剣道少女は負けない #コイバナ#ラノベ

最近の映画やアニメに多いマジックリアリズム風ラノベ、でもないか(笑)想像たくましく痛いモテ期自慢

 最初、彼女が異動で部署に来たときは、デスクトップの陰でなかなか見つからなかった。育児休業明けで、時短勤務なのでいつ来ていつ帰ったかが良く分からないのが第一印象でした。
 何せ、ちっちゃい地味な印象。でも眼鏡を外されたそのお顔よく見るとどこかであったような印象の面影。
 多忙な職場で、とろい仕事には罵声が飛び交う環境なので、彼女の存在は貴重でした。
 ハードワークも多い職場にて、特に背の低い彼女から再三依頼を受けて手伝いました。仕事では紙の保管が重要で煩雑の割には、後回しにされやすく汚れ仕事です。パソコン実務では、エクセルの関数やWordの文頭など、ちょっとしたコツは私がこれも重宝がられよく手伝いました。
ベテランの嫌がらせや陰口があんまり悪質なこともあったので、二人で倉庫作業をやっていた時、私も声を上げようかと言いました。絶対「私は負けない。うまく納めるから、井上さんは何もしなくていい。私高校時代剣道部やったから、根性あるんよ」
 一度だけ、彼女が私ににじりより強く言い切った、厳しいけど意志の強い凛とした美しい表情でした。この人、こんなに美人だったのか、改めて顔を近くで見つめてしまいました。
 ちょっと気まずいほど、二人きりの空間で顔が至近距離になってしまいました。
 いくら年の差があってもドギマギします。そして、上の棚の荷物を取ろうとして躓いた彼女をしっかり抱きとめて転倒を防ぎました。
 「ごめんなさい、井上さん、あたし汗臭いのに、本当にすみません」
 「全然、そんなことないです。気をつけましょう」
 実際、汗臭さなどなく、さわやかな女性らしい香りでした。
 そう、高校時代の同級生の剣道少女を思い出しました。少し恋心を抱いていながら、いろんな事情で告白することもなく、片思いのままだったという感じの人でした。

