夏の暑さが終わる         少しだけアンニュイ

 暑い時は暑いことに文句を言って、ヒーヒー言ってたのですが、いざ涼しくなって長い夏の暑さが陰り出し、朝晩が涼しくなりだすと、ちょっと寂しくなります。
 子供の頃の長い夏休みが終わる寂しさのトラウマなのでしょうか。京都では地蔵盆あたりからが夏休みの終盤です。当時の記録だと50年前は毎日猛暑日、真夏などにはならず、京都で30度を超えない日も多かったようです。
 まあ最近の夏は前後からとんでもなく暑いです。7月の初め梅雨が明けた頃、本当にギラギラだった太陽が、9月にもなると真昼はまだ暑いですが夕方は早く日が沈むようになり、何だか夕陽が寂しげです。

 小さい頃、もう亡くなった父親に夏休みの終わり間際にクルマでどこかへ連れてもらい、沈みそうな夕陽を見て帰る道はなんとなく寂しかったのを未だによく覚えています。イチジクを頬張って美味しかったのも思い出です。

 今年は、社会人になって以降初めて、入院をして6月の後半からずっと療養の欠勤、その後も1週間の出勤を挟んでコロナ陽性で欠勤、都合1カ月半という長い学生のような夏休みでした。もちろん子供の夏休みのように、海や山に出かけることもできない悶々としたものでしたが、本やネット、テレビなど今思うと時間の贅沢の限りでした。窓際の部屋で、夏空や京都の瓦屋根、夏の青空と入道雲、夕立も毎日見られました。個室ではなく4人部屋で苦労もしましたが、窓の外が望めるのは良かったです。

 ゆっくり昔を振り返ったわけでもなく、ごく断片的に子供の頃、学生の頃、若手社会人だった頃、新婚の頃、子育ての時期、熟年となっていく時期、いつも夏の終わりはこんなアンニュイを味わっていたのです。

 少しだけ感傷的になり、また何事もなかったように、動きやすい心地よい秋の季節を頑張り、楽しむのですが、やはり夏の終わりの夕陽はアンニュイです。

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