戦後80年、あの万博から55年で進化してない

 関西で日本万国博覧会からは55年が経って、戦後80年と言われる今年です。

 いろいろな未来が語られたのですが、1970年の万博から少なくとも55年、世界から戦争は無くなっていません。

 戦争のやり方も、国民を扇動し軍隊を投入して、火器を使い国を消耗させてるのは変わらず進歩がありません。

 かつては、国王や貴族が企み、兵士だけが戦うのが戦争でしたが、近代になり市民を巻き込み国全体が犠牲を出して戦う形態に変化はありません。

 世界の情報が素早く手に入り、人権が叫ばれるものの、飛躍的に改善されたものはなきのです。

 携帯電話がスマホとなり、テレビ電話も格安で実現しましたが、80年経ってその他はどうでしょう。

 新幹線は、速度が上がった程度で、空を飛ぶわけでもありません。空飛ぶクルマと言っても、昔からのヘリコプターと大きな差はない詐欺みたいなのでした。

 子供の頃、あちらこちらに透明チューブに入って移動する乗り物がイメージされ、人間は歩いて混雑する電車に乗ることもなくなると想像されていました。

 ましてやタイムマシンもできる予定すらありません。

 その他にも大した未来はまだ実現していませんし、予定もされていません。

 建設するコストは上がり、今の計画はどんどん後ろに倒しです。そのうち、今のインフラも老朽化していきそうです。

 静かに進化の袋小路が見えたのを、そろそろみんな気づかないといけないのかもしれません。

 これから先画期的な発明もなく、ネタ切れをごまかす焼き直しのような改善と陳腐化が繰り返され、それを見ないふりして楽しんでいくしかないのです。

 歴史とは、そういうものだったのです。

 

中国に規模も技術も大差開けられ、有事どころではない

 台湾有事の高市総理発言が勇ましいと、一部元気づいた右翼は戦争も辞さず、中国との観光や貿易なども断絶でいいと威勢のいいことを言っています。さすがに、それはちょっと行き過ぎ、足元が見えていません。

 確かに、防衛や同盟は必要ですが、中国の現在の国力を考えれば、アメリカの様子見もしながら、中国とは喧嘩せず上手くやっていくしかないのです。

 そこそこの年齢の方で、中国アンチの方は、どうしてもメイド・イン・チャイナ劣悪バイアスにかかっています。日清戦争同様、日本の自衛隊は精鋭だから少数でもいざとなれば勝てるとさえ思っている人もいます。

 そこまでいかなくても、大きくなり、技術も進んだ中国の経済力の規模や発展がイメージできていないのは困りものです。

 大学の世界ランキングでも、もう十数年、日本の国立大学よりも、いろいろな観点で優れた評価をされ、学生を輩出している大学が沢山あります。

 単に中国語が英語に似て文法が理解されやすいとかのレベルではなく、国家が教育、学術にかける予算が違いすぎるのです。

 軍事も経済もその差は大きくなっています。

 実際に通信や交通を取ってもその進化の差は歴然です。クルマの業界でもEVの売上シェアでもそうですが、自動運転の技術もどんどん進んでおり、ライドシェアがタクシー業界や役所の反対で進まない国との開きは増すばかりです。

 私の好きな鉄道においても、中国が新幹線技術をパクったとか、事故を揉み消したと、あれこれ言ってる間に、莫大な国家予算を投じて新幹線網を4万キロに延ばしています。これは新幹線がたった3300キロの日本の10倍以上で、日本中のJRを合わせた2倍以上の距離を新幹線より速い最高速度380キロメートルの高速鉄道が走ってるのです。

 乗り心地や、騒音、定時制、安全性と日本の優れた面はあるとは言え、それは日本が宣伝する立ち位置でのスペックです。日本の新幹線はたった100キロか200キロちょっとで未成のままの北陸新幹線や西九州新幹線がなかなかできない、リニアもできないまんまです。できるのは30年先とさえ言われます。

