビエトの体制や階級、人種などの今も続く問題も出てきます。そして何より、今も嫌悪され脅威となるロシアの姿であり、第二次大戦末期の哀しき動乱期です。

 写真は直木賞候補になっていますが、162回2019年の直木賞受賞された、大変熱い作品です。アイヌと和人のハーフ、日本人も出てくる点ではロシア人ばかりの「同志少女よ、敵を撃て」より読みやすいような気もしておすすめなのですが、やはりロシアやポーランドの長い名前は苦手という人は結構いるようですが、後半は一気に読めるという感じの熱い話です。このような歴史と海外の設定を日本人が紡げることは驚異だと思います。プーチンさんもびっくりではないでしょうか。

 「ラーゲリより愛を込めて」が映像化できるなら、日本人の登場はやや少ない比率ですが、何とか映像化して欲しいものです。

 アイヌとポーランド人の二人の主人公が平行して物語を進めます。周辺の強国に蹂躙され、国家が何度も滅ぼされた悲惨な歴史を持っているポーランド。かつては北海道や樺太に棲み、広大な平原を自由に生きていたアイヌ。

 樺太のアイヌ達とアイヌに魅了された人達の、自分達が何であるべきなのか、翻弄されながらも生きるための熱源を追い求めていくのがテーマでしょう。「アイヌとは人という意。強いも弱いも、優れるも劣るもない。生まれたから、生きていくのだ」降伏したことを知らずに、それでも“立派な日本人”であらねば、自分が自分達の存在が消滅してしまうと思っていたオロッコの日本兵の末路は切ないです。

 だいぶネタバレになりそうですが、このあたりで。

 登場人物の端の方に金田一とありますが、探偵ではありません。言語学者になる京助さんの方です。

秋の読書 書評:#終末少女 #特殊設定ミステリ  #本格パズラー #クローズドサークル  #スプラッシュホラーも

 古野まほろ「終末少女 AXIA gils」作者は東大法学部卒の警察出身とされていて警察が舞台の本格を書いていた方。デビュー作「天帝のはしたなき果実」以来ミステリランキングでは上位を多く占めていました。

 ただ履歴を確認しようとウイキペディア覗くと、削除されています。「禁じられたジュリエット」という作品をめぐって大学のミス研とツイッターの炎上事件があってメンタルを壊されたようで、この作品に続く「侵略少女、、」「征服少女、、」の3部作を上梓して先月絶筆されています。惜しいことです。

 作品は特殊設定ミステリで、終末の地球、しかも登場するのは孤島にたどり着いた美少女JK7人と、それに犯されるとそれになってしまうというマタンゴよりおぞましいい化け物のみ。人狼ゲームよのようなスプラッシュホラーでありながら、とことん文章の記述に伏線を織り込んだ上、読者への挑戦も入れた本格パズラーの骨太さです。

 このブログ副題も天使が舞い降りるですが、この物語も悪魔と天使の戦いであり、ロジッククイズの必ずウソをつく人間とつかない人間の「うそつき人間の国」のようなところもあり、楽しめます。エログロとえぐい場面もあるのと叙述の性質上、映像化は難しいところです。

秋の読書 書評「同志少女よ、敵を撃て」

同志少女よ、敵を撃て』小説家逢坂冬馬のデビュー作。第11回アガサクリスティーを受賞し第166回直木賞候補に挙がり、2022年本屋大賞。

 受賞以上に、ロシアのウクライナ侵攻の情勢と重なり大ベストセラーになりました。作品執筆当時がウクライナ侵攻は始まっていませんでした。
 元々、37歳の作家で、2015年にノーベル文学賞を受賞した、ベラルーシのスベトラーナ・アレクシェービッチさんの『戦争は女の顔をしていない』がベースになって、戦争体験は祖父からの伝聞だそうです。それにしても日本人は全く登場しないこの異国を舞台にした狙撃兵の女性部隊に話がここまで注目されるとは驚きだったでしょう。
 時代モノもそうですが、実際に外国の人間がこの状況でこういう心理で、行動でリアルなのかと疑い出すと私などは書く意欲がなくなります。

 太平洋戦争や英仏とドイツの西部戦線に比べ、その被害の大きさの割には日本では伝わることの少ない独ソ戦。
 その第二次世界大戦の独ソ戦が舞台の作品でしたが、現在の実際にウクライナ人やカザフ人の戦士もクルーとして登場し、ウクライナ情勢と重ねて考えると、とても重く、さまざまに考えさせられます。平和の大切さと、女性の権利やら人権、追いつめられた時の人間の弱さを思わずにはいられません。

