ザリガニの鳴くところ 映画と小説レビュー     思い出した自然観察の女子大生

今時欲しがるのかな

 写真は全く関係ありません。

こっちですね

 先日、映画化されたので、映画を見て、またさっと読み直しました。いろいろ違う点もちろん2時間くらいの尺に収めるためのカットやオリジナルもありますが、大筋や結末は同じです。

 以下(多少ネタバレあり)

 衝撃的な結末とはいえ、まあ完全なミステリを標榜しているわけではなく、伏線はあってもそもそも犯罪の状況とされる手がかりは全部明示されてはいないので、衝撃ラストはあくまでも自然、動物としての人間の本能的行為だという、カロライナの自然とそこに生きる湿地の女とうテーマによるものです。

 自然の美しさ、厳しさとともに、DVや差別、恋愛、法廷劇、いろんな要素が美しい自然と、難しい人間という生き物を彩ります。

 これ以上は映画鑑賞、もしくは原作をお読みください。残念ながら、全米で売れて、日本で本屋大賞でも洋画は有名なシリーズでもないとなかなか長い上映期間は難しい。分厚い原作ですので、そのうち無料配信が出たらお見逃しなくというおすすめです。

 自然に生きる女性としては、東日本大震災のボランティアで知り合った女性を思い出しました。奥松島から浦戸諸島で蝶の生態観察の大学研究生らのチームにボランティア入った時の女子大生です。蝶の観察、採取は応援で専門は「カエル」だということで、歩きながらもカエルのいそうな水田や小川には、寄り道して捕まえておられました。しかも器用に縛りポーチのようなものにいれて十数匹ぐらいは宿に持ち帰り、ケースにうつしていました。
 蝶やトンボでもマニアックですが、カエルとなるとドン引きしそうな人も多いでしょうが、この女性は喜々と作業をしておられました。真夏でしたので、もう顔は真っ黒ですが、化粧でもして垢抜ければ可愛い感じなのに、何故カエルなのか、不思議というか不気味な感じでした。

 セミやゴキブリでさえ号泣して触れない、虫など生き物大嫌いで田舎ぐらしなど絶対嫌がる、ウチの連れ合いなどとはもう真逆もいいとこ世界が違うような人がいるものです。

 あれから数年経って、彼女はその後も研究を続けているのか、犯罪にでも巻き込まれているのか、平凡に卒業して働いているのか、結婚したのか、「ザリガニの鳴くところ」を観ていてふと思いだしました。

カラオケでストレス発散

カラオケと言えば昔は、2次会とか3次会の定番コース、バスの中とか、あるいは少し大きな家でマイクと装置のあるところで宴会などでの余興でした。

 一人でカラオケとかなると、変人のような感じでしたが、今は小さなボックスが増えました。練習というのもあるのでしょうが、バッティングセンター並みに、気分転換やストレス発散の憂さ晴らしに唄いまくる人も多いようです。

 コロナ禍でとくに宴会は減りましたので、カラオケで歌を披露する場面は減ったでしょうが、少し収まると今の世代は結構集まるようですし、また年配でもいろんなジャンルの唄を知って歌いたい人も多いようです。

 かく言う私も歌うのは好きです。昔は2次会などがそれこそ多かったので、お酒が入ると人が変わるとか言われましたが、アルコールが全く関係なく歌いたかっただけです。
 一人カラオケの場合、他人の番を待たなくて気も使わないので良いです。ただ一人で歌うのは、時間がもったいないため一気に連続になりますから、相当疲れます。まあそれがストレス発散なのでしょう。

風情ある銀山温泉と 大人のコイバナ

山形県観光公式サイト

 全国旅行支援が始まりました。「全国旅行支援」とは、旅行代金の割引や、地域クーポンの付与による「全国を対象とした観光需要喚起策」のこと。新幹線やフェーリなどのチケットと宿泊施設がセットになった「交通付旅行」は、割引上限が高くおすすめです。平日に行けば最大で11,000円もお得になります!宿泊施設とセットなら新幹線やフェリーなども割引が適用される旅行会社や旅行予約サイトが提供する、新幹線や飛行機、バスなどといった交通手段と宿泊施設がセットになったパッケージ旅行も割引の対象。宿泊施設だけの単体予約よりも割引上限が高く、遠出をしたい方にはもってこいの割引支援です!

