映画レビュー ラストマンファーストラブ

 テレビの連続ドラマでやって、新春にスペシャルがあって、その流れに乗せての映画化のパターンです。

 ドラマを知らなくても冒頭で紹介されて十分楽しめますが、やはり知ってる人がニヤリとしたいような面白さもあります。

 福山雅治と大泉洋のタブル主演で、脇役もテレビからと映画オリジナルキャラが登場して、アクション、ミステリ、ロマンスてんこ盛りの楽しめる映画になってます。

 元々の設定上が全盲のFBI捜査官が日本警察で捜査するという仮面ライダーなみのあり得ない話なので、ツッコミ出すときりがないので、カッコよさとキレ味、美しい景色と女優さん達を楽しめば良いです。

 大泉洋ホームの北海道ロケというので、設定上は東京生まれの刑事が、北海道をバカにされると怒る小ネタ満載です、重要な場所にローカルファミレスチェーンの“ラッキーピエロ“が宣伝色満載で登場します。

 大泉洋さん、しかし北海道ローカルからキャラは変わらないが、もはや大物俳優になったなと思います。

 福山雅治役とその初恋相手の若い頃のエピソードに若手俳優を抜擢しています。売り出しとともに、ベテランの時間拘束を軽減して尺を稼ぐのは最近のヒット映画の定番手法です。

 當真あみちゃんのハーフ役は文句なくかわいいかったですね。

 今田美桜さんは、スケジュールの都合で東京居残りでチョイ出演?絡みはあり、何と笑わせる朝ドラネタの重要なセリフもありました。朝ドラヒロインで格が上がり売れっ子になると、以前のシリーズの脇ポジションが難しくなりますが、今後はどうするのな、どうでも良い心配です。

 もうお一人、重要な役でネクストブレイク候補、月島琉衣さんも熱演でした。

 [ネタバレ]細かく要求を言えば、ミステリ的な部分で、犯人(内通者)はあんなんもんとしても、重要人物Xに関しては、もうちょっと脚本や設定で作り込みは欲しかったとは思います。

 とはいえ、なめら面白い、スカッとする映画でした。

下剋上ありの優勝戦だから面白い

  年末というと昭和の昔はレコード大賞、歌謡大賞とかの1年の歌謡曲のトップを決める番組が人気でした。

 音楽の多様化が原因なのか、そもそも楽曲に優劣をつけるのがおかしいのか、ヤラセなのが飽きられたのか、人気は無くなりました。年末の歌番組としては総括した歌謡祭的なものや、紅白歌合戦が何とか残っています。

 お笑い、漫才の頂点を決めるというM-1グランプリも波はありましたが、今年の年末も盛り上がっていて、なかなか面白かったです。若手人気漫才師たちが賞金1000万円と名誉を目指し、本気で勝負しているのが伝わります。

 たかがお笑い、漫才であり、それこそある程度の忖度や筋書きはあるとは思われます。しかし、スポーツでもなく、競技でもない芸能の1ジャンルが、なぜか人を引きつけます。ガチンコの真剣勝負が展開され、実際になかなか計算され練習したお笑いとしての面白さとともに、勝負としての面白さもあります。

 一度決勝までに破れた漫才師が敗者復活で勝ち残った下剋上の年もありますし、今回もファーストステージで断トツで最終3組に残ったのに、最終決戦では一票も取れずに優勝を逃す予測できない面白い展開でした。

 このレギュレーションが絶妙なのかもしれません。今人気者のサンドイッチマンも敗者復活で勝ち上がったパターンで吉本でもないどちらかというと弱小事務所所属ですから、出来レースではないガチンコな勝負でした。

 レコード大賞は衰退しましたが、プロスポーツ、他の芸術の映画だとか、文学、音楽、絵画などでも優勝や年度の賞が決められます。

 それぞれに評価のしかたや、決勝、優勝や1位の決め方、審査や発表も違います。スポーツ番組のようなイベントになるものとそうでないものがあります。やはり、ヤラセや忖度で決まったドラマ的なものよりも、実力者が真剣にぶつかりあい雌雄を決する真剣味に人気が集まり、その賞やチャンピオンシップに権威が保たれいると思います。