 事故は少ないと言っても、料金が高く、工事費や工期が何十倍もかかればクォリティとしては当たり前に求められるレベルです。海外に売って出るには、最高速度や安全性はもちろん、工事費やその後のメンテナンス費用も競争できるレベルでないと無理です。

 リニアや北陸新幹線が苦労してできた頃には、空飛ぶ車とか別のモビリティができて無用の長物になっていそうな鈍足ぶりです。

 20年もかかれば中国は日本中の鉄道のキロ数を新幹線にするほどの進化を遂げた、権力があり独裁の政治体制だからと、批判はあれども、喧嘩して簡単に勝てる相手ではありません。

 だから付き合いたくなく思っても、残念ながらこの国はすぐ近隣にいる訳です。

 日本は喧嘩してる場合ではなく、しっかりと共存し、技術を蓄え経済で負けないことです。

 自動運転のところでも書きましたが、新幹線でも、コメでも、医療、その他どの業界でも、体制の既得権益だとか、地元やらの利害で遅々として進まない。

 どこの業界も、役所が悪絡みして、既得権者が反対して、改革が進まないし、価格が下がらず、消費者が損を食うだけでなく、もはや国の仕組みとして一党独裁の中国に遅れてるんだという自覚もない。

 保守や右翼が中国に勝ちたいというなら、日本を改革して経済力で打ち勝つようにしろと強く言いたいほどの日本の体たらくです。

 こういう論調を目にすると、中国寄りとか、体制批判めいていると嫌う人がいますが、国を愛するからこそ、中国なんぞに負けて欲しくないわけです。

 新幹線の優れた技術を究めた国だからこそ、次のモビリティや産業、文化の主導権を日本の叡智で取って欲しいのです。

 

都会の人も田舎の人もわがまま

 北陸新幹線、西九州新幹線等の整備新幹線、あるいはリニア中央新幹線もですが、推進と反対の利害が激しく対立してなかなか進みません。

 外交などもそうで、政治とはそういうものかとも思いますが、国の未来を思うと交通インフラの店晒し、先送りは残念です。

 都会であれ、地方であれ、自分の生まれ育った街、住み慣れた街が大事なのは分かります。

 それぞれの地域の意見は、間違いではなく、そもそもゼロか1かの議論ではないのです。

 全国に高速道路と新幹線網を巡られて、地域格差を無くし強靭で豊かな国土を作ろうというのは、1970年代に田中角栄ら政府が描いて決めた国家戦略です。

 その戦略の推進によって、戦後日本が発展したのは間違いありません。その後オイルショックやバブルの崩壊で、戦略は完遂されないまま、少子高齢化で人口は減少し、都会と田舎の格差はまた広がりつつあります。

 50年以上前の計画なので、見直しも必要という意見も間違いではありません。

 しかし、都会と地方の格差をなくすという考えは、過度に集中した現在の首都圏などを考えると、少なくとも全否定されるものではないでしょう。

 東京が政治、行政、経済、文化の中心で官公庁が集まり、企業の本社が集中するのも、以前はそれが便利で企図されて進みました。

 ネットの時代で、オンラインで申請やら何でもできるに、もはや多くの会社や人が集まるのに、いつまでも首都圏にこだわるのは何だかです。

 首都機能分散もですが、条件をつけて、もっと半強制的に地方への移転を推進すべきとも思います。

 インフラ整備でいうと、地方都市でも財政は厳しく、過疎地域へ回すのには限界があります。地方都市を住みやすくして、インフラ整備をできる地域をセグメントすることも必要でしょう。

 山奥や離島などの人には厳しい話に聞こえますが、ほっておいても、間違いなく来る未来です。

 御高齢の方とかで動きたくないという人に嫌われても断行して行くべきです。お金があるうちに、しっかりと新しい居住地に住める厚遇と補償をしていくことです。いつまでも限界集落のインフラや危機管理に税金を投入しているよりは、実は劇的に効率が良い税金の使い方なのです。

 大都会が便利、田舎暮らしで良いというのは両方とも慣れからくるわがままです。昔の日本では、もっと開拓精神で移住なども受け入れられていました。

 大都会で最低賃金でブラックに働くぐらいの仕事しかないとか、限界集落でインフラの劣化にボヤき続けてる人らを整備新幹線の停車駅近くで、工業や1次産業、流通拠点から商業、医療介護施設などの仕事とネット環境やらが整った住宅に計画的に住まわせるのです。

 新幹線や高速道路の交通インフラはそれらと産業に合わせて、次の未来を考えて推進すべきです。それぞれの地域の今の人にアンケートしていても決まるわけがないのです。

喫煙は緩慢なる自殺?