 ほとんど宣伝になっています。えーと、関西の人とか、首都圏、中京圏の人も東北、山形あたりはちょっと遠いイメージもありますが、それだけに沖縄や北海道だけでなく、この機会に一度旅していただければと思います。北欧とかイギリスとかに住んでる日本人の友人がに日本は暖かいとか言わはりますが、日本は南北に長く四季があり、寒さも厳しい地域もあるのです。そんな東北の山形県銀山温泉、温泉地の情緒としてはイチ推しです。
 秘境ほどではなく、近代的などでかいホテルもなく、大正から昭和をイメージできる木造の建物が多い。草津や水上、西日本のイメージだと道後や有馬、城崎あたりをもう少し鄙びさせた感じで、冬は特に雪見の温泉になる確率がぐっと高まります。何せ日本海側の県ですから、

 私が仙台で仕事していた頃、取引先のバイヤーにこの温泉の情緒を台で仕事していた頃、取引先のバイヤーにこの温泉の情緒を教えてもらいました。
 もう20年以上前で、その人はまあ不倫旅行によく利用していました。
 まあ当時のモラルというか、コンプライアンスがそう厳しくなかったのか、彼曰く「私は自分に妻も子もいると堂々と宣言してからしか付き合わない」と明言なのか助言なのか教えてくれました。「君もこう言った方がモテるし、トラブルにもならず遊べる」と教えてくれたようです。
 決してイケメンというタイプではないですが、夜の街では口もうまく面白い方なのでモテたのでしょう。
 仙台の国分町という歓楽街で真夜中を通り過ぎて、朝方まで開いている水商売の女性が仕事を終えてリラックスしてお酒を飲むような店で、豪快で面白い飲みに付き合いながら、聞いたお話です。ちなみにこの接待なのか遊びなのか、当時化粧品ブランドKATEの販売台を180店舗に導入するという話を、国分町のお姉さん10人中過半数が知ってる使ってるという賭けみたいなことをして、見事に商談成立させました。
 そこに登場する女性たちも、若く派手に着飾りながらも、仕事を終えどこか疲れたところが、昭和末期のJPOPか演歌を思わせる感じでした。
 私も山形、酒田と出張があった時、一度だけやり繰りして、銀山温泉に泊まることにしました。
 12月で雪も積りだし、とても幻想的な街並みで、寒くても浴衣に丹前を着て少し歩いてみたくなりました。千と千尋のモデルにもなった?とも言われたタイムスリップするような、そんな感じです。建物は伝統的な「木造多層建築」というものです。
 タイムスリップというのは、超常能力ではなく誰にもできるものと、その時わかりました。
 その一晩だけ、私もSFのような、童話のような、ハーレクインロマンのような夜を過ごしました。(大人のコイバナはここまで、令和の倫理観)
 
 銀山温泉は、銀山川の両岸に大正~昭和初期にかけて建築された洋風の木造多層建築が立ち並ぶ、ノスタルジックな街並みが見どころのひとつです。
 もちろん、ご夫婦、ご家族、仲の良い友達同士でぜひ訪れていただきたい温泉です。

人権の時代と言われながら枕の話は尽きない

 このところ、少し大人向けのアブナイ話が多いかもしれません。しかし世の中の裏側とは、そういうものなのかとも思います。
 女性の多い化粧品会社にいたということで、多くの美容部員さんや女性の営業さんと一緒にし、主に管理をやっていたわけで、いろいろと大人的な話はあります。

 最近は、コンプライアンスとかジェンダーとかもういろいろ発言に制限がかかる時代です。「枕営業」という慣習が、女性の人権が守られるはずの時代にと書きかけると、これも女性だけではないと叱られそうで、タイトルも変えました。
 一般的には女性の枕?セックスを条件として仕事を貰うとか、昇進やポストを得るため、あるいは男性が主導する場合もあります。男性が女性上司にという場合もあれば、男性同士女性同士という場合もあるのでしょうが、一応私が見聴きした範囲にはあまりありません。

 今でのそんな悪習が残っているのはヤクザな芸能界ぐらいだと言われそうですが、まあ人間は弱くその欲望と狡さのようなものはどこでもいつでも変わらない気がします。どのような組織にもそれに近い営業はあるようです。

