気をつけたい高齢のオーバーワーク

 変形股関節炎の初期症状で痛みだして、3週間ほどです。少し改善が見え、痛みがだいぶ軽めの時間が増え、前に足を上げるなどの、ストレッチ系運動もしやすくなりました。
 疲れてきた夕方などの足が動かくなり、痛みが出る時もありますが、ようやくフラットになところではマトモに歩けるようになります。
 まだまだ、弱っている部位もあり、油断はできないです。
 この、満足に歩けない不自由に少し落ち込んでいました。
 好きな散策や旅行も計画を取りやめ、もうできないのかと思い沈みました。なにせ、「何気なく歩いていた駅や買い物までの道の起伏の激しいこと、バリアフリーの成されないところも多く移動が面倒で、仕事でもすぐ立って動く当たり前のことが苦痛でした。
 何とか、いろいろ調べて克服する方法を少しずつ模索しました。

 股関節は肩や腰、膝よりも厄介な感じで、簡単の体操などで軽減するのはなかなかでした。
 ネットで調べ、本や雑誌でもだいぶ調べて、効果的な痛み軽減の運動やストレッチを探しました。
 結構痛いですが、医師の見立て通りで、変形股関節炎としては初期のようです。
 運動をしないと、座ったままだと痛みが増すこともあり、足上げやかかと落しなどで、身体を動かす方が、痛みが減るような気がします。
 

 健康に関しては人によって、体格も体力、嗜好も違いますから、私個人の身体と、それぞれみんな違います。私にすぐ当てはまったやり方が、別の人には合わないとか、そもそも見立てが違う場合もあるのでご了承ください。
 それでも、参考になる部分もあるとは思います。身体の健康に関してはケアしなが、慎重に進めることに越したことはないのです。

 アラカン以降の年齢で気をつけるのは、オーバーワーク、仕事や家の周りの日常活動、遊びでもです。
 ジョギングやウォーキングだと走り過ぎ、歩き過ぎです。
 結局、私の場合も当てはまるのは、歩き過ぎの勤続疲労、それと働いている時など座る姿勢や歩き方にも問題があったようです。

 個人差や一般かアスリート型かでも違うかもしれませんが、万歩計などをつけるとついつい歩数が多い方がいいと考え歩き過ぎをやってしまうことはありがちなようです。
 自力歩行を長らく続けやすい目安になる1日の歩数は8000~1000歩で十分で、しかもそれは仕事場や家の中で、家事や食事、デスクワークで動く歩数も含んでだとされる研究もあります。
 実は8000歩というのは、よく歩いている方やアスリートにとっては、造作もない目標に感じます。
 同年代で、まだマラソンやラグビーなどをやっている人もいますが、足の健康のためには過剰といえるそうです。ダイエットのためとかもありますが、肥満克服のため、足をいためたら意味がありません。
 基礎体力や、体形によっても違うという反論もでます、ダイエットしようとするウォーキングで8000歩など大した効果ではないです。あくまで、長生きしてずっと歩くための目安で、軟骨の摩耗などの疲労を貯めない目安です。
 それと、ついつい、マラソンのタイムや、歩数を競いたくなるのが人間心理ですが、目標は低めにしないと、どこかで無理をして大変な事故に遭う確率も増えます。そう、歩くことにより事故に遭う可能性は広がり、長い時間だと集中力も切れ、転倒などの事故の確率は増えます。
 体調や体力の衰えは、自分ですぐわかる感性の持ち主と、機械や他人のデータを見ないとなかなか気づかないか認めない人がいて、特に後者は注意が必要です。
 最近は時計型やスマホのアプリで、歩行数だけでなく、心拍や血圧も図れるタイプが増えました。旧来のベルトにつける万歩計ももちろん売っています。やはり、身につける時間の長い腕時計タイプはお勧めです。

 自分がどれだけの体力で、体調はどうか、やはり自分で気遣うことです。そして、素直に謙虚に他人と分かち合うことが大事です。
 

悲しいお知らせ!税と社会保険料高杉くん!

 猛暑と激しい雨で、むし暑いので、体調などさまざまにイライラすることも重なる時に、税や保険料の通知、しかも爆上がりの内容が来ると本当に爆発したくなります。
 昨年の所得が確定し、先日は住民税の案内と納付書が来て、昨日ラスボスとも言える介護保険料のが来ました。

 保険料は前年1-12月の所得で決定しますから、退職などで大きく所得が下がる翌年は税金イヤーというほど厳しいのは既に定年退職時に一度味わっているデジャブなのですが、それにしても重いです。