 ドン・キホーテの創業者であり、小売業の売上をイオン、セブンに続く大手企業に成長させた安田隆夫会長が、小細胞肺がんで余命宣告されていることを、今年7月末期がんを公表されました。

 因縁の取り引き先でもあり、なかなかの強者で、著書にも唸らされることも多い方だけに驚きました。

 私の元上司も、同じ病気で定年後60代で亡くなられています。

 会社時代の同僚、同世代は昭和からの煙草プカプカの不適切世代です。高齢者になっても愛煙家は肺がんの確率高く、酒飲みが肝臓やられるのと並び、平均余命を下方から支えています。

 モーレツな世代で、ストレスも多い中、身体も目一杯で、今さら煙草やお酒をやめられないと言う方は多いです。

 しかし、残念ながら喫煙者の肺がん罹患割合は顕著であり、乳がんや胃がんの死亡率が下がる中、肺がんの死亡は下がらず難治性で、特に男性では圧倒的にトップです。その上、呼吸器官を患うので、見た目でもですが、実際に痛く苦しいそうです。

 これだけ書かれ、受動喫煙を煙たがれても、高額納税してるのにと、開き直る人は多いです。

 生きるということは、毎日死に近づくことですが、喫煙は緩慢なる自殺と言われるのは間違いありません。

 また、お酒の飲み過ぎも、習慣性があり、麻薬の少量と変わらないのです。お酒が強いことを自慢したがる人がまだまだ多いですが、身体のケア面から見ればお酒がやめられないのは恥ずべきことです。

 ぼとぼとに。

 

博覧会とともに進化した大阪メトロ

 今年は関西万博の年でした。万博を歴史も含めて書くと長くなりますので、主に鉄道に絡んだお話とします。

 1970年吹田千里で開催された日本で初めての万博、当時私は小学生でした。

 当時のメイン輸送は大阪地下鉄(現大阪メトロ)御堂筋線に直結した北大阪急行で、太陽の広場などメイン会場のすぐそば万国博中央口駅を結んでいました。御堂筋線は難波や梅田のターミナル、新幹線の新大阪にも接続していて、大量輸送に応えていました。

 この北大阪急行は千里に向かう途中から分岐する専用の臨時の支線で、なんと会期中限りの営業でした。

 32もの改札、券売機を備えた巨大駅がわすが1年足らずの設置だったのには驚きます。現在中国自動車道の施設になっています。

 短い期間で線路や駅は所有が原則ですが、土地を買うわけにいかずこの期間だけ、北大阪急行が道路公団に頼み込んで貸してもらったそうです。国家プロジェクトの凄さを感じるエピソードです。

 1970年の万博は目標をはるかに超える6400万人の動員は、今も破られない史上空前の記録で、日本中の人が大阪に来たような数字です。

 会期終了がせまった9月5日の土曜日には835832人もの入場があり、迷子や尋ね人が2000人以上、閉門時間にも帰れない人が17万人も出て、北大阪急行は付けを超えても深夜輸送をしましたが、ビジネスホテルすらない当時に難波や梅田に送られても結局夜をそこで過ごす人が数万人いたそうです。

 連合赤軍が太陽の塔の目の部分に立てこもる事件もあり、安保の年で中国との国交正常化はまだ2年後の時代。

 それに比べますと、時代が違うとはいえ55年後の今回の万博はトラブルにしろ、スケールは小さいものです。猛暑で行列もでき、目標をクリアしたとはいえ入場者は2900万人で、1970年の半分以下、関西に住む還暦超え世代は懐かしくて何度も訪れている人もいましたが、全国的に見るとわざわざホテルまでとって大阪まで来る人は少なく関西ローカルのイベントに過ぎない感は否めません。