 プロレスや総合格闘技も大相撲も栄枯盛衰があり、一時は国民的人気があったり、大晦日に特番もやる人気コンテンツでしたが、やはり筋書きやレギュレーションにヤラセが見えてしまい人気が落ちました。

 そういう面では、野球なんかも今のオオタニ人気にあぐらをかいてるとダメです、クライマックスシリーズなんかの解かりにくいレギュレーションでは衰退の恐れがあります。

 クライマックスシリーズも日本シリーズも下剋上ありのその時点での最強がガチンコでやるところを見せないと、やがてスターがいなくなりレコード大賞のように凋落すると思われます。

 昭和の歌謡曲もプロレスも好きだったのですがね。

 

 

令和には続かなかったヒーロー

 藤子不二雄さん、お二人が別々の活動になり、亡くなられてもだいぶ経ちます。ドラえもんは年に一回は新作映画が作られ、誰もが知っているワールドとして描かれ、テレビでもCMや募金などでもずっと見かけます。

 ドラえもんの最終回はどうなるという考察もよくなされ、ファンの創作も出回ってます。

 漫画もよく読んだ私の子供時代は、藤子不二雄さんといえばオバケのQ太郎が大人気でした。SFとスパイ的な「パーマン」「21エモン」も好きでした。「ウメ星デンカ」も良かったです。当時は後から出てそれほどブレイクしていなかった「ドラえもん」だけが、他のキャスト含め大ヒットし知らない人がいない国民的なアニメになりました。

 藤子不二雄さんのお二人が別れた関係もあり、版権の問題などでオバQ他の作品もなかなか再放送やリメイクもされません。

 万能なバッチやヘルメット、便利なコピーロボットなど、ドラえもんに負けない「パーマン」の設定は好きでした。

 しかし、魅力的な道具と無茶ぶりな使命を託したスーパーマン、その人はもちろん名前が使えずバードマンに変えられました。

 さらに、パーマンとかパー子とか言う言葉自体が不適切な言葉狩りにあい、版権もややこしいので放映や、リメイクは完全に難しくなりました。昔は何かおどけたことをやると、「お前はくるくるパーか」と言われたものですが、パーという表現をそういう使い方はできなくなりました。

 ドラえもんの毎年の大冒険映画や、コナンやしんちゃんの冒険映画も、よく作られていますが、さすがに同じシリーズをあまり作り過ぎるマンネリと矛盾は否めません。

 実写特撮ではスーパー戦隊シリーズが休止になり、宇宙刑事が復活するようです。

 藤子不二雄に限らず、以前の他の作品の題材をリメイクするのもいいとは思われます。

 いろいろ武器を持った子供のヒーローアニメ、新しいのもいろいろ出て来てるのかと思いますが懐かしいです。

 

戦隊ヒーロー終了、モチーフもネタ切れ?

 テレビ朝日、東映制作のスーパー戦隊シリーズが、50年続いた歴史を今年度で終了するとの報道がありました。

 私らが中学生の頃から延々50年も続いているので、日本らしいパターン化された長寿シリーズです。同じく東映では仮面ライダーシリーズや、円谷のウルトラマンも休止期間はあるものの、長く今も続いています。

 特撮で言えば、怪獣映画のゴジラシリーズも東宝のドル箱として、何度も設定を変えては制作されています。

 アニメや漫画の世界でも、シリーズは、人気があると打ち切ることができない事情で長く続いているものが数多くあります。

 国民的なアニメ「サザエさん」をはじめ、同じく漫画としては「ドラえもん」「ゴルゴ13」も超がつく長寿ですし「クレヨンしんちゃん」や「名探偵コナン」も子供がとうに大人になる歳月を延々と設定の年齢は変わらず続いています。

