新しいスキルで自分の未来を創るリスキリング

 いろいろな意味で、あらゆる世代に奨めたいいい本でした。
 実践編ということで、正編が先にあったので後で逆順になりましたが、そちらも読みました。

 もう感想というか、自己宣伝かもしれません。私、最近(と言っても、ここ20年くらい)はよく勉強してるとか、スキルを磨いてると言われて、定年後もいろいろ再就職に活かしたりしています。いい経験や出会いをさせてもらっています。
 この本と著者に共感したというか、最近の社会に求められるスキルの全体象が見えたような感じがします。この本は、もう卒業のような私たち60代、あるいは40ー50代の難しい世代から、若い世代の方も是非読んで欲しい内容です。

【あまりうまくまとめられませんが要約】
 変化し続ける時代、必要なスキルも変化する。リストラ直前とか、中高年の「学び直し」ではなく、どちらかというと企業内で、しかも就業時間内に行うのがリスキリングということです。
 デジタルとか外国語とかだけではなく、ソフト的なリスキリングこそ、長く強く通用するスキルだそうです。
 

 まだまだ、実際にはここまでの理想的というか、戦略的なリスキリングができている個人や企業、公的機関も少ないようには思え、ただリストラや再就職のための勉強と思われがちです。もう少し能動的でかつ、組織的な感じのものが著者の真意でしょう。

 以下は本を受けて、自分の体験とそこから思うことです。

 昔も「ソロバンから電卓」ぐらいの変化はありましたが、自分の大学までの教育と、会社に入っての経験で年を取ればエラくなり、定年までも短く、時代の変化が遅くて逃げ切ったのが私たちの10年以上年上にあたる先輩方でした。
 しかし、会社の寿命が30年、50年と昔も言われて、割合は少なくとも、合併吸収や大型倒産もその頃からありました。先輩風吹かしただけの年功序列での幹部が若い芽を摘んできたことが、その個々人だけでなく会社の成長や変化への対応を遅らせ、ひいては日本の発展を止めていたのかもしれません。


 私が昭和57年に入社し、配属された部署に居られたHという人は「ザ・セールス」と言われるほど、やり手でもあり、厳しくもあり、まあ人情味もある人でした。酔うと、カラオケで当時はやったひょうきん族のアミダ婆の歌が十八番でした。しかし、十年以上経って再会した時は管理職なのですが、パソコンが全くできなくて、なかなか厳しい局面でした。デジタル化の言葉もまだな時代でさえ、このような人が私の会社にも全国にたくさんおられ、おそらく他の会社、業界にもゴマンといたのでしょう。
 自分はできなくても、部下や事務の女性にまかせ、パワハラまがいの指示と社内営業で、逃げ切った人が、10年以上年かさの今の後期高齢者で年金もそれなりで、昭和の高度経済成長期をオレが支えたと思い込んでいるでしょう。

 また、会社としても、個人としても、年功序列がしみ込んでて、勉強は大学までのもの、たまにある社内の研修は要領よくかわし、管理職に滑り込めば現場を離れラクになると、組織の不具合など考えもしていなかったのです。
 ビジネススキルが必要と言われ、パソコンやアカウンティング、外国語を幹部教育のお題目のように掲げても目の前のことしかやらない。私も若手時代そうだったかもしれませんが、これではいけないと分かった時があります。
 そんなままではあまりに一般社会では通用しなのです。大手会社の看板がない下で、割り引けばマトモな資格や能力は大卒と運転免許だけというのでは、いくら何でも20代から成長が止まっているのです。

 40歳ぐらいから私はモーレツに勉強しだしました。簿記やファインナンス、英語、漢字、ITと次々と資格や検定を取りに行きました。別にその先は今いる会社だけを見ていません。転職は大変ですが、リストラもあれば定年後もありますから、その間にやれることをやっておくのです。

 結果、パソコンや会計などは若い人に教えるぐらいになりました。英語も海外事業とまでは行きませんでしたが、管理職としては当然のところまではスコアを上げました。当時でもTOEICなど時間の無駄とか、スキルだけあってもとか陰口はありました。当時の陰口のような人は、社会の波に流され、自分の間違いに気が付いたという話を聞かされました。
 リストラや定年を迎えて〇〇会社で〇長になりました以外に何も書けず、その部門さえも今はないようなら履歴書として読む価値もないと私が他の会社の人事でも思えます。