 金額を示すと、およその年収わかっちゃいますが、私の場合で年金から特別徴収(天引き)される2か月に1度の介護保険料が3万数千円に跳ね上がりました。府民税、市民税は毎月ではない振込ですが、月に均すと2万円程度になります。給料から引かれている社会保険料がやはり3万円強うち厚生年金保険料が2万円です。所得税は1万円以下ですが、他に固定資産税や自動車税を払いますから、毎月の税と社会保険料は10万を楽に超えてしまいます。

 ほぼ、税金と社会保険料のために給料や年金が消えていく恐ろしい家計です。

 介護は、いざ自分の親や自身が受ける立場になれば恩恵が分かるとか、社会の他の人のためや万一のために元が取れなくても払うのが税や保険だと諭す人もいますが、その論理の元に上がり過ぎてきたのが、今の仕組みです。

 これからますます、高齢社会になると、介護や保険診療費もかさみ、低いといわれる業界の人件費も上昇しますから、本当にもっと負担割合は増えてしまいます。税にしろ、社会保険料にしろ、仕組みを見直さないと、とんでもないことになります。

 明日は参議院選挙で、物価や税が争点ですが、選挙の結果だけでなく、この問題は超党派で改革し、例えばいわゆる医療や介護の業界、薬メーカーなどの厚労省関係の利権構造にも大きくメスを入れて、仕組みとして変えていかないと、国が座して死を待つばかりです。

書評:河井あんり「天国と地獄」 あまりに赤裸々な選挙のウラ

 参院選公示前日の発売で、動画サイトを中心にご本人もご主人もたくさん出演され、結構話題を呼んでいます。
 日本の政治のウラというか、選挙の内幕が、本当にリアルに細かく描かれています。実はご主人も昨年本を出されていますが、インパクトが全然違い、暴露具合もですが、本当に本人の人生がナマで語られて熱くなる感じがします。

 そして、今はアラ50で、だいぶストレスや鬱を乗り越えふっくらされらアンリさんですが、議員当選当時のポスターなどの写真でも、スタイルの良い美人さんなのです。有名人で、政治家や学者の美人は、マスコミの好いエサで、事何かスキャンダルあれば徹底的にたたかれます。信じられないほど、ワイドショーなどの電波を使い、犯罪人の印象を世間に広めます。

 日本の司法制度の問題、司法取引で、大物裁判の証拠や証言のためには、不逮捕を条件にするなど、歪んで曲がった真実を、大衆は信じ込み、あたかも義憤のような感情で、逮捕者のリンチに加わります。
 かつてあった堺雅人主演の「リーガルハイ」というドラマのセリフを思い出します。

「この国では世間様に嫌われたら有罪なんです!法治国家でもなければ先進国でもない。魔女を火あぶりにして喜んでいる中世の暗黒時代そのものだ!証拠も証言も関係ない。高級外車を乗り回し、ブランド服に身を包み、フカヒレやフォアグラを食べていたのだから死刑にしましょう。それが民意だ。それが民主主義だ!なんて素晴らしい国なんだ。民意が正しい。みんなが賛成していることならみんな正しい。ならば、みんなで暴力をふるったことだって正しいわけだ。私のパートナー弁護士をよってたかって袋叩きにしたことも民意だから正しいわけだ。・・・冗談じゃない。冗談じゃない!!!本当の悪魔とは、巨大に膨れ上がった時の民意だよ。自分を善人だと信じて疑わず、薄汚い野良犬がドブに落ちると一斉に集まって袋叩きにしてしまう。そんな善良な市民たちだ」

 長くなりましたが、多くの政治家や有名人の逮捕は見せしめに近いもので、少なくともその人だけがとても悪い犯罪を行っていたものではないのです。それでも世間は本当の罪状さえ知らずに、「昔悪いことをしてた前科者」として、浮かび上がることをなかなか許さないのです。
 今回の選挙で国民民主党で出るでないの山尾志桜里さんもそうですし、議員は続けていますがエッフェル塔の前で写真を撮っただけで炎上しバッシングされた松川るいさんも今だに出てくると叩く人がいます。政治家ではないですが、STAP細胞の小母方さんとかでも、嫌いな人は、とことん嫌いで、他の誰もがやっている、『お化粧』や「コピペ」のようなことさえ、絶対に許さないのですから世間は恐ろしいです。
 もちろん、一つの事象として、事実が許せないという意見の方もおられますが、ほぼ共通するのは、「誰かチクった黒幕がいること」「同程度に悪い奴はいっぱいいるのに、その人だけが抹殺された」「そこそこに美人でマスコミにウケルる虐めが絵になる人」です。女性の、少し見た目のいい議員や有名人へのマスコミバッシングは、熾烈を極めます。

