オリンピックの開催の是非が問われている。その中で白血病闘病から復活した池江さんのニュースは感動的でした。
彼女に血のにじむような努力に関して、誰も揶揄したりできないでしょう。
2年前、当時の五輪相がメダル候補の彼女の白血病が分かった時、「がっかりした」という失言をして物議をかもし炎上しました。「メダル云々よりも彼女が病に負けず生還することだけを考えるべきだ」という声が圧倒的だったのです。
彼女が2020年の東京五輪に復帰して出られるとは当時誰一人思わなかったはずです。
忘れられかけたコロナ禍1年前のその騒動を思うと、池江さんの復活劇が本当に誰も書き得ないドラマだと感じます。
コロナにより1年延期されたことで、池江さんは希望をさらに強く持てて今回に復活劇につながったのかもしれません。
免疫抑制等で体重が一時期15キロも減り、髪の毛も抜けた状態からの回復。奇跡的な運命での復活レースの勝利です。
勝利インタビューで涙する姿には私も目頭が熱くなりました。
ただこの復活劇を恣意的に利用しては、感動が薄れます。命の大切さはまたコロナ禍で失われる一般人も同じです。
この結果がオリンピックの開催是非に直結するものではないです。
そして、彼女の言葉「努力は必ず報われる」これも素晴らしい言葉ではありますが、他の参加者や多くの一般人が努力していないわけではなく、報われない努力も世の中にはあります。
努力を重ねたら、とんでもない奇跡が起こることを証明してくれたのは間違いなく、それにいちゃもんをつける趣旨ではないですが、受け止めと使い方には難しい面があります。
今うまくいってない人が、努力や工夫を重ね池江さんのように、成功するまで頑張ることが素晴らしいことです。それは完全な結果としてすぐに表れなくとも努力は無駄にならず次の糧になります。
ただこの言葉は他人が、特に部下や後輩に努力を強要する際に間違ってつかわれるとパワハラやブラック企業となります。
人それぞれ、個性があり得手不得手があります。努力だけでなく周りの環境、理解、サポート、降りてきた幸運によって人生が変わることがあるのです。