嘘つきでバチが当たった「コンパクト五輪」「復興五輪」の無観客開催

人間って弱いもので、どうしてもその場逃れに適当なことを言ってしまいます。うまく逃れたようでバチが当たり後で信用を無くしたり、しっぺ返しをくうものです。
当初、オリンピックは東日本大震災からの復興を世界にアピールし、既存施設を活用したコンパクトな五輪ということで開催都市に決まりました。
巷間伝わるところでは、合法か非合法かは知りませんが、東京開催誘致のため広告会社から数億のお金がアフリカ諸国に渡ったという話があります。その採算をとるためには結局は競技場、施設も新設をしド派手な五輪にしないといけなくなり、復興もコンパクトもその場しのぎの言葉で置いていかれたということです。いずれにせよ、「復興」や「コンパクトに」は裏切られ、予算は当初の3倍に膨れ上がりました。
コロナの蔓延で満員での開催が難しくなり、多くの施設は出鼻から満員稼働で稼ぐチャンスを失い、一度も使われることなく取り壊される観客席もあります。残るものも悲惨で今後は維持管理だけでも重荷になります。自治体の負の遺産が量産されているのです。
もちろんこれはコロナという予期せぬアクシデントではありますが、やはり何かリスクを見通した採算の見通しの甘さと、「原発事故も完全制御している」等の虚言まがいで強引に進めたツケのようなものがしっぺ返しを食った印象があります。
広告会社や人材派遣会社はコロナ禍でも利権太りしたままなのかよくわかりません。しかし倫理や道徳を逸脱してまで儲けだけに走る企業もまたいつかしっぺ返しを食らうでしょう。
自分自身でも仕事等で、その場をとりつくろい信頼を失うようなことで大いに反省したことがあります。
国家、政府、官僚もその場だけでなく、将来未来、世界に通じる言葉を大切にしないと信用、信頼は得られません。

苦言やマイナスの発言が多くて申し訳ありませんでした。とはいえ、世界のトップクラスのアスリートが競い合うイベントが間もなく開幕します。コロナのこれ以上の蔓延、亡命やテロ、大事故、災害がなく無事に終わることをまず祈ります。
プロ野球Jリーグ等も中断しますから、やはりオリンピックに注目は集まるでしょう。この時しか脚光を浴びないアマレスや重量挙げとか、マイナーや新興のスポーツの面白さに注目します。殺伐とした世情の空気を一掃して欲しいです。
スポーツの持つ力、ドラマ性は認めるところです。
新たな世代が、活気を持ち元気になれるようなドラマを大いに期待します。