 定年延長の話が出た時、後輩社員が憤って「いつまでも先輩社員がいてはやりずらいし、なかなか管理職になれない」などとレベルの低いことを言っていました。
 もうその頃から、変革の時代が来ていましたから、延長するといってもそのまんまの条件ではありません。また若い人も自動で管理職になれる時代ではありません。スキルが必要であり、それは定年延長をにらんだ、長く持つ強いスキル、対応力です。その上、自分もやがてその定年延長の恩恵をうけるのであって、昔の人のように先輩風で逃げ切れないので、年下の上司でも上手く疎まれずに仕事のできる丸さ、コミニュケーション力もまさにスキルの一つです。
 本書に出てきた、高田純次さんの嫌われる老害の話の3パターン、「昔話、自慢話、説教」少なくともこれだけはタイミングや相手を考え、意識して抑えできるだけやめましょう。昔の経験には今に通じる良い内容もありますが、上手く伝える状況を見極めないと嫌われるだあけということです。

旅先で読んだ 華麗なる一族の、女性活躍大正ロマン

 2025年のこのミス3位ということで、ミステリ好きだけではギブアップする時代もので文庫本でも1200円ぐらいする長く重い物語です。ミステリというより時代モノで、名家での女性の半生を描いた読み応え十分の内容で間違いなくオススメです。最初は登場人物の名前なども昔の女性ですから短いので誰が誰か覚えるまで私も感情移入が難しかったものです。
 本当にこの時代の文化、史実、風俗を良く調べて物語にしてます。著者は私より少し年下の女性?参考文献リストだけでも厖大です。維新後の発展、戦争景気の波など家を取り巻く状況は変化して、火事や病気などミステリ要素以外でも事故や事件も頻発するわけです。
 常に主人公かな子の視点で、目の前の事象と思いが描かれるのは小気味いいほど正統派な小説です。


【紹介文より】
 『細雪』×『華麗なる一族』×ミステリ!
「女であっても、私はすべてを手に入れたい」
富豪一家に拾われた娘のたったひとりの闘いが始まる。

横濱で知らぬ者なき富豪一族、檜垣澤家。当主の妾だった母を亡くし、高木かな子はこの家に引き取られる。商売の舵取りをする大奥様。互いに美を競い合う三姉妹。檜垣澤は女系が治めていた。そしてある夜、婿養子が不審な死を遂げる。政略結婚、軍との交渉、昏い秘密。陰謀渦巻く館でその才を開花させたかな子が辿り着いた真実とは──。小説の醍醐味、その全てが注ぎこまれた、傑作長篇ミステリ。

 と謳われていますが、書評の中にもこれがミステリ?と言われるほど、ミステリ色は薄いです。事件の真相を解決するという意味では広義の非本格であり、小説としては正統派なのでしょう。

 着物や家事の作法などよくこの時代のことを見てきたように再現しています。スペイン風邪の猛威と対抗策はもちろんコロナを彷彿させます。戦争の軍靴の音も聞こえだす、そして大正の関東地方の大災害へと物語は進みます。

 仕事の行きかえりの短い時間では読み進まず、旅先の車中とホテルでようやく読めました。カバーはしてましたがさすがにカバンの中でくしゃくしゃになりました。

 すき家の問題 労働環境

 すき家の味噌汁に異物混入、いわゆるミッキーマウスさんが入っていた騒ぎで、一時営業を休止、24時間営業をやめる方向らしいです。

 一時、バイトテロなどが流行りバズった投稿が未だにあります。

 外国人の従業員もどこの業界にも増えましたが、深夜特に飲食業は、働く方のストレスも考え、また監視の方法、モラルの教育も問題でしょう

 すき家は昔からよく仕事先の近所などでよく行きメニューは好きなものも多いですが仕事はハードそうです。今はオーダーがタッチパネルやモバイルで先に済ましてとかが増えましたが、以前昼間にワンオペかツーオペでやってる時など、客は注文でも騒ぐし相当悲惨な職場に見えました。