 1970万博の20年後、大阪市鶴見緑地で国際花と緑の博覧会が開かれました。こちらも関西で開かれた博覧会協会公式の認定博覧会です。入場者は2300万人とテーマが絞られた認定博覧会では1985年つくばの科学博覧会の2000万人を上回る動員で、今回の関西万博に劣らない賑わいでした。

 この時のアクセス鉄道は、大阪地下鉄の鶴見緑地線のいう新しい路線で、リニアメトロと呼ばれる新しい技術の地下鉄でした。従来の車両よりコンパクトで地下トンネル断面も小さく低コストで建設できました。当時の次世代技術で今も走り続け、全国の地下鉄線、私鉄線にも継承されています。

 今回の関西万博では大阪メトロ中央線を夢洲まで延伸して400系という宇宙船をイメージした未来型の車両が導入されました。クロスシート、WifiやUSB電源、大型液晶モニターを備えた車内で、自動運転にも対応できる車両です。

 桜島、舞洲方面からのバスは一部自動運転が導入されていました。博覧会の目玉に、空飛ぶ車や、ライオン型のパーソナルモビリティ「コルレオ」、住空間のようなキャビンごと移動する「アリスシステム」など未来の交通機関の展示もありました。

 大阪の鉄道駅にはQRコード対応の改札口がほとんど設置できており、ペイペイなどで入場できます。メトロの駅には顔認証の改札もできており、自動改札ができた55年前から、確実に未来に来ているのです。

 なぜか、博覧会開催は関西に多く、鉄道の新しいシステムも関西から生まれるのが多いのは少し嬉しいです。

 いずれにせよ、これからの未来の発展を楽しみにしています。

 

 

ハイブリッドな時代は過渡期?環境詐欺

 太陽光発電と聞くと、ああエコで良いなと感じる人と、怪しげなビジネスじゃないのとか、実は林や野原を削って自然を破壊していると言う人もおられます。

 パネルを作るのにも破棄するにもエネルギーを使うからその分も計算して比べないと、エコなのかどうかはわかりません。

 そんなパネルの設置に国も支援して、業者も乱立したので話は難しくなりましたね。

 いろいろ技術や、科学的知識、考察などしなくとも人間の素朴は直感として、太陽光パネルは怪しげで、少なくとも美しくはないと思いますが、これは人それぞれの感じ方です。

 少なくとも、太陽光発電とか再生エネルギーを他人にまで押しつけるのはちょっと遠慮したて欲しい。立ち止まって考えて欲しいところです。

 エネルギーの問題で言うと、EVやハイブリッド車も微妙な問題です。

 これは感覚、勘に頼るだけではなく、少し知識と考察が必要ですが、それほど難しい技術的な話までは行きません。

 ハイブリッドは自動車だけでなく、私の趣味の鉄道車両でもその技術が使われだしました、  電気と化石燃料の併用以外にも、他の経済や社会の分野で、デジタルとアナログで作業する場合のような二刀流的な意味合いで言葉としても広がっています。

 自動車や鉄道車両でイメージしていただきたいのですが、たしかに動力が電気だと、その場所ではCO²が削減されます。

 鉄道車両だと、大量に旅客や貨物を運べますし、トラックや乗用車より規模面でエコな乗り物と以前から言われていました。ましてCO²を出さないで遠距離を走行できれば、環境には理想的でしょう。

 ハイブリッドカーは電気自動車とガソリン車のいいとこ取りをしている。蓄電池車両やハイブリッドの鉄道も、さまざまに日本の技術で開発されて実用化されて来ています。

 しかし、素朴に考えてそもそもの電気や電池がやはり多くは化石燃料や原子力の発電所からの供給に頼っているのです。

 森の中を走る時は確かにCO²を発生はさせないけれど、どこかでは電気を作るためにエネルギーを使っているのです。モノや人が動くとそれだけ質量✕距離のエネルギーが必要なのです。この原則は変わらないので、エコというのは移動を抑えるか、距離を縮めるか質量を減らすしかないのです。