中国アメリカを復興で追いかけろ  #ワクチン#アフターコロナ

世界経済は米中を中心に回っています。この二大国はすでにコロナ禍からほぼ脱却しています。
毎日、放映される大谷翔平のMJBの画像の観客は、マスク無しで酒も飲み叫んでいます。
中国はともかく、欧米は日本なみの感染者の割合ですが、ワクチン接種も済み重症化が減ったためコロナの感染症としての危険度合いの「格」が下がっている感じです。
日本はワクチン接種は遅いですが元々民族として清潔な習慣を持ち、免疫力も高いため、ワクチン接種をした欧米がやっと追いついた程度です。それでも未だにニュースネタを欲し政府批判したいマスコミ系が恐怖を煽り洗脳を解きません。
元々しっかり感染対策をすればそうそう感染し重症化に至る割合は著しく少ない上、さらにワクチンで免疫力が上がればほぼ影響のないものになり下がるはずですが、なかなか安心の報道はなされません。
最悪のリスクの情報も必要ですが、全体的な説明が必要です。【変異株】という新語も良く出ますが、なぜ【種】や【型】でなく【株】かというとコロナウィルス自体が著しく変異するウィルスではなく表面のスパイクというトゲトゲが少しだけ変わり特性が少し変わる。マイナーな変異を繰り返しているだけです。【新型】とまで変異するには前の旧型からと同じく15年くらいかかるそうです。毎年流行の型の予測のつかないインフルエンザに比べると、しごくワンパターンで旧型を一度罹患した人でさえかなりの免疫力があるという説があるくらいです。(いわゆる東アジア人のファクターX)
ワクチンにもいろいろ玉石混合の情報があり次のデルタ株にはあまり効かないとか言われてもいます。
しかしコロナのマイナーな変異程度では全く効果がないとは考えにくく、ある程度効くワクチンであり続けるようです。
ワクチンの接種回数や頻度の問題も長い治験は無く、実はまだよくわかっていません。
専門家が読み取る1回~複数回の治験データからも、1回接種でかなりの効果があるのと免疫の低下の時間がそれほど短くは無いのではないかと言われています。
1回より2回のが良いのと、毎年2回受けるのが良いのは良いでしょうが、費用対効果やリスクを考えると1回でもかなりの効果はあります。
効果を言い出すとインフルエンザの予防接種等は年により大外れに近いものが多いです。それでもインフルエンザに感染した時、「重症化を避ける。記憶免疫を強くしている」と言われています。
記憶免疫、そこまで言うならコロナのワクチン1回でかなりの効果が残るはずです。
ワクチンを作る薬品メーカーや医療行政は、感染後の特効薬よりも毎年複数回の接種を勧めるデータの提供に拘ります。彼らは、使命感もありますがビジネスでもあります。
今いきなり日本はワクチン不足と言いだされましたが、これも1回接種を先に進めていれば局面は変わっていたかもしれません。7月中ぐらいには成人人口の半分、希望者のほとんどにワクチン接種ができることになっていました。元々感染の少ない日本で、これで収まれば一気にワクチンは1回で十分とも言われだしかねない対応なので、結構慌てて2回接種をメーカーは強要しました。少し胡散臭い感じのするところです。

また緊急事態宣言出した東京、日本はまだ企業も個人、国家財政もまだ立て直しがきかない状況です。オリンピックの無観客も痛手。これからコロナ関連で税や保険料の引き上げの痛いところであり、財政もますます厳しいところです。
日本の消費が止まり、日本への輸出が減っても二大国はびくともしません。逆に貿易相手としての格が下がり、インセンティブ等の条件が悪くなる一方です。
アメリカ、中国との経済力の差は広がるばかりです。
既に食糧の輸入等どんどん足元見られています。有利な先物での買い付けが、消費低迷でできないと国内調達のできない日本は致命的です。
そして日本は今少子高齢で、国内の産業、輸出できるようなモノがどんどんなくなっています。
コロナの国内世論も大事で、命も大事ですが、本腰を入れて経済の復興をしていかないと、日本のプレゼンスは決定的に下がります。
テレワークと些末なことにとらわれず、【経済復興】日本のビジネス、教育これから必死に頑張らないと日本は中等から下のマイナーな老人国に落ちていきます。
若者たちを中心にもう一度【坂の上の雲】を必死に追いかけるよう、教育もしっかりしないといけないでしょう。

ワクチン徒然

つい一年前はマスクの供給で騒いでいましたが、今はワクチンの接種、予約や供給で相変わらず混乱、騒然としています。
オリンピックをめぐる議論も立場が変わればいろいろですが、ワクチンをめぐる議論はさらに複雑です。
どちらかというとアンチ政府の人は、ワクチンがコロナ対策の切り札と言いながら後手に回ったことを非難しています。裏を返せば早くワクチン接種をして安心を得たい人です。
このほかに、コロナワクチンそのものに懐疑的なグループがいます。
このグループは日本人の治験が不足しているという慎重派から、メッセンジャーDNAワクチンそのものを無理して身体に入れなくても良いというスタンスの方もいます。薬品メーカー陰謀説に近い論理もあります。
確かにワクチンには重症化を防ぐとか、発症をある程度防ぐという、国が進める目的であるメリット、ベネフィットと、これに相反するデメリットがあります。それはやはりアナフィラキシーショックや血栓等、副反応、最悪は死です。