 悲しい性というのかな、私もある地区の担当をしていた時、トップが変わるごとに取り入るタイプの女性がいました。ただ媚びるだけという範疇を超えて、他の女性からはいろいろ「部屋の出入りしていた」などの噂を聞きました。
 いつか、その人も年齢などもあり「こういうスタイルを止めたい」と呟くような相談を受けたことがあります。しかし、やはりそれはできずにずっと同じように年齢を重ね、外見を保つためにお金をかけ続けているような感じでした。

 男性、女性どちらがいい悪いというものではないのですが、そういうことなしに仕事をしているものにとっては、何とも一緒にされたくないというところでしょうか。かといって、そうやってのし上がった人もいい仕事をする場合もあります。
 私も魅力的なルックスの異性には第一印象で好感を持ちますが,他方コツコツと良い仕事をする地味な外見の人も多いので難しいというか、そういっても怒られるのが現代なのでしょうか。

 芸能界は違うというか、そういうものをあるのが、当たり前で分かって大金を稼ぎ、それを一般の人が見ているのだという考えもあります。
 不倫などのスキャンダルには厳しく、人権や倫理、道徳を報道する側の放送局が、ドラマの役を決める際にそういうことがまかり通っているのは、滑稽なものです。

電卓ワザに長けたB野君、借金まみれのA田氏ら同僚と過ごしたバブル期

1980年代後半、バブル期と言ってもパソコンはまだ、会社でも一人一台ともいかず、まだ電卓やワープロの時代でした。

 化粧品メーカーの現場で販売の部門にいましたので、売上の予想や集計には電卓をたたいていました。
 B野君は転職組で過年度の入社ながら、やり手で一気に当時のロートルメンバーを脅かし、陰の実力者と言われた後の経営幹部となるN課長に取り入り、管理職目前まで登り詰めていました。今ならパソコン、その当時より少し前なら珠算、算盤なのでしょうが、彼の電卓をたたく術はとにかく早かったでのです。コツや技術と手先の器用さもでそうが、パソコンならブラインドタッチ(タッチタイピング)のような鮮やかさでした。

 対照的にA田さんという人はもうそろそろ同期が経営幹部や支店長になるとかの話もチラチラ出る中で、まだ課長にもなれず、売上成績はドル箱を抱えてそこそこながら、その仕事ぶりや私生活は借金や女の問題などひどいものでした。

 この二人とは少し距離を置いた関係で、工場経験ありの変わり者S古氏と、ベテランP府氏、私の3人がN課長の派閥に入らず、反主流派で村さ来とか安いところでよく呑みに行きました。

 シャープで時に豪快でいい仕事をしていたB野君ですが、私の転勤後数年して、不倫相手の女性が自殺したということで、職を追われたと聞きました。当時N課長と対立するパワハラ気味のトップが君臨して、別部門の責任者M杉さんはノイローゼになり首を吊った。B野君は直接、自殺には関係してはいないのですが、自分には奥さんがいながら付き合っていたことは公然と知れていたので、スケープゴートになった感じです。
 私は当時独身でしたが、離婚経験はあるけどM杉さんは美しい方で憧れていました。一度二人で美術館に行ったことがありましたが、それ以上何もなしで転勤しました。当時からB野くんとは付き合っていたようで、まあ馬鹿な役回りでした。しかし死んでしまったとなると、ちょっと何かできることがあったのではないかとしばらく後悔していました。

 A田さんはその後、借金まみれで懲戒免職、離婚後、身投げしたそうです。P府さんは早期退職でリストラを受け容れ、仏壇屋の営業をしたあと、職を転々とされていたところしか聞いていません。S古さんはついに定年までも、役職にはつけず現場のままで、すでに管理職になっていた私の地区にも挨拶に来ましたが、あまり同席する気にもなりませんでした。

 私はどこかで、先に出世しそうだったB野君の電卓術にライバル心を覚え、パソコンが導入され、エクセルなどで表計算ができると意地でも電卓を一切使わない仕事を習得しました。後年パソコンの中に電卓ソフトやテンキーでも電卓替わりになるのが出ますが、何だか電卓には良い印象はないのです。
 M杉さんと行った美術館は「ダリ」だったとだけ覚えています。その後フレンチも食べたはずなのです。年上でバツイチではあってもそこは気にしないくらい美しい方でした。けれどどこかでほんの少し感性が合わないようなところがあり、負け惜しみですが、それがこちらも強引にならなかった点です。
 結局、あの当時の部署の5人で管理職、支社幹部になって生き残ったのは私だけだったのは、本当に偶然、運命はわかりません。
 若くして亡くなったM杉さん、A田さんともに北陸、福井県の出身で、カニなどを小さい頃は安くいっぱい食べたという話も妙に覚えています。