 そう、いつの間にか40年以上前の、京都市の市バスの中にい私は高校生に戻っていました。
 なぜか、雨の日、なぜか通学帰りのバスの中では一緒になり、私が要領よく座れて彼女はいつも私の前に立っていました。なぜ雨の日かというと、普段はバイク通学だったからです。ただ雨の日は、私のようにバイクや自転車も雨具を持って乗り込みますから昭和時代の京都市バスかなり混んでました。
 剣道少女が何故私の前に立つのか、期待的想像もしましたが、超満員で押されるバスなので、同級生がいた方が安心的なという程度なのでしょう。それでも揺られると彼女の柔らかいお腹あたりの身体が私の肩に当たってきてドキドキしました。今はその区間、彼女が乗り換える私鉄路線が延長して、もっと手前で降りることになっているでしょうが、いずれにせよ剣道少女が私の肩を支えにしてくれている時間が永遠に続いて欲しいと思いました。
 そして、バスが大きく揺れて、彼女の身体が完全に私の足の上になりました。しかも、すぐに戻れないほどの混雑でした。
「ごめんね、井上くん。私汗臭いんやない?」
 いつもバイクなのに雨の日はバスなのだと言う程度の会話をして、しばらくして混雑が少しだけ緩むと彼女は立ち上がり、「〇子に悪いから、井上くん〇子をバイクに乗せて送ってあげたんでしょう」
 たしかに同級のその女性がなぜか、いきなり強引なほどアプローチしてきて、一度でいいからバイクの後ろに乗せて家まで送って欲しいと懇願されて、乗せたことがありました。
 ただ、本当一回こっきりで、お茶を一緒するでもなし、それ以降付き合うこともなしでした。ただ、複数の目撃者があったことと、〇子さん自身も話しているのだなということは、この時わかりました。
 私は「そんなんじゃない」と否定したかたのですが、言葉が出ませんでした。自分のことを気にして、〇子とのことを妬いているのかとの、希望的想像もありましたが、強く関係ないと否定すると、好きでもない女性をバイクの後部に乗せたことも軽薄に取られるとか、もう思考停止に陥りました。
「〇子も井上くんの大ファンだから」
 そういわれて、ファン止まりという認識なのにやっと安心しました。
 だいたい私は当時、好きな女性、キレイな女性と面と向かわれるとドギマギして、思考停止で何言うかもわかりません。
 その後も剣道少女と何度かバスで一緒になり、やはり身体が触れ合うほどくっつくことはありましたが、それ以上何もないままで卒業しました。
 大学はマンモス大学で学部やサークルも違うと、会うこともありません。自分の中では見かけた記憶すらないのです。一度だけ4年生の就職を探す、掲示板の前で見かけました。
「ひさしぶり、就職決まりそう」と声をかけると
「まだ、大阪でも京都でも真ん中へんだから通えるんやけど、なかなか、内定ゼロ、どんくさくて大事な時に、顔怪我しちゃったし」剣道少女は照れ臭そうに鼻の絆創膏を見せてくれて、笑いました。就職前の大学4年生を少女と呼ぶのも変なのですが、ノーメイクのあどけない彼女の笑顔は少女そのものでした。
「大丈夫や、みんな本命はこれから!」
「井上君も頑張ってね。ずっと演劇やったはったんでしょう。演劇は続けへんの。キレイな女優さんみたいな彼女と歩いたはんの見たで、」
 たしかに演劇はやっていて部員と活動はしていましたが、それもただ、一緒に歩いて移動していただけで、交際している彼女ではなかったのです。直ぐ否定したかったが、演劇をやっていた自分を見ていて知っていてくれていたことが嬉しくて、何も言い返せませんでした。
 それと、勇気もなかったので、詳しくは聞くこともなく、勝手に彼女にも彼氏がいてもう遠い存在だと思い込むような気持もありました。
 これが本当に最後になるかもしれない。メールも携帯もない時代で、淡い思いもあったけれど、就職に気持ちの大半もいっていた時期、急なシチュエーションにまた思考停止です。
 二人はとりとめなく、自分の面接の苦労、高校の時代の話をしながら、何年かぶりに市バスに乗りました。時間帯はラッシュでないので空いていて、短い間ですが、高校時代にはなかった状況しかもまぶしいほどの日が射す晴れた日に、二人掛けの初めて席に、並んで座りました。やはり、当時厳しかった今ではパワハラな就職の面接官の質問を話題にしました。
 また、会う約束をしておかないと、彼女に向き合おうとしたとき、揺れるバス。窓から真夏の太陽の光を避けるように、通路側の剣道少女をちらりと見ると、その白いブラウスの肩口を見得ただけで、ドキドキが止まらずまた窓の外を見ました。バスが少し揺れ、風が流れ誰のものかはわからない甘酸っぱいような汗の匂いがしました。
 近くで見た彼女の元々は白い顔が、随分日焼けしていることと、小さなニキビや、小さな傷があることが見え、少し安心したようにもなりました。ドジな面もあり、完璧に美しい女性なんていないだからこそ、人は人を応援したくなるのでしょう。
 私は降りようとする彼女を追いかけ、抱きしめようとしました。

 昭和のバスの中ではなく、やはりここは今は令和の職場の書庫でした。汗の匂いがタイムスリップのトリガーだったのかもしれません。抱き合っていた二人は驚いたように、気まずく離れました。時間にすれば一瞬なのでしょう。

 元剣道少女と話すまで、正直市バスのことも、就職案内掲示板の前での話も忘れかけていました。
 それ以来、時々、小さなクッキーやチョコなどのお菓子やお土産をこっそり、いつも手伝ってくれるお礼と渡してくれるようになりました。
 この時ははっきり分かりました。彼女は私に好意、少なくとも興味か同情まあ良い感情は持っているのだろう。
 私が職場を去るとき、彼女はかなり仕事面でも追い込まれた感じでした。私が去ってしまうのは残念だと、寂しがってくれました。
「私なんか、マイペースな嫌われ者だから、またもっと仕事のできるいい人が来るよ」
「そんなことないです。残念がってる井上さんの隠れファンは多いです」
 ファンだったら隠れてないで出てきて欲しいのですが、そうもいかない職場でした。
 そして、彼女の周辺の状況はますますハードになっているようでした。
「本当にしんどかったら、辞めたらいいんやで。この職場で負けても、人生で負けたことにはならへん」
「ありがとうございました。そんなことまで言ってくれるのは井上さんだけです」
 私が職場を去った翌日、元剣道少女は職場内のベテラン職員のパワハラ、残業を強いられるブラックな環境を告発し辞表を出し、そのまま出勤しないという円満でない自己都合退職をしたそうです。
 私はそのことを、かなり時間が経ってから元の同僚から聞きました。元々彼女がそう決めていたのか、私が後押ししてしまったのかは確かめようもない話です。

“剣道少女は負けない #コイバナ#ラノベ” への4件の返信

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください