翻弄され続けた国の歴史

 たまたま手に入った古い本。最近の国際情勢で重版されてるようです。

 読んでいた五木寛之「青春の門」にウクライナ人も登場し、シベリアやソ連の歴史も描かれ、つながるように読みました。

 黒川祐次 著 ウクライナ大使を務められたた外務省の方 2002年のことで、ソ連崩壊で独立後のことはそれほど記述はありません。最近はキエフをキーウと表記されますが、キイフとの説もあるようです。

 世界史はあまり詳しくないのですが、ヨーロッパでも東欧、アジアよりはあまり世間にもよく知られてはいませんでした。ソビエト連邦の構成国にロシア、ウクライナ、ベラルーシのルーシ3国があって、モスクワのあるロシアが格上で偉そうにやっているようなイメージだけ持っている人が多いのではとも思います。

 ウクライナの歴史がモスクワロシアよりも古く、そのルーツでさえあることに驚かれされます。

[紹介文]ロシア帝国やソヴィエト連邦のもとで長く忍従を強いられながらも、独自の文化を失わず、有為の人材を輩出し続けたウクライナ。不撓不屈のアイデンティティは、どのように育まれてきたのか。スキタイの興亡、キエフ・ルーシ公国の隆盛、コサックの活躍から、一九九一年の新生ウクライナ誕生まで、この地をめぐる歴史を俯瞰。人口五千万を数え、ロシアに次ぎヨーロッパ第二の広い国土を持つ、知られざる「大国」の素顔に迫る。

 以上

 島国の日本は、侵略戦争を仕掛けられ国土を失い離散することは一度も経験していません。

 戦前に領土を拡大し、敗戦で焼け野原になり、一時期アメリカの占領下にはありましたが、民族と国土そのものは存続し続けました。

 ヨーロッパの国の興亡のダイナミックさの感覚はなかなか日本人にはわからないのかと思います。

 かつて、ユーラシアから世界を席巻した国もあれば、常にそういった大国に蹂躙されながらも、歴史を刻んでいる国があります。

 日本の戦後の趨勢、第二次世界大戦の終焉を決める重要な会議が開かれたのがウクライナのヤルタです。極東では国境を接するロシアですが、そのシベリア地域には多くのウクライナ系住民が住み、ソ連抑留の最西端がウクライナというのも因縁です。

 昨今のプーチン政権でのウクライナ侵攻には、長きに渡るロシアとウクライナの国の成り立ちからの歴史も少なからず要因があると知るのも面白いです。

 

 

音楽、芸術の難解と困難

ミステリ作家の作品で、死の真相が謎として追われるものの、音楽家を描いた青春、職業小説的な色が強いです。

 マンガ喫茶で働く、チェリスト坂下は奔放な演奏の由佳に魅入られ、その死の真相を追いかけて、鵜崎四重奏団のオーディションに挑むます。

 死の真相に立ちはだかる、鵜崎の芸術や音楽の既存の価値観の否定と、激論する主人公の戸惑いも面白いです。

 有名な演奏家、高価な楽器が本当にいいものなのか問いかけられます。

 芸能人が出る格付けのテレビで、ワインやグルメ、楽器などの本物と安物を当てる番組があり、実際それらしい描写もあります。たぶんテレビはヤラセが多いでしょうが、まさにそれを揶揄しています。

 大衆は実は高級品バイアスにかかり、有名音楽家の演奏もまたそれにとらわれたビジネス、因習が成り立つ世界になっている。

 感覚や技量を磨き、経験を積んでも結局は、それぞれのレベルでのバイアスからは離れられないものなのか、本当に価値のあるものがあるのか。それは誰にわからない境地でしょう。

 一般の人は、高価な料理や、ブランド品、崇高な芸術よりも、目の前にある安いランチに満足するのです。

 音楽なども、好みや、聴く環境、その人の状況で全く価値観は変わります。クラシックなど、何を聴いても違いがわからない人が多数いて、さらに名前や雰囲気だけで違いがわかったような気になる層なまた沢山いる。そして、本当に音楽がわかっていそうな人も結局はかなり名前や権威のバイアスに囚われている。