 やはり、他の店より事件発覚が多い企業は何かシステムに欠陥、何か問題があるのでしょう。

 セントラキッチンや、大量仕入れなど大手は原価低減のやり方も多く持っていて、物価高の中庶民にはありがたいとも言えます。それだけに残念です。

 先日行った神戸の、個人経営の店のランチなど、お米その他の値上がりに苦労されながらもいろいろ食材の美味しいものでした。値段は安くなく珈琲もつかず1180円と、二の足踏む人もいそうな値段です。それでも値上げに恐縮したPOP、ライスの大盛りも無料から100円プラスとか書かれてました。

 ちらっと見たシフト表にはけっこうな人数が関わっているのが知れました。やはり、個人経営は管理だけても大変なコストでしょう。手間はかかっても美味しい店、これはこれで淘汰されず残っていて欲しいものです。

 

倒すべき巨悪はグロテスクな大人になった自分自身

 若い頃、満たされず苦労し、強者になるため、大人になるため挑み続けた時期、その短い期間が振り返れば一番人生で輝いていた。そんなことを振り返る年齢になってきったものです。

 私の会社時代でも、若い頃、2~3年先輩や同期などが、汗流しながらも頑張って輝いていたのに、早期に管理職になり、役員に上り詰めると、結局は社内営業だけで、部下にえらそうにやる老害のような存在になっていった例が多々あります。


 政治家や企業家、官僚なども青雲の志で、改革をしようとか、弱者代弁とかの思いを抱いていた者が、いつの間にか大人の事情を呑み込み、何の面白みも輝きもない老害の壮年になっているのでしょう。何か哀愁を帯びて、若い時もてはやされイケイケだった人が悲哀あふれる中高年みたいになる描写が切なく感傷的になります。
 読書レビュー、イヤミスではないのですが、自分の年齢での立ち位置を身につまされるような話であり、世間にはびこる老害、醜い大人を見せつけられる気がしました。
 桜庭一樹さんの、昨年このミスのベスト10にも入ったミステリです。男性のような筆名ですが推理作家協会賞、直木賞も受賞された51歳の女流ミステリ作家です。

 わたしたちは、何をしたのか。名探偵、五狐焚風。助手、わたし、鳴宮夕暮。20年ぶりの再会を経て、かつての名探偵と助手は、過去の推理を検証する旅に出る。
「推理の風は吹いたー!」
 名探偵が活躍した世界線で、平成中期以降は忘れ去られた存在、平凡は中高年になった、名探偵と助手が過去の事件簿の真相を求め奔走、ミステリ部分もたっぷりあります。
 キャラミスなどの名探偵のオマージュであり、また華やかな時代から、地味な「透明人間」のような市井の人になる時、散らばめる名言にもじんと来ました。以下ネタバレ、抜粋

「人生の大勝負に勝って、強者になって。それ以降は、攻撃だけじゃなく防御も必要とするという大人の人生になって。M-1王者とか名探偵とかでっかい神輿に乗っけられて。売れて忙しくなって。いつの間にか弱者の代弁者じゃなくなり、それどころか、気づいたらむしろ平民の敵の上級国民みたいになってて。審査員のベテランのおっさん達も、そういう道をとぼとぼ歩いて年とってきたんだろうなぁ。倒すべき巨悪はグロテスクな大人に変わった自分自身だって、ある日とうとう気づいちまったとき、どうやって始末するんだろうな」

 それとこの作品Mー1の話題も時々され、時事ネタに近いですが、大物審査員が問題を起こした話も出てきます。まさに私たちが感じる老害の形成です。
 かつては老害と言われる人もピュアで高みを目指す意欲ある若者だったと思えるのが本当に切ないです。これは松本某や中居某の世代だけでなく、少し前の島田某、そして政治家でいうと森や二階、フジテレビの会長や、讀賣の亡くなったドン、ジャニーさんでもそうなのでしょう。不祥事を起こした名門企業の会長や社長もよく居るパターンです。