いくらワクチンが引き金で死ぬ確率が低くてもゼロではありません。元々日本人が感染対策をちゃんとしておれば罹患する確率は低く、まして健康な基礎疾患のない人が重症化し、死に至る確率はかなり低いです。そうなるとワクチンをわざわざ打って血栓でもできて死ねば救いようがないとも言えます。
確率が低いとはいえ、重大な副反応が起きる人にとっては生きるか死ぬか1:1です。コロナそのものも、また確率は低いですが重症になってしまえば生きるか死ぬかあの時ワクチンを打っておけばということにもなります。

この判断が一般の人に委ねらると大変難しいです。
アンチワクチン派は専門家は薬品メーカーから研究費等お金をもらっているとか、大金で抑えたゼネガのワクチンが危険なので他国に譲った。結局ワクチンは危険、必要ないのではとディスります。そういう面もありますが、そこからもファクトを見つけないといけません。多くの国もワクチンによって爆発的感染は抑えているということと、重篤な副作用はほとんど現れていないというのもファクトです。
世界経済を大きく揺るがした新型コロナです。その裏にどれだけのものがあるか想像してもしょうがないです。
どっちに転んでも命まで取られる確率は低いと楽観するしかないでしょう。

京都地下鉄市バス赤字問題       京都財政再建2#京都市財政破綻

京都市の赤字の原因はいくつかありますが、大きいものが交通局。市バス地下鉄の事業と言われています。それもインバウンド拡大の時期はそれなりに乗客があふれ目立たなかったのですが、構造的にもあまり採算がとれにくくなっているようです。
コロナ倒産とか言われますが、企業もコロナを言い訳にしているだけで、財務体質や本業の競争力等根本に問題がある場合が多いです。たまたまインバウンドのバブルで延命していたものが途切れての倒産というケースです。
京都の財政逼迫もそれに似ています。
市バスもインバウンド全盛の頃は混雑しすぎて満員で地域の足としては利用しづらくなっていました。地下鉄は環状はおろか半環状にもならず他の私鉄やJRとの接続も悪い状況です。市が肝入りの洛西ニュータウンまでの延伸を約束した地下鉄東西線は途中の太秦天神川で事実上延伸停止です。それまでの工事に予想以上に費用と時間もかかりました。ニュータウンは最早旬を過ぎ、人口も全盛期の半分程度になり「陸の孤島」と揶揄されたままです。
京都市には、洛西ニュータウンに住居を購入した人への最低限の約束を守る義務もですし、もっと大きな志として京都市全体の交通体系を考え市民が暮らし良く、豊かな住みよい街を築く使命感を持ってもらわないといけません。
たとえば地下鉄とバスの連携、バス乗客を観光客と地元市民に分かる。一見コストがかかりそうですが、便利にしないと乗ってもらえません。そして主要観光地と住宅地を結ぶ新たな路線や延長も考えるのです。その際もコストは重視して単線とか一方向のみ等シンプルにして、過剰な設備はカットします。
公共事業が大赤字になり自治体財政を悪化させるのは、予算を乖離したような民間だとどこかでストップしないと借金がふくらみ経営が破綻することを一度決まったからと暴走するからです。小さな企業ならすぐ無理になることが、税金、親方日の丸は後戻りしません。地下鉄東西線はそのパターンです。
考古学を全否定しませんが、市民の多くはそういう学術に時間やお金がかかることは望んではいません。大阪で橋本市長の時、文楽の予算の件で議論がありました、橋下市長はすべてアンタッチャブルに見直しを図りました。いろいろ誤解や軋轢もあったでしょうが、覚悟が伝わりました。京都の場合も聖域やしがらみのタブーは多いですが、
地下鉄やバスのこれからは、市民とその目線の代表により,しがらみなく改革してより良い交通体系を目指して欲しいです。

田植えの季節

今は人手の関係で5月の連休から田植えが始まり、梅雨時にはあらかたどこの田も苗が植えられています。
カエルが鳴きだして、日本の田舎、農村風景です。京都市でも少し周辺に行くと田や畑が多かったのですが、今は国道等の主要の幹線道路の周辺は店舗になったり開発されて田んぼは消えました。
ただ街中には駅から10分、歩けば結構田舎の風情、水田が狭くても残っています。昔は主食であり貨幣でもあった時代もあり、どんなに苦労しても田んぼを守り稲を育てるという気合が見えるところもあります。農耕民族の心意気ここにありという感じです。
貧しい時代から、減反や飽食の時代が来て、それでも多くの日本人がお米を食べているのが良く分かります。

