【あふれるネガティブな情報】
年金の問題というのは、いろいろな要素があってその問題も解決も一言では難しい面が多いです。
世代によっても、職業や個人によっても年金の問題、社会保障、お金の悩みや不安はそれぞれ違います。
かく言う私でさえが、自分のお金のことや、年金のことも不安はあります。今、コンビニや書店でもかなり多くの書籍、雑誌、ムックでも、ネット上でもいろんなことが書かれ、情報があふれています。それだけ悩む人も多く、また分かりにくい面が多いということです。
今の世相としても、不安を煽りどうにもならない政治批判系の不満を言っても始まりません。とくに年金の批判だとか不満は、近い未来の事や遠い将来のこともごっちゃにして、政府が転覆でもして、何もかも記録が消えてガラガラポンにでもなればいいという方向に短絡的に行く人もいて気を付けないといけません。
確かに不安はありますし、分かりにくいとか、不公平とか話が違ってきているという不満には共感できるところもあります。
たとえば「ウチの父親は、沢山年金を支払ったはずなのに、いざ貰える年齢の直前で重い病気で何も貰えず口惜しがって死んでいった。だから、俺も年金を信じないし、払わない」というような人に話も聞いたことがあります。
また過去のいわゆる「消えた年金問題」などで不信がある方もいまだにおられます。若い方は自分が老いた時に年金がもらえないかもしれない。年金を貰っている人、もうすぐ年金が貰えると思っている人は、目の前の年金が減るとなると怒り心頭か生活できるか不安かもしれません。年金は100年安心といってたのに、【老後年金では2000万円不足】で蓄え必要とは何事かとも、ちょっと前にありました。
まず大きく誤解されていることがあります。
ひとつはごちゃごちゃ言っても【現役世代が年金保険料を払うのは義務です】年金の給付は年金保険料、20歳以上の保険料もくはそれ以下でも働いて厚生年金の方の保険料で半分以上賄われています。そして納付、支払うことは法律で決められていて、給与天引きだろうと、国民年金の振り込みであろうと、無視したり拒否することは、できません。
この段階でああだからこうだからと言うの、言うだけなら自由ですが、だからと言って払わないことは許されません。学生や失業者、所得の低い人が申請によって、猶予や減額、免除されるわけす。
小泉内閣の時代だったか、将来の年金財源が不安と言われ、100年安心というマクロ経済スライド方式が導入されました。「これは将来も年金を安定して払うために、物価など経済情勢に連動させながらも、少しずつ給付を下げて財源を安定させていきますから、将来全く財源がなくなることはないですし、今使い切れないほど年金貰っている方は物価が大きく上がった時には上がったポイントよりも少し少なく上がるので、我慢してください」という意味合いでした。当時から国民年金だけでは、家族もいなくて家も財産もなければ生活していくのは厳しいことは自明でしたし、条件により生活との差額は生活保護がありました。
その後、消費税増税や、少子高齢化は顕著に加速して、今回など物価の値上げの急速さに、マクロスライドがついていけない弊害もあり、制度の見え方にはツッコミどころは多いです。しかし将来への体制画ぐらぐらというわけではないのです。
将来どうなるか、今後どうなるかは、今の20代等の若い人の40年先とかまでは絶対的な保証は誰も出来ません。しかし、今までの例から、政府が無くならない限り、額や時期に多少の差はあれど、働けなくなる老後のため、障害や遺族のために年金は存在するでしょう。
若い人はまず頑張って日本のために税金や保険料を納める義務を知り、将来に備えてください。今、不安を批判に変えても、根本的には日本の経済さえうまくいけば何とかなります。役所、行政も遅ればせですが、マイナカードでデジタル化は進んでます。
【不安な今から間もなく年金を受け取る世代】
やはり難しいのは、これから間もなく年金受給を迎える人です。
年金は長生きする人が働けなくなった時期に備えるための、政府の管掌する保険です。定年のある厚生年金では所得の半分なり3分の2を保障して代替します。