 

ヰタ・セクスアリス4 特撮ヒロインやアイドルに憧れた少年時代

 まあだらだらと4日も続きましたが、今日は昨日のたわわ以上に炎上しそうな最近の画像でサムネ攻めます。
 性とか恋愛とかはやはりね、人それぞれ秘めたもの、歪んだような個人差があります。
 教科書やバイブルもちゃんとしたアンチョコもないのが、性の難しいところ。それを時代が妙にギスギスしたものに押し込めて。変におかしいものになっています。
 なかなか、恋愛って好きな人には伝わらず、うまくいかないものです。
アイドルや、特撮ヒロインにその欲望の代替をお願いして、自慰行為にふけったりという恥ずかしさ、後ろめたさみたいなものがありました。当時は今のようなネットでの同胞のつながりもなく、みんな同じような輩やもっと徹底したつわものもいて、世の中同じようなもんじゃんと思えたのは随分年取ってからです。
 コイバナに関しては以前もこのカテゴリで書いていますので、比較的いいとこまでつき合えたけど、結婚に足らなかった話は多少美化しながらありました。
 しかし、その以外の期間は、まあホンマに厭らしく言えば、恋愛したいけど相手いない寂しい期間の長きにわたる暗黒時代です。そのうっぷんを仕事にぶつけるわけでもなく、大金を出してプロと遊ぶでもなしでしたから、犯罪に行かずによかったとも思います。まあ、ミステリとkいろいろの読書、鉄道趣味、旅行趣味などが意外と発散していたのでしょうか。
 
 ただ個人的には、飽きっぽいところがありますので、いくつか失敗ばかり経験して焦りもありましたが、三十代半ばでようやく結婚出来たタイミングはまあ別に良かったかなと思っています。友達の中には独身をとおした人もいれば、すごく、すんなり初恋のような高校時代のつき合いから、判で押したような美男美女が恋愛成就して結婚して子供もでき長~く同じ屋根に暮らしているひともおられます。結婚生活の心得みたいなのがしっかりしているのでしょうか、適度に不倫とか遊びも恋があったのかはわかりません。倫理に反しな息抜きがあるとは思います。

 政治とか、大学、会社の中とかいろんなルールを厳しくするのか、自由、自治、自主がいいのかは、難しい議論です。議論するK都ができるのが、自由の証なのでしょうが。国だとか組織の名誉とか威厳とかのために、厳しくしたところで抜け穴はできるでしょうし、本当に抜け穴も何の隙も無いルールなら行きが詰まりそうで、私ならそんな学校、会社、国にはいたくありません。そして今さら厳しいルールを設けても、組織の過去の緩みや罪(があったとして)消えるわけでもないでしょう。世の中の裏側上の方に、いっぱい枕営業みたいな闇もあって、それでお互いも訴訟もなく連帯責任もなく成り立っているのに、キレイごとだけがまかり通るのは何だかと思います。

ヰタ・セクスアリス3「月曜日のたわわ問題」 表現を不自由にする

「月曜日のたわわ」という「月曜日が憂鬱な社会人に向け、豊満な体型をした女子を中心に描かれるショート作品」が日経新聞に全面広告を出して、炎上してしまうというのが、少し前にありました。
 以下、たとえばジェンダー問題に詳しい識者などが、問題点を3つほどの主張をされています。内容をまとめると下記のようなものです。

 「見たくない表現」(たぶん痴漢を恐れて憂鬱な女子高生、OLなどにか)に日経新聞の朝刊で出合ってしまった読者が、購読の解約を表明する動きも出ているとのことです。「広告によって与えられた媒体のイメージはすぐには払拭できません。どのような広告を載せるかは、メディアにとってのリスクにもつながります」「異性愛者の男性が未成年の少女を性的な対象として搾取する」という「ステレオタイプ」(世間的固定概念)を肯定し、新聞社が「社会的なお墨付きを与えた」

「広告は女子高生のイラストをあえて用いることで、作品が発信しているメッセージを確信犯的に、大々的に伝えています。作品で起きているのは、女子高生への性的な虐待。男性による未成年の少女への性暴力や性加害そのものを日経新聞が肯定する構図です」

