太秦ラブソディ 映画「碁盤切り」

 15年前に、京都に戻り太秦天神川というところに居を構えております。太秦(うずまさ)は渡来人秦氏由来の難読地名で、映画や観光に興味のある方は太秦映画村で名前はご存じでしょう。
 太秦天神川はその太秦地区では最も東部になり、市内から延びる地下鉄東西線の終点になり、映画村へは少し歩くか、嵐電と言われる京福電車に乗り換えです。ちょうど市内の三条会商店街にある私の実家と、嵯峨野にあるパートナーの実家の中間あたりで交通至便でこの地に決めました。
 15年前は衰退していたとはいえ、テレビ時代劇が細々と断続的にありカツラをつけ着物の衣装を着けた人が歩いていまして、将軍様がスーパーに買い物に来たりもしていました。
 学生時代にもエキストラのバイトはしていましたので、待ち時間の長い仕事で比較的ワリが良かったです。定年後は時間もできるので、エキストラでもやろうと思っていました。
 しかし、その後の10年で社会はいろいろ変わります。
 定年延長、再雇用とかが騒がれだし、60歳で悠々などとは言ってられない、退職金の激減、年金は65歳から、物価も税や保険料も上がり、ローンを返しても働かないと不安な時代です。
 それでも、同じ会社で待遇を下げてというのは納得も行かず夢もないので、とりあえず新卒から37年勤めた会社は辞めました。慣れた会社で人脈もあるし、高年齢継続雇用給付もあるのですが、リセットしたい気持ちが上回りました。
 時代劇の衰退ももっと激しく、映画村もなかなか観光施設としてはそこそこで継続しても、撮影本数は激減した上、エキストラには弁当は出ても日当も交通費も出ない完全ボランティアのシステムになっていました。
 映画、演劇の夢?はかなわず、再就職も前の会社を見返せる待遇のものはなかなか勝ち取れませんでした。それでも映画村に夢とロマンを追う人の姿には、励まされていました。
 化粧品メーカーとは180度違う、社会保険の年金の仕事を4年ど勤め、公務経験などから何の因果か裁判所にフルタイム事務官で採用され、太秦でののんびりはまた遠のきました。
 映画村エキストラのエントリー登録はしていましたので、誰主演の映画ロケがいつという情報は入り、裁判所勤務前のつかの間にも映画村には2度ばかりエキストラで行きました。
 今、草彅剛主演の公開されている「碁盤切り」という時代劇映画も昨年2月募集はあったのですが、年金事務所勤務中で積極的にはほとんど応募できずでした。
 上映されたものを観ると、滋賀や大阪のロケと合わせながら映画村の中で草薙君や清原果耶さんが見事な演技をし、時代劇の美しい映像が仕上がっています。
 この時期の後、他の時代劇ロケ(大泉洋主演)で映画村と滋賀ロケは裁判所勤務前で休みが合い、近所の強みで早朝から深夜まで行きました。
 タイムスリップしたような映画村の映像観ると、草履で走らされたりハードだった、あの時の苦労が思い出されます。
 元スマップ俳優と朝ドラ女優との共演の夢は実現せず、元紅白司会者俳優とは共演できました。

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