いつ終わるウクライナの戦争 核使われたら責任は?

 核軍縮、核不拡散、原子力の平和利用を3本柱とする「核不拡散条約」(NPT)の再検討会議は26日午後(日本時間27日未明)、米ニューヨークの国連本部で最終日を迎えた。コンセンサス(意見の一致)による「最終文書」の採択をめざしていたが、ロシアが同意せず、決裂した。
 という報道で、まあいかにもロシアが悪役のような報道だが、ロシア擁護ではなく、一体戦争の終局はどこにあるのか。停戦の道筋が見えず、当初西側大国メディアがロシア経済が崩壊して早晩ギブアップするという局面はいつまで経っても来ないようです。
 広島、長崎で被爆経験がある日本は、核を使う可能性に言及するロシアに対して、ただの脅しとスルーして経済制裁、後方支援を続けていて良いのかという議論はあまりなされません。脅しの可能性があるにせよ、核は世界を壊滅させる脅威であり万一使われたらとんでもないことです。その局面だけはどんな外交手段を使っても止めないといけないのです。
 今でさえ悲惨な状況のウクライナ東部です。プーチンを怒らせて、さらに悲劇が起これば誰が責任を負えるのでしょう。プーチンが悪いとか悪くないではなく、プーチンの存在はそんなものとして、止める責任は見切れなかったウクライナ側に生まれます。

 だいたいプーチンは精神的におかしくなった狂人だと主張する人もかなりいましたが、狂人が核をもってそれを使うかもしれないと言っているのに、喧嘩を売り続けるというのはどういう了見かよくわかりません。いやまだ理性はあって世論や世界情勢は気にしていて判断力はあるという分析をされている方もおられ、恐らくそうなので核は使われないという見立てというか楽観的判断があるのでしょう。もちろん核を使う可能性は低いことに間違いあないでしょうが、ゼロではありません。脅しに屈するとかではなく、狂人でないのならあらゆる手段を講じちゃんと停戦の交渉をして市民の安全を守るのが、国家の代表と周辺国同盟国の義務だと思います。国家主権を全て手放す無条件降伏とごっちゃに思う日本人が多いですが、主義主張はいったん棚上げして戦闘を止めましょうというのが停戦交渉です。
 東西冷戦のキューバ危機、必死になって世界の破滅を止めた時、どっちが悪いからなどと言ってられなかったのです。戦争をする以上どちらも相手が悪いと罵り合いますが、それよりも次元の高いレベルに核攻撃を止めないといけない欲求があるはずです。日本は被爆国であり、東日本大震災でも福島の原発事故を経験し、核と放射能の恐ろしさはどの国よりも知っているはずです。日本の立場で核は禁じ手としての局地戦争を止める手立てを模索すべきです。

オミクロンは結局、

 オミクロンは肺炎にはなりにくい、上気道炎止まりはやはり風邪の主要な言いまわしです。コロナも何代目かの変異株となり、オミクロン型では、肺炎のような症状や免疫系の暴走が見られる患者は減り、鼻づまりや喉の痛みを訴える患者が増えている。「オミクロン型の症状は比較的、鼻風邪に似ています」と多くの内外の学者が語っていました。

 すでに世界的な統計で65歳以上の高齢者やワクチン接種を受けられない年齢の子どもを含め、すべての年齢層でオミクロン型はデルタ型に比べて重症化しにくいようです。それでも、他の健康問題と同様、年齢が重症化の要因の1つであることに変わりはないので「どんな病気でも、高齢になるほど悪化しやすくなる」原則はあります。コロナの死亡者がそれなりの数、高齢者で出ているのは他の疾患を持っている人の最終的な死因のトリガーの一つがコロナ感染ということでしょう。ただその高齢者も60代とかではなく、70代中頃~という感じではないでしょうか。

 基礎疾患のある人や免疫力が低下している人も、感染しやすい。現行のワクチンがオミクロン型による症状を防ぐ効果は、デルタ型に比べて低いということで、感染する人は莫大に増えています。濃厚接触まで仕事を制限したりすると、本当に社会インフラが成り立たないようになります。

