参議院選挙公示:古い衣を大切にするだけでは新しいことはできない

 今日は参議院選挙の公示日、梅雨も明け真夏の暑さの中、7月20日までの熱い選挙戦となりそうです。

 いろいろと政治に関して、騒がれる話題もありながらも、なかなか変わりそうで変わらない。だからやはり政治に関心がないという方もおられますが、是非公報や政見放送を見て選挙に入って欲しいものです。

 公務員的な立場なので、誰か個人や政党に偏る投稿はいたしません。
 政治や国民の生活に関する部分での日頃の想いだけ述べます。

 確かに、今の日本は国際的にも地位が低下していますが、それ以上に国民の生活が苦しくなっています。何とか、より良い道に進むような選択ができる選挙結果にならないかと思います。

 よく国会議員は高額の歳費やらいろいろとたくさんもらって、さらに不正にお金をもらい、大した仕事をしていないようにも言われます。しかし、日本の課題を考えた場合、議員の使命を重く、仕事は多いはずです。

 社会保障の改革に関して、超党派で進めていくということが決まったようです。税の改革はまだ、各党の公約もバラバラですが、一歩前進とも言えます。

 党勢を拡大するのが、各党の議員の宿命ですが、それ以上に進めるべき問題はあるはずです。

 税制とか、農林、厚生、国交とか大臣もいますが、それぞれ部会があり、各党の委員が専門となって話し合っているはずです。これは、各地方自治体の議員と同じです。所属の党が多いと部会でも有利ですし、国の場合、大臣、副大臣が与党が占めます。さらに、官僚やそれに連なる業界団体などの組織があり、大きな改革の弊害にもなります。
「古い衣を大切にするだけでは新しいことはできない」という言葉があり、新しい着物を仕立てるのは大変で、ついつい今までのものを直すだけでお茶を濁すのが日本人の常になりがちです。明治維新や敗戦など、外圧などで大きな痛みを伴わないと改革は進まないとも言われます。
 しかし、もはや日本の現状は、少子化や経済の低迷は敗戦に向かう太平洋戦争よりも悪い局面と言われます。

 今まで、それで良かった前例を見直し、既得権を持った人にも我慢してもらわないと、大きな変革はできないのです。
 今税制で騒がれる財務省、コロナの時に垣間見えた厚労省、米騒動で体現している農林水産省、その他の省庁も似たり寄ったりです。かつては国民のため、弱い業界のためとかの公のために作られた機能がやがて増殖して、自己利益のために肥大化して、蝕むが進んでいるのです。

 末端の一つ、一人は改革に痛みを伴いますが、本来公益のために公転すべきところが、自分のためだけに自転しているのです。これでも、公平に活力ある経済が回らないのです。

 結局、批判的にもなりましたが、これからの1回ずつの選挙とそれを受けた政治は注目が必要です。大きな改革が進む可能性はあります。

隠され騙され続ける大衆 メディアの責任は

 TOKIOというグループが、メンバーの一人のパワハラで解散ということです。すでにだいぶ前にアル中などの不祥事で一人退場になっても、バラエティ番組、音楽や役者は続きていただけに少し衝撃的には報じられました。テレビ局が、記者会見するという大きな事態でした。

 しかし、国民的なアイドルグループのSMAPや嵐に比べると、どうも中途半端な存在といえます。たしかに人気番組はあり、JRの新幹線のチャイムになった写真の「AMBITIOUS JAPAN」や中島みゆきさんの楽曲「宙船」などもそこそこヒットしました。長瀬や松岡は役者として、そこそこ頑張っていた程度です。

 このグループが紅白歌合戦に毎年出続け、24回も出ていいるのは、いくら何でも異常です。
 今さら元ジャニーズ事務所の問題をあげつらってもですが、大したヒットもない彼らが序列なのか、忖度なのかで大晦日の当時国民的視聴率の大イベントに出続け、その勢いと威光そのままに民放の番組に出続けていたのですから、テレビ局の罪も深いです。