 そんな中でのスーパー戦隊シリーズの終了は、ある意味英断なのか、よほど苦しい事情もあるのでしょう。

 決して人気が衰えたわけではないようですし、視聴率も悪くはありませんでした。

 既にあちこちで書かれてはいますが、ライダーのシリーズとともに、若手俳優の登竜門となっていました。今をときめく横浜流星、山田裕貴、松坂桃李ら多くの人気俳優を送り出しています。

 コストに見合う収入が得られない等の理由は囁かれてはいます。

 私も子供としては熱中してみたのは最初のゴレンジャーぐらいで、あとは大学から社会人ではやってるなと言う程度でチラ見、子供ができた頃には、土曜日朝にライダーとともに一緒に見ていました。

 特撮は昭和に比べCGも使われ垢抜け、変身シーンやロボットの変形などもカッコよくなっています。男女の若手俳優もビジュアルに優れて、ここから人気につながるのも分かりました。

 しかし、モチーフとしてネタ切れ感もあり、私が子供と見た時期でも、「忍者」「恐竜」の戦隊などの素材は繰り返してシリーズになっています。子供に人気のあるテーマは限られ、ネタ切れでもあったのです。

 シリーズとしては、さまざまなモチーフや、追加戦士など斬新な展開もありますが、5人で戦いプラス巨大ロボットで決戦という毎回のパターンは、昭和の3作目から確立し、ほぼずっと踏襲されています。

 この大いなるマンネリは、やはりスポンサーの玩具メーカーの縛りが大きいようです。

 玩具メーカーは、他のライダーやウルトラマンのシリーズでも、デザインやストーリーの設定にも、大きな影響を持ち出しました。脚本もかなりの制約を受けているのは知られる所です。番組のタイトルや継続にさえ影響力を持っていました。

 最初の仮面ライダーやウルトラマンは基本一人が武器なしで戦っていましたが、本体も戦いにあわせてタイプチェンジやバージョンアップをし、変身や攻撃にもさまざまなアイテムを使うようになり、悪役やバディとなる戦士も覚えきれないほど登場します。

 実際に、それほど必然性がなく、雑誌に紹介されても、ほとんど使われなく終わったバージョンすらありました。

 さすがにこれでは、脚本家や現場よ自由な表現、創作は難しくなっていたのではと思います。俳優も戦隊シリーズは人数が多く、若手とは言え1年間の拘束は大変で、ロケも多いだけにコストもかかり苦労は多かったと想像されます。

 50年もやっていて、シリーズを回顧し、ワールドをつなげる作品や、映画もたくさんありますが、ヒーローたちの競演は、豪華で夢の実現ではあるものの、孤独に戦う戦士のリアルとは離れていきます。

 これはウルトラ兄弟やライダーのシリーズでの前シリーズのヒーローの客演と似た問題です。

 元々が仮面ライダーの3人が競演したり、ウルトラマンに前ヒーローが助けに来た回が、大反響だったことから、ヒーローの競演、チームプレーが戦隊シリーズの原点のようです。

 しかし、これもやがて一人の敵を複数でやっつけるのは、イジメのように見えます。また、単体のヒーローだけでは勝てない弱体に見えるジレンマもありました。

 シリーズが長くなると、マンネリも含めて、矛盾が多くなります。

 私はやはり、芸術作品は一過性のもの、せいぜい数作で終わりがいいのではと思います。長くても寅さんや古畑任三郎ぐらいで、せめて本人とともに老けて亡くなると終わりがまだちょうど良いのです。