 これまでのデルタ株とは違い、オミクロン型は肺の細胞に効率よく感染できないらしく、その結果、体へのダメージが少なく、症状も重くなりにくい。オミクロン型に感染した多くの患者は肺のウイルス量が著しく少ないことが、いくつかの研究からわかっている。一方で、鼻や副鼻腔を含む上気道では、オミクロン型はデルタ型の100倍以上の速さで複製されることが論文でも示唆されているそうです。

 上気道に感染しやすく、免疫をより回避し、感染力が強いといったオミクロン型が遂げた変化は、感染した相手を重症化させることなく自分の複製を広げるように進化することで、ウイルスがみずからの未来を確かなものにしようとしている兆候です。

 『感染力が強くなれば、それに比例して毒性が弱くなる』とは基礎知識ごく当たり前の一般論として良く言われていました。たぶん日本の専門家も分かり切っていることですが、どうもマスコミはそこを強調しません。せめて一般論をまず説明しないと、そこの基礎知識がない人にはコロナは強い伝染病のまま、もう詐欺に近い報道です。感染力は従来の何倍のみを強調し、毒性は隠し、重症化することもある、若者も重症化し、後遺症が出ているケースもあると不安を煽ったままでした。医療現場はおかげで目詰まりして、治せる医療が後回しになったりいろんな齟齬が出ています。

 ウイルスにとっては、自分の複製を作って次の宿主に感染できさえすれば、感染した相手を殺すとか苦しめることは目的でも何でもないのです。パンデミックのパニック映画がトラウマになった人が未だにマスコミの煽りを盲信しているような感じです。感染力拡大以=弱毒化の一般論通りでもう未知の要素はないこと、重症化しないというのは、具体的には元気な人が罹患しても肺炎とは結び付かないので単独で中等症になるようなことがほぼないということです。

 その点で、気が緩むとか、高齢者のために警戒は必要というの、別次元のところで説明しないといけないことです。

 パンデミックなど、ここまで進化したウイルスにはもうあり得ません。あとは日本ガラパゴスの医療の目詰まり、救急車のたらいまわし、休日の発熱外来の行列で重症になる方が怖いでしょう。
 最初の波の頃、今後弱毒化して、重症化の率が減っても、感染者数が増えれば医療崩壊は起こり得るとの指摘はありました。今それに近いですけど、常にどこかに医療従事者や病床いわゆる医療ソースを余らしたままという、もどかしさが残ります。この問題を波が凪いでからと言わず今のうちに早く改善しないといけません。

アタマの良い完璧主義者が作る医療崩壊

 報道によりますと、
 新型コロナの感染者の全数把握について厚生労働省は、医療機関などの負担を軽減するため、見直しの検討を始めることになり、今後、医療現場や自治体などの意見も聞きながら、国に報告を求める患者の対象の扱いなどの調整を進める方針です 
 新型コロナの感染者の全数把握をめぐって、全国知事会は16日、感染の第7波で深刻な医療ひっ迫が続く中、現場の負担が大きすぎるとして直ちに見直すよう求め、加藤厚生労働大臣は見直しの検討を始める考えを伝えました。

 専門家などの間では、具体的な見直しの方法として▽国に報告を求める患者を重症化リスクなどによって限定したり、▽季節性インフルエンザと同様に定点となる医療機関を指定して定期的に報告を求めたりする方法などが挙がっています。

 一方で、見直しを行った場合に適切な感染防止対策を取るために、都道府県別の感染傾向などを十分に把握できる仕組みがつくれるかどうかが課題となっています。

 また、見直しに伴って、すべての患者に求めている外出自粛の要請のほか、検査や治療の費用を全額公費で負担していることについても、検討が必要だといった指摘も出ています。デメリットもあり、今感染が拡大しているかどうか、といった状況を把握する精度は下がってしまうことにもなります