 何だか、複雑な時期に読んだ本が妙に気持ちにシンクロして、メランコリックな感想になりました。

書評:柄刀一「或るエジプト十字架の謎」他、、国名シリーズ

 アガサ・クリスティほど広範な人気は持たないものの、戦前からマニアにも一般読者にも広く支持を集めたのがエラリー・クイーンです。特に現代の日本のミステリの中核をなした、20世紀末以降の新本格派と呼ばれる作家群にはこの名を第一に挙げたり、影響を公言したりする作家が数多く存在するほどです。

「ローマ帽子の謎」から9作(邦訳のみ国名に意訳した「ニッポン樫鳥の謎」を入れると10作)に及ぶいわゆる国名シリーズは、S・S・ヴァン・ダインの影響が見られるものの、読者への挑戦状など独自の工夫もあり、ロジックに拘り、手掛りの解釈に緻密さと大胆さを両立させ得た作風は、本格探偵小説として評価が高いです。

 時代も背景となる国も違いますが、日本でも国名を冠してシリーズを書いている作家もいます。その中でここまで完璧にトレースしながらも、新たなトリックを試み、現代日本に通じる読み応えのある作品に仕上げたのは、この作家ならではです。

 作家=探偵ではありませんが、法医学者の外国人女性と難事件を論理で解く探偵役南美希風のバディが活躍します。短編もあり単行本としては4冊に10作品が収まっています。
或るエジプト十字架の謎(2019年5月)
収録作品:或るローマ帽子の謎 / 或るフランス白粉の謎 / 或るオランダ靴の謎 / 或るエジプト十字架の謎
或るギリシア棺の謎(2021年2月 )
或るアメリカ銃の謎(2022年7月 )
収録作品:或るアメリカ銃の謎 / 或るシャム双子の謎
或るスペイン岬の謎(2023年8月 )
収録作品:或るチャイナ橙の謎 / 或るスペイン岬の謎 / 或るニッポン樫鳥の謎

 各年のミステリトップ10に入った作品もあり、バディものキャラミスとしtも、ロジカルミステリとしてはレベルは高いです。クイーンの理詰めが好きでない人にはむかないですが、基本的にが設定が日本で読みやすく、私は比較的早く4冊を一気読みしました。
 それでも、一般的には今の時代にクイーン風の小説ではなく、コナンなんでしょうが。

書評:鈴木悦夫「幸せな家族 そしてその頃はやった唄」

 1989年に上梓された当時の話題作が最近、奇跡の復刊。「これからつぶやくひとふしは とても悲しい物語……」

 保険会社のコマーシャル・キャンペーン《幸せな家族》のモデルに選ばれた中道家。しかし撮影はなかなか進まず、やがて不気味な唄の歌詞にあわせたかのように、次々と家族が死んでゆく――刊行以来、全国各地の少年少女に衝撃を与えてきた伝説のジュヴナイル・ミステリ長篇です。

 ネタバレがそれほど問題になるほど犯人当てが難しいわけではないですが。
 念のため、ネタバレ注意
 まあ、例の神戸の連続少女殺人事件の時も、影響があったのではという部分はあります。そして語り手が、今でいう叙述トリックを使っているのではと思えるフシもあり、とても少年少女向きとは言えない作品です。クリスティとクイーンの名作のネタバレを重ねたような作品でもあります。

 後味は悪いですが、嫌ミスに分類されるほど、個人的には読後の印象は悪くありません。携帯電話やゲーム機こそ出ませんが、小学校の友達含め、あまり時代的に古いなという感じを抱かせないのも時代を超えた優れた作品です。

ドーナッツもリベンジ、セブンはしたたか

 コンビニにあまり行かない方、コンビニで買い物しない方には分からないところもありますが、やはり日本のコンビニはスゴイです。

 最近は、公共料金の支払いや、住民票や所得の証明なども取れますから、役所要らず、銀行にも行かなくてもいいから便利ですし、パソコンやプリンター、ファックスも要らないように使われています。支払いの一部はオンラインバンキングなどスマホに取って代わられましたが、それでも外国や過疎地で役場まで平日に行くしかない場所に比べ、コンビニがあることの恩恵は素晴らしいです。

 そして、やはり食べ物や飲み物の充実ぶりです。ギリギリの値段やデリバリー、ロジスティックでやっていますから、少し味が落ちたり、種類が変わったりします。それでも売上や顧客満足を分析して、よくやっています。