 ハイブリッドがEV化への過渡期に過ぎないと言われ懸念されるのは、二つの動力を持つ機器でありその分重くなることです。過剰で割高な装備で、作るまでのコストや環境負荷も大きいです。単純にスペースも必要ですし、メンテナンスも増える訳ですす。私の尊敬する理系の人、技術屋さんも素朴にそこを指摘しています。

 ハイブリッド車はTOYOTAがヨーロッパや中国のEVに対抗した日本のメーカーらしいスグレモノの技術を持っているのには違いないでしょう。

 日本人の技術は、なかなか難しいことをやってのけるので、一般論では語りきれません。今までの専門家の発想では難しい二刀流を平気でやってのける野球選手がいるのと同じかもしれません。

 ガソリン車が無くなり、全て電気自動車になることは、技術的にも、政治的なことも踏まえてもあり得ないでしょう。ハイブリッドの需要はこれからも持続します。

 かつては、鉄道も交流と直流、電化と非電化で機関車の切替や列車を乗り換えていました。やがて交流直流の切替可能な電車が当たり前になり、今やハイブリッドや蓄電池車両で乗り換えなしで、電化非電化を乗り通せます。

 それを思うと、移動手段としてのシェアは圧倒的に高いクルマの動力の未来がどうなるのかは、環境に大きな影響もあるかとは思います。

 しかし、そもそも移動手段としてのクルマは乗れる人数が少ないので、環境にあまり良くないのはどこまでいっても間違いないのです。

 環境だエコだと言う言葉にはあまり騙されず、自分の感性を信じて考えて欲しいものです。

 

国を守るのに保守もリベラルもない

 戦後80年の年も年末が近づいています。空襲や原爆、戦中戦後の飢餓等を語る人が減る中、いろいろ特集もされました。

 保守派と言われる高市総理の誕生で、いわゆる台湾有事の答弁から日中の関係が少しギクシャクしています。

 非核三原則の見直しも議論が出ており、アメリカとの軍事同盟強化をめぐっても、政権と反戦リベラルの溝がむしろ深まった年とも言えます。

 しかし、どうもかみ合わない論争が気になります。

 保守層や愛国者だって好き好んで戦争をやりたくて、アメリカとの同盟を強め、核の原則を緩和せよと言ってるわけではないのです。

 かつては文化人や学生らに非武装中立という、軍隊を持たないと相手国は攻めて来ないという考えが流行りました。

 さすがに丸腰では近隣諸国は舐めてかかって、国境付近の領土から占拠し始めるのは明らかです。

「中国や北朝鮮、ロシアが攻めてきたら、アメリカの協力なしにどうするのか。アメリカが軍隊を出す前に日本周辺が攻撃されたらどうするのか」

 日本の自衛隊も強化して、アメリカとの同盟は大金を貢いでも強め、日本も核の持ち込みは認め場合によっては保有した方が、相手はそう簡単に攻撃できまいというのが、保守層のまっとうな考えです。

 一方、反対の人はアメリカは世界中で戦争をしており、同盟を強めれば、テロを含め攻撃され巻き添えを食うし、核を持てば核戦争の危機さえあり得るのではないかと懸念します。

 実はこの議論、両者は、本来戦争を避けて国を守りたいということでは一致しているのです。

 保守なのかリベラルなのかとか親米、親中は置いて、「アメリカとの同盟を深める」「中国との貿易関係を断つ」「核武装をする」といった策の良い悪い、影響のどちらが大きいかとか、可能性が高いかの分析であって、ゼロや1かの判断ではないのです。