 等と取り上げられていました。

 そもそも全数把握できていないのに、今さらという感じです。毎日毎日感染者数を積み上げて累計1620万人っていうのも意味がない数字です。
 今どのくらいの人が重症で、軽症や無症状だけど陽性で自宅にいる人だけ数えても意味がないことです。スクリーニングとか自主的に検査受けて陽性になった無症状な人をカウントするなら、そのレベルの人は日本中にいっぱいいます。症状は出ているし、出たけどもめんどくさいとかで、実際発熱外来に行けない人も無数にいるのです。
 この煩雑な状況なので、仕組みに入った人は把握しているが、そもそもそれは全数把握ではないのです。保健所の事務作業は、その厖大な時間を、感染者への細かな対応等他に回せばと考えると医療資源の無駄遣いです。

 医師会や専門家、内閣府、厚労省などの役人になっている人は、優秀な頭脳に違いないのですが、やはり立場に従順で、「木を見て森を見ず」に陥りがちなのでしょう。「虫の目」とも言われ、目の前のことは顕微鏡のように正確に見て分析検討しても、それが全体に流れの中で意味があるのかということがわからなくなるのです。上の命令がそうなら、自治体の役所、保健所はもっとそうです。「こんなこと意味ないんじゃないか」と逆らうのはどうも公的な組織では難しいのです。なぜなら、たいていの仕事がそうですから(笑)ただコロナ禍緊急事態であることは、政治のトップダウンで改善しないといけないですし、それぞれの問題点は吸い上げられないといけないと思います。

77年前の敗戦を繰りかえさない

 77年前の敗戦を繰りかえさない、というのは右でも左でも共通だと思います。
 敗戦を繰りかえさないためには、戦争をしないのか、戦争をしても負けないかです。
まあ、こんなことは議論してもしょうがないことです。
 戦争であれ、経済だとか、教育とかすべて政(まつりごと)が間違った方向に扇動されないことです。

 アメリカとの戦争も、いろいろな歴史書で語られますが。戦争を始めたことと、途中で講和などの機会がなかったか、よく言われるロジスティックや戦術の柔軟性で悲惨な特攻や玉砕以外に粘る方法はなかったのかという問題はあります。
 アメリカはでかく軍事力も絶大と思われますが、その後の局地的な戦争では勝ててはいません。しかし戦争をするということは勝つ国と負ける国があるのと痛み分けも含めて、兵士や市民に多かれ少なかれ犠牲が出るということです。常に勝つ国であればとか勝っていればと思うのも人情ですが、相手も勝ちたいと思っているのです。
 もちろん、政府やリーダーは自分の選んだ政策、道が正しいと、国民をリードし世論を煽ります。ナショナリズムはおよそどこの国民ももっているはずです。それをうまく擽れば大きなモーブが生まれます。問題はそれが間違った方向だったり、効率の悪いやり方だったとき、勢いがあるすぎて、誰も修正や停止ができないことです。

 私が大卒で入った鐘紡というかつて日本最大の民間企業だった会社は粉飾で事実上倒産し、別の企業の傘下に入りました。私は化粧品の担当でしたが、元は繊維の会社でしたし、薬品、食品、日用品、ファッション、電子部品や、住宅関連などさまざまな部門がありますが、ものの見事に粉飾漬けでした。そこそこ一流の大学を出てた全員、そしてそれを指導する幹部教育を受けた人間が、追い込まれたら何だってしてしまいます。「こんなこと無駄な上、不正であり犯罪の方棒を部下に担がせる」そんなことすら罪悪とも感じず、全員が間違った方向に走る異様さを経験しました。
 人間とは弱い、周りがみんな走っていたらなかなか異を唱えられない生き物です。日本人はとくに従順なところがあり、それがいい面もあり悪い面もあります。

 戦後77年、語れる人は減り、方向を間違わないことが望まれます。

コロナで危ない基礎疾患者?高齢者ってそもそも

 家族がコロナ、オミクロンに罹患しました。私自身63歳で現在肺炎、肺膿胸の治療中で濃厚接触者となりました。罹患した長男は難病指定の慢性腎臓病でまさに若いけど基礎疾患者です。

 ではコロナ、今オミクロBa5にほとんど変異した状況で、高齢者、基礎疾患者に対してはどういうリスクなのでしょう。

 効果が疑問視されているワクチンですが。高齢者、基礎疾患を有するものには未だに推奨されているようです。そもそも基礎疾患者とは何が該当するのでしょうか。高齢者とは何歳以上なのでしょうか。二つの該当が必要十分条件なのか、どちらかでも条件になるのか表現すら曖昧です。