一般的に、10年ぐらい以上前からの厚生年金や公務員共済の長い期間のある受給者は潤沢に年金を貰っています。しかし、最近や今から貰いだす人ような人の年金は、現役の時代に比べれば優雅な生活を送れるほどはもらえません。ましてや国民年金だけでは、正直生きていくのには足りない額しかでません。
【老後2000万円不足】は、ここらあたりの、ごく当然のギャップでもあります。これに今は健康保険、後期高齢者や介護の保険料アップや、諸物価の値上げが輪をかけて、不安を煽ります。現役世代でも、物価や住宅ローン金利まで上がり不安は増大します。
年金の繰り上げか繰り下げ、70まで働くとか、高齢者任意加入で年金を増やすとかの記事は多く出ています。詳しくは別の機会というか、自分の条件を考えて、ムックやネットで見た方が早いやもしれません。70まで働ければ働くは確実に増えますから、金額的に間違いはありません。しかし、それも健康面にもよります。どの選択とかにもここまで来て絶対的な正解はありません。
過去にさかのぼって後悔しても、どれが絶対正解というのも分かりません。
大きな会社に定年までいて年金が多い人、少し足りないから70まで働くという人、一見確かに前者は優雅に見えますが、それも絶対的に有利で幸せかはわかりません。ここまでの年になれば、健康の要素も大きく、毎日キチンと規則正しく働き、細かい人間関係に気を付ければ認知が防げ体力は維持できるかもしれません。言い換えれば寿命あるいは心の幸せをかけたチキンレースかもしれません。
「〇〇歳になれば。退職金の貯金を完全に食いつぶす、現役に比べ〇〇もできない、買えない辛い」とときおり不安になりがちですが、それをあまり考えても仕方ないような気がします。引退のない社長や役員でもない限り、財布はある程度紐をしめ、シュリンクした生活が要求されるでしょう。
それも工夫して、切り詰められるところを見つける、ノマドで働いたり、資産の運用、メルカリなど細かくてもやれることや、支出の抑制と収入の増加を、楽しくやっていけば生きるヒントがみつかりそうです。
【結局は健康と楽しさ】
そうです結論は、健康と楽しさです。
たまたま動画サイトである熟年好きの方が、モテる男性は「健康とユーモア」と語っていました。身だしなみさえキッチリしていれば、お金や少々のイケメンに優先するとは、意外ですがその通りなのでしょう。
いくらお金があり、保険が下りても身体が苦しくて、心が病む手前では生きながらえる意味がなく、幸せとはいえません。そこそこ貧乏で働きながら、節約しながらでも【健康】は最優先事項で、健康保険や医療保険、自己負担がどうあれ健康に越したことはないのです。
そのためのお金の使い方であり、残し方だと考えて良いぐらいです。
そこそこお金がないと、「同窓会や同期会に行けない」「家族に見放されるとか、孫に小遣いやお年玉ぐらいはあげたい」という人もけっこういます。それを優先上位にする生き方ももちろんありですが、自分の健康あっての【楽しみ】の一つでしょう。
【楽しみ】は家族や孫だけでもなく、高齢者の集まりやSNSからでも見出せます。
私だってときおり、不安が募るときもあります。でもそこはもう寿命だと、いつ尽きるかもわからないですし、現役なみに飲食や旅行、ゴルフのつき合いが頻々とあるわけでもなくなります。必然的にシュリンクしていく生活の中、予算の中で生活をして、生きる楽しみとして何を残すかです。
鴨長明の『方丈記』ではないですが、人間最後は立って寝て飲食できるぐらいのスペースがあれば良いと思います。今は、勉強とか調べもの、テキスト、ノウハウ、映像全般スマホがあればすぐ手に入り、ほぼ無料でできます。鴨長明の時代にこれだけの情報を得ようとすれば、豪族か貴族で大きな蔵のような書庫をいくつも横に並べていないといけなかったでしょう。
時代や政治を批判したくなる気持ちは私にもありますが、凄く長い目でみれば、人間社会は平安時代からは確実に進化して便利になっていることに感謝と感動すら覚えます。そんなに悪くない時代ですし、そんなに悪いことばかりではないはずです。