 河井アンリさんも、本当の地獄まで落とされ、彼女なりの才能と力で心を取り戻し、何とか出版をするまではいあがってこられました。

 本人直筆のイラストで、面白く軽く読めます。その実態は、本当に地元の県
議会の嫌がらせで、辛酸をなめ苦労の果てに当選したのに、選挙違反を問われ、まさに地獄に落された一人の政治家の生々しい書記であり、夫婦の愛憎の物語でもあります。

 自伝的なものは、自分側に都合よく書かれているのだろうと思う向きもあるでしょうが、その次元を超えたリアルなものがあります。
 広島県ということで、岸田文雄現首相、今何かと話題の宮沢洋一、引退したものの大物政治家亀井静香、そして当時の党本部安倍晋三総裁、二階俊彦幹事長(当時)と宏池会と、清和会の党内どろどろの暗闘が、想像するよりもはるかに泥臭い、お金まみれな権力争いの醜さが政治の世界なのだと、思い知ります。

 また、著者およびその夫が、逮捕され有罪で勾留されたことをもって、カネまみれの汚い政治家が何でエラそうに軽い本を出しているのかと、顔をしかめる人もいるでしょう。

 これには、政治の世界もですが、そこにつながった司法の世界や、マスコミもまた似たり寄ったりの、片寄った汚れのある世界だということを、知らないといけません。

 回りがみんな同じようなことをやっているのに、なぜ彼女だけ逮捕されるのか、それも日本の司法らしい問題ですし、マスコミも国民に逮捕=悪い奴の印象をつけます。
 しかし、楽々100キロ出せる高速道路で、ネズミ捕りをされ、なぜかその地点は80キロになっていて、運悪くそこで25キロオーバーで捕まってしまうようなものです。「みんなやっているのに、私だけ捕まり要領が悪いだけ」「そもそも、あんな見通しの良い道が80キロ制限なのがおかしい」と自らの罪は反省しない人で、道交法の不満をあげつらう方が多いでしょう。
 公職選挙法で規定されたウグイス嬢への一日1万5千円の上限など誰もまともに回れず、脱法の手段だけ考えるような法律は、すぐにでも改正すればよいのにと、本当に笑いながら怒りたくなります。

 日本中で誰も守っていない、ウグイス嬢のバイト上限額などで、議員や市長を辞職して逮捕さえされる場合があるのです。要領よく別勘定で計上したら逃れられるというのでは、倫理も何もない立法の怠慢であり、リークした側が司法とマスコミを使って、踊らされる国民が魔女狩りを拡大するのです。
 選挙違反はそんなものです。しかも、集団で捕まっていない、地方議員や、国会議員も多数います。厳密にやれば議員もいなくなるほどでしょう。


 選挙制度自体、相当変えないと無駄、無理です。
 役所に勤めていると、多くの同僚が投票事務応援に日曜早朝から行きます。
 それはご苦労なことですが、労働ですし、どこかで代休も撮らないといけないし、人件費換算でもそれだけで大変なお金です。
 選挙カー街宣車、事務所の設置、ポスターや公報の配布でもバカにならないお金が飛んでいきます。それこそ2万円などでは何もできない浪費ですし、またそこにつながる利権もあるのです。
 いきなり解散とか、辞職して出直しとか言いますが、それも必要な場面はあるにしろ、この程度の民意を確かめるなら、セキュリティさえしっかりすれば、スマホや地デジテレビのボタンで選ぶので十分です。

 投票率、本当に上げて、本当の民意を知るなら、もっとまじめに選挙の改革をしないとと思います。
 とは言え、あきらめて棄権ではなく、民意を最低限示す投票行動は大事です。少なくとも今の選挙制度で後援会を作り、頭を下げて、盆踊りまでする政治家に自分がなれないし、アンリさんのように努力して政治家になる人を尊敬しています。
 

書評:成田悠輔「22世紀の民主主義」暴言だけじゃない、選挙制度にも鋭く切り込む

 成田悠輔はやはり、恐ろしい切れ味と、斜めからの視点で世の中の仕組みを見て切り崩します。
一時「高齢者へ集団自決せよ」と老害を切り捨てる発言を切り取られ、保守や既得権者に嫌われたが、その発想は目の前ではなく、かなり先を見ています。というか、この人も自分の周りの炎上とかは見えず、先の方しか見えない性格なのでしょう。

 今の参院選、投票前に読むと、いかにも今の選挙制度をそのものが空しく感じてしまうかもしれません。今の不条理なほどつまらない選挙は、やがて来る大きな改革への前奏曲だろうかと思います。そういう意味では投票前に読んで、投票行動はすべきかなと思います。

 【キャッチフレーズ】世の中の根本を疑え

断言する。若者が選挙に行って「政治参加」したくらいでは日本は何も変わらない。

これは冷笑ではない。もっと大事なことに目を向けようという呼びかけだ。何がもっと大事なのか? 選挙や政治、そして民主主義というゲームのルール自体をどう作り変えるか考えることだ。ゲームのルールを変えること、つまり革命である――。