 高齢者に至ってはワクチン接種では、最初は供給が間に合わず65歳が高齢者として優先で接種券が早く届き、のちにワクチンがだぶつくと60歳以上がひとくくりとなります。
 今回の第7波では高齢者で基礎疾患があり、高熱が続くなどの症状のひどい人だけ発熱外来から入院を検討されるようで、他は門前払い。しかも今回ははまた高齢者は65歳以上。60歳~64歳はホンマに調整弁にされています。バカにするなと言いたいです。60歳はまだ一部定年の企業も多いですが、再雇用推奨され働ける世代ですがどこの場面でも中途半端な扱いです。

厚労相の、コロナ関連HPで基礎疾患の範囲はデルタ株以前から変わっていません。
• 慢性の呼吸器の病気
• 慢性の心臓病(高血圧を含む。)
• 慢性の腎臓病
• 慢性の肝臓病(肝硬変等)
• インスリンや飲み薬で治療中の糖尿病又は他の病気を併発している糖尿病
• 血液の病気(ただし、鉄欠乏性貧血を除く。)
• 免疫の機能が低下する病気(治療や緩和ケアを受けている悪性腫瘍を
含む。)
• ステロイドなど、免疫の機能を低下させる治療を受けている
• 免疫の異常に伴う神経疾患や神経筋疾患
• 神経疾患や神経筋疾患が原因で身体の機能が衰えた状態(呼吸障害等)
• 染色体異常
• 重症心身障害(重度の肢体不自由と重度の知的障害とが重複した状態)
• 睡眠時無呼吸症候群
• 重い精神疾患(精神疾患の治療のため入院している、精神障害者保健
福祉手帳を所持している(※)、又は自立支援医療(精神通院医療)
で「重度かつ継続」に該当する場合)や知的障害(療育手帳を所持し
ている(※)場合

・基準(BMI 30以上)を満たす肥満の方
*BMI30の目安:身長170cmで体重約87kg、身長160cmで体重約77kg

 私の肺は呼吸器疾患、家族も腎臓でドンピシャですが、いろいろかかりつけ医や入院時に医療関係者に聞くと、とくにオミクロン以降はあまり深刻にならなくてもいいようです。

 非常に思い疾患を抱えている場合にコロナに罹患すると肺炎や心不全につながるという意味合いで、そもそも「ただの肥満や」「高血圧」などこのリストのままでは、30代半ば以降の中高年にはざらにいます。メタボの煽りで検査やらで大儲けした厚労族医薬系のせいで、このあたりの心配されている向きも多いですが、オミクロンが一気に呼吸不全まで重症化した例はほぼなく、むしろワクチンによる心筋炎などの循環器系疾患や悪性腫瘍の悪化の例の方がゼロとは言えない頻度のようです。

 少し前のデータですが昨年4~6月に感染者情報を管理するシステム「HER―SYS(ハーシス)」に登録された32万2007人のデータを分析したものが厚労省から発表されています。40~49歳、50~64歳、65歳以上の3グループに分け、疾患の有無が明示されているデータだけを使って致死率を比較しています。ここでも64歳までが一つのくくりです。

 高齢による重症化リスクもある65歳以上では、致死率は慢性腎臓病で17・97%だったが、疾患がなければ5・30%。がんだと11・77%、ないと5・40%、COPD慢性閉塞性肺疾患だと13・42%、ないと5・63%だった。一方、肥満は7・69%、ないと5・69%、喫煙は6・93%、ないと5・53%と、リスクは高くなるが差は大きくなかった。比較的若い40~49歳では、基礎疾患があるほど致死率が高いが、いずれも0~1%台で高くなかった。

 これが今年からさらに弱毒化してオミクロンになる前ですから、いろいろ重症化や後遺症が残った例もクローズアップされますが、統計的な確率は極めて低いとういうことです。コロナ=風邪、インフルエンザ並みというと非常に不毛な議論が随所であがりますが、風邪なみに流行しだすと誰もがかかる病という意味です。

