ドーハワールドカップで見える世界の国

 ドーハの悲劇、約30年を経ての歓喜と騒がれますが、その開催国カタールについて、想像はされてもなかなか実態はイメージできません。お酒も飲めない簡易宿の弾丸ツアーでスタジアムに駆け付けても観光はそれほどできないでしょう。人口250万人で面積は秋田県と同程度、大部分が砂漠の中東の国で、サッカーのワールドカップが開催されるのも驚きでもあります。2004年日本は日本各地のスタジアムで開催し、なおかつ韓国と半分づつの共催、4年後もアメリカ、カナダ、メキシコの共催だと考えるとカタール1国1都市の開催は異例です。

 ワールドカップは世界中の国の代表が集まります。総花的な競技紹介の意味合いの強い五輪や、世界的ではない野球の大会などと違うので、その開催国や対戦国に関しては詳しくピックアップされます。
 30年前のワールドカップ最終予選は、最近と違いホームアンドアウエーではなく、セントラル方式の一都市での集中開催でした。その6ヵ国が、結果勝ち抜けたサウジアラビア、韓国と、イラン、北朝鮮、日本、そして最後に引き分けたフセイン時代のイラクです。

 この最終予選最終戦まで5チームの2位以上の可能性がある大混戦で、最終戦前に首位だった日本が結果的に引き分けで韓国に得失点差で抜かれて3位となるいわゆるドーハの悲劇でした。しかし、イラン、イラク、北朝鮮と何とも濃いメンツがドーハのホテルに泊まっていたものです。

 その当時から、アジア地区のセントラル開催ができる競技会場や宿泊施設を有した国で、オイルマネーで潤った金満なイスラムの王国だったのでしょう。近年は天然ガスにシフトし、OPECは脱退して、メディア支配、観光にも力を入れているようです。

 ドーハの悲劇当時からは、30年経て政治も文化、産業も変化、進歩したでしょうが、イスラムの根本的な教えは変わらないでしょう。スタジアム建設などでの過酷な労働は人権問題として欧州各国からは非難もされました。それでも開催にこぎつけた国力は強靭なものです。

 厳粛なイスラムの戒律の中、ワールドカップを誘致できる、したたかな政治力と財力を持っています。

 国土のほとんどが平地で砂漠、250万の国民の8割がドーハという1都市に住んでいます。カタール人というのは中でも30万人ほどしかいないということで、他の200万人以上が移民、主に所得の低い労働階級になるようです。

 この構成はちょっと日本では想像できないですね。日本の場合、日本人という民族が大多数でアイヌなどの他民族、外国人系、移民の割合は極端に少ないですし、韓国や台湾を併合していた時代でさえ1割強の民族が国家を支配していた姿とは程遠いです。

 いったいカタール人が、どういう風に君主制を維持し、国家体制を護っているのか、参考にはならないまでも知りたいところです。

サッカーの試合を楽しもう

 お金にまつわる話も書きましたが、せっかく世界の強豪の真剣勝負のサッカーがネットも含め全試合見れるワールドカップのこの時期。サッカーファンとして楽しみます。またにわかファンも結果だけではなくサッカーの魅力を、存分に味わい知って欲しいと思います。
 デンマークが敗退してベルギーも苦戦していて、なかなか今大会は読めない勝負が多いです。3試合だけのリーグでは必ずしも強いチームが生き残る訳ではないときがあります。
 たとえまかり間違って日本が勝ち進んでも、優勝することもベスト4とかさえもないので、気楽に勝てば儲けものというくらいで日本戦は観ればいいのです。
 プロスポーツ、勝てばいい、勝ち抜けば良いという考えもありますが。やはりそれ相応の実力がないとそこまでは無理です。世間の評価もついてきません。地元開催の日韓大会で韓国はベスト4になんだかんだでいきましたが、韓国が世界の強豪になったとか、そのサッカーが評価され戦法戦術がトレンドになったわけでもないのです。むしろ黒歴史と揶揄されるレベルです。
 時間稼ぎや、反則すれすれ、面白くないサッカーもたまにありますが、カメルーンとセルビアの3対3のドローの試合など見ごたえありました。ブラジルやクロアチアなど足技のうまい国の試合もやはり面白いです。

