阪急電車10分間のコイバナ

 数年前、阪急電車の西院駅に西大路通りの従来からの改札口だけでなく、東側に嵐電直結の改札ができて乗り換えがスムーズになったため大阪通勤時代、京都地下鉄経由JR利用から京福電車経由阪急利用に切り替えた時がありました。今、私の娘もこのルートで梅田に通っています。
 運賃が安く、所要時間があまり変わらず、梅田が始発になるため着席率がアップするためです。
 大阪時代は長かったものの最初は支社が京橋で京阪経由、その後本町といっても西の信濃橋、立売堀のあたりでしたたからJR通勤時代のあとは、梅田からでも天神橋筋六丁目からでも阪急に入るようにしていました。
 前置きが長くなりましたが、そんな阪急時代に梅田から帰りの電車でたまに一緒になった女性のお話。

 ほとんど忘れかけていて名前や仕事内容もうろ覚えですが、事務系の経理か企画か何かの仕事で助けていただいたか、助けたかで顔見知り程度でした。細面のキレイ系の方だったとは思います。仮のR子さんとしておきましょう。
 ある帰りの電車で、偶然隣のつり革を掴んでいるそのR子さんと目が合いお互いびっくりしてしまいました。同じ会社からでて、地下鉄に乗り阪急の梅田まで行ってから、偶然同じ車両の同じ位置なのでした。私は京都まででしたが、R子さんは大阪府内の途中までなので10分ほどの間です。
 何を話していたかも、あまり覚えていない程度でしたが、どこまで乗るのかとか、夕ご飯はどうするのとか、社内の噂話と他愛のない世間話でした。
 それでも、お互いに降りる駅の階段の位置などで、その同じ車両に乗るのか、何回か出くわすことがあり、何となくお互いの仕事や家庭の愚痴や、見ているドラマだったり出身や会社に入る前の経歴など会話が弾んだものです。年齢は不詳でしたが結婚して中学のお子さんもおられ、およそは想像できました。
 なかなか楽しい会話ができ少し楽しみな時間でした。
 ある日彼女、いきなり「井上さん、離婚を考えたことはないですか」と聞かれました。
 私は自の経験で何度か考えた時の事と、家族の病気やら転勤での複雑になった時期の気持ちの揺れ、思いとどまった状況を率直に話し、R子さんは真剣にうなづいていました。R子さんのお相手はもう少し粗暴な感じで、酒癖が悪く金銭にもルーズで、自身も何度も離婚を考え、都度思いとどまっている話をしました。結婚した以上、見えなかった面もありながら好きな面ももちろんあるのでしょう。
 それでも、一番最大の理由は、「離婚するのにはパワーがすごくいって面倒くさいですよね」と最後は二人で笑っていました。電車が急ブレーキをかけて、R子さんの身体が私に寄ってきて思わずドキッとしました。
 人身事故かなとも思いだしたが、ほどなく電車が動き出しました。
「私ね、この時間が好きなん。たまにこのままずっと、井上さんとこんな風に面白い話して電車に乗っていたいと思うの」
 私は少し照れて、肯定的な話をしました。
 それから、何日か経ったある日。R子さんは退社する私を呼び止めて一緒に帰ろうと誘いました。
「もう、こうして阪急に乗っておしゃべりするのも最後、私退社するねん、山陰に行くの。主人が実家の島根の仕事に就くんでね」
「それは、寂しくなりますね」
「悩んだんやけどね。井上さんもお元気でね」
 LINEでメッセージを交換するのはまだ一般的ではなく、ちょっと危ないとも感じて、連絡先も聞かず本当にその時、阪急電車から降りる彼女を見送るのが最後でした。後ろ姿が美しく細いおみ足なのが印象的でした。
 JRよりは混雑はマシでも梅田から、茨木市の混雑したアーバンな路線はシュッとしたR子さんに良く似合っている感じで、そっちの地方の方には失礼ですが、山陰本線や一畑電車は似合いそうにあいません。
 R子さんが降りるその阪急の駅にそのままいっしょに行きたい気持ちを抑え、扉がゆっくり閉まり発車していきます。R子さんが振り返ってやや寂しげな表情で手を振っていました。
 数えたら、数回の、ほんの10分間の阪急電車でのホンの少しのときめきトークは延べ1~2時間で思い出の彼方に消えていきました。
 阪急の梅田が大阪梅田と名前を変え、大阪の勤めから変わっても何回となく仕事や遊びで大阪へは阪急を利用しています。R子さんの駅ではそう思わないのですが、千里線と交わる淡路駅付近で先の電車が止まっていて駅に入れず待たされることがよくあります。イライラするほどではないのですが、R子さんと帰るあの楽しい時間にこの遅延があったらと思うことはありました。
 その遅延も、淡路駅付近が高架化されると解消されそうですが、いまだに完成する目処はしありません。
 R子さん今はどうしてるのかと淡路駅間で止めるたびに考える時があります。

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください