2万円バラマキの愚に怒り

 石破総理は「社会保障の財源が確保できないから、減税もバラマキもしない」と言ってきていましたが、結局一律2万円プラス、子供と非課税世帯に2万円のバラマキ給付をするようです。

 もう目先の選挙対策で、なりふり構わずです。
 来月20日までに、お金を配るには、市長村役場もまた大変です。マイナンバー制度はあっても、カードを持っていない人も一定数いるし、口座を紐付けていない人もいます。マイナンバーカードと口座を紐付けていても、確認項目はありますし、扶養の子供がいるか、収入は?と確認して、郵便で確認書のようなものを例によって、送らないといけませんから、これは大変は手間のかかる負担が自治体にのしかかります。

 その上、その言い分がもう無茶苦茶です。「給付をするのは、税が増収だったからで、消費税の恒久的な財源としても枠組みは崩せない」と、野党とは違うと言いたいのでしょう。
 しかし、税収が思ったより増えたから国民に返すというなら、非課税世帯ではなく、ちゃんと苦しくても税金を払った層に返すべきです。一番苦しいのはおそらく、非課税世帯にも生活保護にも当たらず、税金と社会保険料を真面目に払っていた中間層の人たちです。
 資産が分からないから、非課税イコール貧乏ですらないのに、血税から給付金というのは筋道が違います。
 こう叫ぶと非課税世帯は所得が低いから、食料品の値上げが一番応えているという反発もあるでしょうが、これはあくまでも税金の戻しをするという話です。

 3連休の真ん中に投票日を設定し、ヒマ(失礼)もとい比較的時間があって投票に行きやすい非課税世帯に厚く給付するのも、魂胆がミエミエすぎるうえ、姑息すぎて、情けないほどです。
 しかし、全サラリーマン、自営業者、課税の年金生活者は怒るべきです。
 税金と社会保険で5割近くを抜かれて、わずかに食料品の値上がり分概算の2万円とはふざけ過ぎた話です。

 いたずらに、国の財政基盤を揺るがすとかそんなことではなく、日本の財政は資産が負債より多く健全です。財務省とか、厚労省とか、各省庁、インフラを支える自治体も、最前線は賢明です。しかし、やはりこの国の税と社会保障は一回メスいれないといけないのです。その場しのぎの栄養剤やカンフルで誤魔化されはいけないのです。
 とりあえず、現在の政権与党には退場願って、官僚や財界、労組とは距離を置いた改革のできる国会議員が必要です。国民にもずっと、痛みをともなってきたのです。国民が年間400万や600万の平均収入の時、国会議員が非課税で文通費合わせて5千万も貰い、その上、献金や政党助成金を貰っていること自体おかしすぎるのです。
 公務は決して楽な仕事ではないですが、現場の公務員に比べて、そのトップ国会議員や大臣らが10倍、20倍も忙しく重い仕事というわけではありません。
 お金がない、税金が足りないのなら、まず身を切る改革と言われて久しいですが、全くその姿はカケラも見えません。それなりの報酬は否定はしませんが、今の増税増税という路線で、税や社会保険料などの構造を全く改革できないのでは。国民は疲弊するばかりです。


 7月20日、まずは国政選挙の山場、参議院選挙があります。3連休ですが、期日前投票はできます。公報、政権放送、ネット情報も深堀して、必ず投票して、日本と国民の生活を守りましょう。

高齢化を理解する

 前の職場にお父さんが脳医学の著名な学者で、ご本人も相当なIQの人がおられ、脳研究の奥の深さと、その急速な進化ぶりの一端を聞いたことがあります。
 「結晶性知能」と「流動性知能」とかエピソート記憶とか滔々と語られ、勉強のしかたそのものも、ガリ勉で詰め込むようなやり方でなくても、司法試験に受かるタイプのようでした。
 逆に面白くない仕事や勉強は受け付けないようで、凡人には理解できない扱い難い面もある人でした。