22世紀に向けて、読むと社会の見え方が変わる唯一無二の一冊。

 とは言え。今現在のネコや猿のように揶揄される政治家、国会議員へのすぐに役立つような改革への直言もあります。
 争点を対象にしたイシュー選挙や、年代別、余命などで傾斜配分をかけた投票なども、そろそろ真剣に考えたらと思います。

 しかし、昨年来の自民党の裏金問題とかもそうですし、明日詳しく書評から上げたい河井あんりさんの著書で赤裸々になった、選挙や政治、司法のもはやお笑いのように古い体質も、本当に何とかならんものかと、成田悠輔に縋りたくもなります。

 国会議員は、確かに落選するとただの人になり、大変ですが、結局議員を続けることや、与党でいること、大臣になることが目的化してしまい、選挙制度や支持母体に手をつけられないのです。

 祭りの盆踊りに顔を出し、頭を下げお金を配り、選挙カーで名前を連呼する、60年以上続いた伝統芸能、若い人もこれがアナログで何年か後にはさすがにオワコンだと思いながらも、その世界に従順に入っていってしまうのでしょうか。

 ネットの選挙のノウハウも拡大し、若い人が棄権せず投票率が上がれば何かが変わるといわれる人がおられますが、雨垂れが石を穿つのを待っていても、沸騰して湯になり蒸気でタービンを回す時代にはならないのです。

 大きな改革を、このような才能の人に、預けて民主主義がごそっと一任されないとダメでしょう。

映画&書評:「国宝」3時間の大作

 封切りから時間が経ちましたが、二人の当代を代表する人気俳優のまさに競演ということもあり、興行的に大成功、封切り1カ月以上なのに、多くのスクリーンと上映回数で人気シリーズのアニメ以外の邦画では久々の大ヒットではないでしょうか。
 土曜日の昼とは言え、ほぼ満席に近い客席で、隣のおっさんの酒臭いのが不快でしたが、替わる席もないほどでした。中年以上の女性が多く2時間55分のロングには耐えきれず、しばしトイレに向かう人も見られ、休憩要りそうな長さです。
 それでも中身は序盤の東映らしい任侠場面、少年時代役の二人の好演の引きから、長さを感じさせず、ともすれば眠りを誘いそうな古典芸能を、うまく時間の快調な経過で進みました。

 原作の方も、上下2巻の堂々たる長さですが、古典芸能と重い内容の割にリーダビリティに富むさすがの快テンポでサクサク読めます。

 とは言え、ネタバレするほど中身を紹介するほどカンタンな長さではありません。

【以下ストーリー】
  任侠の家に生まれ、抗争で親を失った喜久雄、運命に導かれるように才能と努力で、芸の道を進む彼と、同世代で血筋で跡目の決まっている御曹司、俊介。
 古典芸能や社会でつきまとう、世襲なのか実力かの、究極ともいえる選択に翻弄される二人。
 歌舞伎の華やかな舞台の裏にある厳しい修行や人間関係、嫉妬や執着といった感情が丁寧に描かれ、物語に深みを与えています。
 また、芸にすべてを賭ける覚悟と、友情とライバル心。それに伴う孤独や苦悩も胸に迫ります。
 昭和という時代背景とともに、芸に生きる人間の美しさと脆さが詰まった重い2巻です。

 もちろん、映画と小説は比べられないもので、全2巻の活字を読み切ることができない人や、最低減の昭和史や芸能が分からないとイメージできないので、映画はその点、一瞬にして全てが眼に入ります。

 映画版には尺もあり、登場しない人物や、唐突に時間が経過して。その陰の努力や支えた人が見えないところもあります。しかし、概ね映画のビジュアルの華やかさは想像以上で、なるほどと興行的な成功も分かります。

 吉沢亮はスキャンダルが少しありましたが、正直その程度はこの映画の演技やその人像を見れば、そんなものがいかにどうでもいいか分かります。
 そういう意味では、つまらないスキャンダルでイメージを壊し、ドラマや映画、CMから俳優を干すマスコミは罪なものです。

 それぞれ、現在の蔦屋重三郎と以前の渋沢栄一でNHK大河ドラマの主演を勤めた今を時めく横浜流星と吉沢亮ですが、特撮ファンはもちろん二人の初共演を知っていて、話題にしていました。2011年仮面ライダーフォーゼの2号ライダー朔田流星、仮面ライダーメテオ役で出世した吉沢亮と、その3年後烈車戦隊トッキュウジャーのトッキュウ4号でブレイクした横浜流星です。仮面ライダーフォーゼにメテオ朔田流星の親友井石二郎役で横浜流星が共演していました。
 その設定も今回の映画に少し似ているのが、特撮ファンにはニヤリという感じのところです。