 決して風邪と甘く見るという意味合いではないのです。(ここで議論がずれて、重篤化した例を挙げだし議論する人がいます)インフルエンザでも手遅れになったり、治療しないと無くなるケースもありますし、免疫も体力も弱い高齢者などは39度の熱が続けば危険です。コロナ以前のインフルエンザの流行によって施設の集団感染で致命的なケースもありました。
 あまりにも感染者が多く、その99.99%までが重症化しない。現在重症病棟をしめている多くの患者は元々基礎疾患を持っていた人が罹患したケース、中等症に患者の入院診療が医療機関の目詰まり(救急車の入院たらい回しなど)で遅れて処置できず悪化したケースです。
 いちいち保健所にまどろっこしい手続きが必要とか、一般外来、街医者で診療をしないとなると、保健所や救急、一部の医療機関に著しい負担がかかり、この目詰まりが病気そのものよりも無駄で深刻な時間のロスを産んでいるということです。

 解熱剤にしかもらえない軽症が多いのであれば、解熱剤さえストックしておけば病院にいくのも、つながりにくい保健所に電話するのさえ無駄なことに思えます。かかりつけのお医者さんが適切なアドバイスをしてくれたら、心理面でそれにこしたことはありません。
 幸い私の家の近くのかかりつけ医は基本的に、大っぴらには言わないもののコロナは風邪説をとっておられ、発熱していても診察していただけます。医は目の前の人を救う「仁」術のはずです。マスクやワクチンにも今さら効果がなく、武漢ウイルスにしか効かないワクチンを未だに打ち続けて報酬を得て、いざ高熱が出ても診察拒否、発熱外来のある受け入れ病院に回すだけの「算」だけのお医者さんが増えているのは残念なことです。数は少なくともいつもかかっている患者さんがワクチン接種後不調になられて例を深刻に受け止めて疑問を投げかけるのも医師の「仁」の形だと示されています。
 今回もいろんな局面で、仕方なくルールで杓子定規になる方も見ましたが、とくにかかりつけ医の冷静で適切な診断、アドバイスに納得、安心できました。

 64歳までが半端な扱いと嘆きましたが、還暦を過ぎたら、ある種の悟りは生まれました。70歳や80歳以上の方にお聞きしましたが、まだまだ60代は高齢とは言えない場合が多いようです。かといって無理ができる若さはありませんので、体力は見極めある程度感染予防は周りのためにも必要ではあります。

 どうやら70過ぎまではコロナでも、幸いまだ急に死ぬことはないようです。

 生き永らえることだけに執着することではなく、まだ生きていられるのであればその運命に感謝してできることを精一杯やっていくだけです。

ミサイルは迎撃する機会があるのか

 中国もEEZにミサイルを撃ち込み、北朝鮮は相変わらず不定期に頻繁に公海やら日本近辺にも飛ばしてきます。

 GPSとかで、この動きは把握していないのでしょうか。一度でいいから情報を入手してイージス艦かペトリオット(PAC-3)でピシャリと迎撃して、撃ち落とせば爽快な気もします。

 もちろん、政治的な命令系統や兵器のスペックなど難しさはヤマのようにあるのでしょうし、専門家や軍事や兵器のマニアには無理と言われそうです。しかし有事になったらそんな悠長にしていられるものかとも思います。
 だいだい、イージス艦一隻に2500億円くらいかかかっています。

 「今、戦闘機より物価高を抑えろ、軍事より年金に回せ」とか言われていますが。イージス艦は戦闘機、ミサイルシステムより桁違いに高く、最初の導入では自民党のハト派でさえ疑問を投げ掛けました。いつの間にか、今は8隻導入されています。4兆円くらいかかってます。国葬の1000倍以上です。地上システムのイージスアシュアはさらにバカ高い上に、地元の危険で反対も出て、イージス艦でということになっています。

 防衛費全体の年間予算には大きくはみ出るイージス艦の値段は特別のようですが。自衛隊の弾薬補給や演習費用まで切り詰めて、バカ高いイージスに本当に出番はあるのでしょうか。かつて、第二次世界大戦で大艦巨砲時代の終焉を読み切れず持ち腐れのまま沈んだ「戦艦大和」になるのではないでしょか。