 時代背景と時系列的におかしくなるぐらいの長寿はよろしくないです。

二人芝居?江戸時代の長屋に思い馳せる怪作

 ロケに参加できなかった映画ですが、タイミングがあったので突然、劇場鑑賞。

 平日マチネはさすがにガラガラの入り。地味だけど、でも良い映画でした。

 葛飾北斎の娘であり、弟子にあたる葛飾応為の物語です。

 北斎も登場する大河ドラマ、べらぼうの蔦屋重三郎と時代は被りますが、馴染みのない時代、地味な人物の生涯を描くので興行的には難しいのでしょう。

 葛飾応為、歴史上は長澤まさみのような美人ではなく、むしろ醜女という史実もあるようです。

 しかし、煙管を咥えた奔放な性格は適役と言えます。

 何といっても、50歳くらいから91歳までの北斎を演じた永瀬正敏の怪演ぶりが光りました。

 富士山はじめ美しいロケーションも良いです。

 ほとんど二人中心の芝居でした。何度も転居を重ね、描くこと、生きることを問い詰める北斎の姿と、それに付き合って突っ込む応為、なかなか深く生きるという問題を深掘りしています。

 魂を削ってというのか、何かが乗り移って、描かれたような画が江戸時代にもいて、後世に問いかけていることがまた何とも言えない奇縁です。

 

生活保護の課題

 ミステリとしての出来としては、原作も映画も私はちょっと引っかかります。

 しかし、まあ社会問題としての生活保護をよく取り上げています。

 高級外車を乗り回す強面のいかにも不正受給者に対して、正義感あふれる女性職員が物怖じせずに糾弾します。

 本来、受給する資格の無いものが、不正に受け取り、本当に餓死寸前で、最低限の文化的生活が送れないものを、しっかり精査できるほど、自治体に予算も人員もありません。これは今の日本の大きな問題です。

 生活保護や破産手続きの言葉の印象が悪ければ、苦しくても、家族などの手前申請できなくて破滅する人も多いでしょう。

 こういう底辺の問題にスポットを当てた作品としては意義があり、有名俳優が好演技で賞まで取り興行的にもそこそこヒットして注目されたことも結果的にはとても良かったです。

 ただミステリ的に不満な点は以下、ネタバレになってしまいます。

[ネタバレ注意]冒頭、役所の生活保護担当職員が拘束され餓死して発見されるという怪事件から始まります。魅力的なミステリらしい謎です。

 最後に明かされる犯人役の俳優も狂気じみた演技が素晴らしく、助演賞などの評価も分かります。

 その演技により、カバーはされていますが、魅力的な冒頭の謎から、やはり意外な犯人を探す中山七里ミステリの様相にやはり少し無理があります。

 これは松本清張の砂の器、森村誠一の人間の証明などでもそうですが、(背景、動機なとは違います)出自とか貧しい時代から、せっかく努力して社会的地位を掴んだ(相当苦労して)人が、そんなに簡単に人殺しをするのはおかしいという、私の個人的な感性です。

 苦労をしているから、その地位を手放したくないという動機(砂の器、人間の証明)も、苦労してきたが、許せないものは決して許さないという本作品も、どうも殺人という手段を選ぶのは、少し考えれば得策ではないのです。

 警察はもちろん、小説の読者や映画を観ているものをも欺く意外な犯人の緻密な犯罪ですから、当然衝動ではなく計画的です。それ故、同情の余地は少なく、余韻は悪くなります。

 社会問題を扱う難しさですが、殺人等に走る前にもっとやれる手段はあったと感じてしまいます。

 

 京都市の区役所で生活保護の担当をしていますが、医療扶助などもありがたい制度であり、逆に健康保険負担の課税世帯から見てうらやましいくらいです。

 しかし、うらやましいから不正受給をしている一部の情報をあげつらうのではなく、本来の生活水準には一体どのくらいのお金が要るのかまず考えるべきです。

 そこから孤独で支援する家族もいない人は本来国が年金を増やすべきですが生活保護も今は選択の一つです。

 この問題も奥深いところで、年金生活でも格差は大きく、社会のひずみは大きいのです。浪費はしなくても生活保護や破産のケースは多くあります。

 こんな底辺の問題は選挙の票にもならないし、経済の底上げにもならないかもしれませんが、そこをきっちり考えやっていくのは政治、行政の義務です。

 