 芸術の価値観は伏魔殿のようなものです。芸術の世界は、ビジネスや学校、行政よりさらに古くドロドロとしたものにも思えます。

 私の妻も音楽大学を出て、それなりの努力はしてきていましたが、音楽家で生きていくのは難しいのは当然です。元々の金銭面でもそうですし、才能やコネでも超一流になるのが厳しいのは分かります。

 音楽界の酷さもよく描かれているのか、本当のところはわかりませんが興味深く読めました。

戦後80年の66年

 先日「青春の門」が今だに続いているという投稿が結構な反響を呼んでおりました。

 大河小説で最終巻が今のところ9巻目で10巻目で完結と予告されていますが、作者の高齢を考えるとどうなるかわかりません。長いシリーズものは、パターン化されたものが多いですが、この小説は伊吹信介を主人公としてはいますが、巻ごとに状況は大きく変わります。

 1巻2巻の映像化のイメージが強いと思いますが、筑豊編と自立編でも、舞台が大きく変わったように、その後も北海道から、やがては旧ソ連へと舞台は転々とします。

 第8巻を最近読みましたが、第二次大戦末期のソ連参戦の暗部、ソ連核実験のためシベリアに強制移住されたウクライナ人の話なども描かれます。

 今の国際情勢につながる戦後すぐの時代を20代の青年が奔放に歩みます。

 自由に海外旅行に行ける今では考えられない世界での冒険もあります。

 戦後80年といいますが、私の生きた66年は、物心つけば大変平和で恵まれた時代に入り、若者は安定を求め、好奇心も冒険心を失っている人が増えました。大人たちも、臆病に冒険しない人生を子供に求めたのかもしれません。

 私も、生命をかけるような冒険も、恋愛も友情も、テレビや本の中でしか経験はなく、直接は体験しないで年齢を重ねてしまいました。

 世界を見渡すと、本当に恵まれて生きてきたとは改めて思います。

 それでも、風雲編の主人公、作者の生きた時代を慮ると、自分も何か死ぬまでにもっと、できることはないかと、模索したくなります。

 

生活保護の課題

 ミステリとしての出来としては、原作も映画も私はちょっと引っかかります。

 しかし、まあ社会問題としての生活保護をよく取り上げています。

 高級外車を乗り回す強面のいかにも不正受給者に対して、正義感あふれる女性職員が物怖じせずに糾弾します。

 本来、受給する資格の無いものが、不正に受け取り、本当に餓死寸前で、最低限の文化的生活が送れないものを、しっかり精査できるほど、自治体に予算も人員もありません。これは今の日本の大きな問題です。

 生活保護や破産手続きの言葉の印象が悪ければ、苦しくても、家族などの手前申請できなくて破滅する人も多いでしょう。

 こういう底辺の問題にスポットを当てた作品としては意義があり、有名俳優が好演技で賞まで取り興行的にもそこそこヒットして注目されたことも結果的にはとても良かったです。

 ただミステリ的に不満な点は以下、ネタバレになってしまいます。

[ネタバレ注意]冒頭、役所の生活保護担当職員が拘束され餓死して発見されるという怪事件から始まります。魅力的なミステリらしい謎です。

 最後に明かされる犯人役の俳優も狂気じみた演技が素晴らしく、助演賞などの評価も分かります。

 その演技により、カバーはされていますが、魅力的な冒頭の謎から、やはり意外な犯人を探す中山七里ミステリの様相にやはり少し無理があります。

 これは松本清張の砂の器、森村誠一の人間の証明などでもそうですが、(背景、動機なとは違います)出自とか貧しい時代から、せっかく努力して社会的地位を掴んだ(相当苦労して)人が、そんなに簡単に人殺しをするのはおかしいという、私の個人的な感性です。

