書評:ホラーランク1位 上條一輝「深淵のテレパス」

 ホラーのランキングもミステリと同じく毎年出て、新しい作家も、読み応えある作品も次々と出ています。

 ホラーはミステリには近いものから、オカルトやサイコ、伝承、妖怪もの、さらに幅広くさまざまなジャンルに枝分かれしています。

 私は残虐な描写のスプラッシュスティックはやや苦手で、ロジックなミステリに近いものが好きです。

 そんなホラー度まあまあでミステリ度の高い作家を発掘しました。

 ホラーの年間最高の人気作品ということで初読みの作家さんでしたが、掛け値無しに面白く、サクサク読めました。

 怪異の弊害の依頼を受けた事務所が、あれこれ探索せずまず物理的に止めるアイデアも面白い。ゴーストバスターズ的チームのテンポの良い活躍ぶりと、本格ミステリ顔負けにロジックで、妖かしの仕業の部分と、人間の悪行を見事に解いて行きます。

 続編の「ポルターガイストの囚人」も思わず入手してしまいました。こちらもシリーズ的に楽しめます。

 秋の夜長を楽しめる、ホラーの中でも、スカッとする作品群です。

転売、ネットオークション、金券ショップはしょせんダフ屋代替

マクドナルドのハッピーセットがおまけのカード目的で転売用に大量に買われ、セットは売り切れの上、多くの消費者や関係者に迷惑が掛かった案件です。
食べられずに、大量に捨てられたら大変なブランド棄損でもあり、環境やSDGsからも大きな問題です。
私の子供時代にも、特撮ヒーローのカードがついたスナック菓子を子供たちがカード目的で買い、菓子は食べずに捨てるという事件がありました。
今の問題は大量に、しかも転売で儲けるのが目的の外国人などの大人、転バイヤーと言われる人種です。
有名アーティストのライブなど、手に入りにくい各種チケットもプロに抑えられて、高額でやり取りされたり、金券ショップの店頭に法外な値段で並ぶこともあります。
これらは、マックの件もそうですが、悪質な組織的なものです。しかし、塗人数制限を設け、譲渡や売買を監視するしかありません。
昔は、プロの野球や有名な公演やイベント会場には必ず、現代なら反社に分類されるダフ屋と言われるひとたちが、たくさんいました。
余っているチケットがあれば買うと叫び、まだチケットを買ってない人がいたら窓口で並ぶ前に絡んできて、売りつけてきます。

いい席をダフ屋が抑えて高く売りつけたり、前売りや招待を窓口より安く売る場合もありました。この機能を今は金券ショップとオークションサイトがになっているわけです。
マックのハッピーセットなどは、販売数量の制限や、子供連れの店頭販売で、目視した子供の人数に限るなど、制限をかけることは、売上は下がってもできるはずです。
メーカーに勤めていた経験ではそんな販促では、ブランド価値が落ち、やがて商品が売れなくなる悪循環になり、ますます利益を失うのです。
そっちは自業自得として、転売ヤーを防ぐのにはどうするべきなのでしょう。金券ショップやオークションサイトも、それだけでは違法ではありません。クレジットのショッピング枠限度まで、ギフトカードやJR回数券を買いこんで、破産に落ち込んだりする、悪質金融からの指示で出回ってるチケットが並んでも商売は違法ではないのです。

ここまで書く私は、旅行好き、鉄道好きですが、金券ショップでは基本チケットは買いません。あくまでJRや旅行代理店で、企画切符や株主優待などは公私しても正規の値段で買います。JRや私鉄大手は最近はネットでの販売で割引企画もありそれらを利用するだけです。
鉄道ファンの中には、不正乗車もする「くず鉄」と呼ばれる人種もいて、この間も万博まで不正乗車で、万引きまでして捕まっていました。
しかし、鉄道好きなら、本来鉄道会社が潤うことが、嬉しいはずで。元が取れなくても、ローカル線の乗り放題の切符などを買って支援につなげたいわけです。
アイドルやアーチスト、アスリートなどの「推し」もそうです。チケット入手の難易度はありますが、本来はその人たちが正規の購入をして、所属する会社などが儲かることが推しの姿勢のはずです。
私は昔、人気のないパ・リーグの野球場へ行き推しの不人気球団のため、高くても正規窓口でチケットを買いました。
青春18切符も昨年改正されたルールは、期間を分けて乗ることはできなくなり、連続使用なので、余りがでてもその連続日に消化しないといけないので、転売は難しくなりました。1枚、2枚の残りを別の人が使用可能な日にちで買えるのは難しくそもそも店頭の並ぶことも珍しくなりました。
転売防止にはいいルールだと思います。
使いにくくなった、金券ショップで買えなくなった、余りを売れなくなったとい「改悪」が良く嘆かれますが、少なくとも困ってもいないのに、非正規ルートを利用して安くあげるのは、ちょっと違っていたのだあと思います。
元々が企画ものの激安切符です、個人の友達に売るならまだしも、転売するとか、最初から非正規ルートで1円でも安く買うのは、王道?正道から外れたものです。
金券ショップで真面目に働き、経営している人もいるかもしれませんが、私はあくまで正規ルートで売り買いすること以外は、基本的に認めないものです。もしやり取りするなら、しっかりとルールを決めて、管理をして、市場を守るべきですし、一般の方も少し安いだけで、非正規を利用するのは止めにすべきです。