 私は、音楽の先生をやっている妻と少し前まで毎年大晦日は一緒に紅白を見るのが恒例でした。歌の練習を怠っている大御所歌手にも辛辣で、結局はその何年か後に引退になるケースが多かったので、さすがと思いました。そんな中で、TOKIOにはひときわ厳しい評価で、「歌も楽器もダメで、ヒットもしてないしグループとして花もないのに何で出てる分からない」というダメだしでした。
 ジャニーズ系でも、役者はしっかり芝居をして、礼儀もいいようですが、スタッフに暴言や暴行まがいは人として論外で残念です。
 やはり小さい頃から、厳しいとは言え、世間とは違う世界で、世の中を知らずに育ち、人気が出るとチヤホヤされてばかりで、社長があのような性癖の人で、黒でも白で通ることを見て、従ってきたら、人間は歪んでしまうのでしょうか。

 踊りや歌の上手い、可愛い男の子を囲い、権力を持ち続け、肝心の報道さえも隠蔽され、ゆがめられていました。悲劇の余波のようなのが、今さらのTOKIO事件です。
 この程度の事件、以前ならマスコミは絶対放送できないですが、ジャニーズ事務所の呪縛はなくなり、今度はテレビ局などが知っていたのに隠していたことそのものが体裁悪く、時間もかかったのでしょう。

  NHKや民放各局に今さらモラルや公正な報道を求めても、何だかという感じです。「ドラマは良い内容」とか、「報道は良い」とか、俳優やタレント、芸術家にそういう厳格さは求めない人もいるでしょうが、事実として犯罪が分かっていたことは報道することはマスコミの義務であり、使命です。

 都合のいい時だけ、アリバイのように正義感を振りかざし、弱い者を助けるのではなく、強い者にだけ味方するのでは、まともな報道機関ではありません。そこまでの理想は無理としたら、国民はリテラシーを持ち、報道されるタイミングや内容のウラをよく考えることです。

 生活保護受給者裁判より 25条というなら

 選挙前で、話題も立場上微妙ですが、裁判の解説的なフォローと、両論併記しながらも一個人の願望と、世相への投げかけとして書きます。
 6月28日報道されました通り、国が2008年リーマンショック以降に物価が下がったとして、生活保護費を減額したことが裁判となり、昨日、最高裁判所第3小法廷は違法と認めました。
 これを受け国は追加支給を考えることになります。また、これから国家賠償の話も出てくる可能性があります。
 受け取る側は生活が懸かっていますが、時間は経過しています。一方、支給する側は財政のバランスを考えてこうしてきた立場です。
 生活保護を受けている人でも、一部不正受給があるのではというイメージもあり、そもそも健康でなぜ働かないのかとの指摘の向きもあります。
 また申請して初めて審査されて、受給の流れになるので、多くの同じくらいの所得の方でもプライドが邪魔したり、何とか節約したり、過酷な勤めでも仕事に就くとか、遠い兄弟や友人に頼むなどでしのいで生活保護を回避しているケースも多くあります。
 日本の手当や給付の「申請主義」の仕組みの難しさがあります。
 個人情報保護だと騒がれますが、所得や家族、住居などはマイナンバー制度で国はほぼ掌握できます。生活保護をなると、就労意欲や財産とか案件は増えた上で、本人の意思となりますが、そこまでの手続きを簡単なインターフェイスで、数回のポチっとスマホをクリックで申請になれば良いと思います。逆にシステム化することによって、財産や購買行動がわかり、支給停止も自動化できるはずです。

 真の公正、公平とは何か難しいですし、裁判所の判決には限界があります。

 判決の元になるのは、「生存権」と言われ、戦争放棄の9条平等権の14条とともによく各方面から社会保障の場で注目され憲法25条です。
 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

 行政は判決を受けて説明責任をし、速やかにできうることを実行しないといけなくなります。民主主義、法治国家の難しい面です。
 
 しかし、本当に平等ということを考えれば、先ほどの生活保護申請に至らない人びとはそのままで良いのかと感じます。

 そして、リーマンショック後以降の、名目賃金が下がり、実質目減りの年金、社会保険料の高騰、マクロ経済スライドにより年金抑制も、いくつかの切り口で訴訟を起こせば憲法違反に問われるのではと思います。
 マクロ経済スライドは、今国会で決まった「基礎年金の底上げ」で実は間違いだったと否定されています。年金財源を守るために、保険料を上げるのを一定に抑え、給付金をジワジワ下げるというやり方は、結局どこかで憲法25条に抵触するか、急激な物価高に対応できずに今のような不平不満が爆発するのです。

 混乱やカオスを望むのではなく、正論をぶつけ、どんどん訴訟を起こせばと思います。

 今の制度で、選挙前の喧々諤々と減税や給付で騒ぐのではなく、実質GDPや名目賃金も物価も、優れた組織で分析されているので、システムとして無能で恣意的な国会に関わらず、早期に調整できるようにすべきなのです。