 この二つの資料でも、老化に関してもいくつも説があり、奥の深くかつ、日々更新されるものも多いようです。
 身体の衰えも60歳を超えると顕著になるものの、脳の進化は90歳まで続くという説は、取り上げられる以前から聞いていました。脳が成人となって一人前に整うのは実は25歳頃でありそこからまだまだ学習を積み情報をインプットして90歳まで進化し続けるのです。そうなると、定年を迎え体力が衰えると言われる還暦の頃はまだ脳の進化の半ばということになります。
 老害と言われ嫌われる一部の政治家や経営者のように、地位に執着するわけではなくとも、定年で目標を失って認知になるのはもったいないということです。
 さらになるほどと思ったのは、みなさんも薄々気付かれているところですが、20年前の高齢者と現在の高齢者、例えば65歳だとか80歳だとかは、時代で変わり大きく違ってきているのです。40年ほど前の昭和の高齢者は、55歳くらいで老人と言われ、実際年金を貰い隠居される人も多かったように、今とは全く違っていました。


 私も、個人的に感じるのですが、30歳ぐらいの頃より、体力は落ちてルックスも若くはないですが、60歳を過ぎた頃からの方が、いい仕事ができています。経験も知識や教養、知見が積みあがっている面もありますが、ノルマとか、お金、家庭とか、定年までの枠組みのようなものから力が抜けて、純粋に仕事への興味と探求心で働いていますす。

 人口減少、少子高齢化が問題と言われますが、根本的に急には変えられないところもあり、まだまだ日本の人口は減り続けて。働き手は減ります。働き手を海外からの移民に求めるのか、あるいは高齢者に対しよくトリセツを周りも本人も理解し、働いてもらうしか打開策はないでしょう。

 そしてこの70歳のトリセツというムック本、もちろん高齢者を扱う若者のためだけではなく、これから高齢を迎える者、高齢者自身の自覚、自戒のためにも、良い情報が分かりやすく入っています。

 多くの方が自覚している面もあるようで、意外と解っていない点も多いですし、仕組みとして理解していないから、プライドを傷つけかえってコミュニケーションを悪くする場合もあります。

 70歳では90歳まで伸び続ける部分と、50歳くらいからすでに勤続疲労し、衰えて劣化している部分が混在して、その扱いは微妙なのです。
 自分の現在地でもそうですが、運動不足にならないように歩いていて転倒し股関節や膝を傷めました。同年代でもよく話を聞きますが、転倒が増える年代です。
 足が自分の主観イメージよりも上がっていないので、小さな段差につまずくのです。足が若い頃より上がらないという、身体の衰えを客観的にイメージできず、凸凹の多い外の道などは気を付けるという情報を入れて、ゆっくり確認しながら歩かないといけないのです。
 ここでも、変なプライドがあったりして、客観的になれないと大変危険です。
 高齢者の運転なども、大きな事故につながってます。
 自分は若い頃から、良く動けて、運動神経も良いと言う人ほど、危険なのです。過去の主観イメージを引きずり、客観的になれないのです。また、ちょっとしたモノを取るとかも、いちいち台を使うとか、他人に頼むとかができずに、身体を悪化させることがあります。また、それをやってしまったことを、怒られて行動を制限させるのもイヤで、正直にもなれず、自分でも都合よく忘れてしまって、ますます身体もコミュニケーションも悪くなる場合があります。

 仕事や家庭生活、ボランティアなども、目標を持ちながらやり続けることは若さを保ちます。自分で自分のトリセツを理解し、できることは目標を低くても設定してチャレンジすることです。体力や瞬発力などが要り、若い人に適した部分は任すことにして、それでも高齢者の経験によってできる分野はあります。

「システム処理とヒューリスティック処理』とも言われ、勘や経験、人間的な交渉、小さな気配りや発想の変換などはAIにできない分野で、高齢者の役割は残ります。逆に若い人の仕事はやり方にもよりますが、事務系はとくにAIに取って代わられ、間違いも少ない分野が多いのかもしれません。

 何か、夢や希望、やりたいことが多いほど、若さを保てることに間違いはないです。まずは、比較的大きい目標ですが、高齢者となった「取扱説明書」を自分がよく理解すること、また廻りも理解をし、本人によく理解をさせることです。

人間ドック、衰えと課題

 ほぼ年に一度の人間ドック、データの比較などもしやすいので、昨年と同じ新しいクリニック行きました。
 オフィス街にある、入院施設はないコンパクトながら設備も新しいモダンな感じです。
 健康保険(共済組合)の補助があるとはいえ、鼻からの胃カメラなどのオプションプラスで2万円強の支出です。なかなか、国保で全額自費となると数万円となり、健康のためとはいえ安くはありません。
 私の場合、1回だけ国保で、市民健診などを受けたことがありますが、初期費用は安いいけれど、胃の健診がバリウムで古いやり方です。バリウムでは良性のポリープが要再診に引っかかり、執拗に督促されるので、結局胃カメラでもう一度自費でとなると手間もあり割高なのです。