高校野球 出場停止の基準は明確にすれば

甲子園の夏の全国高校野球大会は沖縄尚学の優勝で幕を閉じました。広陵高校の不祥事からの辞退問題などでネットが荒れ、閉会の会長の話にもこの事態の反省や自戒と対応が異例の時間を割いて語られました。
沖縄は、街から人が消えるほどの盛り上がりで、まだまだ地元での甲子園人気のすさまじさを改めて感じます。
高野連だとか野球界の体制批判もしてきましたが、スポーツ観戦と地元応援が何よりの庶民の娯楽であり、発散なのだとも思います。
その上で、やはりまっとうな大会運営、健全なスポーツ大会への改革を進めるべき時期には来ています。
DH制の導入というのも決まり、私立の有力校が有利になると話題になりましたが、そもそもがもう有力校が選手を集め、指導者にも施設にも恵まれ、応援体制も充実して強いのが当たり前の時代です。
一発勝負で負ければ敗退のトーナメントであり、総合力が優れたチームが必ず勝ち続けるわけではない面白さもあります。そこにはドラマも生まれるし、理不尽もあります。しかし、許せる理不尽と許せない悪質なものと、それを生む土壌は変えないといけないでしょう。
最低限、規律として、不祥事に対しては、どうのような基準で罰則とするのか、いわゆる連帯責任で対外試合停止、出場辞退になるのは、どういうケースかをルールとして決めておかないと、今回のような執拗なネット暴力がはびこります、
刑事事件などのこれこれの案件はチームの出場停止、これこれの程度なら戒告とか明確にしておけば、それ以上に罰を求めるネットの声はヘイトと同じで抑えて削除などの対応もできます。
昔、私は見た学生演劇で、高校野球の青春もののパロディで、甲子園目指す球児が、在校生の「自転車の夜間無灯火」で出場停止になり愕然としたり、次々と泣き崩れる場面がありました。
そんな本来、泣きたいけど笑えるような矛盾だらけの、その場その場での処分では、青春をかけた生徒たちはやってられません。
現代はネットやAIによって、ルールが甘いととことんその隙をついたり、抜け穴で徹底的に悪用される時代です。
全てにあったルールをがっちり決めるのも大変ですが、悪質なものには法の精神をあてはめ、厳しく対処して悪習を断つことこそ、高野連はじめ関係者に求められます。
毎年、春と夏の年中行事のようにそれなり注目される高校野球ですが、せめて、中身も爽やかにちょっと変わっていって欲しいものです。

スポーツは教育でも軍隊でも、金儲けでもない – 天使の星座

被爆者=反核、戦争反対=左翼ではない

戦後80年の節目ということで、戦争を深く考える特集が組まれ、一方保守側も昨今の参政党の躍進など日本人ファーストなど愛国心を訴え、自虐史的な戦争を否定しています。
保守の中には、核を持ってもいい、軍隊を持たないと侵略を受けるのではないかと、心配している人もいます。それも、間違いではないと思い書くのです。核保有に反対している人も、アメリカとの同盟があるからいざとなったら助けてもらえると思っている淡い期待の依存心があります。
しかし、関税交渉を見ていて、アメリカの軍隊が、日本が攻撃されて、即座におっとり刀で駆けつけるとは、普通に考えて思えないでしょう。
まして、竹島も占拠されても、尖閣に何かあり、台湾で有事となっても、丸腰では何も言い返せないです。憲法9条で、軍隊を持てない国だから、日本にはどこも攻めてこないと、真剣に信じている人はどのくらいいるのでしょうか。
核兵器も開発にも保有にも、お金がかかり、技術が要ります。原子力発電と繋がるものも多いです。しかし、原発も反対の勢力が多く、イメージが悪く、原子力のこれからの発展のための、理系の優れた人材が集まらないそうです。
核融合技術など、これからの日本を支える科学分野で、世界から取り残されることは、ますます日本の得意だった経済、ひいては国力全体を弱めます。