 年金を貰うのはお年寄りですから、早く給付に反映しないと2年間の物価を鑑(かんが)みでは遅すぎます。遅くとも1年の暦の間に、賃金、物価上昇分をプラスで支給すべきです。公務員給与は毎年12月に民間(大企業)の4月賃金上昇に合わせ、人事院勧告で差額を遡って支給されています。

 そうでないと頑張っている公務員のなり手もなくなるという考えはわかります。国家財政が厳しいから、賞与(期末賞与)や役員手当を削るようなことはしません。それなら、せめて年金の支給に対して、憲法に合致した社会保障の増進という面で早急な対処は必要ではないのかと思います。

 誰もがそういうものと考えていますが、年金は2カ月に1度、偶数月に前月と前々月の分が振り込まれます。給料は毎月1回、その月分、遅いところでも前月分で1カ月毎が当たり前です。
 2カ月に1回だと、入院したとか、エアコンが壊れたとか大きな支出があったり、今般のようなコメの高騰があると、次の支給までに破綻や高利の借金を重ねてしまうケースが増えます。

 2カ月に1回を月1回にすると、振り込みのコストがかかるのかもしれませんが、支給停止や減額や増額には対応しやすい面もあります。コストがかかるなら、本来公務員給与も民間も給与は2カ月に1回にすれば「平等」ではないかと思います。

 書き出すと熱くなりすぎますが、変えられる点はいくらでもあるのです。

 

相手の立場を慮る 紛争解決の糸口

 国際紛争にしても、地域、職場、学校、家庭の小さな諍いにしても、ほんのちょっと相手の立場になり、相手のことを慮ると、解決の糸口が見えるのではないかと思います。

 いわゆる「育ち」ともいう、家庭環境、宗教、地域、学校などにもより、人が経験してきたことにより、価値観も変わります。まして国が違えば、発想から全てが真逆な時もあります。

 私も、そんなことでととも後ろ指さされ、非難めいたことも言われ、イラっとくることも多々あります。
 ディベートでもそうですが。立場変わればそう言わざるを得ないか、もともとその発想しかできず信じて行動するから、『正義」は一つではないので、戦争や喧嘩、争いごとは起こるのです。
 郷に入っては郷に従えという言葉もあり、またそれだけでは理不尽で、非効率とかを改善できないこともありいつかは言わないといけないこともあるでしょう。


 お互いに、良く相手の立場を分かれば、だいぶ和らぐのですが、なかなか感情やら意地が先立つとこうはいかない。誰にも経験があると思います。

 世界の戦争などを反面教師に、少なくとも自分の周りはイラっと来ないようにしたいものです。

2万円バラマキの愚に怒り

 石破総理は「社会保障の財源が確保できないから、減税もバラマキもしない」と言ってきていましたが、結局一律2万円プラス、子供と非課税世帯に2万円のバラマキ給付をするようです。

 もう目先の選挙対策で、なりふり構わずです。
 来月20日までに、お金を配るには、市長村役場もまた大変です。マイナンバー制度はあっても、カードを持っていない人も一定数いるし、口座を紐付けていない人もいます。マイナンバーカードと口座を紐付けていても、確認項目はありますし、扶養の子供がいるか、収入は?と確認して、郵便で確認書のようなものを例によって、送らないといけませんから、これは大変は手間のかかる負担が自治体にのしかかります。

 その上、その言い分がもう無茶苦茶です。「給付をするのは、税が増収だったからで、消費税の恒久的な財源としても枠組みは崩せない」と、野党とは違うと言いたいのでしょう。
 しかし、税収が思ったより増えたから国民に返すというなら、非課税世帯ではなく、ちゃんと苦しくても税金を払った層に返すべきです。一番苦しいのはおそらく、非課税世帯にも生活保護にも当たらず、税金と社会保険料を真面目に払っていた中間層の人たちです。
 資産が分からないから、非課税イコール貧乏ですらないのに、血税から給付金というのは筋道が違います。
 こう叫ぶと非課税世帯は所得が低いから、食料品の値上げが一番応えているという反発もあるでしょうが、これはあくまでも税金の戻しをするという話です。