 賛成する人、反対する人それぞれの心の中にさえ、逆の目が出た時の懸念はあるはずです。

 ムキになって相手を潰そうというほどの、ハッキリした予測データはないはずです。

 どちらかというと、親米、親中とも軍事産業や貿易利権など経済的な思惑で偏った意見を述べてる人が多いのです。

 これは原発とかインフラ開発事業でも、安全対策や環境問題などでも良くある対立です。

 戦争とか原発は絶対悪と考える人もおり、全てに反対という

人がいます。

 一方でもし、戦争が起こったとしたら、日本にも軍事力は必要、アメリカとの同盟も必要と考える人がいます。エネルギー資源の乏しい日本では事故や廃棄物の問題をクリアしながら、次世代の核融合開発も含め原発を稼働させて行くという人もいます。

 前者は戦争が起こらない、核兵器も原発も必要ないと考え、後者は戦争が起こった時を考え、原発を必要最低限使っていく社会を考えています。

 この議論の傍証に、太平洋戦争や、ウクライナやガザをいくら取り上げても、議論にはなっていないのです。

 戦争の悲惨さ、原発事故の悲惨さも分かりますが、後者はそれも分かった段階でのお話です。

 世界中の戦争も、日本の原発はいくら反対しても、いきなり全部消えては無くなりません。

 二つの対立軸に所属するかではなく、それぞれの立場をもっと勉強して、最適解を導く議論が欠けている気がします。

 戦後80年というのも別にただの経年です。愚にもつかない議論で、片方の集団が暴走することこそ、国家の悲劇です。

 政治がやろうと取り組みかけていることの足を引っ張るだけの生産性のない議論もムダです。

 悲劇もムダも、繰り返してはいけません。

混雑やゴミはオーバーツーリズム、日中問題とは切り離して考えるべき

 中国が日本への観光客にストップをかけ、オーバーツーリズムで辟易していた人や保守層はホッとしているようです。

 一方、キャンセルを被った旅館やら旅行業界は青ざめています。

 ビジネスや食材、原材料の購買など貿易相手として中国に依存している関係の人も大変です。

 中国依存はリスクが高いので対策を考えておかないとも言われますが、目の前の利害が絡むとそうも言ってられません。

 だいたい混雑が嫌だとか、ゴミが増えると言ったところの影響が一般市民の賛成反対のホンネです。交通機関や街が混もうと、それで国が潤うなら良いことです。バスや電車、施設が混むのは増便や価格設定などやりようがあります。日本全体の人口は激減しているのですから、概ね地方の町の、商業施設や公共施設は平日はガラガラです。外国人向きに映えて注目された観光地は混むますが、行楽地も全盛期を過ぎてるところがほとんどです。

 人口減で、公共交通機関が減便されて、混雑が集中するのが問題なのです。

 だいたい、「混雑が嫌い、行列に並んで待つのがイヤ」だとか、言いながら万博に行き、推しのスポーツやライブ、美術館などには詰めかけて行列も平気な矛盾した心理の人が多いです。

 ゴミが増えるのも、人が増えれば当たり前です。たくさんお金を地元に落としてくれるのですから、観光地の業者は大きな分別ゴミ箱を設置して昼間は案内人をつけ夜は閉鎖しておけばいいのです。

 ゴミ箱撤去問題の本質は、家庭ゴミの投棄と、テロ対策です。テロ行為は案内人や監視である程度防げ、厳密にはどうやっても完全に防ぐことはできません。

 ゴミ袋が有料になり回収の指定日時も厳しいので、家庭ゴミが捨てられない人が多いのが原因と思われます。ゴミ袋は税金税収ですから、生活保護や非課税世帯、転入者などに無償配布して然るべきです。

 不法投棄が増えれば、何のためのゴミ袋有料かわかりません。テイクアウトの飲料のカップなどは店やいくつかの企業が協力して責任体制を設け、専用のゴミ箱を工夫すれば良いことです。

 特定の国の人だけマナーが悪そうなの来て欲しくないというのは偏見です。

 紳士の国、おしゃれな国からの来訪者だけなどというのは差別意識であって、それならば混雑という問題とは違います。

 ゴミ箱や公共交通機関がしっかりして、国の仕組みを案内、啓蒙することが大事です、儲ける人や町はそれを考え、WINWINの関係をどこの国が相手でも築くことです。

 経済、産業そのものよりも、インフラ、街の活性という面でも観光産業は大事です。外国人を選り好みして、人口も減り、働き手も観光客も減った静かな過疎の国になっては、朽ち果てて行くだけなのです。

残念!商品券は没?