 野球や他のスポーツなんかでも、ひいきチームが勝てばいいというファンと、いい試合を観たいというファンに分かれます。
 野球にたとえると、豪速球と豪打の対決を観にいって、敬遠とかバントだったのでは後者のファンは面白くないのと同じです。相撲だと不戦勝とか、肩すかしで優勝が決まってしまうようなものです。

プロのスポーツは観る側にも、面白さを伝えないといけないのです。
 
 

地上波テレビ主流の時代が終わる

 地上波やBSテレビよりも広告の金額でネットが上回ったそうで、テレビ局や広告代理店も時代の変化に凋落を感じているようです。テレビっ子だった私も、スマホやパソコンの時間がテレビ見てる時間をとうに上回っていました。

 年配の方を中心に、ドラマやスポーツ、紅白歌合戦などもまだ視聴はされます。しかしだんだんライブで見ながらもネットでウラ情報やチャットを楽しんだり、ネットで評価を見てから録画を見るとか、ネットは浸食してきています。もう必死に生中継、ライブを追わなくとも、少し遅れての放送でも十分なことは知られだしました。

 これによって、テレビ局の広告を支配していた電通や、多額の受信料で運営していたNHKはぼったくりの殿様商売から転換点を迎えようとしています。

 五輪疑惑で捜査のメスが入った電通の独走も止まるのでしょうか。税金まがいの巻き上げをするNHKもついに方向転換の時は来ています。

 毎回、オリンピックや今も行われるワールドカップの放映権料は、いつの間にか莫大なものになってIOCやFIFAなど金の亡者と、日本の銭ゲバの間で高騰した莫大なお金が動いています。

 今回のサッカーのFIFAワールドカップにしろ前回で600億円あまりだったのが、さらに高騰したと言われています。ジャパン何とかで民放と共同とはいえ大半NHKが払う放映権料は電通が取り仕切り、中抜きしています。しか世界全体でも2000億程度という放映権料、日本だけが莫大な巨額を払い、関連企業から最終的に国民が負担しています。これはオリンピックも同じ構造です。だから放送局は、ネガティブにはならずひたすら、大会の宣伝に走ります。カタールの人種差別、強制労働などの記事は小さく扱われ、にわかサッカーファンを増やす宣伝をドバドバ流します。

 個人的には世界のサッカーを見るのは好きですが、いったいどのくらいの日本人が外国同士のマッチに受信料の2割以上?ものお金が次ぎこまれることに納得できるでしょう。日本代表は予選リーグでたった3試合、万一勝ち上がってもせいぜい4試合というところです。

 受信料に反対している党も一部おられますが、そもそもNHKがあんなに受信料から、お金使って誰も説明すら訊かないのはおかしいところです。

 ネット中心に、電通やNHK、利権スポーツ団体の復権を許さなければ、もう少し世界は明るく健全になりそうなのですが。

 日本にはまだまだ老害的な、政治家、マスコミ、企業、団体があります。ここらあたりが、時代とともに世代交代し、浄化されることを期待します。

ワールドカップサッカー #カタール

 やはり始まるとサッカーの面白さや、最新のトレンドなども気になり見てしまうFIFAワールドカップです。
 ドーハの悲劇の頃は、本当に自分自身も若かったし、サッカーを見る社会の目も違いました。その後、どんどんサッカーの人気も広がり、世界一のスポーツイベントであるという理解も日本でもだいぶ進みました。それによりお金の大きな流れもかわりました。まあそこはここでは目をつむりましょう。
 サッカーのルールやレギュレーションはマイナーチェンジしており、今回もオフサイドを半自動AIが判定するなどメカニカルな進化を遂げています。他スポーツもそうですが、あの判定を待つ微妙な間は賛否でそうですし、結果アディショナルタイムが長くなるのもちょっと違和感もあります。

 中学時代、大会の応援で線審をさせられ。オフサイドやコーナーキックの判定は難しく、よく間違うと怒られそうで緊張しました。

 Jリーグや代表戦などでさえ、明らかな誤審でないにしろ、コーナーキックかゴールキックかの判定の間違いは、よく見ているとざらにあります。人間が瞬時に判定するのですから、間違いがつきもので、スポーツの審判とはそういうものでしょう。文句たらたらでも再開するしかないのが審判への権威です。文句言わずリスタートすると、間違いに気づいた審判はどこかでお返ししてチャラにしてくれるケースもありました。