 おりしも、股関節を傷めて、少し足を引きずりながらも、痛み止めの投薬と移動時の配慮はあるものの、生活全般へのアドバイスはなしです。問診は、回答項目のチエックだけ、口頭で医師の話を聞くのは内科だけで、これも内科の範疇だけで、股関節炎は「管轄外です」とは言わないまでも、聞いても会話が続かない感じでした。

 ラウンジに置かれた、新聞や雑誌は撤去されて、元々テレビもなく、みんなスマホを見る程度です。昔いった病院系は雑誌や本がたくさんありましたし、大型テレビでMLBなども見れました。このあたりは、投資しても、結局みんなスマホしか見ないし、管理も大変だしと、ドライに切られているのでしょう。

 しかし、20年前くらいな昔は1日ドックということで、全体的にリラックスして健康のアドバイスも含んで昼食つきや1泊コースで3~4万円でした。今でもホテル近接でそういうエグゼクティブプランもあるようです。
 格差時代でしょうか、ドックに行くだけでも相当な贅沢と見る向きもあります。ドックを受ける層も、大半はリーズナブルな特定健診と、内科系で胃カメラ含めても2時間~3時間以内で実質終わります。

 これで、また要再検とかが見つかったら、再検査、治療となるのでは良いビジネスモデルであり、また何か愛想もないというのか、かつ肝心な心の健康への課題が置き去りという気もします。

 結果はまだ、教えてもらえませんが、胃カメラは昨年と変わらず、視力が衰えているのは分かりました。

 脚の傷みとともに、かつて自慢だった視力も衰え、加齢は避けて通れない確実に進むものと改めて実感しました。
 老いから目をそらさず、健康寿命のため、しっかり歩いて行くことです。これは簡単なようで結構難しい。

 

戦前から近代日本を支えた女性労働

 女性の働き方について、以前繊維工場で働いたいわゆる女工さんといわれた女子工場労働者について、小説を書こうと思って調べたことがあります。

 その時も感じたのですが、戦後も平成の終わり頃になって法律も世相も変わったため、女性の労働の処遇が大きく変わりました。
 大卒女子が、寿退社までの腰かけ的就労の時代から、最近は総合職として完全に公平に女性の労働を扱われています。
 しかし、繊維工場をはじめさまざまなところで女性の労働が、戦前から近代日本を支えていました。
 明治以降、近代日本を支え、都市と地方の格差を埋めていたのは女性の労働者たちです。都会と地方の格差が大きくなったと最近も言われます。地方には目立つ産業もこじゃれたオフィスもなく、文化施設や商業施設も少なくて、首都圏に出る人や会社が増え、ますます格差が開いてきたとされます。明治から戦後すぐまでの日本の田舎は本当にもっと貧しく、凶作で若い娘が売られるとか、餓死とかの話さえありました。集団就職だとか、出世列車のような写真を見ると昔も働く場所は、都会や工場のあるところに限られていたのでしょう。貧しい農村などでは、人身売買まで行かずとも、家計のために女子が工場で働くのがいわゆる女工哀史のはじまりであり、そこまで集団化しなくても女性の鉄道員という仕事がジャンルとしてできたわけです。
 男性の労働も過酷な時代ですが、明治から近代までの働く女性には過酷、悲惨さと危険さが伝わり、選択の余地のない貧しさがあります。
 週休二日制で有給もあり、残業手当も育児休業もあるのは当時見えることもなかった夢の未来です。
 
 明治12年2月、当時の新聞の女性踏切番の事故死から記述は始まります。線路工の夫が踏切番もさせられ、家族までそれに従事させられられるという、明治悲惨小説の世界が現実にありました。
 その後、出札、車掌、運転士と徐々に職種は広まるが、今なら性差別、ルッキズム、ハラスメントあるあるの雇用で広がりました。
 原爆投下時の広島の路面電車でも、戦時下の男性不足を補うために採用されていた女性を描くドラマもありました。。「太平洋戦争下に、男性の代替として鉄道は女性を大量に動員した」この史実よりずっと前、1900年より前から女性は鉄道員として働いていました。
 「服従」「緻密」「温和」が女子の通有性と、今ならとんでもなく炎上、批判される言葉がこの本にも書かれています。