 苦労をしているから、その地位を手放したくないという動機(砂の器、人間の証明)も、苦労してきたが、許せないものは決して許さないという本作品も、どうも殺人という手段を選ぶのは、少し考えれば得策ではないのです。

 警察はもちろん、小説の読者や映画を観ているものをも欺く意外な犯人の緻密な犯罪ですから、当然衝動ではなく計画的です。それ故、同情の余地は少なく、余韻は悪くなります。

 社会問題を扱う難しさですが、殺人等に走る前にもっとやれる手段はあったと感じてしまいます。

 

 京都市の区役所で生活保護の担当をしていますが、医療扶助などもありがたい制度であり、逆に健康保険負担の課税世帯から見てうらやましいくらいです。

 しかし、うらやましいから不正受給をしている一部の情報をあげつらうのではなく、本来の生活水準には一体どのくらいのお金が要るのかまず考えるべきです。

 そこから孤独で支援する家族もいない人は本来国が年金を増やすべきですが生活保護も今は選択の一つです。

 この問題も奥深いところで、年金生活でも格差は大きく、社会のひずみは大きいのです。浪費はしなくても生活保護や破産のケースは多くあります。

 こんな底辺の問題は選挙の票にもならないし、経済の底上げにもならないかもしれませんが、そこをきっちり考えやっていくのは政治、行政の義務です。

 

書評:ホラーランク1位 上條一輝「深淵のテレパス」

 ホラーのランキングもミステリと同じく毎年出て、新しい作家も、読み応えある作品も次々と出ています。

 ホラーはミステリには近いものから、オカルトやサイコ、伝承、妖怪もの、さらに幅広くさまざまなジャンルに枝分かれしています。

 私は残虐な描写のスプラッシュスティックはやや苦手で、ロジックなミステリに近いものが好きです。

 そんなホラー度まあまあでミステリ度の高い作家を発掘しました。

 ホラーの年間最高の人気作品ということで初読みの作家さんでしたが、掛け値無しに面白く、サクサク読めました。

 怪異の弊害の依頼を受けた事務所が、あれこれ探索せずまず物理的に止めるアイデアも面白い。ゴーストバスターズ的チームのテンポの良い活躍ぶりと、本格ミステリ顔負けにロジックで、妖かしの仕業の部分と、人間の悪行を見事に解いて行きます。

 続編の「ポルターガイストの囚人」も思わず入手してしまいました。こちらもシリーズ的に楽しめます。

 秋の夜長を楽しめる、ホラーの中でも、スカッとする作品群です。

被爆者=反核、戦争反対=左翼ではない

戦後80年の節目ということで、戦争を深く考える特集が組まれ、一方保守側も昨今の参政党の躍進など日本人ファーストなど愛国心を訴え、自虐史的な戦争を否定しています。
保守の中には、核を持ってもいい、軍隊を持たないと侵略を受けるのではないかと、心配している人もいます。それも、間違いではないと思い書くのです。核保有に反対している人も、アメリカとの同盟があるからいざとなったら助けてもらえると思っている淡い期待の依存心があります。
しかし、関税交渉を見ていて、アメリカの軍隊が、日本が攻撃されて、即座におっとり刀で駆けつけるとは、普通に考えて思えないでしょう。
まして、竹島も占拠されても、尖閣に何かあり、台湾で有事となっても、丸腰では何も言い返せないです。憲法9条で、軍隊を持てない国だから、日本にはどこも攻めてこないと、真剣に信じている人はどのくらいいるのでしょうか。
核兵器も開発にも保有にも、お金がかかり、技術が要ります。原子力発電と繋がるものも多いです。しかし、原発も反対の勢力が多く、イメージが悪く、原子力のこれからの発展のための、理系の優れた人材が集まらないそうです。
核融合技術など、これからの日本を支える科学分野で、世界から取り残されることは、ますます日本の得意だった経済、ひいては国力全体を弱めます。