 サッカーは、ルールそのものは単純ですから、そこからさまざまな戦術が生まれます。国としての、体格などを活かした戦い方もあります。
 個人的には開催国カタールはじめ、イランやオーストラリアも惨敗でしたがアジア勢に頑張って欲しいところで、サウジアラビアが南米の強豪アルゼンチンに勝ちました。そして、日本がドイツに打ち勝つ快挙です。サウジアラビアは国内リーグの選手だけということで、元々身体能力は高い民族ですが,感心します。日本もかつては、外国人帰化の助っ人を擁していましたが、基本は日本人だけになりましたが、所属は欧州リーグがほとんどです。

 世界的には、ヨーロッパの金満リーグが世界のサッカーの中心になりました。南米勢が日韓開催以来16年4大会優勝から遠ざかっているのも寂しいですが、かつて足技を駆使した王国と言われた南米も、今のサッカーの主役ではなくなってきています。身体能力の強い欧州プラスアフリカ移民系の力にが差が出てきています。
 日本がベスト8というのは相当なハードルですが、小さい体格ながらも日本人らしいサッカーでさらなる健闘を祈ります。

#ウォーキング 真剣にやれば1日8000歩で良い

 ウォーキングは気軽にできるし、お金もかからないし、健康にもダイエットにも良いということでしている方は多いです。

 ただ、間違っている方、誤解している方も多いようです。私もそうでした、いくつか、ポイントを整理しましょう。

 徘徊に近いようなうろつき、ただの散歩とウォーキングは違います。GPSなどのスマホなどの機器で歩数がカウントでき、昔の万歩計よりも制度が高いようでも、ただ歩いて、異動している、心拍数や位置情報で類推しても「徘徊」は徘徊です。

 心肺機能を高め、免疫力を高め、自立神経も活発にして、代謝を促進し、睡眠の質も改善する、ダイエットにもつながり、ボケ防止にもなる。ウォーキングはいいことずくめのようにいわれます。それだけにただ歩数を稼げばいいのではないのです。

 観光地やら、いろいろめぐるのに2万歩3万歩とか、自慢する向きもあります。アスリートなら確かにジョグやらランニングで10キロ20キロ走らないといけません。そのあたりで一般の人も1万歩いや2万は必要とかになり、いろんなアプリも歩数を稼げばポイントがつくとかになっています。しかし基本はしっかりした歩き方で、毎日8000歩で十分で、それ以上はいわゆるウォーキングのメリットは頭打ちするようです。

 8000とは言え、一日万歩計をつけていれば通勤などで半分くらいは行く人ものではにでしょうか。大事なのは姿勢を正し、腕を良く降り歩幅をしっかりとって歩くことです。この8000歩はやや早歩きで少し汗をかき息も荒くなる程度にすれば、本当のウォーキングでとても良い運動です。

 朝のウォーキングをされる方も多いようですが、しっかり準備運動をとりできれば朝食後、最低でも水分は良く取ってからでないと、循環器系によくないそうです。

 まあそれ以上が難しく考えず歩くことです。私の場合、鉄道の廃線跡とか、ホーロー看板とか史跡遺跡探しのぶらぶらの散策が多いのですが。その合間のまっすぐ歩くだけの時は、意識してしっかりしたウォーキングをするようにしています。

 脚がしっかりしていると、基本自由のどこでもいけます。見慣れて飽きた景色でない方が楽しいので、ジムや施設の中よりは外がいいはずです。外を歩けるうちに脚を鍛えて、老化を防いでおくのは健康寿命にとって大事です。

日本人はスポーツを楽しむのが好きではない

 前にも野球とベースボールの話は書いたけど、今度ワールドカップが始まるがサッカーも日本人のサッカーの応援や観戦は今一つ楽しくなさそうです。他のスポーツのOB解説の中に平然と日本以外の対戦は見ないという人もいます。しかし世界の一流同志の、国のプライドをかけ最新の戦術で戦うサッカーは面白いはずなのですが、どうも一般的には何かリードする煽りが必要なようです。