 戦後の本格的な「女性の社会進出」の男女同一の労働とは乖離した時代の暗部との関わりが浮き彫りになります。
 記述は専ら終戦まで、鉄道ファンでもそうでなくてもわかりやすく、個別な事例を詳細に書かれています。戦後は、女性鉄道員は減ります。新憲法下の労働基準法が「女子」の保護が主目的にせよ深夜労働禁止を掲げたため、20世紀の終わりまで門戸が狭められたのは皮肉なものです。

 パワハラもあり、それ以上に事故などの危険と女性としての危なさもあったでしょうし、労働環境の悪さは書きだすときりがありません。
 しかし、今の男女平等、雇用機会均等というのも、どうもそれぞれの適正の仕事を割り振りすることをできなくしているような気がします。
 そんな時代でさらに、AIやロボットが男女の別もなく台頭して、人間の簡単な仕事は無くなってくるのです。改札機や券売機も減り、旅行をするにも切符の手配はネットか、駅の機械相手です。
 女子鉄道員、バスの車掌さんなどの、温和で親切な対応を懐かしむ人もいるでしょう。

書評:澤田瞳子『孤城春たり』幕末に咲く

 備中松山藩の儒学者にして藩主の信頼も厚い山田方谷を中心に描いた群像劇です。彼は多額の借財を抱えた藩を有事の備えに大砲や外国船を買えるまでにしました。藩政改革と財政再建のサクセスストーリーだけでなく、誠を貫き、民を思い、人を育て、国を憂う熱い人びとの物語です。
【あらすじ:ネタバレ】
 備中松山藩で藩校校長と私塾「牛麓舎」を開き多くの育成した有為の人材、義理の息子山田耕蔵、国家老大石隼雄、牛麓舎唯一の女子お繁、臥牛山の山城番頭の浦浜四郎左衛門、ダメ男から改心して操船技術を習得した塩田虎尾、熱き心と武術に秀でた熊田恰ら松山藩士は動乱の幕末をどう乗りきっていくのか、長い物語ですが特に後半は息もつかせません
 山田方谷と、そこに関連する人物たちが章ごとにサイドストーリーを積み上げ群像劇として幕末の悲劇へと進みます。
 方谷が仕える藩主は七代藩主の板倉勝静 松平定信の孫で幕末では徳川慶喜と行動を共にして備中松山藩も朝敵と攻められる。恰は冒頭方谷のやり方に異を唱え命を狙おうとするが真意を理解し身を呈して方谷や備中松山藩を護る。勝清も薫陶を受け難局を乗り越える。
 藩主が松平定信の末裔、ましてや幕閣でもあり徳川慶喜と行動を共にしていたことで松山藩は朝敵にされてしまう。当時の武士ですから、現代の会社などでもそうですが、上の指示には簡単に歯向かうことはできないのです。その立場、立場に苦しい決断があります。

 同志社出身の作者のサービスか、操船技術を学ぶ虎雄らの前に、マイペースな個性的なキャラとして新島七五三太(後の新島襄)も登場します。
 備中松山という、今の岡山県高梁市が主舞台ですが、江戸や京都,大坂の場面もあり、多くの群像の生涯を描くまさに大河ドラマの素材になってもおかしくない作品です。方谷が本や歴史が好きな人でもネームバリューがなく、女性の登場人物が少ないのが映像化にがは難かもしれませんが、逆にこのような魅力的な人物にスポットを当て物語を膨らませた作者の才に感心します。

 登場人物を通して語られる、江戸期の藩の財政改革、その後の幕末の傷みを伴う維新への想いが印象的でした。
『人は長らく着古した、古い衣をなかなか捨てられない。なお用いる手立てはないか思い悩むのだ。まして一国の政(まつりごと)ともなれば、丸ごとの仕立てなど容易に行えるわけがない』

 物語後半は、まさに260年続いた徳川の天下がついに終焉し、『大政奉還』から『明治維新』を迎え、加速をつけて内戦という大きな犠牲とともに方谷の唱えた国の大きな変革が現実のものとなります。そして、皮肉にも母体の備中松山藩は筋を通したばかりに賊軍扱いとなります。