戦争の悲惨さ、核の脅威、原爆の被害は伝えないといけないことです。だからこそ、怖い、恐ろしいだけではなく、平和を紡ぎ、国を護るため、国を発展するためには何が必要か、もっと普通に議論すべきなのです。
本の紹介はしていませんが、理系の著者で、保守に分類されますが、感情や情緒で戦争反対、反核と思いこんでいる人も一読の価値ありです。国立大学などの法学や経済学を学んだ優秀な文系の人はどうも論理的なようで、結局情緒的なふわっとしたリベラルに陥りがちな印象があります。

書評:森博嗣「日常のフローチャート」クールな頭脳は魅力だが

ミステリ作家はほぼリタイアされ、印税だけでも悠々自適でしょうが、その飄々とクールな思考には、いつも唸らせられます。
確かに、頭も良く成功した人だからの余裕から、優雅に、子供のような庭園鉄道などにハマり、田舎でまったり暮らせるのでしょう。

私も影響を受けた面が多いですが、田舎に住んでここまで孤独でもいい境地にはなれないですし、いろいろ割りきるここともできません。
しかし、愚民政治や劇場政治で世の中に不幸な価値観が広がるのを、もう少し彼のようなクールな頭で、リテラシーを持てれば、随分現状の閉塞を打破できるのでしょうが。
森博嗣さん的には、作家として研究者として、成功していなくても、大して変わらずに、生きていったでしょう。もしそうだと、これらのエッセイでこういう生き方が世に伝わらなかったと考えると、この本を読める私たちは幸せです。彼の成功によるものでむしろその運命は妬むどころか感謝すべきです。
私の兄の世代で、体力がアラ古希で年齢とともに落ちてきたことも、本当にさらりと、良く理解されています。健康雑誌や医学誌を何冊も読まなくても、自分の動作への観察が半端でないのでしょう。
そして、私も含めたいわゆる凡人、愚民がやりがちな、見栄や妙なこだわりや、他人への協調の習慣が、時間やお金を浪費することの多いことが良く分かります。無理をしたり、ウケを狙った逆張りではなく、ほんわかとしているところが、成田悠輔なんかと違うところです。
先輩や兄の世代の著名人が、高齢になっていくのもつくずく寂しくは感じますが、少しオジン臭くもなりながらも、いつまでも飄々としていて欲しいです。

書評:島田荘司「伊根の龍神」ミステリ大御所の冒険噺?

ミステリ界の重鎮、新本格の創始者である島田荘司もすっかり老いて、古希を迎えられ、元々それほど量産型の人ではなく、年一ぐらいに分厚い長編力作を出していたイメージではありますが、このところすっかり間隔は開いて、ランキングも圏外が多く、これは3年ぶりぐらいの、御手洗シリーズの長編です。
時代が違うとか、時間の経過が異様に遅いキャラミスなどのシリーズが多い中、御手洗ものは、ほぼ現実に近い時間と同時進行、リアルタイムで語り手と探偵たちが年齢を重ねているようです。
ワトソン役の石岡氏が、出ずっぱりの冒険噺ですが、70歳設定になり、かつては恋愛対象か微妙な女性にどぎまぎするとかありました。今回も若い女性に事件に引っ張り込まれますが、恋愛や親子どころか、孫のような年齢差が痛々しく描かれます。リアル進行の時間だと、かつて若かった女性キャラも40歳や50過ぎとかになってしまいます。このあたり忠実なのは、好感です。いつまでも老けない設定のため、同年齢時に事件が頻発すると、一度小学生に戻ってもとうに、成人してそうなコナンみたいになってしまいます。