「ぽく星」にちょっとジンと来ました

 ドラマは録画や配信で見るのに慣れて、溜まっているものを見切るまでにはだいぶタイムラグができてしまいました。リアルタイムでCM見ながらというのは無くなりました。家族揃ってというのも、残念ながら今はほぼ無しです。

 夏クール、ミステリドラマなどは総括しましたが、意外と他にも良いドラマが多かったです。学園、青春もの、子供がテーマのものに秀作ありです。また、主演級の役者さんの世代交代で、時代の移ろいを感じてしまいます。

 7〜8年前の、ドラマや映画で生徒役だった俳優が先生役になってると、またも自分たちも年取ったと感じてしまいます。

 いわゆる「その後」を描いた「ちはやふる めぐり」には、かつてのキャストがOBとして総集合する中、上白石萌音が先生役でした。童顔、タヌキ顔ですが、いくつもの主演をこなし、着物着るとかなり落ちついたいうか、先生役が似合います。もう、恋愛ドラマ主演で初初しさも演じてましたが、一気にこのままおばさんになりそうな印象さえありました。

 菅田将暉主演の次世代若手俳優総出演だった「3年A組今から皆さんは、人質です」から、もう7年経ちました。

 朝ドラ「半分、青い」主演後すぐの、永野芽郁さんメインを張ってましたが、彼女も活躍した後いろいろヤラカシがありました。脇役だった上白石萌歌、森七菜ら綺羅星の如くそれぞれ活躍した中、今田美桜、福原遥が朝ドラ主演を経験し、この夏の月9「明日はきっといい日になる」ではその福原遥が主演でした。

 児童相談所に出向する刑事という、トンデモ設定ながら、家庭内暴力など、月9とは思えない割と重い社会問題テーマも扱かっていました。子役から生徒を経て、福原遥も子供や親を諭す児童相談所の職員へ成長していました。

 そして、「ぼくほし」と略される「ぼく達はまだこの星の校則を知らない」には、これも3年A組の生徒役だった堀田真由が先生役でヒロイン。

 独特な感性でイジメにあい不登校になりながら、弁護士になった主人公白鳥賢治役で「ふてほど」以降ブレイク中の磯村勇斗が好演してました。

 宮沢賢治のフレーズが散りばめられた脚本で、スクールロイヤーながら、情緒不安定で星が好きな頼りない主人公が成長していきます。生きづらい悩める高校生の学校生活を自らも悩みながら支えていきます。

 法律を学びながらも、法律や制度、システム、大人の世界が欠陥と矛盾に溢れていることを浮き彫りにしながらも、ビュアな感性の美しさが、見事に描かれています。

 べテラン女性教師平岩紙の訴訟場面は、やはり虎に翼見てた人は思い出しますね。

 個人的なは、生徒や学生の頃を思い出すと、もっと先生に関わり、友情を育み、生き方を学んでいればと思いました。

 

 

時代に流されるもの、流されないもの

 私たちより上の世代の方も、それぞれ感じていたことなのでしょうが、自らも年齢を重ね、若いと思っていた俳優さんがいつの間にか老けていくことに時の流れを感じます。

 若い頃は、トレンディな主演だった俳優が、老いた親などの脇役で出ていて、見たことある顔だけど誰だっけと思いクレジットで確かめて愕然とすることがあります。

 今の大河ドラマで言うと絢爛豪華な花魁を若い俳優が演じる裏で、かつて名子役だった安達祐実さんが、かなりの老け役です。尾美としのりさん、水野美紀さんも随分な年齢を感じさせる役に回っています。