 従軍慰安婦の問題なども、本当に薄っぺらいというのか、人間の本質を平和な時代から上から目線で見ているように感じます。戦争はもっとどす黒い、非常事態であり、人間の奥深い業が浮き彫りにされるのです。

 映画化されることはないでしょうが、ロシア人やウクライナ人はこういうのを読んでどう感じるのか、というかロシア人やまあイギリス人でも外国人が日本人だけ登場するの戦争を描いた小説なんてあるのだろうかと思います。

 登場人物の名前が長い割には読みやすい、ミステリ的にはタイトルの『敵』とは何かがテーマでしょう。

水墨画の世界を青春小説で 書評『線は,僕を描く』

 基本的に映画と小説は違うものだと思います、最近はこういう俳優がこの役でとか、作家が映画化をイメージして書いている場合もありますし。ノベライズに近いような作品もあります。

 しかし、視点人物が散漫な映画やドラマと比べ、小説は約束事がある程度あります。最近はミステリでも叙述トリックなど多元的な視点を加えているものもありますが、基本が主人公の方にとまった鳥の視点で描く小説の方が落ち着きますし、シンプルでフェアです。
 作者的神の、感受性もウンチクも全然オッケーで主人公の肩にとまって感受性と内面描写も情景描写も思うままです。

 出来過ぎというか、うまいこと行き過ぎの御都合もありますが、小気味よいテンポで、伝統的な世界が広がります。

 面白く読めます。それは間違いないですし、青春時代を謳歌するような大学生に戻れるようなスッキリの読後です。

 マンガにもなり、映画にもなり、さらにイケメンの横浜流星が主人公!?
 ちょっとカッコ良すぎです。傷ついたモラトリアムな若者を私は何となくイメージは若い頃の吉岡秀隆みたいに思って読んでいたのですが、流星くんも好演はしているそうですが、あんなにイケメンで資産もあるならモテるし何とかなるとヤッカミを覚えそうです。ツンデレのヒロインは「ちはやふる」のキャラと被る感じ清原果耶、まあそんなところかなとは思います。

 映画見る前に読んで欲しい感じの、本屋大賞3位入賞作です。

タイムスリップミステリ 書評「時空旅行の砂時計」

 読書と創作の秋なので、何冊か紹介していきます。

 方丈貴恵さん京大のミス研出身の2019年デビューでまだ新人と呼べる方です。

 題名通り、タイムスリップを扱ったミステリ。主人公が58年前の過去に戻って妻を助ける。2019年上梓の第29回鮎川哲也賞受賞作です。いわゆる設定ミステリ、SF的な条件の中での本格ミステリです。
 瀕死の妻のために謎の声に従い、2018年から1960年にタイムトラベルした主人公・加茂。妻の祖先・竜泉家の人々が殺害され、後に起こった土砂崩れで一族のほとんどが亡くなった「死野の惨劇」の真相を解明することが、彼女の命を救うことに繋がるという。タイムリミットは、土砂崩れがすべてを呑み込むまでの四日間。閉ざされた館の中で起こる不可能犯罪の真犯人を暴き、加茂は2018年に戻ることができるのかという内容です。

  ミステリなのでネタバレは避けます。

 私の書いているのはミステリではないですが、たまたま自分が書いていた小説と少し似ている部分があったので興味深く読みました。時間の流れを正したい者と、乱したい者の葛藤のようなところとエンディングも似ています。

 ただ個人的にはタイムパラドックスとかパラレルワールドというのはどうも好きではなく、せっかく時間をどうこうするのであれば、助けられないままのパラレルとか無数の選択肢の世界があるというのはは違うように私は思うのです。

 設定モノのミステリって、その設定についていけない人がいますが、少し我慢して追いつくととてもミステリの可能性は広がります。そういう意味では昔ミステリは古いとか限界と言われたものがまだまだ広がるような気がします。

ちょっとした贅沢

 前にも珈琲や嗜好品の話は書きましたが、この間ヴィドフランスというチエーンのカフェベーカリーでサイフォンの珈琲を久々に飲みました。やっぱりそれが美味かったのです。

 サイフォンは、その美しいメカニズムから来るワクワク感とともに、真空ろ過という独自の勢いで引き出す味があるのでしょう。あまり贅沢をする時間もお金もないですが、時にはサイフォンの動きを見て、その後の珈琲を味わいたいものです。

 朝の定番、大袋の挽き豆からペーパーで自分で淹れるヤツ、昼はセブンかスタバとかがしょっちゅうでこれらも悪くはないけど、専門店でいれてもらったサイフォンやさらに上質の豆はまた良いです。