戦争の悲惨さ、核の脅威、原爆の被害は伝えないといけないことです。だからこそ、怖い、恐ろしいだけではなく、平和を紡ぎ、国を護るため、国を発展するためには何が必要か、もっと普通に議論すべきなのです。
本の紹介はしていませんが、理系の著者で、保守に分類されますが、感情や情緒で戦争反対、反核と思いこんでいる人も一読の価値ありです。国立大学などの法学や経済学を学んだ優秀な文系の人はどうも論理的なようで、結局情緒的なふわっとしたリベラルに陥りがちな印象があります。

書評:森博嗣「日常のフローチャート」クールな頭脳は魅力だが

ミステリ作家はほぼリタイアされ、印税だけでも悠々自適でしょうが、その飄々とクールな思考には、いつも唸らせられます。
確かに、頭も良く成功した人だからの余裕から、優雅に、子供のような庭園鉄道などにハマり、田舎でまったり暮らせるのでしょう。

私も影響を受けた面が多いですが、田舎に住んでここまで孤独でもいい境地にはなれないですし、いろいろ割りきるここともできません。
しかし、愚民政治や劇場政治で世の中に不幸な価値観が広がるのを、もう少し彼のようなクールな頭で、リテラシーを持てれば、随分現状の閉塞を打破できるのでしょうが。
森博嗣さん的には、作家として研究者として、成功していなくても、大して変わらずに、生きていったでしょう。もしそうだと、これらのエッセイでこういう生き方が世に伝わらなかったと考えると、この本を読める私たちは幸せです。彼の成功によるものでむしろその運命は妬むどころか感謝すべきです。
私の兄の世代で、体力がアラ古希で年齢とともに落ちてきたことも、本当にさらりと、良く理解されています。健康雑誌や医学誌を何冊も読まなくても、自分の動作への観察が半端でないのでしょう。
そして、私も含めたいわゆる凡人、愚民がやりがちな、見栄や妙なこだわりや、他人への協調の習慣が、時間やお金を浪費することの多いことが良く分かります。無理をしたり、ウケを狙った逆張りではなく、ほんわかとしているところが、成田悠輔なんかと違うところです。
先輩や兄の世代の著名人が、高齢になっていくのもつくずく寂しくは感じますが、少しオジン臭くもなりながらも、いつまでも飄々としていて欲しいです。

書評:島田荘司「伊根の龍神」ミステリ大御所の冒険噺?

ミステリ界の重鎮、新本格の創始者である島田荘司もすっかり老いて、古希を迎えられ、元々それほど量産型の人ではなく、年一ぐらいに分厚い長編力作を出していたイメージではありますが、このところすっかり間隔は開いて、ランキングも圏外が多く、これは3年ぶりぐらいの、御手洗シリーズの長編です。
時代が違うとか、時間の経過が異様に遅いキャラミスなどのシリーズが多い中、御手洗ものは、ほぼ現実に近い時間と同時進行、リアルタイムで語り手と探偵たちが年齢を重ねているようです。
ワトソン役の石岡氏が、出ずっぱりの冒険噺ですが、70歳設定になり、かつては恋愛対象か微妙な女性にどぎまぎするとかありました。今回も若い女性に事件に引っ張り込まれますが、恋愛や親子どころか、孫のような年齢差が痛々しく描かれます。リアル進行の時間だと、かつて若かった女性キャラも40歳や50過ぎとかになってしまいます。このあたり忠実なのは、好感です。いつまでも老けない設定のため、同年齢時に事件が頻発すると、一度小学生に戻ってもとうに、成人してそうなコナンみたいになってしまいます。

肝心の御手洗探偵は最後に出ますが、こちらはそう年齢を感じさせない、快刀乱麻ですが、もうトリックというよりは政治・社会問題的な方を描きたかったのでしょう。
冒頭から石岡氏の70年代学生運動の回想なども、長い年月をしみじみ感じさせます。