 あるから、安心とか、抑止力になっていいるとか言っても、ミサイルは予告なくバンバン打ち込まれます。イージス艦が、最近の局地戦や内戦で活躍した話もあまり聞きません。海底や内陸でも幅広く迎撃できるならもっと汎用に活用できるスペックのはずです。

 軍事産業は上手いプレゼンか圧力で売り付け、親米派や軍事評論家は有効なように評します。しかし実はあらかじめ「戦争をしますよ」「ここにミサイル打ち込みますよ」となってバンバンミサイルが来て、やっと当たるか当たらないかというレベルではないでしょうか。細かいスペックや確率は不明ですが、まあどう予測してもそうです。「源平合戦」みたいな名乗りを上げての戦争ならいざ知らず、現代の有事は策謀の中で一気呵成に発生します。
 こんな絵空事的なシステムにあまりにもお金をかけすぎている気がします。人手をあまりかけず、兵士も市民も絶対に守れる盾、シールドならいくらお金をかけてもいいでしょうが、ミサイル着弾の報を聞くたび、うさん臭さと無駄遣いを感じ、「戦艦大和」を想起してしまいます。

戦後77年 決して戦争により無念の死を繰りかえさない

 戦後77年ということはもう戦争を実質的に体験した人がいなくなっています。
歴史を正確に伝えるのは、思想による思惑、それぞれの時代背景などで難しくなってきます。
70年以上前のことをドラマや映画で再現するにも考証極めて困難で、衣装や小道具、メイクを拘ったところでしょせんは現代からの想像になってしまいます。歴史の中の重要な部分に間違いが無いように考察していくしかありません。

 今年は5月に広島を訪れ、本土復帰沖縄は訪問できていないですが、沖縄戦や沖縄の歴史や文化に関する本を読み漁りました。

 期せずして、ウクライナの戦争が起こり、東アジアの情勢もここへ来て米中の緊張が高まり『戦争』への不安が戦後の中でも最大級にこみあがっています。

 広島市内の川を見て、この川にいくつもの死体や、被爆で瀕死の人達があふれていたという思うと恐ろしいです。5月だというのにもう暑くて、すぐにコンビニや自販機で飲料を求め、好みの冷たい飲料を選んで飲める、当たり前のようなことが、酷暑の8月の空の下、ままならず無念の死を遂げた人々、病に残りの人生を苦しみ戦後の平和と繁栄を愉しむことなのできなかった人。

 長らく住み続けた自分の家も街も失い、さまよう人々の難渋も、快適な旅しか知らない世代に想像できるでしょうか。

 国家のためと信じさせられ、仲間の国との約束のために、戦争への道を安易に選び、話し合いを否定する層の方もおられます。自国民を危険にさらし何が保守、愛国かと思います。
 国家のため、国民の、家族のために戦うのは当たり前のことです。しかし、他国のために戦う、戦わされる、ましてや目先だけの軍需産業にためには別です。自分の顔や家族の顔が殴られ命の危険があるなら、拳を上げるのはやぶさかではない。ちょっと、足に水がかかったかどうかで、喧嘩をあおられるのは愚かです。今の情報社会はその愚かを煽ります。

 戦争のトリガー、きっかけになったことは常に陰謀、タテマエを利用した情報の操作です。いつも国民は騙され、義憤にかられ正義と信じこまされて、あとで真実を知ります。ここ50年くらいの内乱、戦争をちょっと調べれば良くわかります。
 

沖縄の本3 日本は米中の狭間で再び沖縄を見捨ててはいけない

 同じ『沖縄論』でヒットしたので、読んだこちらは岩波書店で2010年に出版された評論で、す。副題は『平和・環境・自治の島へ』というテーマです。
 戦後、復帰後の沖縄政策の評価から、米軍再編、基地政策の経緯、経済と環境にとくに重点を置いています。岩波でイラク戦争時にも沖縄基地問題とを評論したブックレットなども出しています。