 江戸時代の人材交流や各藩の政治の戦略にこれほど暗闘があったのかも興味深いです。政が変わるのは大変なことであり、それでもいつか大きな改編の時期も来るのだとは歴史が証明しています。

6月は税金、保険料改訂時期

 自動車や固定資産は個人により無い人もいますが。5月に自動車保険や、固定資産税が終わったと思ったら、6月以降は本格的に住民税、健康保険、年金の連絡が来ます。

 年金も6月振り込み分の4月5月分から改訂されております。年金は概ね上がりますが、社会保険料が特別徴収されると、改訂された額が8月から多く天引きされるようになり、実質下がります。

 税と社会保険の年度は学年度よりも2~4カ月遅い6ー8月からの年度となります。

 年末調整から確定申告、それらの集計をチエックし、所得や控除額を反映するのにそれだけ時間がかかるということです。

 私の年金額も、働き方を変えたのと法改正もありで、右往左往、複雑な計算です。
 昨年度は定年退職後の仕事としては比較的厚遇でしたので、12月賞与を頂いた時点で、過去1年の標準報酬相当額+厚生年金受給月額が52万円を超えて、どこで反映するのかハラハラしました。機構のページを見ても、FPや社労士のページでも計算の仕方は出てきてもいつから動引かれるか不明でした。

 12月―1月の4カ月分の、支給停止相当額を7年度改訂され少し上がった6月振り込みの年金から一括で減額されるようです。4月以降の年金は微増していますが。初回の6月振り込みは減額の方が多く少し減ります。4月からも働いているのマシですが、年金だけの収入なら文句も言いたくなりそうです。

 いわゆる住民税と言われる、府民税、市民税、森林環境税、所得割計算が加わり、これがまた高いのです。仕事を辞めた翌年の税金ショックはだんだんひどくなるのではと思います。

 しかし、相変わらず、難解で慇懃無礼な年金の通知、5月に停止の連絡と、法改正による金額の変更の連絡があり、今月になって、4月以降は停止案件がなくなったので、改定後の金額が通知され、振り込み額でマイナスの行があって、過去の支払い停止額が記入されているだけ。
 そもそも、在職老齢の停止がいつから始まるかの案内がない。ああ4カ月分がここから引かれるのだなと、半月前に分かる、こういう計算根拠や時期のちゃんとした詳しい説明なしで、減額や停止することは当然のように、詫びも断りもないのです。これはさすがに何だか不満というか失礼だなと感じます。この国の官吏の横柄さなのだなと思います。

 公務員で、年金やその他の行政や司法の手続き対応を受ける側も経験して、背景に難しい事情もあるのは分かりますが、どこかに改善すべき点があるのは明白です。

鉄道ファンとなったキッカケのシリーズ

 この間も、鉄道のファンが集まっているところで、ジャーナリストや一般の郷土研究家から、『なぜ、鉄道好きになったのですか』という質問を受けました。

「男の子はみんな鉄道好きじゃなかいですか、そこから車や他の乗り物、スポーツや音楽などの趣味に変わっていく人がいて、そのまんまが鉄道ファン』と何か、わらながら。自虐的な間の抜けた応えをしていました。

 専門的な鉄道好きになったのは、先ごろ廃刊になった雑誌「鉄道ジャーナル」が始まりで、独身の頃のヒマつぶしに、写真のキレイな雑誌を手に取り、地元中心の鉄道記事から読み始め、だんだんと日本中の鉄道のエポックを知りました。

 そして、やや専門的でのめりこみ始めたのが、鉄道アナリスト、川嶋令三さんの本です。旅情あふれる、宮脇さんや種村さんではなく、シニカルで工学のことも書きながらマニアからも書きミスが多く暴走気味との酷評もありますが、それゆえ面白い筆致です。’今も書棚にある「これでいいのか特急列車」などからはハマリ、この全国の全路線を歴史、車窓、ダイヤ、車両、未来まで評論する一大シリーズでした。始まりが30年以上前で完結まで15年以上かけて、改訂するわけでもなく、当たらなかった未来も含めて、廃線となった路線も含め、今でも貴重な資料となっています。

 東北にいた頃、早く東北版が出ないかと待っていましたが、最後になりました。最初こそ、親しみのある地域以外は、とっつきにくかったのですが、やがて旅行でも良いガイドになるのが分かり、重宝していました。四国や信州、北陸や九州なども、当初は頭の中だけで情報として詰め込んでいたものを、そこまで旅をして、乗り鉄や廃線ウォークで歩くと、以前書かれたのもがとても参考になりました。