【ネタバレ】
謎に関しては読んでいると想像がつき、考え及ばないのは石岡氏だけじゃないかと少しイラつくぐらいのわかりやすい謎です。しかも、龍神という怪物の正体も初期の別シリーズや最近の上下巻の長編とかぶります。
視点と時代が彼方にいくのは増山実という放送作家の書いた「勇者たちへの伝言 いつの日か来た道」を思い出しました。こちらはプロ野球のオールドファン向けのファンタジーかと思うと、この問題を取り上げていて、すっかり騙されました。

あの国の方の拉致や工作員を問題にすると、スパイ的になり、ミステリも重い社会派的なものになりどうしても後味は良くないのです。
そこを「伊根の龍神」は、いいところをかっさらう狙撃の達人と、御手洗と石岡の高齢コンビの掛け合いの軽快さで最後をうまく終えています。
そろそろ、絶筆、最後の事件になるかとも心配します。ミステリとしてのトリックはほぼなく、立ち上がる龍神や、飛ばされた自動車の物理的な謎説きと、叙述面の仕掛けぐらいです。

 

戦後80年、女性の権利は増えたが、

 サラ・パーシー「女性戦士の歴史」
 戦後80年で、今年は戦時下の悲劇などがドラマやノンフィクションで掘り返されると思います。定番的には、徴兵され招集されていく夫の兵士と、それを見送り家を守る妻が描かれ、戦場で苦闘し命の危険にさらされる夫と、委細はわからずただ待つだけで家を守る妻がおり、やがて戦死か復員かの結末です。
 昔男女差別で問題になったCMではないですが、『私、家を守る人、僕、兵隊になって戦う人」と、男女の役割は明確だったのです。

 ところが世界の趨勢は今や、男性だけが戦う時代ではないのです。戦争は男性のものなんて言うと、大変な男尊女卑、差別発言となるかもしれません。

 ふと目に留まったこの本。
 帯やレビューには
 元始、女は戦った!圧政からの解放、独立、革命のために立ちあがった!伝説の英雄から無名兵士まで、その闘いと数奇な運命を描く。時代の波に翻弄された女性の戦闘方法と処遇の変容を描く。
 その煽りだと、ジャンヌダルクとかの時代やアマゾネスがもう少し描かれるのか
と思いましたが、大戦時のソ連など、近現代の戦争からの女性の兵士に関しての形成や、現代の戦争での状況が書かれている部分が予想より多かったです。
 『同志少女よ、敵を撃て』旧ソ連を舞台に女性戦闘員を描いた日本の小説家逢坂冬馬の本屋大賞を受賞した小説がありました。
 どうしても、女性の人権が守られるかの問題に注目が集まりがちです。
 女性戦士というと、日本では有名なアニメをはじめ、少しエッチ系の特撮をイメージされる方も多いでしょうし、そっち系のAVなども不謹慎ですが多く企画モノで出ています。

 現代は男女共同参画、男女雇用機会均等と言われ、もはや共産系も自由主義諸国でも、女性だから軍隊に入れないとか、兵士になれないとは言えません。では徴兵はどうなるかというと、だんだんそれも女性を分かるロジックがなくなってきています。射撃や武道にも長けた『同志・・』の主人公のような優秀な女性が戦術的にも有効となると、部隊としてもある程度の女性兵の人数が招集してでも必要になります。

 女性の戦い方、働き方を書いたり、発言したりすると、どうしても差別と言われそうです。兵隊に限らず、昔は男性だけが働き、家を女性が守り支えていた。多くの勤め人家庭のパターンが今は崩れています。
 女性が男性同様に働くのを制限するような発言をすると攻撃され、炎上するのが当たり前ですが、本当の女性に幸せからすると、戦地に送り込まれるかもしれないほど平等にされない方が良いのではないかと思います。

 極論だと言われますが、勤めに出るというのは結局多くの敵と戦うことと昔は言われました。専業主婦の方は、また家を守ることに特化し、専門性を高め、効率を極めて、男性が働き稼ぎそれを癒すことで貢献し、他人に預けず子供を育てることにも細心の注意を払って、繁栄をもたらしていました。
 こういった考えを、今の人権主義者は古いとか、差別とか、保守だと言わしめること自体が、言論の自由を弾圧していて問題です。少なくとも、女性の社会進出、平等を求める意見の対として、女性は家にいて、家庭を守っていてくれた方がいいよという両論が自由に発言できていいはずです。