「メディアと広告によってジェンダー平等を推進し有害なステレオタイプを撤廃するための世界的な取り組み」を国際機関とともに展開してきた日経新聞が、自ら「ジェンダーのステレオタイプを強化する」という矛盾に陥ってしまったことだ。

日経新聞はUN Women 日本事務所と連携し、ジェンダー平等に貢献する広告を表彰する「日経ウーマンエンパワーメント広告賞」を主催するなど、広告のジェンダー平等化を推進する立場に立ってきた。同賞では、「3つのP」という審査項目を掲げている。

Presence 多様な人々が含まれているか

Perspective 男性と女性の視点を平等に取り上げているか

Personality 人格や主体性がある存在として描かれているか

この基準に照らすと、今回の全面広告は、『未成年の女性の肉体に欲望を抱く男性の視点』のみに偏っており、見られ、触られる側に立つ女子高生の『人格や主体性』は考慮されていません」と指摘

これまで大手メディアとしてジェンダーのステレオタイプを克服するために取り組んできたことは、全て偽善だったのでしょうか」「今年の新入社員が最初に迎える月曜日」に、「豊満な体型」の女子高生を通勤中に眺めて「元気になってもらう」。こうしたステレオタイプを強化する全面広告が注目を浴びる一方で、女子高生らは痴漢の増える不安な時期を迎えている。一般社団法人痴漢抑止活動センター(大阪市)は「4月は、電車通学に慣れていない新入生を狙う痴漢が増えます」とTwitter上で警告
 などというまあ随分強引な結論づけをして厳しい対応や忖度して自粛を迫るようなこと言う人達の非難が集中したわけです。

 マンガそのものは書くのは自由なのでしょうが、日経新聞の一面広告がダメということなのでしょうか。
 最近は、水着とか露出はなくとも、〇〇を連想させると言われている姿勢やポーズとかで噛みつく人もいます。実際たわわとされる胸が正面から書いているわけでもなく、単にキャラクターが月曜日に憂鬱なサラリーマンを愛らしく微笑んで激励している以上に見ることはないと思うのですが、どう感じとるかは自由なので否定はしきれません。しかし、新聞を広げなくとも多くのエッチな水着写真はもちろん、ヌード写真やAV動画、昔のポルノ映画だってそれこそ「痴漢電車どうのこうの」なんてのもスマホやタブレットで見て女高生に欲情を抱いている人も大勢いるかもしれません。
 日経新聞というところがいくらこういう取り組みをしていようが、権威か厳粛なところなのか、別にこの程度のことが問題になるのは正直、どうでもいいというのか、騒ぐ気持ちがわかりません。
 憂鬱な月曜日の朝、踏切の人身事故いわゆる飛び込み自殺も多い中、このマンガに癒されていた方もおられるのですが、確かにこういう容姿、スタイルを見るのが不快と言われれば何とも難しいところです。裸、水着とかレオタードでもダメ、やがてイスラム教のラマダン時期みたいに禁欲になっていく方向がジェンダーなのでしょうか。

 まだつづくかな

ヰタ・セクスアリス2    誰もが童貞を捨てるのに焦り、青春の門の前でもじもじした

 東京の方の大学の方の本が続いてしまいますが、齢63になる私たちの世代の学生時代に人気があった小説で,映画化もされた作品に五木寛之さんの「青春の門」というのがありました。現在も進行中の大河小説で長く書き続けられ、私も含め全巻を読んでいる人は多くないでしょうが、筑豊編に始まる初期の話は、何度も映画やドラマになり、その概要を知る人は多いでしょう。
 時代なので、赤線、売春も出ますが、「誰もが1度は通りすぎる、そしてただ1度しか通ることの許されない青春の門」というのはいつの時代も変わらない気がします。
 男性目線と言われるかもしれませんが、男と女は表裏一体のものです。
 現代は、いろいろなモノや情報が私たちの若い頃よりも早く簡単に手に入る時代です。その反面昨日も書いたように、妙にお堅いこと、厳しい規律を掲げる窮屈な時代でもあるような気がします。
 昔はエロい写真や雑誌などがビニールをかぶって売られ入手するのが難しかったような時代でもありました。今はネットを探って、ポチればとんでもないほどいやらしい動画が入手できるような感じです。テレビなどの上っ面では裸や厭らしい言葉がなくなったのに、手に入れようとすればすぐわいせつなものが入手できる。
 ところが、昔の言葉で耳年増というのか、変な情報はあっても、いざ現実に異性と対話して体験、経験していくのとはわけが違うのです。
 かくいう私もそうでしたが、童貞をなくすのに結構な時間と苦労がありました。それはモテる、モテないとか、人間的にいい悪い、仕事や勉強ができるできないとは全然違う話です。若い男性も女性も性や恋に悩む年代であり、それを男性にとってはプロの女性が指南して経験を積ませたからうまく流れたとも言えます。そういう女性がいたことを表に出すのは、女性差別だと言われる向きもありますが。そういったプロと経験した男性が上手く素人、初めての女性を相手にして上手くコトが流れるのに寄与したというのはあると思います。
 ちなみに私の場合は、いわゆる性風俗に行ったことはあり、そこが初めての経験かもしれませんが、とても年齢のいった女性で全然まともな経験ではありませんでした。ですので趣旨とは違いまがプロは嫌いです。