 3連休の真ん中に投票日を設定し、ヒマ(失礼)もとい比較的時間があって投票に行きやすい非課税世帯に厚く給付するのも、魂胆がミエミエすぎるうえ、姑息すぎて、情けないほどです。
 しかし、全サラリーマン、自営業者、課税の年金生活者は怒るべきです。
 税金と社会保険で5割近くを抜かれて、わずかに食料品の値上がり分概算の2万円とはふざけ過ぎた話です。

 いたずらに、国の財政基盤を揺るがすとかそんなことではなく、日本の財政は資産が負債より多く健全です。財務省とか、厚労省とか、各省庁、インフラを支える自治体も、最前線は賢明です。しかし、やはりこの国の税と社会保障は一回メスいれないといけないのです。その場しのぎの栄養剤やカンフルで誤魔化されはいけないのです。
 とりあえず、現在の政権与党には退場願って、官僚や財界、労組とは距離を置いた改革のできる国会議員が必要です。国民にもずっと、痛みをともなってきたのです。国民が年間400万や600万の平均収入の時、国会議員が非課税で文通費合わせて5千万も貰い、その上、献金や政党助成金を貰っていること自体おかしすぎるのです。
 公務は決して楽な仕事ではないですが、現場の公務員に比べて、そのトップ国会議員や大臣らが10倍、20倍も忙しく重い仕事というわけではありません。
 お金がない、税金が足りないのなら、まず身を切る改革と言われて久しいですが、全くその姿はカケラも見えません。それなりの報酬は否定はしませんが、今の増税増税という路線で、税や社会保険料などの構造を全く改革できないのでは。国民は疲弊するばかりです。


 7月20日、まずは国政選挙の山場、参議院選挙があります。3連休ですが、期日前投票はできます。公報、政権放送、ネット情報も深堀して、必ず投票して、日本と国民の生活を守りましょう。

高齢化を理解する

 前の職場にお父さんが脳医学の著名な学者で、ご本人も相当なIQの人がおられ、脳研究の奥の深さと、その急速な進化ぶりの一端を聞いたことがあります。
 「結晶性知能」と「流動性知能」とかエピソート記憶とか滔々と語られ、勉強のしかたそのものも、ガリ勉で詰め込むようなやり方でなくても、司法試験に受かるタイプのようでした。
 逆に面白くない仕事や勉強は受け付けないようで、凡人には理解できない扱い難い面もある人でした。

 この二つの資料でも、老化に関してもいくつも説があり、奥の深くかつ、日々更新されるものも多いようです。
 身体の衰えも60歳を超えると顕著になるものの、脳の進化は90歳まで続くという説は、取り上げられる以前から聞いていました。脳が成人となって一人前に整うのは実は25歳頃でありそこからまだまだ学習を積み情報をインプットして90歳まで進化し続けるのです。そうなると、定年を迎え体力が衰えると言われる還暦の頃はまだ脳の進化の半ばということになります。
 老害と言われ嫌われる一部の政治家や経営者のように、地位に執着するわけではなくとも、定年で目標を失って認知になるのはもったいないということです。
 さらになるほどと思ったのは、みなさんも薄々気付かれているところですが、20年前の高齢者と現在の高齢者、例えば65歳だとか80歳だとかは、時代で変わり大きく違ってきているのです。40年ほど前の昭和の高齢者は、55歳くらいで老人と言われ、実際年金を貰い隠居される人も多かったように、今とは全く違っていました。


 私も、個人的に感じるのですが、30歳ぐらいの頃より、体力は落ちてルックスも若くはないですが、60歳を過ぎた頃からの方が、いい仕事ができています。経験も知識や教養、知見が積みあがっている面もありますが、ノルマとか、お金、家庭とか、定年までの枠組みのようなものから力が抜けて、純粋に仕事への興味と探求心で働いていますす。

 人口減少、少子高齢化が問題と言われますが、根本的に急には変えられないところもあり、まだまだ日本の人口は減り続けて。働き手は減ります。働き手を海外からの移民に求めるのか、あるいは高齢者に対しよくトリセツを周りも本人も理解し、働いてもらうしか打開策はないでしょう。

 そしてこの70歳のトリセツというムック本、もちろん高齢者を扱う若者のためだけではなく、これから高齢を迎える者、高齢者自身の自覚、自戒のためにも、良い情報が分かりやすく入っています。

 多くの方が自覚している面もあるようで、意外と解っていない点も多いですし、仕組みとして理解していないから、プライドを傷つけかえってコミュニケーションを悪くする場合もあります。