 そういう権利を求めて煙たい女性が多く、少し保守の発言を聞くと傷付いたとか騒ぐようです。
 私が知る限り、子供が小さいのに働きに行くのがイヤ、保育園に預けるのもイヤという女性は多く、育休の制度なども、収入やキャリアの問題だけでなく、社会が無理やり働かしている空気を作って、苦しんでいる女性の方がずっと多いと感じます。
 国が女性の管理職、経営者が少ないとか、数値で目標など意味にないことです。働きたい人は男性でも女性でも平等にチャンスを与えたらいいだけです。

 

書評:河井あんり「天国と地獄」 あまりに赤裸々な選挙のウラ

 参院選公示前日の発売で、動画サイトを中心にご本人もご主人もたくさん出演され、結構話題を呼んでいます。
 日本の政治のウラというか、選挙の内幕が、本当にリアルに細かく描かれています。実はご主人も昨年本を出されていますが、インパクトが全然違い、暴露具合もですが、本当に本人の人生がナマで語られて熱くなる感じがします。

 そして、今はアラ50で、だいぶストレスや鬱を乗り越えふっくらされらアンリさんですが、議員当選当時のポスターなどの写真でも、スタイルの良い美人さんなのです。有名人で、政治家や学者の美人は、マスコミの好いエサで、事何かスキャンダルあれば徹底的にたたかれます。信じられないほど、ワイドショーなどの電波を使い、犯罪人の印象を世間に広めます。

 日本の司法制度の問題、司法取引で、大物裁判の証拠や証言のためには、不逮捕を条件にするなど、歪んで曲がった真実を、大衆は信じ込み、あたかも義憤のような感情で、逮捕者のリンチに加わります。
 かつてあった堺雅人主演の「リーガルハイ」というドラマのセリフを思い出します。

「この国では世間様に嫌われたら有罪なんです!法治国家でもなければ先進国でもない。魔女を火あぶりにして喜んでいる中世の暗黒時代そのものだ!証拠も証言も関係ない。高級外車を乗り回し、ブランド服に身を包み、フカヒレやフォアグラを食べていたのだから死刑にしましょう。それが民意だ。それが民主主義だ!なんて素晴らしい国なんだ。民意が正しい。みんなが賛成していることならみんな正しい。ならば、みんなで暴力をふるったことだって正しいわけだ。私のパートナー弁護士をよってたかって袋叩きにしたことも民意だから正しいわけだ。・・・冗談じゃない。冗談じゃない!!!本当の悪魔とは、巨大に膨れ上がった時の民意だよ。自分を善人だと信じて疑わず、薄汚い野良犬がドブに落ちると一斉に集まって袋叩きにしてしまう。そんな善良な市民たちだ」

 長くなりましたが、多くの政治家や有名人の逮捕は見せしめに近いもので、少なくともその人だけがとても悪い犯罪を行っていたものではないのです。それでも世間は本当の罪状さえ知らずに、「昔悪いことをしてた前科者」として、浮かび上がることをなかなか許さないのです。
 今回の選挙で国民民主党で出るでないの山尾志桜里さんもそうですし、議員は続けていますがエッフェル塔の前で写真を撮っただけで炎上しバッシングされた松川るいさんも今だに出てくると叩く人がいます。政治家ではないですが、STAP細胞の小母方さんとかでも、嫌いな人は、とことん嫌いで、他の誰もがやっている、『お化粧』や「コピペ」のようなことさえ、絶対に許さないのですから世間は恐ろしいです。
 もちろん、一つの事象として、事実が許せないという意見の方もおられますが、ほぼ共通するのは、「誰かチクった黒幕がいること」「同程度に悪い奴はいっぱいいるのに、その人だけが抹殺された」「そこそこに美人でマスコミにウケルる虐めが絵になる人」です。女性の、少し見た目のいい議員や有名人へのマスコミバッシングは、熾烈を極めます。