 知っている人が面白いルールや戦術、選手同士や対戦相手との因縁などは、知らないと楽しめないし、深いほど面白いのですが、深すぎると一般に伝わらないのです。

 前に大谷翔平はスゴイけど、今の二刀流の記録だけを切り取って騒ぐのはおかしいという風な趣旨も書いた。素直に喜べばとの意見もわかるのだが、多くの人はMLBを愉しまず大谷の活躍のハイライトしか見ない。
 国内での優勝、最年少記録、最多記録、海外での日本人の活躍、注目するのはこれが主でスポーツのプレイ自体を楽しまない。
 これではもったいないというか。個人競技ではないので、少なくともチームは見ないと失礼な話でです。投手の記録と打者の記録を合わせて図る本来前例がない比べるものでさえない。二刀流も無理くりの記録で、その日米通算などもっとおかしい記録でしかない。

 日本人が活躍すれば何でもいいのかと思います。もう少し競技の本質を見て楽しむよう、大谷の報道も変えて欲しいものです・
 個人的には、将棋界の藤井聡太さんの最年少記録で、ふだん将棋とは無縁で棋譜読めない将棋ほとんど知らない人が騒ぐのと同じで、マスコミが報道を煽るから、そんなスゴイことなのかというので一喜一憂するのでしょう。
 言い方は悪いですが、最年少ということと将棋そのものは関係ありません。そのタイトル戦がどういう相手でどういう戦術で攻防があったかを報じず、ただ若年記録が更新されることがニュースとは思えないのです。
 あまり批判すると、論旨と違うところで嫌われるので、翻ってNPBの応援の板を見てると、もう高校野球はみんながよく見ています。都市対抗ではなく高校野球とJリーグが日本のフランチャイズなのです。
 やはり高校野球の戦術や敢闘精神、一度負ければ終わり、3年で終わる哀切みたいなのが心情に沁みるのでしょう。それはそれで、やはり面白いなあと思います。東北勢の健闘、大阪桐蔭の番狂わせの敗退、近江と高松商の激闘など、すべて良かったと思います。みんな必死ですから、それは、ちょっとプロとはまた違う美しさがあるのです。

 Jリーグは入れ替えがあり、NPBは入れ替えがない。一発勝負の必死さはリーグ戦で興行的に伝えるのは、優勝マジックとか、プレイオフやら降格条件の分かるリーグの戦績表が必要です。じゃあ、優勝やプレイオフ、個人記録の絡まないチームに何も興行的価値がないのかというと、そんなことはないはずです。
 プレイそのものを見ることを楽しむことです。
 そこがなかなか日本人は理解できない。昔職業野球といわれた,王長嶋のスターが出るまで人気が無くプロ野球が嫌われ、大学やノンプロが潔いとされたのは、興行的な消化試合じゃないかという意識があるのでしょうか。

 その面では多かれ少なかれ、プロレスや大相撲はエンタティメントを意識して進化した興行です。

 ひと昔前は、内容はともかく最後に 力道山などのスターが出てきて勝てば良い時代で、その中身は問われなかったのです。今は背景は複雑です。

 野球もNPBでさえようやく球数制限、分業、休養日など理解が進んでも、未だに人気のあるのは過去鉄拳制裁やパワハラで選手を潰して短期的成果を上げた時代の指導者だったりします。

 メジャーはとにかくボールを遠くに飛ばすフライボール革命が、主流で日本の野球とは違い、初めて球場を訪れるファンに分かりやすく変わってきています。その方が誰にも分かりやすく、強く、派手で面白いからです。大谷や村上はその点でメジャーに近い選手です。

 勝つか負けるかのガチンコは、勝てばいいという身勝手な社会教育になりかねない面もあります。実際イチロー、野茂、大谷も村上も甲子園で優勝したわけではありません。パーフェクト投手のロッテ佐々木も甲子園出場前に温存されていました。

 スポーツを観る楽しみを、もっと報道や先駆は伝え、ルールや規定、戦術も柔軟に変えていくべきです。またファンは、深い部分を愉しむところを見出すことに力を注いで欲しいです。

 

いよいよワールドカップ        サッカー少し昔話

 サッカーのワールドカップが今月開幕します。代表メンバーの発表が先日ありました。
「大迫ハンパない」と言われ、一時代を担った大迫勇也が代表落ちでまた時代の流れを感じるますが、長友佑都が36歳で4大会目の出場ですから頑張っています、4大会というと単純に20年近くトップにいるのですからスゴイものです。
 代表落ちの話でいうと、日本が初めてワールドカップに出場した1998年に、最終選考でキングカズ三浦知良が涙をのんだ会見が今でも思い起こされます。カズから、中田英寿、本田圭佑らの時代を経て、あれ以降毎回ワールドカップには出ている日本ですが、カズが牽引してJリーグとともに日本でサッカーがメジャーな人気になったことは間違いないです。

