肺疾患で入院後、自宅療養、わずか1週間あまり出勤してコロナ感染でまた10日間休み、結局2か月近く、大して外出もできない悶々とした日々でした。
まだ昼間は暑いものの盛夏は過ぎ、夏祭りからお盆の行事、レジャー、呑み会なども全部キャンセル、行けずじまいでした。
それはそれで、そういう時期もあるという何かの示唆なのでしょう。
普段、いない曜日と時間にそこにいるだけでも何だか家の中も外も少し違って見えます。このような仕事の人や、年代の人と話す機会はないという人にも会えました。
人生、いくつもの出会いがありその時期があるのです。
夏を彩る花火、豪快な打ち上げ花火もあれば、手持ちの花火、地味な線香花火もあります。多くの人の人生は線香花火のようだと言われます。最初こそ、地味ながらも火花を飛ばしはじける華やかな時期があり、やがて落ち着いた明滅となり、最後はしなやかな輝きを続けて最後を迎えます。
派手な夏の行事も終わってしまえば寂しいものです。息の長い線香花火の方がいつまでも心に残るような気もします。