 さらに特撮ウンチク話になりますが、仮面ライダーフォーゼの主人公を演じたのは福士蒼汰、トッキュウジャーの1号センターのアカを演じたのは志尊淳です。この頃のニチアサは現在ブレイク俳優を量産していて、トッキュージャーの前年の戦隊シリーズ、獣電戦隊キョウリュウジャーの主演は竜星涼です。役名も含めて、リュウセイの3人が繋がるとも言われました。

 大きく脱線しましたが、映画に戻ると、長崎、南座などの京都も多く映り、ロケ地も美しく、昭和の彩をうまく撮っています。
 雪が舞う風景はいつまでも記憶に残ります。少々ざわついてエンドロールでそそくさと出口に向かう人も多かったですが、劇場は良いです。

相変わらず難解、言葉の置き換えを

 年齢の近い人が、年金の手続きの書類が届き、給付や減額などの連絡が来るけど異口同音に「難しい」という声を聞きます。

 年金事務所にいた私でさえ、難しい言葉や仕組みがあります。制度が変わったりしてややこしくなる背景もありますが、何でここまでややこしく、国民目線でないのかと思います。
 現役の官僚や政治家でも、専門に勉強していない人は、おそらく理解していないのと、さらに実務のちょっとした面が不親切なのはやっかいです。
 届出書や、申請書、申立書、なかなか自分で書くのは恐ろしいほどで、窓口に行く人も多いです。窓口の人も大変なのか、仕事があってありがたいのかは別として、デジタル化の時代に非効率です。民間ならHPのインターフェイス次第で、アクセス数から売上が変わるのに、こういう旧態依然はどうしたものなのでしょう。

 確かに、年金とか生活保護など、間違ってはいけないとても大事な届出です。でも、だから手書きで、難しい言葉でもいいということではないです。

 こういうのは総務省系、マイナンバーカードでの住民票発行や、国勢調査などは、少しインターフェイスに改善が見られます。

 申請主義の書類はまだまだ「お金を出してやるんだから、お前らちゃんとした手続きをしろ」という横柄なスタンスが覗けます。

 社保庁から組織が変わった年金機構のマニュアルには、難しい言葉は置き換えて丁寧に説明するという項目もあります。しかし、最初から難しい言葉をやめるか、わかりやすい説明を併記するだけでも、全然違うのにと思います。説明や問い合わせも減るはずです。
 実務に当たる人間が、もっと簡便化できるように、どしどし進言したら何か変わりそうですが、トップダウンの組織で黙殺されるのか、あまり変わりません。
 生活保護は、事情が少し変わりますが、本来対象なのに受給されない方が多いなども問題です。それも理由がいくつかあるとはいえ、申請の書式から手続きも大きなハードルであることは間違いないです。

 申請主義ではなく、所得把握やマイナンバー連携が進めば、申請なしで貰え、欲しくない人だけが声を出して止めるだけになれば、事務は圧倒的に事務効率は良くなるのです。ベーシックインカム以前に、申請主義から、条件が確認できれば全員給付にすれば、不正受給も減り事務経費も下がり、国も国民も結局WINWINだと思うのです。
 医療費や社会保険事務経費を、圧倒的に下げる改革をしないと、財源を付け替えても、とーたつ負担は変わらないのです。憲法改正よりははるかにハードルは低く、多くの国民に感謝されます。大きな決断をトップがする時期です。

書評の書評:小谷野敦「このミスがひどい」同世代、共感あるある多め

 面白いし、共感も多かった本です。厖大な本を端折りながらも、ネタバレも多く好きも激しく、一刀両断されています。
 4つほど年下の東大卒の学者、作家さんでかなりの読書家の方ようで、その読みっぷりと書評は評論家の体裁ではなく、好き嫌いが激しい感じも人間味が溢れて良かったです。
 同世代なので、刑事コロンボや日本沈没からコナンなどのテレビや映画までも懐かしく思えます。エラそうな評論家や選考委員さんも実際にはそれほど真剣日本を読んでいないというのは十分想像できますが、それを赤裸々に書くところに好感を感じました。
 ジャンルや部門で分冊してもいいようなエッセンスが詰まった内容に濃さがあります。
 愛煙家であるところは相いれない(笑)
 
【紹介文より】

40年以上に及ぶ推理小説渉猟の結論!
その作品は本当にすごいか?
世評の高い「話題作」「人気作」は90%がクズ、ひと握りの名作を求めつづけた濫読人生。
世の『ミステリー帝国主義』に抗して、
推理小説嫌いの著者が唱える“ひどミス”論。

「…覚えられないくらいたくさんの登場人物が出てきたり、思わせぶりをしたあげくに『え? 誰それ』というような人物が犯人だったり、ミステリーには、さまざまな恨みがある。そんな『すごい』ものが毎年ざくざく出るはずがないのである」(本文より)

<目次より>
第一章 いかにして私は推理小説嫌いとなったか
第二章 素晴らしき哉、『ロートレック荘事件』
第三章「旧本格」の黄昏と古典化
第四章 松本清張、長編はあかんかった
第五章 SF「小説」は必要なのか
第六章 ああ、愛しのバカミス
第七章 人気作家はどのような人たちなのだろうか

 私も松本清張からミステリに入り、社会派の反動で、角川文庫系の横溝正史、クリスティやクイーンも読みました。筒井康隆らのSF御三家、西村寿行、西村京太郎、鮎川哲也、内田康夫らも今はなかなか本屋の棚で希少な作家も以前は量産されて平積みされていました。
 そして、島田荘司以降の新本格を含む綺羅星のごとく群雄の作家が現われる時代へ入りました。いわゆる「このミステリがすごい」常連系のパズラーにはまりつつ、ここでもまた面白さとともに、愚策にもそれなりに当たることを感じるたものです。
 有栖川有栖くん(同級生、もはや大御所)や森博嗣、東野圭吾、米澤穂信らも楽しみました。でも「約束事」の世界とは言え、何だかなあというリアリティの無さ、文学としての軽さは感じる時も多いです。

 文学賞やミステリ界の賞が、必ずしも優秀作に与えられていないという説も、うなずけます。賞はどうしても、商業的成功への論功行賞的な意味合いになり、直木賞でもそうですが、文学史的エポックとはズレが生じます。
 パズラー的ミステリは、どうしても動機などの人間を描くウエイトより、物語の展開の切れ味、可能性や論理性に重きが置かれます。
 筒井康隆「ロートレック荘殺人事件」や西村京太郎の「天使の傷痕」をトップに評価するのは、物語としての完成度、読後感などでしょうか、これらはほぼ共感しますし、世間の評価が低いのにも同じく違和感を共有します。星新一さんの評価が低いには微妙な感じですが、著者のおっしゃることは分かります。筒井が天才なら、星は大衆受けする成功実業家です。

 名作と言われる作品の動機でさえ、時代もあるのですが、興ざめする点は多いのです。殺人を犯してトリックを駆使して逃げるなら、頭が良い人は論理的に考えるなら最初から殺人は行わないのではという点です。

 刑事コロンボの多くの犯人や、松本清張「砂の器」、森村誠一「人間の証明」などでも、出自をばらされるとかでは、殺人の動機としては弱い。それなら「殺人者」の汚名の方がはるかに不名誉で危険すぎるというところに、ミステリが嫌いな人は醒めたり、ついていけないのも分かります。

 読書のあり方、読み方というのが、特にミステリで駄作だと思った時、すっ飛ばせるのは全く私と同じです。海外ものを文学作品でも抄訳を評価するのもなるほど、あるあるです、

繰り返される「分かっていても負ける日本」

 今年は敗戦から80年ということで、選挙も終わった8月は戦争の特集などが溢れるでしょう。
 しかし、今の日本はあの時と同じように、国が滅びつつあることが分かっていながら、良いような話だけで誤魔化されているのです。太平洋戦争開戦前夜の1941年(昭和16年)の夏、総力戦研究所で若きエリートたちによって、アメリカと開戦した場合のシミュレーションが行われ、「日本必敗」という結論が導き出されていたにもかかわらず戦争へ突入していった史実を描かれた話と、現代日本がダブって見えるのです。。
 この組織は昨年の朝ドラ「虎に翼」など、最近の戦中ドラマでもポツポツと描かれだしています。有名になったのがこの猪瀬さんの本です。