 本の中に、「おにぎり」から日本のコンビニの充実が始まったとされています。たしかにセブンイレブンのお弁当やおにぎりは絶品と言える時期がありました。

 それと、今はコンビニでの挽きたて淹れたてが当たり前ですが、何度かの失敗からリベンジして珈琲の話も頷けます。

 今はやはり一度失敗したドーナッツをリベンジしています。今度の店で揚げて、レンジで直前に加熱し、グラニュー糖をまぶすやり方は確かにいけます。

 ポテトチップスなどのお菓子やカップ麺の系統が棚で幅利かせすぎなのは少し不満ではありますが、コンビニはやはりスゴイとは思います。
 セブンイレブンもですし、追い上げるファミマやローソンもいろいろな経緯もありましたが、それぞれ得意な食べ物、良い特徴があります。やはりダイエー時代のローソンや、イオンのお抱えのミニストップはダメな原因も分かります。
 フランチャイズ制は、本社から見るとブラックでやや危うい地盤もあるようで、地元系のよろずやのうような店はどんどん淘汰されました。残念な気もしますし、ここまで大手が進化してくれば仕方ないとも思います。地元も小さな店を淘汰したあと、手抜きをしないで消費者本位であり続けて欲しいです。

ブックカフェ ほっこりデトックス

 大阪市内、大正時代にできた古民家の二階にある「ホンのジカン」というブックカフェ。
 基本、オーダーも小声で行い、ひとりで無言で過ごす空間です。二人以上の入店でおしゃべりは不可で、本当に静かにまったりした時間が流れる空間でした。
 噂には聞いたことがありましたが、何か必然の運命に吸い寄せられるようにある日、そこを訪れることになりました。

 普段、テレビや動画配信、SNS,雑誌やムックにはやはり毒やマイナスの電波のようなものが沢山潜んでいるのがよくわかります。

 砂時計で出来上がりを待ったフレンチプレスの珈琲を飲みながら、最近の書店はもちろん、図書館でもそう見なくなった本を眺め、水槽に泳ぐグッピーを眺め、贅沢な時を過ごさせていただきました。

 遠くへ行くわけでも、絶景や美食を楽しむわけでなくとも、非日常な空間はすぐ近くにあるのです。

 テレビは一見すると、面白いとか真面目に社会正義のふりをしてとんでもない情報を流します。ネットが正しいかというと、これもまたさら規制もルールも緩い、エロい、悪質な商売、誹謗中傷にあふれています。ちゃんとしたチョイスをして音楽やドラマならいいとか思っていても、知らず知らずにAIが巧に商売で悪い情報も流してきます。一人で歩いて、デトックスをする場所が必要なのです。
 
 独りになるのがちょっと怖い、誰かとワイワイしないと寂しい、誰かに返信して欲しいと焦てしまう。現代人はついつい、何か追われ、何かを追うようになってしまって、ゆったりした時を楽しめないのではと思います。
 完成された、アニメや映画やドラマはそれはそれで作品としてはいいのですが、完璧、完全に近づくに連れて、観る側にゆとりや遊びがなくなります。
 伏線や製作者の意図を見落としてはいけないとか、極めないといけないという強迫観念のようなもので逆に楽しく鑑賞することが難しくなるような気がします。

 そんなに難しいことではありません。
 ほっこりするためには、テキトーに過ごし、読み捨て、いつか読み返すそんな読書が一番いいのです。

40年前に書かれた未来が現代そのまま

 ある場所、とあるブックカフェで、久しぶりに筒井康隆さんの本を手にして、その内容の面白さ、先見性、普遍性に驚き、いろいろ読み返したくなりました。
 読書というもの、本の世界は奥が深いとういうか、新しい作家もどんどん出る中、読み返したくなる作家がいるとは、本当に驚きで、もう生きている時間がいくらあっても足りないとしか思えません。