 そのカズが55歳で下部リーグのJFLながら現役を続けていることは驚異です。

 直前で落選したフランスの4年前、アメリカ大会の予選で出場決定かと思われた最終試合のイラク戦で、土壇場ロスタイムで追いつかれ引き分けで涙をのみ、ラモス、柱谷、中山、森保(現代表監督)らとともに倒れこんだ「ドーハの悲劇」がありました。そのカタール、ドーハで今月開かれるワールドカップです。

 このドーハの悲劇がJリーグの始まった1993年の10月28日ですから29年前になります。

 Jリーグ開始当時は、リーグ戦なのに延長ありのPK戦という、今では考えにくい独自ルールでやっていたり、前後期制プレイオフの時代もありました。

 ドーハの悲劇でロスタイムの失点と書きましたが、まだロスタイムが分からない世代はいないかと思いますが今はあまり使われません。そのうち完全死後になるかもしれません。インジュリータイムとも言われた時代を経て今はアディショナルタイムです。日本語は発音しにくいとか長い言葉を、スポーツでも適当な和製英語にしてしまいますが、ロスタイムも日本だけの言葉でした。TOEICテストなどでADD(付け加える)とかINJURY(負傷)という動詞はあるレベルでよく出ます。ロスよりもポジティブな表現です。


 そういえば初めて日本がワールドカップ出場を決めた、マレーシアでのイランとの第3代表決定戦「ジョホールバルの歓喜」も、今のルールでは廃止された、延長Vゴール、ゴールデンゴール方式で岡野雅行がシュートを決めた時点で、勝利が決まり岡田監督はじめ全員が抱き合って喜びあっていました。日本中が初出場に沸いたのですが、このⅤゴールの光景は現在ではあり得なくなり、試合時間は終了まで行われ相手に追いつくチャンスは今ならあります。

 あれから30年、私の中学とかで見始めた時代からだと50年近くで、リーグの人気も戦術などのスタイルもどんどん変わり、ヨーロッパにとんでもない強豪でお金持ちのクラブが台頭して、ワールドカップや日本代表の意味合いも少し変わってはきています。

 最近の戦術などはもう、子供の方が詳しいようになりました。何せ、ロスタイムどころか、クロスを「センタリング」と呼んでいた時代の人間ですから。
 ただサッカーのルールそのものはラグビーやバレーほど変わっていません。ゴールキーパーがバックパスで手を使えなくなったり、キーパーチャージの反則がなくなったり、攻撃面を有利にさせスピーディな試合にさせる若干の変更のみです。

 試合というよりリーグ戦のレギュレーションとして、勝ち点のリーグ戦では引き分けを1として勝利を2から3として引き分け狙いを防ぎ、攻撃的なスポーツにさせたのです。これは1990年代以前、イタリアとかのとにかく守り切る面白くないサッカーで人気が低迷したことからです。この変革からもう一度サッカーが世界で超メジャーなスポーツに発展します。

 ワールドカップが世界中の注目を浴びる屈指のスポーツの大会であることに間違いはありません。

30年以上前にもパ・リーグに激闘と激動があった

 オリックスが一昨日大激闘のシーズンを象徴するような、最終試合での優勝を争ったソフトバンクとお互いの逆転勝ちと逆転負けで優勝を決めました。

 オリックスの宮内オーナーも今年で退任されるということでした。1988年は10月近鉄がロッテとのダブルヘッダーで最後の引き分けで西武が優勝を手にし、近鉄が優勝を逸した激闘の10.19がありました。それと相前後して、名門球団の南海ホークスと阪急ブレーブスが劇的に身売りをしました。

 昨夜優勝した、オリックスバファローズはその年に現宮内オーナーのオリエントリース改めオリックスが阪急ブレーブスを買収したものに、その後2004年球界再編で混乱した原因となった近鉄バファローズをの営業譲渡を事実上合併してオリックスバッファローズとなったものです。優勝を争ったソフトバンクホークスはこの年南海ホークスを買収したダイエーホークスがダイエーの本体の不振で台頭した携帯電話会社が買い取ったものです。
 宮内義彦さんも当時まだ50代で、球界では老舗球団からは新参者として苦労もされたはずです。

