戦前生まれの母の晩年

昭和一桁生まれだから、戦中と敗戦後の苦しい昭和とその後の平成を生き抜いた母。今年令和2年7月87歳で私の母は大往生しました。子育てや教育も今とは大違いで、小売店の一人娘ですから、門外不出ではあれ、妻と母、販売員を兼務して私を育ててくれました。
晩年はわがままだけの印象で、高齢者施設で一人寂しい最期でした。一日中地上波のテレビをつけ、何をするでもなく足腰も衰えていきました。
忙しく充実して苦労した若い時期の反動なのか、とくに父と一緒に動いていたため一人になってからは物臭で面倒なことは一切やらないわがままで、嫌われ者でした。
反面教師ではないですが、充実した楽しい老いを迎えるにはどうすれば良いのか、深く考えずにいられません。
友達も減り、子供も孫もしょせん世代は違います。機械や仕組みはいろいろ時代で変わり孤独な老人は取り残されやすいです。謙虚に、孤独を見つめ、一人でもしっかり歩いて、孤独と時間を楽しめるようにありたいです。

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