 70歳では90歳まで伸び続ける部分と、50歳くらいからすでに勤続疲労し、衰えて劣化している部分が混在して、その扱いは微妙なのです。
 自分の現在地でもそうですが、運動不足にならないように歩いていて転倒し股関節や膝を傷めました。同年代でもよく話を聞きますが、転倒が増える年代です。
 足が自分の主観イメージよりも上がっていないので、小さな段差につまずくのです。足が若い頃より上がらないという、身体の衰えを客観的にイメージできず、凸凹の多い外の道などは気を付けるという情報を入れて、ゆっくり確認しながら歩かないといけないのです。
 ここでも、変なプライドがあったりして、客観的になれないと大変危険です。
 高齢者の運転なども、大きな事故につながってます。
 自分は若い頃から、良く動けて、運動神経も良いと言う人ほど、危険なのです。過去の主観イメージを引きずり、客観的になれないのです。また、ちょっとしたモノを取るとかも、いちいち台を使うとか、他人に頼むとかができずに、身体を悪化させることがあります。また、それをやってしまったことを、怒られて行動を制限させるのもイヤで、正直にもなれず、自分でも都合よく忘れてしまって、ますます身体もコミュニケーションも悪くなる場合があります。

 仕事や家庭生活、ボランティアなども、目標を持ちながらやり続けることは若さを保ちます。自分で自分のトリセツを理解し、できることは目標を低くても設定してチャレンジすることです。体力や瞬発力などが要り、若い人に適した部分は任すことにして、それでも高齢者の経験によってできる分野はあります。

「システム処理とヒューリスティック処理』とも言われ、勘や経験、人間的な交渉、小さな気配りや発想の変換などはAIにできない分野で、高齢者の役割は残ります。逆に若い人の仕事はやり方にもよりますが、事務系はとくにAIに取って代わられ、間違いも少ない分野が多いのかもしれません。

 何か、夢や希望、やりたいことが多いほど、若さを保てることに間違いはないです。まずは、比較的大きい目標ですが、高齢者となった「取扱説明書」を自分がよく理解すること、また廻りも理解をし、本人によく理解をさせることです。

我田引鉄の歴史、整備新幹線は?

 「我田引水」という言葉が原点としてあってそれをもじった「我田引鉄」という言葉が鉄道ファンの中では著名な造語です。
「我田引水」とは、何となく字面で分かるように、「自分の田んぼに水を引き入れる」ことから派生した言葉で、自分の都合のいいように物事を解釈したり、行ったりすることを指します。これは、元々村で用水を共有する際に、その水配りを担当する者が自分の田を優先したことから生まれた言葉です。
 水の替わりに鉄道のルートを自分の街に通すように有力政治家などがルートや駅を誘致したのを、面白おかしく揶揄した言葉が「我田引鉄」です。明治以降の鉄道草創期は、他に交通機関もなく、道路も未整備でしたから、鉄道は、地元の街にとって、喉から手が届くほど誘致したいものでした。
 現代でも高速道路や新幹線は地方で来て欲しいと言われる交通機関ですが、昔の鉄道はもっと差し迫ったものです。隣町の学校や県庁に行くのに電車やバスもない、材木や農産物の運搬も河川を頼るなど、今では想像できない苦労のあった時代であり、集落の有力者にとって鉄道誘致は町の盛衰に関わる喫緊の問題でした。
 町同士も政治家を絡めて、我が町に鉄道をという時代ですから、まさに「我田引鉄」となったルートが今も残る路線がいくつかあります。
 有名なのが岩手県内陸の一ノ関から、宮城県沿岸部の気仙沼を通り、岩手県大船渡市へと向かう大船渡線です。ナベツル線とかドラゴンレールと歪な形に愛称ができています。当時の政友会と憲政会という二大政党の地元有力者の綱引きで、一度まっすぐに東進するはずが、北上してからの東進となり、さらにそのままかと思うと、再逆襲があり、もう一度南に回ってからの東進となり、さかさまの鍋のような形の路線ができ、時間帯によっては歩いて追いつけるような変な迂回ルートができました。
 当初は東北本線(現在は新幹線も止まる)一ノ関から陸前門跡を東へ千厩へ向かう予定が摺澤の攻勢で北へ逸れたものの、千厩もそのまま東進は譲らず、再度捻じ曲げて自分の街へ引き戻したのです。
 こんな迂回のただでさえ、遠回りのルートですから、現代では高速道路や国道が整備されると、厳しい経営状況は当たり前です。