 私は子供の頃から、関西のひねくれもので阪神ではなく、実家沿線の阪急でもなく。近鉄バファローズのファンでした。
 当時今のネット配信も、BS放送もなく、せいぜいラジオで放送があれば垂涎ものでした。あとは巨人戦などの途中経過を待ち遠しく一喜一憂していました。今は試合の経過など、ネットですぐリアルタイムで速報されますが、昔は本当に情報は遅く貴重でした。

 マイナーな消滅近鉄球団の、さらに短い時期仰木監督の時期がムックになるのも現代ならではです。オリックスの中嶋監督はオリックス時代の仰木彬の戦術を思い出させる奇策、奇襲を持っています。

 2004年に消えた近鉄球団最後の生き残り現役だった現ヤクルトの坂口選手も今年限りで引退して、ますます近鉄の痕跡は人々の脳裏から消えそうですが、一部のマニアの中に本や記憶はいつまでも残ります。

 1988年はバブル崩壊の前で、まだまだ今は衰退した企業もバリバリでしたが、阪急や南海。近鉄は今のように真面目に球団経営もできず、手放してしまいました。
 近鉄を飛び出した野茂英雄がメジャーへのパイオニアとなり、大谷翔平のような新世代を産むきっかけにもなりました。そして日本の野球も、村上や佐々木が登場し、遠くへ飛ばすパワーのある打者と、150キロを超える速球や強い変化球主体の投手の時代へ、大きく変わりつつあります。

アントニオ猪木と昭和プロレスの時代

1971年日本プロレス時代のUN選手権猪木対Jブリスコ

 闘病中で、なかなかやつれた壮絶な姿しか見られなかった晩年のアントニオ猪木でしたが、昨日とうとう訃報に触れました。

 アントニオ猪木という人は多くの人を愉しませ、騙した昭和の時代のプロレスを支え、本当に数奇な運命で政治家にもなり数々エピソートに満ちた人物でした。

 私は兄がプロレス好きだったもので、小さい頃からテレビでプロレスを見ていました。初めてプロレスをテレビで見たのは1968年1月3日、お正月で親戚の家に集まった時にいとこたちと見ていた正月興行の特番「ジャイアント馬場対クラッシャー・リソワスキー」のインター選手権試合でした。その迫力に怖がりながらも圧倒されました。
 この時のリソワスキーのパワフルでタフさぶりはまだルールも詳しく分からない子供にも強烈なインパクトを与えました。
 翌年、リソワスキーは生傷男と言われるディックザブルーザーというさらに大物とタッグで馬場と若き日のアントニオ猪木の持つインタータッグ選手権に挑戦してきます。
 猪木は馬場に比べて小さく、細くて俊敏な印象で等身大の応援したくなる選手でした。屈強そのもののブルクラコンビには苦戦しそうに思えた戦いですが、ブルーザーは前評判ほど迫力はなかった記憶だけがうっすらと残っています。
 このあたりは、前年のリソワスキーと馬場の一戦の迫力にも大人的な背景があったことは、のちに知りました。(同日、ライバル団体国際プロレスが興行をはじめたため急遽ぶつけたタイトル戦で、馬場は意地でも試合内容含め後発団体を圧倒する内容を示した)

 1970年前半、日本プロレスでジャイアント馬場に次ぐナンバー2の時代のアントニオ猪木を小学生時代、兄と懸命に応援していました。ちょうどタイガーマスクのまんがが連載され、アニメにもなり、実名で馬場も猪木も登場していたころです。

 猪木はナンバー2のタイトルとされるUN選手権を奪取(与えられ)馬場に並ぶエースとなり、日テレに加え新たに参入したNET(現テレ朝)の放送での看板となります。この時代の最も面白かった試合が1971年8月5日のアメリカの若手有望株雨で次期NWA王者候補ジャックブリスコとの防衛戦でした。(写真)