 実現できた路線や、頭打ちのまま廃線になったところもあり、30年の歳月は残酷でもあります。

 国鉄型のディーゼル特急列車が、三セクの新型車の代走で頑張って最高スペックを出している路線に対し、「多くの同期仲間の列車たちが三途の川への鉄橋を渡ろうとしているときに、、』と書かれているのには爆笑しました。

 相互乗り入れや、高頻度(フリークエンス)の提案、カーブ路線を改良して、振り子機能を使うなどして何とか、在来線高速化という、今の整備新幹線が無理なエリアの中速鉄道を先見しているところもあります。
 的中した未來と、実現は程遠い夢だったものを、30年後に検証する旅も面白いです。当時は弱小出版社のレアな本で、amazonもなく入手に奔走しました。それにしても、昭和と言わず、平成の初頭も遠くなりました。

少子化対策、出生率1.15から奇跡の回復をするには

 昨日、各新聞一斉に「出生数 初の70万人割れ 少子化加速 出生率最低1.15」の見出しが1面に躍りました。

 人口減や、出生数、出生率最低には慣れてきても、効果的な対策はありません。
 当たり前に2人の夫婦が作る子供の数が出生率ですから、この出生率が2を上回らないと、人口減は止まりません。
 日本の未来は真っ暗で、毎年毎年、減少は想定を少し超えて、続いていて、もはや危機感すらありません。
 よく、財務省なり、財政緊縮主張の政治家や評論家が、『国債をこれ以上、増やしてはいけない』財政再建を訴え『先送りして、未来の世代に借金を増やさない』などとキレイごとを言いますが、未来を憂うなら、まじめに少子化対策、高齢化対策を考えないといけません、それこそ、先送りとか、逃げ切るのような考えでは、国が伽藍洞になります。

 キリスト教、民主主義の欧米に感化された先進諸国はすべて、少子化、高齢化、人口減少へまっすぐらです。子育て支援充実や学費無償などでは、全く焼石に水で、本質をついた対策になっていません。

 女性の社会進出が失敗なのも良く分かります。かつては、1980年代ぐらいまでは、元々、花嫁修業だけする女性、勤めていて結婚した女性は寿退社で会社を辞めるのが当たり前でした。
 確かに、今バリバリ働く世代にとっては、『出生率のために女性は家にいてくれ』なんて政治家や著名人が呟けば炎上してしまいます。

 しかし、産めよ増やせよと言われた、戦後のベビーブームに、『こじゃれた仕事を捨てて、家で母になり、何人もの子供を育てた女性がいたからこそ、日本の発展があったのです。男女雇用機会均等法もなく、セクハラの言葉もまだない時代こそ、日本の人口は増えていたのは皮肉なものです。

 日本人は戦後欧米のキリスト教、民主主義が大好きになり、それに右に倣えで、女性が働く権利を持つことが、あらゆる人の平等な人権、あたかも国家の必須の専権事項のようにブームになってしまいました。
戒律や法律で、女性の権利が制限されるイスラム諸国の方、男尊女卑と言われながらも人口は増え続けています。
 価値観の違いですが、国家存亡となれば、女性の人権を侵害しなくとも、もう少し、自由な仕組みを作り、出生率マターを優先にするムーブを作れないものかと思います。

 移民でカバーするのは、危険でもあり、日本のアイデンティティが失われる可能性があります。日本人が増えてこそ、懸念される課題が克服されるのです。
 お金がないから、子供が作れないなら、お金持ちにもっと子供を作れるように、法律を変えるドラスティックさがないと、人権だけ守っていて国家が亡びては意味はありません。

 アラブやイスラムに学ぶべきことはしっかり取り入れたらいいのです。また、日本でもそうお金持ちでなくとも、子だくさんの家庭はいます。その価値観、心理を徹底的に調べ、つまらない西洋文明も、民主主義ももはやオワコンの時代としてしまうことからでしょう。大きな心理的な変化があれば、制度やお金の問題はついてくるとも思えます。