 学生時代の体育会系や、劇団のグループの友人などの話によると、そういうプロで経験した者と、もちろん本物の恋人とに分かれるのと、あと中間ではないですが、けっこう誰とでも付き合ってくれる「サセコ」という感じの女性がいたのです。もちろん、誰彼と見境ないなくというのではなく、そこそこのつき合いで、短いインターバルですぐカラダの関係にいたってあと腐れがなく、別の人ともすぐつき合い、また付き合ってくれるみたいな感じだ、というお話です。
 基準がユルイといって、全てのモテない童貞やブサ男まで相手にしてくれるかというと、そこが難しいところです。ただイケメンの口利きとか、お金をかけた設定で一度だけならとかが何とかなるハードルのようです。

 集団での半強制性交というのが母校のアメフト部で、強姦犯罪のようにやり玉に挙がっています。どうもいろいろ確認にていると、報道がイメージづけているような、それほど凶悪な企図のある集団での常習的性犯罪者ではなく、情けない要領の悪い、ドジな童貞君たちのようです。
 1対2とか4ってプレイもありますが、基本的に同性と一緒になど恥かしいですし、それほど面白いものではないそうです。一人ずつ順番でも後でする方は、何となく不潔感を覚えますし、キレイに洗ったとしてその間が空きますし、私ならイヤです。これをいいと思う友達はほぼいなかったですね。鬼畜集団レイプなどというのはAVやエロビデオのウリです。

 まあ、愛のあるセックスとは基本1対1のパーソナルなものだと思います。報道で明らかになった1時間に4人かわるがわるというのは、その前の4時間以上お酒を呑んでというのから考えると「たった1時間、早ーっ」ではないでしょうか、本人たちにとっては一人がリードした、童貞喪失体験会みたいなものではなかったのかなと思います。相手が精神的肉体的に損害や被害を蒙ったと思い、不快に思う気持ちで訴えるといわれればそれまでなので、男性たちに非はもちろん全面的にあります。男性は女性を不快にしてはいけませんし、それで訴えられるのは本当にへたくそ、情けないドジ野郎であり、周りが深く反省して組織に自粛などがあれば、本当の迷惑野郎です。しかし、まあ本人たちはたった1時間、一人15分ほどのため、就職内定取り消しで、暴露雑誌に顔をさらされ、一生を棒に振りかねないとしたら、親御さんも含めてまあ忸怩たるものというか、それこそメンタルケアが必要な危険なレベルです。
 厳しすぎる青春の門みたいな話ですが、そういう何ともいえない理不尽なタイミングというのもありなのでしょう。

  また少し話がそれて「月曜日のたわわ」の話は明日へ(つづく)

 

ヰタ・セクスアリス  最近まじめすぎる禁欲主義のような人が増えた?