 昨年は定額減税があって、今年は一人2万円、5人家族だと10万円の商品券という話だったのに、立ち消えてしまいました。

 石破前首相時代の公約?でしたが、現高市総理は総額17兆も20兆とも言われる大きな話のようですが、ガソリン暫定税廃止、お米券、電気やガス料金?いろいろあるのでしょうが、バラバラで結局あまりインパクトはありません。

 お金がドンと振り込まれるアメリカとは大違いです。一人10万あるいは30万円くらい配り、家庭で100万ほど入れば、おコメもガソリンもそのままでも、景気よく消費がガバっと増えるのは間違いないはずです。

 財源は、政治家や官僚ができない言い訳に使う言葉ではないのです。世代やら特定の国民に罰ゲームのたらい回しみたいに負担を増やすのではなく、考えて見つけてくるものです。

 税制にしろ、経済政策にしろ難しいと言われればそうですが、政策を増やして手間を増やしても結局公平でもなく手続きは煩雑になりそれ自体にもお金がかかります。

 シンプルで高額な給付に絞り、何年かけても財源を見つけて、景気が良くなり、国が豊かになり、みんな良く働けば返せるならそれが良いのです。

翻弄され続けた国の歴史

 たまたま手に入った古い本。最近の国際情勢で重版されてるようです。

 読んでいた五木寛之「青春の門」にウクライナ人も登場し、シベリアやソ連の歴史も描かれ、つながるように読みました。

 黒川祐次 著 ウクライナ大使を務められたた外務省の方 2002年のことで、ソ連崩壊で独立後のことはそれほど記述はありません。最近はキエフをキーウと表記されますが、キイフとの説もあるようです。

 世界史はあまり詳しくないのですが、ヨーロッパでも東欧、アジアよりはあまり世間にもよく知られてはいませんでした。ソビエト連邦の構成国にロシア、ウクライナ、ベラルーシのルーシ3国があって、モスクワのあるロシアが格上で偉そうにやっているようなイメージだけ持っている人が多いのではとも思います。

 ウクライナの歴史がモスクワロシアよりも古く、そのルーツでさえあることに驚かれされます。

[紹介文]ロシア帝国やソヴィエト連邦のもとで長く忍従を強いられながらも、独自の文化を失わず、有為の人材を輩出し続けたウクライナ。不撓不屈のアイデンティティは、どのように育まれてきたのか。スキタイの興亡、キエフ・ルーシ公国の隆盛、コサックの活躍から、一九九一年の新生ウクライナ誕生まで、この地をめぐる歴史を俯瞰。人口五千万を数え、ロシアに次ぎヨーロッパ第二の広い国土を持つ、知られざる「大国」の素顔に迫る。

 以上

 島国の日本は、侵略戦争を仕掛けられ国土を失い離散することは一度も経験していません。

 戦前に領土を拡大し、敗戦で焼け野原になり、一時期アメリカの占領下にはありましたが、民族と国土そのものは存続し続けました。

 ヨーロッパの国の興亡のダイナミックさの感覚はなかなか日本人にはわからないのかと思います。

 かつて、ユーラシアから世界を席巻した国もあれば、常にそういった大国に蹂躙されながらも、歴史を刻んでいる国があります。

 日本の戦後の趨勢、第二次世界大戦の終焉を決める重要な会議が開かれたのがウクライナのヤルタです。極東では国境を接するロシアですが、そのシベリア地域には多くのウクライナ系住民が住み、ソ連抑留の最西端がウクライナというのも因縁です。

 昨今のプーチン政権でのウクライナ侵攻には、長きに渡るロシアとウクライナの国の成り立ちからの歴史も少なからず要因があると知るのも面白いです。