 日本のSFを切り開いたと言われる、SF御三家の一人でただ一人ご存命です。星新一、小松左京の残りお二人は既に亡くなられました。普遍的な世界を築きあげたショートショートの星さん、幅広い知識で、社会的な内容や、未来の警鐘などをテーマに重厚な作品を生んだ小松さんに比べ、筒井康隆の作品はスラップスティックコメディで、軽薄でブラック、エログロで、個性は強いものの、早晩消えるかもと言われていました。
 そんな筒井さんですが、しだいに、メタフィクション的な作風も書かれ、ミステリや歴史、純文学、ジョブナイルと幅広い作品を世に問い、押しも押されぬ大家、重鎮となって齢90歳を超えてもその評価は下がりません。
 星さんの、ショートショートの設定がエヌ氏など時代も国も抽象的でいつの時代でも楽しめる出来なのに対し、筒井さんのはその時代ポッキリな印象があったのですが、今見ていると普遍的であり、40年も前から今を予見していたような作品が多いことに驚きます。
 サムネの「最後の喫煙者」1987年の創作で、1980年代からそろそろと禁煙の運動とかは始まっていましたが、まだまだこの時代、職場でも愛煙家の居場所はあり、仕事しながらプカプカも当たり前でした。
 この作品では地球上で『最後の喫煙者』になった「おれ」小説家が、それまでに起きた嫌煙権運動を振り返る設定になっています。『健康ファシズム』と評され、愛煙家・喫煙者差別が、煙草屋が村八分にされ、魔女狩りレベルの排斥運動となって大きな騒動となりヒステリックに過激化していく様子を、主人公である小説家の視点から面白おかしく描いています。完璧に現代とマッチはしていないかもしれませんが、何かあると過激なまでに排斥したがる人権派的なエセ正義の描かれ方は、まさに現代を皮肉っています。

 

 今回目にした、「旅のラゴス」という連作からなる長編の作品も、同年代に書かれたのですが、全く中身は色褪せない内容で、発売後も何年経ってもジワジワ売れ続け、20年くらいたって再ブレイクしたという珍しい経緯の作品です。

 高度な文明を持っていた黄色い星を脱出した1000人の移住者が「この地」に着きます。人々は機械を直す術を持たず、文明はわずか数年で原始に逆戻りしていまします。その代償として超自然的能力を獲得しました。それから2200年余り経った時代、主人公の「おれ」ラゴスは一生をかけて「この地」のいろいろな場所を旅していきます。超能力で事件が起こる街をその知恵と人柄でラゴスが乗り切り旅を続けます。

 筒井康隆の「おれ」は正統派の一人称小説で、フェアで美しい小説だと思います。多くの小説が3人称で、視点がぶれ、ご都合で独白する人間まで変わりすぎる叙述が多い昨今では純文学以外で珍しいです。
 何周も回る人生を生きる作家さんの作品を読み通すにはやはり一度の人生では足りないような気がします。

伝統的本格 楠谷佑「案山子の村の殺人」

 年末から、いろいろミステリも読んでるけど、他に書くネタが多くて時間ばかり経過してしまいました。
 案山子だらけの宵待村で、案山子に毒の矢が射込まれ、別の案山子が消失し、ついに殺人事件が勃発する。現場はいわゆる雪の密室の様相を呈していた――。“楠谷佑”のペンネームで活動する合作推理作家の大学生コンビが謎に挑むシリーズ第一弾。本格推理の俊英が二度に亙る〈読者への挑戦状〉を掲げて謎解きの愉しみを満喫させる、渾身の推理巨編! 
 というamazonの煽りです。

 半分忘れかけているけれど、11月になるとミステリランキングが出るのですが、昨年のベスト10には入っていた作品。読む機会があって 楠谷佑「案山子の村の殺人」伝統的本格とも言える「読者への挑戦」をトリックと、犯人当てで二回も挿入する復古的テクニックと、案山子の村という現代でも上手くおどろおどろしさを出している、

 エラリークイーンや横溝や初期の新本格のテイストを感じます。

 本格が好きではない人はちょっと、付き合いづらい面もあります。個人的には主人公側が3人になるのが、慣れるまで煩雑ですね、このあたりが楽しめるのでしょう。
 この他にも、それ以前のこのミスなどの上位作品、イヤミスの新作などいろいろ読んでるけど、まとめて紹介しても読まれないだろうし、難しいものだと思います。
 今日は、旅先に別のミステリ持って途中までほっこりと、特急の座席で読書の予定です。ミステリは知的パズルとして、頭の老化を防ぎます。