 河井アンリさんも、本当の地獄まで落とされ、彼女なりの才能と力で心を取り戻し、何とか出版をするまではいあがってこられました。

 本人直筆のイラストで、面白く軽く読めます。その実態は、本当に地元の県
議会の嫌がらせで、辛酸をなめ苦労の果てに当選したのに、選挙違反を問われ、まさに地獄に落された一人の政治家の生々しい書記であり、夫婦の愛憎の物語でもあります。

 自伝的なものは、自分側に都合よく書かれているのだろうと思う向きもあるでしょうが、その次元を超えたリアルなものがあります。
 広島県ということで、岸田文雄現首相、今何かと話題の宮沢洋一、引退したものの大物政治家亀井静香、そして当時の党本部安倍晋三総裁、二階俊彦幹事長(当時)と宏池会と、清和会の党内どろどろの暗闘が、想像するよりもはるかに泥臭い、お金まみれな権力争いの醜さが政治の世界なのだと、思い知ります。

 また、著者およびその夫が、逮捕され有罪で勾留されたことをもって、カネまみれの汚い政治家が何でエラそうに軽い本を出しているのかと、顔をしかめる人もいるでしょう。

 これには、政治の世界もですが、そこにつながった司法の世界や、マスコミもまた似たり寄ったりの、片寄った汚れのある世界だということを、知らないといけません。

 回りがみんな同じようなことをやっているのに、なぜ彼女だけ逮捕されるのか、それも日本の司法らしい問題ですし、マスコミも国民に逮捕=悪い奴の印象をつけます。
 しかし、楽々100キロ出せる高速道路で、ネズミ捕りをされ、なぜかその地点は80キロになっていて、運悪くそこで25キロオーバーで捕まってしまうようなものです。「みんなやっているのに、私だけ捕まり要領が悪いだけ」「そもそも、あんな見通しの良い道が80キロ制限なのがおかしい」と自らの罪は反省しない人で、道交法の不満をあげつらう方が多いでしょう。
 公職選挙法で規定されたウグイス嬢への一日1万5千円の上限など誰もまともに回れず、脱法の手段だけ考えるような法律は、すぐにでも改正すればよいのにと、本当に笑いながら怒りたくなります。

 日本中で誰も守っていない、ウグイス嬢のバイト上限額などで、議員や市長を辞職して逮捕さえされる場合があるのです。要領よく別勘定で計上したら逃れられるというのでは、倫理も何もない立法の怠慢であり、リークした側が司法とマスコミを使って、踊らされる国民が魔女狩りを拡大するのです。
 選挙違反はそんなものです。しかも、集団で捕まっていない、地方議員や、国会議員も多数います。厳密にやれば議員もいなくなるほどでしょう。


 選挙制度自体、相当変えないと無駄、無理です。
 役所に勤めていると、多くの同僚が投票事務応援に日曜早朝から行きます。
 それはご苦労なことですが、労働ですし、どこかで代休も撮らないといけないし、人件費換算でもそれだけで大変なお金です。
 選挙カー街宣車、事務所の設置、ポスターや公報の配布でもバカにならないお金が飛んでいきます。それこそ2万円などでは何もできない浪費ですし、またそこにつながる利権もあるのです。
 いきなり解散とか、辞職して出直しとか言いますが、それも必要な場面はあるにしろ、この程度の民意を確かめるなら、セキュリティさえしっかりすれば、スマホや地デジテレビのボタンで選ぶので十分です。

 投票率、本当に上げて、本当の民意を知るなら、もっとまじめに選挙の改革をしないとと思います。
 とは言え、あきらめて棄権ではなく、民意を最低限示す投票行動は大事です。少なくとも今の選挙制度で後援会を作り、頭を下げて、盆踊りまでする政治家に自分がなれないし、アンリさんのように努力して政治家になる人を尊敬しています。