 こんな時代の動画が今になって動画サイトで見れることは夢のようです。今みてもスピーディな技の攻防、決めのジャーマンまで猪木のベストバウトはこの試合だと思います。

 その後、猪木は大人の事情?乗っ取りの疑いで大阪でのドリーファンクジュニアとのNWA世界選手権直前に日本プロレス(会社名)を追放され、独立し新日本プロレスを設立します。馬場も独立して全日本プロレスを作り、両者は興行のライバルとなり、エース二人に抜けられた日本プロレスはみじめに崩壊します。この時に一連の事情を考えると、もう十分プロレスはウラのある世界だとわかります。
 それでも新日本の猪木を応援したい気持ちはあり、大学生くらいまでその推移を見守っていました。
 因縁のジャックブリスコはNWA王者になりましたが、NWAは馬場の全日本と強く結び、王者はじめ大物レスラーは馬場の全日本中心に参戦し、猪木の新日本は外人招聘では苦戦しました。二流のレスラーに無理くり箔をつけ、タイガージェットシンとの抗争、ストロング小林から始まる日本人対決、アリ戦にいたる異種格闘技戦と、独自の工夫と猪木のカリスマで全日本以上の人気を得ました。

 ブリスコはNWA王者陥落後1979年新日本に一度来ますが、猪木との試合はつまらない内容でした。猪木の名勝負としてはビルロビンソン戦や、その前のジュニア戦、小林、シン、スタンハンセンやアンドレとの抗争を挙げる人もいますが、直近で動画を見直しても1971年のブリスコとの初戦がベストです。
 スターになってしまった猪木の試合は、やはり相手がプロレス的忖度をしてしまう部分があるのです。

 そして、プロレスがスターを作ること、タイトルの移動、タッグマッチや反則、覆面レスラーなどなど、全てプロレスには筋書きヤラセがあることだということをだんだん気づきながら私は大学生になり、大人になっていったわけです。

 プロレスの世界では、あたかも真実のように語られていた、外国で起こったこと外国人レスラーのインタビュー記事、NWAとかの権威など、はっきりいってほとんど全て嘘っぱちに近いものでした。

 噛みつきで有名だったフレッドブラッシーと力道山の流血試合でテレビ観戦していたおばあさんがショック死したという逸話がありました。流血そのもが仕込みで八百長なのに、それを見てショック死したなど死んでも死にきれないような話だと憤りかねませんでした。
 ところが実はおばあさんがプロレスを見て死んだというニュース自体が今でいうフェイクだったそうです。何ともほんの一部に真実はあり、屈強な肉体と技を鍛えてはいますが、うすばっかりの興行がまかり通るのが昭和のプロレスでした。

アスリートの引退試合

 日本のスポーツの主流は秋口にシーズンオフを迎えるので、この時期に移籍や引退の話が出ます。
 NPBでは、すでに西武の内海哲也投手、阪神の糸井嘉男選手がシーズン中に引退試合を終え、中日福留選手、オリックス能美投手も引退を表明しています。引退を自ら宣言でき、引退試合までやってもらえるのはほんの一握りの名選手です。

 今クールで終了したドラマ「オールドルーキー」は、いきなりチームが消滅し現役引退を余儀なくされたサッカーの元日本代表選手が、スポーツマネジメントの会社に勤めます。アスリートのマネジメントを務める裏方に回るセカンドキャリアに悪戦苦闘する話でした。

 華やかなスポットライトを浴び、常に自分が主役であり、体調と体力維持で持ってきたアスリートの現役引退は、指導者や評論家などへの狭い道、別の世界に入る道、いずれにせよ現役のプライドと看板は下ろす、人生の転回点であり多くは厳しいものがあります。

 サラリーマンの定年は、同じような悲哀の部分もありますが、アスリートは概ね若いためこれからの生きる道を探らねばなりません。

 そんな中、稀有な例でしょうが、55歳で現役にこだわり続ける男がいます。サッカー界をかるつて牽引した「キングカズ」三浦知良はボロボロになり、海外、J2もわたり歩き、Jリーグの下部組織JFLで未だに現役でプレイしています。晩節を汚すとか、客寄せパンダとの非難も半ばありますが、猛練習をして現役を保っている姿にが多くの中高年も心打たれます。

 それにしてもかつてはNPBのベテラン、老獪な技術とか言われる選手は私にとって年上だったのですが、もはや自分の子供でもおかしくないような年齢でベテランと言われ引退試合をしていくとは、見てる私がいかに年齢を重ねたのか、時代を感じます。