 もう一つの代表例が中央本線の「大八廻り」と言われる諏訪から塩尻へ抜けるルートです。諏訪から西へ向かう路線は岡谷を過ぎ大きく南に辰野まで進んでから北へ向かって塩尻を目指します。まっすぐトンネルで結べば短い距離を、当時の帝国議会議員で鉄道局長という要職だった伊藤大八という大物政治家が、辰野から今の飯田線ルートで伊那谷、飯田から豊橋に繋ぐ主張を通そうとしたことで、「大八廻り」と言われます。

 最終的には辰野から塩尻、木曽路を抜けて、中津川から名古屋に向かう現在の中央西線はこんな経緯でちょっと迂回しています。

 当時と比べて、鉄道の相対的な役割りは低下して、期待度合いも違うものがありますが、今の整備新幹線の悶着は、昔の政治家ならどう思い、いびつな路線が残った街の人はどう感じるでしょう。

 新幹線駅が欲しい地域はまだありますが、並行在来線はJRから分離され、地元負担が重くなります。建設費で地元財政が厳しくなる上、3セクで生き残った路線も割高で地元民にも負担が重いもので、通学や通勤、通院の足にしても気軽に乗れなくなります。

 その上、盲腸型の路線の末端になるターミナルができる地方は活性化できていいでしょう。金沢への新幹線延伸は大成功でしたし、地元も負担した意味がありました。
 しかし、現在の北陸新幹線や西九州新幹線で佐賀県や京都府はすでにターミナル駅と近くて、新幹線駅もあり、私鉄や複数の手段で、東京、大阪や博多のターミナルに行けるので、同じ条件ではなく、メリットは少ないのです。その上で、負担や環境問題が出ては反対に転じるのもわかります。
 明治期ともここは違います。「我田引鉄」ではなく、「我田嫌鉄」がまかり通っています。

 国の大きなプロジェクトと考えると、一度〇〇から△△駅へ新幹線を計画した時、おおよそのルートは決まっていたはずです。そこまで行かず未成に終わりそうとか、違うところでおしまいでは約束が違う話です。 確かに長大トンネルが必要で、大深度工法で京都や大阪の都市部近くに新路線というのはお金もかかり、反対の住民も増えます。しかし、それまで作ってきた路線の人もやがて完成するからと、土地を提供し、環境に我慢をしてきた背景があります。長野、新潟西部、富山、金沢、福井と多少の差こそあれ東京とが繋がった恩恵を受けつつ、京都、大阪の近畿圏ともつながる完成を最終形スキームと聞いて受け入れているのです。
 北陸新幹線も長い間途中の長野までで、長野行新幹線と言われていました。その後、ようやく段階を経て、金沢、昨年敦賀と延伸しました。元々が東京から北陸を経て新大阪へ行く新幹線なので、敦賀で終わりとか、米原でつないでしまうのはスキームを根本的に変えなくてはいけないので、それをもっても無理筋だと思います。

 小浜からさらに西へ廻って京都府舞鶴市から、京都へ向かうという案まで復活し、山陰新幹線の布石にもなるのでそれも良いという話も出ています。負担があって便益の少ない京都府の中では北部の活性につながる点はポイントではありますが、先のナベツル線のような迂回のようで、ますます工費も所要時間もかかります。それぞれの課題、メリットデメリットは検証し終えての「小浜ルート」であり、いちいちリクエストやVARを受け付けていては試合が終わりません。

 地方と都会の格差をどう埋めて、未来の日本はどういう形なのか、JRと政府がもっと前にでて、分かりやすい希望のあるプランで国民を納得させて進めるべきところです。

北陸新幹線延伸反対の世論に思う | 天使の星座

鈴木宗男という頑なな政治家

 鈴木宗男さんのことをいつか書きたいと思っていました。今般、参議院議員を昨日辞して、自民党に24年ぶりに復党して7月の参議院選挙に臨むと報じられました。
 実は以前から野中広務さんつながりで興味のある政治家で、発信されることも正論が多く、密にフォローしていました。