肝心の御手洗探偵は最後に出ますが、こちらはそう年齢を感じさせない、快刀乱麻ですが、もうトリックというよりは政治・社会問題的な方を描きたかったのでしょう。
冒頭から石岡氏の70年代学生運動の回想なども、長い年月をしみじみ感じさせます。

【ネタバレ】
謎に関しては読んでいると想像がつき、考え及ばないのは石岡氏だけじゃないかと少しイラつくぐらいのわかりやすい謎です。しかも、龍神という怪物の正体も初期の別シリーズや最近の上下巻の長編とかぶります。
視点と時代が彼方にいくのは増山実という放送作家の書いた「勇者たちへの伝言 いつの日か来た道」を思い出しました。こちらはプロ野球のオールドファン向けのファンタジーかと思うと、この問題を取り上げていて、すっかり騙されました。

あの国の方の拉致や工作員を問題にすると、スパイ的になり、ミステリも重い社会派的なものになりどうしても後味は良くないのです。
そこを「伊根の龍神」は、いいところをかっさらう狙撃の達人と、御手洗と石岡の高齢コンビの掛け合いの軽快さで最後をうまく終えています。
そろそろ、絶筆、最後の事件になるかとも心配します。ミステリとしてのトリックはほぼなく、立ち上がる龍神や、飛ばされた自動車の物理的な謎説きと、叙述面の仕掛けぐらいです。

 

物価高と嘆かずに乗り切ろう

所得が少ない、物価が高いと嘆かず、工夫をするなり、浪費の習慣を断ち、吝嗇である程度は乗り切ることはできます。

大騒ぎで、経済や政治も問題にもなった米の値上がりにしろ少し落ち着いた感じです。これから7年産の新米が出てきて、店頭には米が種類も増え潤沢になり、相対的には、もう少し下がると思います。

確かに、燃料や人件費、配送代やら原料費も上がり、これからも食品の各品目は上がります。贅沢はしていないつもりでも、NB(ナショナルブランド)とか、国産品、産地などに拘るとかなり高い買い物になります。
コメの例でいうとブランド米は2年前ぐらいと比べると2倍ぐらいになります。そこをベースにすると、食費がほぼ2倍かけられる人でないと、ブランドの新米は食べられないことになります。
でも外食でさえ、よほど高級店でコメをウリにしてるところでないと、それほど良いコメを使っていません。カレーやチャーハンなどで調理したり、ふりかけやお茶漬けなどで味付ける機会をあれば、ほぼ家庭でも古古米でもカリフォルニア米でも分からないレベルです。

外食にしろ、スーパーやコンビニの総菜にしろ、ちょっと家で手を加えれば本来安くできるものが、利益を乗せて高く売られています。
ラーメンだと、生めん、袋めん、カップ麺の順に高くなり、添加物も増えます。価格は手間賃で、物臭なひとの贅沢なのです。
アイデアとして、「甘栗をむいた」「パンに何かを塗ってはさんだ」「ビールにトマトジュースを混ぜた」「アイスにオレオを混ぜた」という簡単な、家でもできることが、商品の値段を跳ね上げています。

時計や化粧品、ファッション、スニーカーやバッグなどブランド品にいたっては、ほぼ同じ品質、機能でマークが違うだけで、大きな差です。
見栄を張らず、マニアックに拘らなければ支出を抑えられます。友達などがそれを見せびらかすなら、そこは任せておけばよいことです。

 

戦後80年、女性の権利は増えたが、

 サラ・パーシー「女性戦士の歴史」
 戦後80年で、今年は戦時下の悲劇などがドラマやノンフィクションで掘り返されると思います。定番的には、徴兵され招集されていく夫の兵士と、それを見送り家を守る妻が描かれ、戦場で苦闘し命の危険にさらされる夫と、委細はわからずただ待つだけで家を守る妻がおり、やがて戦死か復員かの結末です。
 昔男女差別で問題になったCMではないですが、『私、家を守る人、僕、兵隊になって戦う人」と、男女の役割は明確だったのです。