確率的には高齢者でなく、基礎疾患もない人にコロナは軽い #コロナ統計

京都市がまとめた新型コロナの統計で、死亡者の90%が60歳以上(ほぼ60代後半以降)で、また85%以上が基礎疾患のある方ということでした。
3度目の緊急事態宣言で強めの自粛要請もようやく解除のゴールが見えかけたところです。
ここでやっと出だしたその他の統計、重症者の分布を見てもやはり近似で、若年の死者が出ると騒がれニュースになりますが裏返せばその比率は稀だからです。
なかなか個人情報の問題で詳しい属性の統計が発表されませんでしたが、若者への注意喚起と警戒のため、わざと伏せてたとも勘繰りたくなります。
それほどに新型コロナ感染症は基礎疾患者、高齢者に偏った病といえます。もちろん健康管理や衛生管理を怠ると誰でも感染はし場合により危険ではあります。しかし、通常に働き学ぶ現役世代の日本人にとってコロナはそれほど恐ろしい感染症ではないと言えます。
ワクチンが感染防止の切り札で、絶対安全か否かはよく議論になります。この統計だけ見ると若い人にとってほとんど重症になる可能性は低いのですから、ワクチンを打ってアナフィラキシーショックや血栓等の副反応で苦しむ確率と天秤にかけることも一つの考えです。
基本的に60歳以下、基礎疾患なしの方で健康な方が、マスクや手洗い、ソーシャルディスタンス等の感染予防をしておれば感染するか確率も低く、重症化する確率はかなり低いと思われます。
しかし、若い人や現役世代が軽症でも罹患し高齢者に感染させるという意味合いもあり、早期にワクチン接種者を増やし、集団免疫を形成して感染を終息に向けようというのが今のワクチン接種の考え方です。小中学生にも接種というのは、子供よりも大人を守るためです。
いわば現役世代にとっては、親等の高齢者、基礎疾患者のために自分はメリットは少なくリスクのある場合でもワクチンは打っていくべきだとの考えです。
私はこの考えにまんざら反対ではありません。社会とは他人への奉仕や多少の犠牲、扶養はつきものです。
ただ広報や報道は、情報を隠したり、オーバーに一部を取り上げ煽るよりも、正確に伝え説明をして、依頼するとことは丁寧にお願いすることが必要だと感じるのです。

党首討論もっと頻繁にやれば、政府はテレビ番組よりも公式の場で論争をして説明を果たせ

党首討論が国会で2年ぶりで行われた。どうもこのわずか45分も短いのと、どういう基準で行われるのかが曖昧です。
忙しいのかと思うと結構普通のテレビに出演している場合もあり、国会をないがしろにしているのかとも思います。
テレビの日曜討論やらに出るなら、国会でしっかり毎月やればいいのにと思います。
安倍晋三さんの末期からやってないことを思うと醜聞が重なったりするとイヤなんだろうとは想像します。
しかし、逃げていても説明の責任は果たせません。有権者の政治離れは助長されます。政治を知らない人が、印象操作されやすい、不安定なイメージだけの世論が先行します。結局その漠然とした世論と戦わないといけない不毛な政治の国家となります。
政府はあらゆる機会に、自分たちのやってきた政治の信念、そこから目指すものを語り、未来をイメージできるよう表現すれば良いはずです。

職業政治家小沢一郎  抹殺された大物政治家 #小沢一郎#職業政治家

最近のネットで政治をつぶやく方や新聞記者でさえ、もう小沢一郎の全盛期を知らないし時代になりました。その剛腕と言われ「反小沢」として小沢を止めることが政局の中心になるほどの強い力のある政治家でした。
それゆえに反対勢力、特にマスコミからも嫌われ、検察に起訴されたことによりその権力は削がれて、貶められて現在に至ります。
しかし自民党の幹事長を務め、総理を選ぶほどの権力を握り、自民党を離脱後は二度も自民党を下野に追い込んで政権をに握った政治家は後にも先にも小沢一郎だけです。
昭和から平成、令和にいたる政治の舞台で表でも裏でも常に中心にいて、総理大臣を凌駕する大物政治家です。
今振り替えると、一番近い民主党政権の末期のドタバタした失政的なものや、陸山会事件での起訴等で良いイメージはない方も多いでしょう。
しかし政治とカネの問題で小沢一郎は検察にハメられて結局無罪でした。このことはこの書には細かくは書いてません、しかし小沢をして金権政治家というのは政治を知らない素人向けにはわかりやすい誹謗です。金のかからない小選挙区比例代表並列制を作り、政治資金規正法を厳しく設け政治献金を戒めたのは小沢の功績が大きいのです。
私は街頭や新聞でも良く小沢一郎は田中角栄の弟子で、金権の手法を学んだとかの中傷で貶めている対立勢力がいました。ところが、政治とは金がかかり二枚舌が当たり前なのか、それを責めていた自民党や他の政治家も結局は金にまみれてスキャンダルが頻出しています。
私が直接京都で応援演説を聞いた渡辺喜美(渡辺美智雄という首相候補で結局えらばれなかった政治家の2世)なんかはひどいもので、他人の悪口はいい自分はクリーンに語りながら、サラ金会社とかから違法な献金を受けていました。
安倍前総理もカネの問題では相当追及されていましたが、何とか逃げていきました。
大事なことはお金そのもよりも、政策とその実現力です。
私は少々のスキャンダルよりは、小泉は劇場型で米国に追従、安倍晋三はあまりにも優柔不断に映ります。
昭和の行政改革は大失敗に終わり、日本はバブル崩壊とともに沈みました。官僚中心で、政官財、米国、マスコミが癒着した権力構造から、もう少し改革を重ねないと未来は広がりません。
そういう面では、小沢自身が民主党政権時に幹事長とはいえ、閣内に入れず国家戦略局として改革の中心に立てず。幹事長室の権限拡大だけに抑えこまれたのも痛いところです。民主党の中でも普天間問題はじめ、慣れない大臣の官僚からの抵抗、米国からの圧力、マスコミもそっぽを向きだしだんだん瓦解が始まりだします。
鳩山ー小沢を後の歴史から見て盟友、一枚岩と思う向きがありますがそれは間違いです。鳩山と小沢には距離があり、鳩山は自分一人で考え抜き結局自滅していきます。
小沢の今一つ爪の甘い、潔いような要領の悪いようなクセは常に、政局で裏目には出ています。細川内閣も、鳩山内閣もですが、もっと恒久的に構えられるように相手を崩しておくとか、マスコミや米国には一時的には休戦にしておくとかやりようがあったとも思えます。その時に先が読み切れなかって、たとえば野中広務のような執拗な切り返しに合うと投げだしてしまうのです。
それは今アメリカの横暴と中国の台頭を考えた時、小沢一郎が権力の中にいなことが惜しいことにもつながります。あるいは官僚に対しても、今回でいうとコロナに関してのワクチンの国際的な問題や自治体、厚労省、医師会との関係の中で剛腕発揮して進めることのできる政治家がいないのが何とももったいないのです。
政党を離合集散させたりと小沢の悪い点、嫌われる点も重々分かります。しかし政治家が官僚をビシリと従わせ改革しないことには有事に物事は進みません。
今の時代に官僚と戦って欲しい政治家です。