 世間一般には、あまりイメージは良くなく、逮捕されたことがあり、ロシア寄り、強面で収賄、疑惑という印象が強いのでしょう。2002年、小泉政権時代に、当時の田中真紀子外相と対立して、野党にリークされて、追及された印象が強いのでしょう。有名なエピソードで社民党の辻元清美議員から「あなたはねぇ、疑惑のデパート言われてますけど疑惑の総合商社なんですよ!」と批判を受けたのを記憶されているか、のちの映像で見た方もおられるでしょう。辻元は7年後の2009年に外務委員会で「(自分が追及した案件については)裁判でもその事実は出ておらず、確証がなかった。そのような言葉遣いをしたことを反省している」と陳謝しています。
 こういう訂正はあまりマスコミは報道せず、悪い印象だけで政治家の力をそぎます。
 外務省や財務省官僚など、正論で追及されて困る場合に、何か弱みはないかとなると、スキャンダルマスコミに流し、野党に依頼して、こういう抹殺を図るわけです。

 世の中の人は、一度逮捕され、収監された人間、政治家や実業家を認めない人もいます。しかし、政治家などをよく見て見れば、逮捕されてもおかしくない人の方が多いぐらいです。決してその人だけが極めて悪質ではなく、何か官僚か権力者の虎の尾を踏んだだけというのは分かると思います。結局、田中角栄しかり、明確には何で逮捕されたかは記憶にはないけど、悪いことをしたんだろうというイメージだけが残るのです。

 鈴木宗男は頑なで一本気です。今回の辞職からの復党も別にこだわらなくてもいいわけですが、維新を除名された際の鬱憤もあるのでしょうか、筋は通しています。
 ロシアとの交渉も、悪い角度で切り取られがちですが、森喜朗さんでもそうですが、いざロシアと交渉する段階になって、誰もいないでは外交にならないのです。国会議員であれ、外務省であれ、ロシアでもアフリカでもイヤな地域とも担当し交渉する使命はあるのです。そのためには相手を良く調べ、懐に飛び込まないと話もできません。
 外交に行くと、接待を受けたり、記念写真の一つも撮りますから、そんなものでいちいち切り取ってああだこうだ報道するマスコミは、もう少しマトモになって欲しいものです。

 一番に書こうと思っていたのは、袴田さんの逮捕から58年で再審無罪判決が出たおり、国会で「法務大臣に対し、袴田さんに直接詫びろ」という要求を繰り返しました。なかなか大臣の立場ではできないという態度に激高して、「人道として法を司る最高責任者が、一人の人間の人生を50年以上拘束したことに対して、拒否する理由はない」と趣旨で何度目かで説き伏せました。
 コメや税金の壁などで、ごちゃごちゃとやり取りする国会で、法務大臣は、検察や裁判所が独立して「法に則って適切に処置します」「個別の案件に対しては、発言を控えます」と逃げればいいだけの、お飾りのような役職です。こんな時こそ、誰も文句は言わないはずですから、法務大臣は土下座してでも言い訳です。宗男氏が強く言わなければ、法務大臣の直接訪問の謝罪は無かったはずです。世間が注目しているわけでもないワンイッシュですが、こんな筋を通せる政治家はいないと思います。

 小泉首相ももはや、息子に代を譲り、田中真紀子も引退、辻本清美も自らも秘書費用の不正で一度議員辞職してとうに賞味期限切れで、あの頃の政治家が表舞台から消える中で、77歳の鈴木宗男が、自民党をどう変えるのか楽しみです。かつて離党後、地域新党を立ち上げ、民主党政権や日本維新の会とも関わりつつ、政権に対しても自分の所属に関わらず、常に是々非々の正論で煙たがられても、自分のスタイルを貫いてこられました。
 日本を変えられるとしたら、小泉ジュニアの上っ面の人気ではなく、強面の爺の正論がどれだけ多くに理解されるかにかかってきます。

こんな野党では自民党安泰?

 昨日、立憲民主党の野田佳彦代表(68)が内閣不信任決議案の提出を見送る意向を正式に表明したことに言及しました。
 こんな情けない与党応援団のような野党第一党では、次の選挙で惨敗するのは明らかではないかと感じます。

 野田代表はこの日、記者会見し、提出見送りの理由について「大事な外交努力をしなければいけない。危機管理上の問題もある時に政治空白をつくるべきではない」と中東情勢や関税交渉を踏まえた決断だと説明。弱腰との批判が出るという指摘に対し「イスラエルとイランからの邦人退避など危機管理に関わる問題だ。弱腰ではなく、責任ある態度だ」と反論し、総理経験者だけに現職時代の辛さを慮ってとの見方と解説する向きもあります。