 ところが世界の趨勢は今や、男性だけが戦う時代ではないのです。戦争は男性のものなんて言うと、大変な男尊女卑、差別発言となるかもしれません。

 ふと目に留まったこの本。
 帯やレビューには
 元始、女は戦った!圧政からの解放、独立、革命のために立ちあがった!伝説の英雄から無名兵士まで、その闘いと数奇な運命を描く。時代の波に翻弄された女性の戦闘方法と処遇の変容を描く。
 その煽りだと、ジャンヌダルクとかの時代やアマゾネスがもう少し描かれるのか
と思いましたが、大戦時のソ連など、近現代の戦争からの女性の兵士に関しての形成や、現代の戦争での状況が書かれている部分が予想より多かったです。
 『同志少女よ、敵を撃て』旧ソ連を舞台に女性戦闘員を描いた日本の小説家逢坂冬馬の本屋大賞を受賞した小説がありました。
 どうしても、女性の人権が守られるかの問題に注目が集まりがちです。
 女性戦士というと、日本では有名なアニメをはじめ、少しエッチ系の特撮をイメージされる方も多いでしょうし、そっち系のAVなども不謹慎ですが多く企画モノで出ています。

 現代は男女共同参画、男女雇用機会均等と言われ、もはや共産系も自由主義諸国でも、女性だから軍隊に入れないとか、兵士になれないとは言えません。では徴兵はどうなるかというと、だんだんそれも女性を分かるロジックがなくなってきています。射撃や武道にも長けた『同志・・』の主人公のような優秀な女性が戦術的にも有効となると、部隊としてもある程度の女性兵の人数が招集してでも必要になります。

 女性の戦い方、働き方を書いたり、発言したりすると、どうしても差別と言われそうです。兵隊に限らず、昔は男性だけが働き、家を女性が守り支えていた。多くの勤め人家庭のパターンが今は崩れています。
 女性が男性同様に働くのを制限するような発言をすると攻撃され、炎上するのが当たり前ですが、本当の女性に幸せからすると、戦地に送り込まれるかもしれないほど平等にされない方が良いのではないかと思います。

 極論だと言われますが、勤めに出るというのは結局多くの敵と戦うことと昔は言われました。専業主婦の方は、また家を守ることに特化し、専門性を高め、効率を極めて、男性が働き稼ぎそれを癒すことで貢献し、他人に預けず子供を育てることにも細心の注意を払って、繁栄をもたらしていました。
 こういった考えを、今の人権主義者は古いとか、差別とか、保守だと言わしめること自体が、言論の自由を弾圧していて問題です。少なくとも、女性の社会進出、平等を求める意見の対として、女性は家にいて、家庭を守っていてくれた方がいいよという両論が自由に発言できていいはずです。

 そういう権利を求めて煙たい女性が多く、少し保守の発言を聞くと傷付いたとか騒ぐようです。
 私が知る限り、子供が小さいのに働きに行くのがイヤ、保育園に預けるのもイヤという女性は多く、育休の制度なども、収入やキャリアの問題だけでなく、社会が無理やり働かしている空気を作って、苦しんでいる女性の方がずっと多いと感じます。
 国が女性の管理職、経営者が少ないとか、数値で目標など意味にないことです。働きたい人は男性でも女性でも平等にチャンスを与えたらいいだけです。

 

お米の選択幅は増えました

 近くにある激安店のサンディや通販では5㎏二千円を切る令和4年産が出回りだして、一時期に比べスーパーのお米売り場は在庫潤沢で、消費者も選べるようになりました。

 令和4年は最後に行われた随意契約、一部令和3年産の古古古古米もあるのか、年度だけでなく、銘柄や保存状態ではやはり違いも大きく、ニオイや食感でかなり厳しいものもあるようです。私の食した令和4年産はアイリスオーヤマの精米で、炭の保存剤が臭みを消すよう同梱されて、まあまあの食感でした。

 JAが大部分最初の入札した備蓄米が令和5年産で少し高めの3000円台で出回りだして、今年の新米が出るまでの最新の令和6年産は4,000円台半ばで少し以前より安くかつ、たくさん並んできました。
 「隠してたなあ」のが良く分かりますが、このまま令和7年の新米が秋口には出ますから、すでに予約は昨年の1.7倍くらいの値段で、新米はそれなりの値段ですが、逆にこれだけ並んだり今も倉庫に抱える在庫をある程度、裁かないとお金が回らない業者もあるので、古米以前の米はまだまだ下がるかもしれません。
 秋になると消費者は最高値になるブランド米の新米、令和6年産、5年産、4年産と選択肢は広がりますが、このまま幅広い選択肢が続くかは不透明です。一度この混乱で味をしめたところもあり、実際に今後どうなるのか、複雑な流通事情もあり分からないことは多いです。
 安くてそこそこ食べれれば、カレーやチャーハンもよく食べるとかなら、もう高い新米を買わない人も増えるかもしれません。全体の売上が下がれば、価格は上げたくなり激安米は減らしてくる恐れはあります。
 