激務?厚労大臣

コロナ禍は1年以上にわたり、途中で総理大臣も変わった。しかしこれほど、各担当大臣や各都道府県の知事が毎日のようにテレビに出て、普段なら名前も顔も知らないまま任期を終えるケースが多い中で注目はされ、知名度だけは上がっています。
ワクチン担当大臣が行革大臣兼務、コロナ全般は経済再生担当大臣と仕事の割り振りはややこしいですが、とにかく今厚労大臣は渦中で、とても忙しいはずです。
最近でもアスベスト訴訟や、1類糖尿病の裁判、同一賃金同一労働の法改正、広いフィールドの責任者ですから、かなりの切れモノで、汗をかいて仕事をする人でないと務まりません。
厚労省は、一言では言い表せない大きな組織であり、つながる組織団体もあまりにも多いので、官僚一人一人がどうこうではなく、巨大なアメーバ官僚組織の典型といえるでしょう。
とくに医療に関しては専門性の強い集団との関係で、どうしても伏魔殿と見られがちです。
実際、命や身体に関わるだけに、その重さゆえにリスクが多く難しい問題を抱えます。どちらがすぐに正解と分からない問題が山積みです。
政治家である大臣は過去の経験がある現職の田村さんでも好人物はとはいえ、経済畑も長く、まして医師でも学者でもありません。
これは法務大臣等でもそうなんですが。政治家が門外なのに、当選回数や派閥力学でその大臣ポストを得て、専門性の強い官僚をどう動かすのでしょう。
厚労省の認可への、場合によっては数十ページや数百ページにわたる資料を読み理解しるだけでも大変です。
しかし臆していては、国民の代表とは言えません。内閣府の意思、国民のためを思い、勉強をし、動き周り、確かめ、必死になって大臣の職を果たさないと意味はありません。ただ官僚から来た決済を通しているだけなら、大臣は官僚のトップでいいのです。お飾りと馬鹿にされ揶揄されようが、ピンとはずれでも、食い下がり官僚の歪みや暴走、ちょっとした撚れを正していくことで政治が変わります。
内閣と官僚は一体ではありません。緊張感をもって凌ぎ合い、国家国民のためにベストの選択、良い仕事を続けていただきたいと思います。

オリンピックできるならやればいい  #東京2020#五輪開催#コロナ禍

いよいよ煮詰まるオリンピックやるか止めるか論争です。もう100日を切っています。何だかこのまま引っ張りそうなのか、いよいよ誰かが中止に舵をきるのか、こればかりは時間が経たないと分かりません。
開催推進の方もここまで変異株等で状況が悪いとは予測し得なったようで、まだまだどちらに転ぶのかわからない状況で議論が紛糾しています。
政府筋や自民党内でも強行派はワクチンも行き渡らない状況で『竹槍部隊とか、令和のインパール作戦』とも揶揄されています。『ポツダム宣言受諾に反対する徹底抗戦軍部』とまで頑なさに世論がついていかない状況で、支持率や選挙を気にする政治家もアリバイ作りに逃げたい構図になっています。双方、著名人SNSやメディアやら政治力を駆使して最後の論争に明け暮れています。
海外メディアも中止を促す意見も目立ちますが、放映権等も絡んでおり実際にはメジャーリーグやバスケ、他の国際大会も制限下で開催はしています。選手や国によって参加が難しい、無観客開催の可能性がはある程度計算しても実施の体制ではあります。
親米議員にとってはアメリカの主力選手が派遣されようがしまいが、中止になるな場合でも、せめてあと一年足らずで開催予定の北京冬期五輪も中止やボイコットできるならメンツが立つのにという政治色の濃い情勢のようです。
なぜなら日本が辞退して、感染をほぼ抑えてる中国が開催ができれば米中両陣営対立のバランスから拙いという、まあ市民、アスリートには関係のない話です。
アスリート、特にオリンピックが最大の晴れ舞台でそのためだけに人生のほとんどの時間を犠牲にして生業にしてきたような競技の方は、やはり開催に期待し、全力で準備していていいと思います。
反対する方、中止を主張する方も医療現場の厳しさやその後の感染拡大等を考えれば早く決断すべきということも分かります。決して何もかもダメと言っておられるのではなく、最悪のことを想像すればやめておけばいいという主張にも肯ける点は多いです。
残念ながら中国や台湾のようにゼロ近似で完封している状況であれば開催は可能でした。ただどの基準で開催できるのか、感染がひどく広がるかは国際イベントでは分かりません。本当の意味での完封は難しいでしょう。それでもベストを尽くし完封を目指し、どこかで見極めて下山する諦める心積りで臨んでいる今を決して両極端の論争に終始してはいけないと思います。できる可能性、危険の可能性を隠さずどんどん明らかにしてベストを尽くすだけだと思います。