 今の時点で、選挙期間中なのであまり政治家を褒めるのもあれですが、改選議員でもなく、主に作家や以前の活動のお話をさせてもらいます。
 猪瀬 直樹(いのせ なおき、1946年〈昭和21年〉11月20日-生まれ)で、作家、政治家。元東京都副知事から知事、徳洲会献金のスキャンダルで公民権停止期間あり、現在は日本維新の会所属の参議院議員(1期)。日本維新の会国会議員団参議院幹事長です。
 都知事としては、石原さんの後、小池さんの前で、スキャンダルもありやや地味でした。その以前の、小泉内閣時代に参与として道路公団の民営化を推進した実績が知られます。改革派の実力者ですが、ハメられたところはあるのでしょう。彼がいなければ、未だに高速道路のSAやPAは古臭い自販機とまずい飯だけの不便なままだったとも言われます。
 JRや郵政よりも、成功したといええそうなのが、ネクスコと言えます。もちろん、道路族の利権を完全に断ち切ったとはいえないでしょが、適度に民間の活力を加えて、活性させた役割を大きいのです。
 頭の良い方で、日本の社会保障の課題を、目先の給付や減税ではなく、社会保障、保険料特に医療費や医師会や薬種業などの厚労族利権にメスを入れないと、日本はまた、壊滅的な敗戦を迎えるという主張をされています。減税や給付金の話で良く財源はという話になりますが、どこから取るかでは、結局国民の負担は個人差はあれ変わらないのです。
 社会保険料の、医療費のここの負担を、構造改革で1兆とかいくらまで減らすよいうのが、具体的です。もちろん、個々の組織は痛みも伴い、今回のコメ問題でのJAや農水族のように抵抗はあるでしょうが、国全体を俯瞰した場合に、どこにメスを入れて改革するかなのです。

 多くの省庁、業界と繋がった族議員や、労組や宗教と縁を切れない党では、しがらみがあるすぎて、この終戦に向かう流れを止められないのです。
 
 以下は現首相の、この本の感想で、猪瀬さんへの国会での応答です。
【石破首相】
 情報の開示とはなんであるか、すべてわかっていたのに何で戦争を始めたのかという疑念が沸き、楽観的な、そして刹那的な見通しは決して持ってはならない、そして、個別最適の総和は、全体最適ではない、という教訓にたどり着いた、と3月の国会で石破総理は述べていました。
 防衛庁長官をしていたとき、ある人から、この本を必ず読むよう勧められた。敗戦は昭和20年ではなく、16年に決まっていたという内容だ。昭和16年、今のキャピタル東急のあたりにあった「総力戦研究所」に、ありとあらゆる官庁、日銀、同盟通信(現・共同通信)など、30代の俊才達を集めて、あらゆるデータを集めて、日米の国力の比較を行った。GDPが八倍違うなどあらゆるデータを開示して、日米開戦後のシミュレーションを行った。その結論は、何をやっても勝てないので、いかなる理由があっても、この戦争は行ってはならない、というものだった。しかしながら、このことは省みられることなく、開戦になり、日本はあのような悲惨な焦土と化した。

 今の日本の問題は、空襲は来ないし、徴兵もなく、原爆投下もない一見恵まれた国のようですが、どんどん人口が減り。多くに人の手取り所得は増えない、貧しい人が増え、働く人が来っていて、国が支えを失ってスカスカになっていくのが見ていることなのです。

 また目をそらしてはいけないのです。

 関係ないですが、猪瀬さん、戦後生まれなのですね。今の奥様の蜷川有紀さんと、私は学生時代にある映画のロケで一緒になり、河原にねそべり2~3時間一緒にいました。

 生活保護受給者裁判より 25条というなら

 選挙前で、話題も立場上微妙ですが、裁判の解説的なフォローと、両論併記しながらも一個人の願望と、世相への投げかけとして書きます。
 6月28日報道されました通り、国が2008年リーマンショック以降に物価が下がったとして、生活保護費を減額したことが裁判となり、昨日、最高裁判所第3小法廷は違法と認めました。
 これを受け国は追加支給を考えることになります。また、これから国家賠償の話も出てくる可能性があります。
 受け取る側は生活が懸かっていますが、時間は経過しています。一方、支給する側は財政のバランスを考えてこうしてきた立場です。
 生活保護を受けている人でも、一部不正受給があるのではというイメージもあり、そもそも健康でなぜ働かないのかとの指摘の向きもあります。
 また申請して初めて審査されて、受給の流れになるので、多くの同じくらいの所得の方でもプライドが邪魔したり、何とか節約したり、過酷な勤めでも仕事に就くとか、遠い兄弟や友人に頼むなどでしのいで生活保護を回避しているケースも多くあります。
 日本の手当や給付の「申請主義」の仕組みの難しさがあります。
 個人情報保護だと騒がれますが、所得や家族、住居などはマイナンバー制度で国はほぼ掌握できます。生活保護をなると、就労意欲や財産とか案件は増えた上で、本人の意思となりますが、そこまでの手続きを簡単なインターフェイスで、数回のポチっとスマホをクリックで申請になれば良いと思います。逆にシステム化することによって、財産や購買行動がわかり、支給停止も自動化できるはずです。

 真の公正、公平とは何か難しいですし、裁判所の判決には限界があります。

 判決の元になるのは、「生存権」と言われ、戦争放棄の9条平等権の14条とともによく各方面から社会保障の場で注目され憲法25条です。
 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