 データも豊富っで分厚い内容ですが、やはりアメリカの横暴さとともに日本の主体性の無さが見られるのと、当然沖縄の人にとっても立場によって評価は分かれるところでしょう。
 平和と自治と、そしてやや欲張って環境というものまで全て達成するには大きな課題があるとともに、今般も米中の対立が囁かれるなか沖縄が再び危機に瀕する時に大多数の日本人が本当に沖縄の立場を理解しているかというと大きな疑問です。

 月刊『HANADA』などで保守の論客、櫻井よしこやらは中国がやがて沖縄(琉球王国)も歴史的に支配下だったことを持ち出しかねないと脅威をあおりつつ、中国も沖縄も見下したような認識がありました。
 確かに歴史を知らないと、沖縄という日本の領土が侵されるという危機意識が中国脅威、米中対立を深刻なものとしていまいます。それは親米の論理、アメリカの思うつぼです。
 沖縄の歴史の惨さを見れば、アメリカ、そして日本政府は沖縄を発展させお金をばらまいたと恩には着せますが、常に差別と略奪、利用してきた背景があります。

 こういう論調になると、すぐ親中、反日だという批判で親米保守が騒ぐのですが、真の保守、愛国は自国にプライドを持ち自主、自立から始まる訳で、米中にそれぞれ気を使い靖国神社も参拝できない総理、政権のどこが保守なのかということです。そして明王朝や中国よりも沖縄の県民の自主、自立を考えてこそ、沖縄が本当の日本、日本の成員になる訳です。この理論は沖縄がやがてチベットやウイグルになると脅威を唱える人にはなかなか驚きと怒りでしょうが、実は沖縄はすでにアメリカや日本にとってのウイグル的扱いをされてきたのです。アメリカは常に打算だけの戦争国家です。
 かつてはオイルショック後に日本も中東と独自外交をした強者もいました。中国が怖いコワイというだけで、まともな日本の国益を担う外交ができていないです。
 親中ということで揉む消すのではなく、対立軸だけに向かっても平和は遠のくだけで、再び沖縄は戦場になる危険をはらむことになりかねない今の世相です。

 沖縄の歴史を紐解けば紐解くほど、現在の不安がこみ上げります・

 

インフルエンザで思い出す      予防接種というもの 薬もワクチンも要らない考え

 コロナがいよいよ季節性インフルエンザに分類し直さないと、感染者数が爆発して医療現場の対応が成り立たないと言われています。また未だにワクチン接種をという人と、ワクチンは感染予防効果もなく弊害の方が多いという対立も激しくネット上では論争されていいます。

 前の会社に勤めていた時、競技のコーチをされていたバリバリ体育会系の方が配属されてきて、その方は風邪でも一切薬も飲まない。まして予防のためインフルエンザのワクチン等は打たないという主義の方で、実際に強靭な体で休むようなことはなかったです。

 その方の主張では薬は短期的には症状を和らげるが、しょせん対症療法であり、病気を防ぎ打ち勝つ力を奪ってしまうものということです。ワクチンにせよ、短期で受験などの期間だけとか、子供や高齢者など重症化しやすく感染しやすい集団にいる期間のみとかに絞らないといけない。その病気は逃れても、今すぐ危険な成分は無くても長期で見ると何らかの悪い反応や、自分の力で打ち勝った時よりも依存が生まれるので、免疫力は下がるというような考えだったと思います。

 ゲーム風にいうと、ワクチンを打つごとに防御力が上がるとかいうことはないのです。ワクチンは一時的な特定の相手だけに防御力の高い武器、ドラゴンキラーのようなものです。それを使い続けると基礎のHPはむしろ下がるようなものという感じでしょう。コロナ用のワクチンでいうと無敵のスーパーマリオ状態になるわけでもありませんが、少し抗体の勢いで防げる期間のあと、何回かターンがあって、がくっと体力が落ちるようなものです。

 今のコロナ用のワクチンで言うとまさに、防御できる有効期間が変異株に対し短くなりほぼ無力化しているという説が厚労相のデータでも明らかで有力なようです。

 確かにこんなにも感染症が流行すると、症状を抑えたいときや、一時的に感染を逃れたいときは対症療法に頼ってしまうしかなく、今さら免疫力を高めるための食事や運動などの活動では間に合いません。議論は難しいところです。