 お茶やお酒、その他のグルメや遊びにも人それぞれこだわりがあって、散財する人もいるでしょうが、それがないと人生やはり味気ないものなのでしょう。
 確かに、すべてのものに最上級の嗜好を求めると、キリもなくお金もなくなりますが、能動的に働く意欲、あるいは節約する吝嗇、我慢などの気持ちというのは、こういうちょっとした贅沢のためなのかもしれません。

 大金持ち 小金持ち 給料は安くても投資で長者になれる

 プロ野球のドラフト会議がありました。この時期は逆に、多くのかつてのドラフト入団者が戦力外通告、馘を宣言され引退に追い込まれる時期です。
 アスリートやテレビに出るような職業は目立つため中高生の憧れの的になりやすいですが、実現確率、現役を続けられる年数、所得水準を考えたら、経営者を目指す方がよほど確率は高く堅実に近いです。

 それにしても、ちょっと前から議論してた250万の年収を嘆き、1億円貰う人に恨みつらみを叫びつぶやく人。
 本当に真面目に働いて年収250万円ということは、賞与(あるのかないのか分からんが)手取り月10万円台というところかと、頑張って10年以上働いて40歳以上でこれは、哀れというのでしょうか。頭悪いというのかなあ。それで真面目に働いているというのが、ワタシ的には良く分からないなあ。

 月10万や20万、副業や投資で楽に稼いでる人は多いです。

 プロの一流アスリートは完全に無理で医者にもたとえ経営者にもなれなくても、投資により資産を増やすことができま、気のきいた副業で多少努力すれば10万くらい稼げます。それも日々、自分の仕事で収入を得ながらです。

 世界のトップはジェフ・ベゾス(米アマゾン・ドット・コム創業者)で、資産額はおよそ20兆円である(数字は全て日本円に換算した上での概算。以下も同様)。2位はイーロン・マスク(米テスラ創業者)の約17兆円と続きます。長年このリストのトップに君臨してきたビル・ゲイツ(米マイクロソフト創業者)はいまだ4位につけており、その資産額は約14兆円です。日本人の中でのトップは5兆円の資産を持つ孫正義(ソフトバンク創業者)、そして柳井正とその家族(ファーストリテイリング創業者)、滝崎武光(キーエンス創業者)というところです。

 持ち株の価値上昇と配当によって富を築いたことにあるとは思います。孫正義が会社から受け取る給料(役員報酬)を30年分足し合わせても、とても5兆円には届かない計算です。創業者が何と言っても儲かります。それと、資産を増やすのは給料ではなく配当、投資だということです。

 お金持ちだから、有利な非公開の株や信託の情報が手にできるのかというと、必ずそうとは言えないし、騙されたり判断ミスで損をしている時もあります。自分の所得の中でどれだけ、投資に向けられ、情報をとって賢く増やせるかです。
 つまらない仕事、ブラックまがいの搾取されているような給料の低い仕事でせっかく手にした、なけなしの所得と時間を、安い酒と食事、つまらない娯楽とその呟きで、費やしてしまっているので浮かばれません。

 副業だって、少し頑張ってスキマをみつけ、努力すれば、今の時代何でも高い授業料払わなくてもネットで教えてもらえます。情報が公開され、公平にみんなの手に渡る時代です。そこをうまく選ぶのがコツですが、保守的で消極的な人はこれができないのです。頑固な真面目さというのでしょうか。

 今は副業が認められる時代です。身体も心もハードな仕事かもしれませんが、週休2日ぐらいはたいていの企業ならありますし、毎日毎日残業といこともないでしょう。

 本当に余裕ができるほど資産が増えれば、年間のVIP席でも、プラチナのファンクラブ会員でもスポンサーにさえもう何でもなれます。監督やオーナーに物申すこともできます。
 残念ながら、年収250万資産ゼロ近似の貧乏人がいくらファンクラブやめるといっても、オーナーは痛くも痒くもないのです。スタジアムにもいかず、テレビやネット、試合の結果だけで「勝った負けた」とわんわん叫んで、叫ぶのは自由でも居酒屋限定の「ファンもどき」にしかなれません。

 何か気持ちも行動も入れ替えて、人生をどこかで変えないとつまらないままです。年収300万とかは楽に脱却しないと、ベゾスやマスク、三木谷が妬ましくて腹立たしくて、安い居酒屋や生産性実現性ゼロのネットで呟いていてはダメです。愚痴ることも、批判もできないのかとかそういう意味ではなく、お金をたくさん儲けている人は幸運なだけではなく、少なくとももう少しスマートに人生を考え努力しているということと、誰にも可能性はいっぱいあるということです。