 行政は判決を受けて説明責任をし、速やかにできうることを実行しないといけなくなります。民主主義、法治国家の難しい面です。
 
 しかし、本当に平等ということを考えれば、先ほどの生活保護申請に至らない人びとはそのままで良いのかと感じます。

 そして、リーマンショック後以降の、名目賃金が下がり、実質目減りの年金、社会保険料の高騰、マクロ経済スライドにより年金抑制も、いくつかの切り口で訴訟を起こせば憲法違反に問われるのではと思います。
 マクロ経済スライドは、今国会で決まった「基礎年金の底上げ」で実は間違いだったと否定されています。年金財源を守るために、保険料を上げるのを一定に抑え、給付金をジワジワ下げるというやり方は、結局どこかで憲法25条に抵触するか、急激な物価高に対応できずに今のような不平不満が爆発するのです。

 混乱やカオスを望むのではなく、正論をぶつけ、どんどん訴訟を起こせばと思います。

 今の制度で、選挙前の喧々諤々と減税や給付で騒ぐのではなく、実質GDPや名目賃金も物価も、優れた組織で分析されているので、システムとして無能で恣意的な国会に関わらず、早期に調整できるようにすべきなのです。

 年金を貰うのはお年寄りですから、早く給付に反映しないと2年間の物価を鑑(かんが)みでは遅すぎます。遅くとも1年の暦の間に、賃金、物価上昇分をプラスで支給すべきです。公務員給与は毎年12月に民間(大企業)の4月賃金上昇に合わせ、人事院勧告で差額を遡って支給されています。

 そうでないと頑張っている公務員のなり手もなくなるという考えはわかります。国家財政が厳しいから、賞与(期末賞与)や役員手当を削るようなことはしません。それなら、せめて年金の支給に対して、憲法に合致した社会保障の増進という面で早急な対処は必要ではないのかと思います。

 誰もがそういうものと考えていますが、年金は2カ月に1度、偶数月に前月と前々月の分が振り込まれます。給料は毎月1回、その月分、遅いところでも前月分で1カ月毎が当たり前です。
 2カ月に1回だと、入院したとか、エアコンが壊れたとか大きな支出があったり、今般のようなコメの高騰があると、次の支給までに破綻や高利の借金を重ねてしまうケースが増えます。

 2カ月に1回を月1回にすると、振り込みのコストがかかるのかもしれませんが、支給停止や減額や増額には対応しやすい面もあります。コストがかかるなら、本来公務員給与も民間も給与は2カ月に1回にすれば「平等」ではないかと思います。

 書き出すと熱くなりすぎますが、変えられる点はいくらでもあるのです。

 

書評:貴戸湊太「図書館に火をつけたら」

 タイトルはインパクトはある比較的若い作家の作品、このミスの上位というわけではなかったが、カバーと帯の煽りでつい手にする。

 バカミスっぽいので、やはり図書館本を待つことにして、貸出時に図書館の人からタイトルに怪訝な顔をされたような、されてないような感じでした。

【紹介文】
 市立図書館で大規模火災が起き、焼け跡から死体が発見された。
焼死と思われたその死体の頭部には何者かに殴られた痕があり、火災と同時に殺人事件が起きていたことが発覚する。
さらに、発見場所である地下書庫は事件時、密室状態にあったという。
炎に包まれた密室は、誰がどうやって作り出したのか。
 刑事・瀬沼は真相を探るなかで、図書館に救われた自身の小学生時代を辿ることに――。

 本格的な密室トリックと、読者への挑戦というロジックパズルめいたところと、
 不登校だった3人の小学生が刑事や司書、大人になって再会というドラマ的な面もあり、バランスは悪くなくリーダビリティにも優れています。
 司書や図書館のお仕事や役割が良く分かる面もありますが、トリックの前提となる部分含めて、リアルに可能かというと無理もありますし、司書の人数などにも急に取材不足かなという点もあります。ミステリなので、お約束だといえばそれまでですが、動機も好きではないです。

 本が好きで、図書館にはよく行くのですが、司書という仕事は個人的には何というのか好きでも嫌いでもありません。本にまみれるので、本屋や図書館の仕事がいいなと思う時もありましたが、好きと仕事は違うというのと、どうも「司書資格」の制度、中身や受験の仕組みが気に入らないのです。

 他の資格制度でも似たり寄ったりですが、実際の図書館実務とも乖離しつつあり、図書館そのものも一部で検討されているように、変容を迎えつつある時期です。
 個人情報は守られつつも、自分の貸し出し履歴すらデータが見れず、次の情報へのリコメンドもないのは、法律や仕組みがおかしく、他の娯楽や研究に比べ融通が利かなさ過ぎです。

 図書館はどの町にもある公共施設で、進化によってはさまざまな用途として市民に活用されるはずです。それまでに、図書館学から、司書の仕事の中身もそろそろ変わらないといけないでしょう。