 JAの解体とか、非常に表層だけで、いろいろ騒がれていましたが、日本の庶民の物価、食糧事情が安定し、農業が持続的に発展していくことを期待するものです。

気をつけたい高齢のオーバーワーク

 変形股関節炎の初期症状で痛みだして、3週間ほどです。少し改善が見え、痛みがだいぶ軽めの時間が増え、前に足を上げるなどの、ストレッチ系運動もしやすくなりました。
 疲れてきた夕方などの足が動かくなり、痛みが出る時もありますが、ようやくフラットになところではマトモに歩けるようになります。
 まだまだ、弱っている部位もあり、油断はできないです。
 この、満足に歩けない不自由に少し落ち込んでいました。
 好きな散策や旅行も計画を取りやめ、もうできないのかと思い沈みました。なにせ、「何気なく歩いていた駅や買い物までの道の起伏の激しいこと、バリアフリーの成されないところも多く移動が面倒で、仕事でもすぐ立って動く当たり前のことが苦痛でした。
 何とか、いろいろ調べて克服する方法を少しずつ模索しました。

 股関節は肩や腰、膝よりも厄介な感じで、簡単の体操などで軽減するのはなかなかでした。
 ネットで調べ、本や雑誌でもだいぶ調べて、効果的な痛み軽減の運動やストレッチを探しました。
 結構痛いですが、医師の見立て通りで、変形股関節炎としては初期のようです。
 運動をしないと、座ったままだと痛みが増すこともあり、足上げやかかと落しなどで、身体を動かす方が、痛みが減るような気がします。
 

 健康に関しては人によって、体格も体力、嗜好も違いますから、私個人の身体と、それぞれみんな違います。私にすぐ当てはまったやり方が、別の人には合わないとか、そもそも見立てが違う場合もあるのでご了承ください。
 それでも、参考になる部分もあるとは思います。身体の健康に関してはケアしなが、慎重に進めることに越したことはないのです。

 アラカン以降の年齢で気をつけるのは、オーバーワーク、仕事や家の周りの日常活動、遊びでもです。
 ジョギングやウォーキングだと走り過ぎ、歩き過ぎです。
 結局、私の場合も当てはまるのは、歩き過ぎの勤続疲労、それと働いている時など座る姿勢や歩き方にも問題があったようです。

 個人差や一般かアスリート型かでも違うかもしれませんが、万歩計などをつけるとついつい歩数が多い方がいいと考え歩き過ぎをやってしまうことはありがちなようです。
 自力歩行を長らく続けやすい目安になる1日の歩数は8000~1000歩で十分で、しかもそれは仕事場や家の中で、家事や食事、デスクワークで動く歩数も含んでだとされる研究もあります。
 実は8000歩というのは、よく歩いている方やアスリートにとっては、造作もない目標に感じます。
 同年代で、まだマラソンやラグビーなどをやっている人もいますが、足の健康のためには過剰といえるそうです。ダイエットのためとかもありますが、肥満克服のため、足をいためたら意味がありません。
 基礎体力や、体形によっても違うという反論もでます、ダイエットしようとするウォーキングで8000歩など大した効果ではないです。あくまで、長生きしてずっと歩くための目安で、軟骨の摩耗などの疲労を貯めない目安です。
 それと、ついつい、マラソンのタイムや、歩数を競いたくなるのが人間心理ですが、目標は低めにしないと、どこかで無理をして大変な事故に遭う確率も増えます。そう、歩くことにより事故に遭う可能性は広がり、長い時間だと集中力も切れ、転倒などの事故の確率は増えます。
 体調や体力の衰えは、自分ですぐわかる感性の持ち主と、機械や他人のデータを見ないとなかなか気づかないか認めない人がいて、特に後者は注意が必要です。
 最近は時計型やスマホのアプリで、歩行数だけでなく、心拍や血圧も図れるタイプが増えました。旧来のベルトにつける万歩計ももちろん売っています。やはり、身につける時間の長い腕時計タイプはお勧めです。

 自分がどれだけの体力で、体調はどうか、やはり自分で気遣うことです。そして、素直に謙虚に他人と分かち合うことが大事です。