 ただ、先の元同僚の考えの通り、毎年補助が出るからというのでインフルの予防接種、熱や痛みが出たらロキソニン飲み、風邪ひいたら抗生剤、不眠になったら睡眠薬、便秘したら下剤、食事したら消化薬、血圧などの持病には専用の薬、こんなことしてたら健康の維持どころか、結局免疫力も体力も落ちます。ぜんそくなどの危急の薬以外の上記その辺の薬やワクチンなら1週間や2週間、1年我慢してもどうということはありません。

 薬もワクチンも毒を薄めたものであり、メリットデメリットはそれぞれ大なり小なりあるものなのは間違いありません。厚労省や医師、薬剤師はデタラメを言って薬を飲ませることはありません。ただ熱がでたから解熱剤、数値が高いメタボなら血圧をとかは目の前のことだけです。長い目でその人のことを考えるわけではありません。

 その薬、そのワクチンが今必要かどうかは、医師との相談と自分の熟考が必要です。

『母屋でお粥、離れですき焼き』さらに極端なコロナ以後

 『母屋でお粥、離れですき焼き』という言葉は2001年小泉内閣の財務相、ご高齢で就任され塩ジイの愛称で親しまれた飄々としたキャラだった故塩川正十郎の言葉です。一般会計が細かく審議され監査されるのに対し、結局その5倍近く支出している特別会計は省庁横断で精査しにくく半ばノーチェックで杜撰な管理で支出されていることを国会答弁で揶揄したものです。

 その後、特別会計は項目を絞るなど制限はかかり出しましたが、100兆ちょっとの一般会計予算に比べ、5倍近いものに変わりはありません。

 今回、コロナ禍で注目しないといけないのは予備費といわれるもので、コロナ対策だけで11兆とかの実績で、20兆を超えると言われています。

 年収何百万程度の庶民にとっては100万の現金でも大金に見え、安倍さんの国葬に3億使うと聞けば大変な税金の無駄遣いと感じ抗議したくなる心情もわかります。しかし、3億~4億ではすまないとんでもないお金がコロナの名目で右から左へ動いているのです。 

 もちろんパンデミックを防ぐという意味では、国民の生命を守るため感染症の対策をするのやその後の経済対策を含めた支援などにお金が使われるのにやぶさかではありません。それはまっとうに正しく使われての話であり、火事場泥棒のような形で私服を肥やす人間がいて、本来の人にいきわたらないと大問題です。

 何だかお金の汚い話を聞けば聞くほどイヤになり、反吐が出るような気分になります。

 支援金の不正受給もありました。犯人は逮捕されたからまだいいのですが、国税職員を仲間にして狡猾な手段でした。捕まらない輩もいたでしょう。そして医療関係や支援をうけた企業や組織の中には、不正で告発されないまでも、緊急措置的なルールの隙をつき、法外ともいえる金銭を手にしている人達が多くいます。医は仁術といわれたはずが、コロナは医の関係でとんでもない算術を生み出したのです。

 コロナが感染症2類相当という特別な処置が必要でなおかつ広範に広がったということが、モラルのない算術の始まりです。
 それは『コロナで病床の確保が緊急に必要だ、ワクチンを早急に多数に打つために、打ち手と場所が必要だ』という命題に対し、国が自治体や医療機関に強要できず『仁』に訴えることなく適切でない過剰な『算』お金を回すことにしてしまい、管理の仕組みが杜撰だったからです。

 結果、ワクチンを打つことで本業以上のボロ儲けをした医療関係者(当然全ての医師が違反ではないし、忙しい中協力した人もいます)、病床を増やす(待機だけでも補助が貰える仕組みを悪用)ワクチン接種の補助を名目に大儲けした自治体と関連業者の話も後を絶ちません。

 裁判で確実にクロとも認定できないのですから、ある意味さらにイライラします。アベノマスクや余ったワクチンが破棄されるなどは、氷山の一角でしょうが、ああいう無駄を許さない儲けた人が勝ち逃げし続けるような、杜撰な発注を防ぎ、予備費といえどもしっかり管理できるような仕組みの構築が必要です。本当にこの国のお金の流れは情けないです。