「年金の壁」 在職老齢年金50万の壁は

 今話題になっている103万円「年収の壁」問題、税金と扶養の範囲など、「壁」もいくつかあって、政党間でもマスコミ、ネットでも議論が始まっているようですが、意外と中身がわからない難しいという意見も多いです。
 

 ここでは以前から、還暦以降の世代にいろいろ要望されていました「在職老齢年金」ここでは年金を貰いながら働く人の「月収50万の壁(昨年48万から引き上げられまして、今年52万円)」問題がありました。在職老齢年金の大幅見直しが厚労省の年金部会から来年通常国会に提案されることが、昨年11月26日の新聞やマスコミ報道で前日発表の年金部会の内容としてわかり、今年5月にようやく与党と野党の一部が話し合い国会を通過しました。

 結局、こちらの壁は無くならず62万に引きあがられ、少しカットが減るか、カットされる人が少なくなります。他の壁でもそうですが、時代と賃金に合わせどんどんスライドできるようにしておけば良いと思うのですが、まずは一歩の改革です。詳しくは以下の資料です。
 それでも、まだ所得が毎年あって年金を受け取れない層もあれば、現役でも50万も貰ってないと嘆く人もいて、恩恵を受ける人は意外と少ないです。 65歳過ぎて、月30万以上で貰えて賞与も貰えれば御の字という、ねたみの見方もあるでしょう。
 若い方でフルに働いて20万で、賞与も少ない会社もざらにあります。所得代替の年金ならそんなにもらわなくてもいいだろうと言われる向きもあります。実際、地方公務員で年金の仕事をしている係長クラスでも、月50万も貰えないのに、65歳以上でそんなに貰うやつなんか年金支給止めてもいいし、どれだけの人数がいる話なのかと嘆いていました。確かに対象はそんなに多くないです。

 プレスリリースも大きくこの日この件だけではないですが、必ず掲載しています。どさくさ紛れに【106万円の壁の見直し】【在職老齢年金の見直し】【厚生年金の運用益を基礎年金に】大きな提案が、分かりにくく記事にされています。
最初は厚生年金から基礎年金に回すというのは、サラリーマン層も反発するので外されていました。
 しかし、野田党首が反対し、立憲民主党が言った中身のあんことは基礎年金の30%低下を防ぐ、厚生年金からのヘルプです。これはこれでやはり根強い反発もあります。4年後に先送りとは言え、増税派、財務省寄りの野田立憲民主党と自民党の協議では、結局財源を消費税増税などに求めて、国民には何の得にもならないトコロテン方式に落ち着くのではと噂されています。
 
 多くの人や企業に一番負担の大きいのは、全ての働く人に厚生年金加入を課すことです。
 税の103万の壁は税金の壁で無くなると、扶養されながら働く人と扶養者は税金の控除額は守られていいことです。7~8兆円、税収が減るというまさに自民と国民民主が論争しているのです。
 ところが、社会保険料「年金の106万の壁」は撤去されると、ギリギリに抑えパートで働いていた人は手取りが大きく減ります。本来は106万円の壁も125万とか150万円とかに上げる議論があるべきなのです。ところが、企業が社会保険料の一部相当額を減らすスキームを作るという誤魔化しで壁が撤去されるようです。
 救済といっても何だか小手先な時限的な感じで、これが取っ払われると企業の負担も本人の負担も大きいです。

 実質、完全に無職の方以外は3号被保険者になれないという改革も、しれっと進めています。わりと難しいのですが、厚労省側は、年収の壁のように106万の上限を上げる気はまるでない感じです。ここで儲けて、在職老齢年金の給付も捻出、厚生年金はそれ以上に潤うので、基礎年金も助けるというつなぎが見えます。厚生労働省全体では損しないように、年金に課税できる控除を下げ、年金は減額されないが所得税は増えるとう、抜け目ない政策も報道されています。どこまでも、したたかな厚労省と財務省の最強タッグに、マスコミも国会議員も翻弄されています。
 今回の改定のポイントっと施行される時期を厚労省がまとめたものが下の図です。
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 対象でないと興味がなくなりますが、遺族年金の男女差を解消するなどは、今のご時世でもっと早くやるべきとも思いますが、今の年金世代の働き方はまだ男女が平等ではなかったのです。3号制度もやがて、子育て支援の充実とともになくなるのでしょう。