 性の問題、その情報というものはセンシティブで、書き込むのも作品化するとか報道するときも非常に難しい面があります。
 何だか最近は、自分は性欲も我慢したひどく高潔な、石部金吉みたいなことをレスする向きが多いようです。一つの性的な表現事象や性犯罪の事件をとらえ、著しく厳しい発言や妥協を許さない非難をし、擁護する者も攻撃する。「時代遅れ」とか我々の時代にはあり得なかったとか、歴史初めての暴挙のような表現までされます。性風俗の歴史などを考えれば、現在に近いモラルやらができたのはごくごく最近であり、愛人や不倫に罰則はなく、昔はもうやりたい放題のようなところがありました。
 ですから、男はオオカミに変わるからとか、夜道は女子供一人で歩くなというような戒めがあったわけです。
 逆にいうと、若い男の性欲、女の性欲など今も昔も量など変わりあるとは思えません。悪質な性犯罪は統計的には減っており、ある程度治安のよいいい時代になっています。ただいろんな人権が確立したり、不快を感じる微妙な心理までもセクハラという罪に問われるようになると、大きなメディアに出る表現や、有名な企業や大学などでは罪のハードルは低くなり摘発されやすくなっている気がします。表現は昔と比べ、ものすごく不自由になっているところに、ますます雁字搦めの不自由を叫ぶような人がいます。
 鴎外のヰタセクスアリスではないですが、私らも若い頃、間違いなく今なら捕まりそうなエッチなことはやってきました。それは友達や同僚も同じレベルでした。今も昔も、英雄色を好むでも、偉くなってるやつはもっと豪快な遊びや犯罪まがい(今なら犯罪)をやって逃れてのし上がっていました。

 レイプ、強制性交などの性犯罪を許すとか擁護するわけではないですが、そういう人が特殊な異常犯罪者かというと、そういうわけではなく、誰もがもっている性衝動ではないかと思います。そして、それがいい悪いに関わらず、我慢しきれない状況が偶発する場合もあるし、衝動を抑えきる理性がやや弱い人もいるということです。
 犯罪として、表に出るのは氷山の一角であり、和解や泣き寝入りの数も多いでしょう。性衝動を抑えきれない危ない人間というのは、ある一定の割合で、学業や仕事が優秀な人間の中にも潜伏しており、試験などで振り分けることなどまず不可能です。

 私の元同僚というか、部下、後輩にあたるYという男も国立大を出た優秀な男でしたが、新婚なのにとにかく女癖が悪いというか、遊びも不倫も強引な性交も何でもありのタイプでした。同年配のFという対照的なコツコツ真面目に積み上げるタイプの男がいたのですが、一般的な評価はもちろん、目立つのも上司に可愛がられ、女性陣からモテるのもなぜかYでした。
   

 個人的なこと書いてたら「月曜日のたわわ」問題まで行かんかったので明日へ(続く)

夏の暑さが終わる         少しだけアンニュイ

 暑い時は暑いことに文句を言って、ヒーヒー言ってたのですが、いざ涼しくなって長い夏の暑さが陰り出し、朝晩が涼しくなりだすと、ちょっと寂しくなります。
 子供の頃の長い夏休みが終わる寂しさのトラウマなのでしょうか。京都では地蔵盆あたりからが夏休みの終盤です。当時の記録だと50年前は毎日猛暑日、真夏などにはならず、京都で30度を超えない日も多かったようです。
 まあ最近の夏は前後からとんでもなく暑いです。7月の初め梅雨が明けた頃、本当にギラギラだった太陽が、9月にもなると真昼はまだ暑いですが夕方は早く日が沈むようになり、何だか夕陽が寂しげです。

 小さい頃、もう亡くなった父親に夏休みの終わり間際にクルマでどこかへ連れてもらい、沈みそうな夕陽を見て帰る道はなんとなく寂しかったのを未だによく覚えています。イチジクを頬張って美味しかったのも思い出です。

 今年は、社会人になって以降初めて、入院をして6月の後半からずっと療養の欠勤、その後も1週間の出勤を挟んでコロナ陽性で欠勤、都合1カ月半という長い学生のような夏休みでした。もちろん子供の夏休みのように、海や山に出かけることもできない悶々としたものでしたが、本やネット、テレビなど今思うと時間の贅沢の限りでした。窓際の部屋で、夏空や京都の瓦屋根、夏の青空と入道雲、夕立も毎日見られました。個室ではなく4人部屋で苦労もしましたが、窓の外が望めるのは良かったです。

 ゆっくり昔を振り返ったわけでもなく、ごく断片的に子供の頃、学生の頃、若手社会人だった頃、新婚の頃、子育ての時期、熟年となっていく時期、いつも夏の終わりはこんなアンニュイを味わっていたのです。

 少しだけ感傷的になり、また何事もなかったように、動きやすい心地よい秋の季節を頑張り、楽しむのですが、やはり夏の終わりの夕陽はアンニュイです。