 政治の世界はそんなにキレイなことはあり得ません。たぶん、裏では大連立や閣外協力の裏取引もあるのでしょう。
 外交や行政ももちろん政権は変れば方針は変わりますし、衆参同日選挙ともなれば、勝ち負け以前に党も国も挙げての一大イベントで、外交も官僚たちもしばし見守り、政策は止まります。しかし、そんなものは、大きな改革どころか、内閣改造など人事異動があれば当たり前のことです。良い政策はそのまま実行を続け、ダメなものは検証して変えれば良いだけです。そんな小さな傷みすら甘受できないで、どうやって国民に大きな改革を提案できるでしょう。
 誰かの負担を軽くするには、仕組みを変えていかないといけないし、そこで一時的にも苦痛が生まれる人は嫌がります。
 野党は、実現不可能な夢みたいな政策を唱えますが、そこには一つ一つ切り崩し、チャンスを逃さない姿勢でないと、政権取るなど夢のまた夢にしかなりません。

 立憲民主党内部、他の野党内にも安堵が合ったり、反対もあります。反対があってしかるべきです。

書評:澤田瞳子『孤城春たり』幕末に咲く

 備中松山藩の儒学者にして藩主の信頼も厚い山田方谷を中心に描いた群像劇です。彼は多額の借財を抱えた藩を有事の備えに大砲や外国船を買えるまでにしました。藩政改革と財政再建のサクセスストーリーだけでなく、誠を貫き、民を思い、人を育て、国を憂う熱い人びとの物語です。
【あらすじ:ネタバレ】
 備中松山藩で藩校校長と私塾「牛麓舎」を開き多くの育成した有為の人材、義理の息子山田耕蔵、国家老大石隼雄、牛麓舎唯一の女子お繁、臥牛山の山城番頭の浦浜四郎左衛門、ダメ男から改心して操船技術を習得した塩田虎尾、熱き心と武術に秀でた熊田恰ら松山藩士は動乱の幕末をどう乗りきっていくのか、長い物語ですが特に後半は息もつかせません
 山田方谷と、そこに関連する人物たちが章ごとにサイドストーリーを積み上げ群像劇として幕末の悲劇へと進みます。
 方谷が仕える藩主は七代藩主の板倉勝静 松平定信の孫で幕末では徳川慶喜と行動を共にして備中松山藩も朝敵と攻められる。恰は冒頭方谷のやり方に異を唱え命を狙おうとするが真意を理解し身を呈して方谷や備中松山藩を護る。勝清も薫陶を受け難局を乗り越える。
 藩主が松平定信の末裔、ましてや幕閣でもあり徳川慶喜と行動を共にしていたことで松山藩は朝敵にされてしまう。当時の武士ですから、現代の会社などでもそうですが、上の指示には簡単に歯向かうことはできないのです。その立場、立場に苦しい決断があります。

 同志社出身の作者のサービスか、操船技術を学ぶ虎雄らの前に、マイペースな個性的なキャラとして新島七五三太(後の新島襄)も登場します。
 備中松山という、今の岡山県高梁市が主舞台ですが、江戸や京都,大坂の場面もあり、多くの群像の生涯を描くまさに大河ドラマの素材になってもおかしくない作品です。方谷が本や歴史が好きな人でもネームバリューがなく、女性の登場人物が少ないのが映像化にがは難かもしれませんが、逆にこのような魅力的な人物にスポットを当て物語を膨らませた作者の才に感心します。

 登場人物を通して語られる、江戸期の藩の財政改革、その後の幕末の傷みを伴う維新への想いが印象的でした。
『人は長らく着古した、古い衣をなかなか捨てられない。なお用いる手立てはないか思い悩むのだ。まして一国の政(まつりごと)ともなれば、丸ごとの仕立てなど容易に行えるわけがない』

 物語後半は、まさに260年続いた徳川の天下がついに終焉し、『大政奉還』から『明治維新』を迎え、加速をつけて内戦という大きな犠牲とともに方谷の唱えた国の大きな変革が現実のものとなります。そして、皮肉にも母体の備中松山藩は筋を通したばかりに賊軍扱いとなります。

 江戸時代の人材交流や各藩の政治の戦略にこれほど暗闘があったのかも興味深いです。政が変わるのは大変なことであり、それでもいつか大きな改編の時期も来るのだとは歴史が証明しています。