 厚生年金だけが、基礎年金を助けるのか、税金は別として、公務員共済っはどうなのかとツッコミたくなります。国家公務員の年金は充実しています。
 年金事務所にいた時、『私の夫は国家公務員なので、国民年金じゃないんですか?』という笑えないけど笑えそうな質問をしてくる人がいました。公務員共済は実質3階建てで1階建ての国民年金より、はるかに充実して条件も良いですが、ここは崩さないのでしょうか。

 政争の具にせず超党派というのか、民間も交えた専門の委員で、もっとこの4年の間に、年金のことを国民にもわかりやすく、じっくり議論して制度を改良していただきたいものです。

 その大きな改善は増税ではなく、取りはぐれを漏らさない。財産からとは言わずとも、運用益からは、保険料は徴収できるとか、免除や給付の該当から外すぐらいはしないといけません。不公平で納付モラルも下がります。
 給付や、物価賃金スライドにしても見直しタイミングが遅すぎます。元々2カ月に1回の給付では、破産する人が多いですし、基礎年金だけの人は健康保険や介護の天引きは免除でいいぐらいです。1カ月一度を素の金額で振込、その範囲で生活してもらえるかどうかです。他に運用益がある人は、所得とみなし在職老齢年金なみにカットすれば財源はできます。

便利になったマイナ保険証

 マイナ保健証自体はだいぶ定着し、多くの医療機関でおっかなびっくりも含めて機械にチャレンジされている人もよく見かけます。
 
 ずっと、同じ健康保険の人は、政策に関する賛否だけだと思います。
 経験したことのある方は分かると思いますが、勤めを辞めたり、変わった時の保険証の切り替えは結構時間もかかり大変です。
 私の場合、扶養している家族が持病もあり、毎月病院に行ってますから、それなりに保険証変更ストレスあるあるです。本人の加入+扶養認定に時間がかかります。

 私の勤め方もここに来て少しレアなケースですが、私以外でも教育機関の非正規の方などでも、夏休みなどにいちいち保険を外される方もおられるようです。マイナ保険証で紐づけていると少し楽なのでしょうか。
 保険証があった時代どうも、対象者も少ないのか、このあたりの正確な対処法がよくわかりません。
扶養認定待ちの期間は、マイナ保険証は使えないのか使えるのか、使えるけど使わない方が良いのか微妙な問題は残ります。
 国民健康保険の保険証は会社を辞めた時、資格喪失証明を持っていけば、簡単に貰えました。
 マイナ保険証だと、反映に少しタイムラグができます。理想的には、この間は、古い情報のマイナ保険証でも受診でき、受診した情報は新しい保険に自動的に引き継がれればよいのです。しかし、前の健保の喪失だけが反映した状態では、無保険状態となり保険診療が受けられません。時間は短いですが、この期間があるとしたらサービス低下です。
 マイナ保険証で本人確認はできるのですから、あとは保険組合同志で調整すればいい話です。
 現行、少なくとも、資格変更の証明を貰い、マイナカードとともに受診しないといけないでしょう。
 就職した際の組合健保や協会けんぽの保険証は発行までに少し時間がかかり、扶養されている人はさらに時間がかかりました。

 私は同月内の月始めに国保に変わり、月末に再就職で共済に戻りました。では、この間に喪失予定のマイナ保険証の国保で受診してしまい、資格取得後に証明の通知を貰った時点で、医療機関に説明にいきました。

 クリニックでは、なかなかてこずっていましたが、慣れないだけの入力のコツがわかっていないだけでした。請求相手をかえるだけで、マイナ保険証は必要なく簡単なのですが、薬局は簡単の電話でできたのです。機械やシステムに慣れない、医療事務者もまだ大変そうに思いました。

 詳しくは分かりませんが、過誤対応(違う保険組合などへの変更申請)もマイナ保険証の方が簡単のはずです。連携の悪い組合健保だと、過誤の調整は一度返戻を求めて、患者にやり直してもらうなど大変な作業でしたから、それが省略されると医療機関も自治体は楽になった(なる)と思います。

 デジタル化の恩恵というほどではありませんが、少しずつ便利になるのと、今までの保険証は偽造やなりすましなど不正利用は絶えませんでしたから、見えないところでも活躍しています。

 マイナ保険証を不安がる人も多いですが、失くして困るのは保険証でも変わりませんし、かえって悪用はしやすかったでしょう。不正利用を減らす意味でもマイナ保険証への切り替えは悪いことではありません。