 石原さとみ、長澤まさみ、新垣結衣とかが、もう37-38歳なのですから、まあみんな年齢重ねて、当たり前なんですが。

 シワだらけのおばあさん役に回る俳優さんもいる中、傘寿を迎えた吉永小百合さんはやはり、サユリストを裏切らない凛と自分のブランドを守ってる感じはします。

 ひ孫がいてもおかしくない80歳にして、可愛いさが残り圧倒的に美しいオーラがあります。早稲田大学を出て清楚なイメージをどこに残しつつ、年齢を重ねられました。

 もはや、文化功労者で、リベラル系の発言をディスる向きもあります。しかし、この方はいわゆる有名になった人がサヨクに祭り上げられるのではなく、1960年代から一貫しての反戦反核のスタンスです。

 沖縄戦の映画を期に靖国神社にも参拝され、英霊を弔う気持ちは思想の左右ではないのです。

 元々が巨人ファンだったのが、いわゆる江川事件をきっかけに筋金入りの西武ファンになった話からも、この方の真っ直ぐな潔癖さが分かります。

 CM女優の本数をランキングされる場合がありますか、ブランドとギャラをかけると、本当の意味で吉永小百合さんを超えるタレントはいないそうです。

 私たちの世代だと、吉永小百合さんは、浜田光夫さんとの映画に出まくったピークが過ぎ、夢千代日記など大人の女優に脱皮される踊り場のような時期でした。山口百恵、沢口靖子らの後輩が出てきた時代も過ぎ、しっとりと、今も存在感があるのですから時を超えた感じさえします。

 仕事を選ばす俳優を続けるのも大変なことですが、吉永小百合という揺るぎない俳優を続けていることはやはり偉大です。

 時代に流される軽く薄っぺらな人と、しっかり流されず立ち続ける人がいるものです。

 

 

 

動画デトックスが必要

 リアルよりバーチャル、紙媒体よりネット、文章よりも動画の時代だとは痛感します。

 動画サイトに嗜好を掌握され次々と好みの動画を提供され、関連する広告を見ていては、毒にまみれていく気がします。

 昔、テレビから悪い電波が出ていると戒めた人もいました。今やネットはもっと、悪質で巧妙であり、危険です。

 連絡手段や情報検索でスマホやパソコン、タブレットは手放せない時代ではありますが、せめて動画投稿を見る時間は自戒して、断つ時間を増やした方が良いと、つくづく思いました。

 紙媒体からの反射光と、モニターを見る透過光では、脳に与える緊張などの影響は違うようで、透過光だけでは、受動的になり毒に洗脳されやすいのではと思われます。

 良質の作品は別として、つまらない切り抜きは毒だらけです。

 やはり、スマホとくに動画はデトックスする時間が必要です。

自転車廃棄が多すぎる

 往年のちょっと暗いモノクロ作品で、貧しい親子が登場するイタリアの名作映画に、「自転車泥棒」というのがありました。

 昔は、自転車があれば仕事にありつけた時代があったのでしょう。今のAmazonなどの配達業務における軽のバンのようなものでしょうか。

 今は、自転車は移動するだけのものなら安い価格で手に入り傷めば使い捨てる人も多く、乗り捨てて放置されている場合もあります。もちろんロードバイクなど、下手すれば乗用車より高価なものもあり、ピンキリです。

 仕事に使うだけなら、安く手に入りそうですが、温暖化の猛暑の下、アスファルトを走るのでタイヤの寿命は短く、軽い金属ゆえ、車体も壊れやすいようです。

 具合の悪くなった自転車は捨てられます。金属資源も多いのですが、プラスチックなども組み込めれて、瓦礫の山に積み上げられ放置されたままとか、埋め立てられている場合もあるようです。

 捨てられる自転車の多さにも驚くものがあります。分別にも大変な手間、熱量が必要で、小さな自治体では、採算が取れないのです。

 サステナブルと叫ばれながら、家電にしろ、自動車、パソコン、この自転車も、なかなか長く使わるれることなく、粗大ゴミとなるメーカー戦略を許してしまっています。

 ゴミの焼却、そこからの灰は埋め立てに使われても、捨てる場所はもはや限界です。

 サステナビリティを考えなるなら、一つのものの値段から、保証や修理の仕組みなども考えさないといけないのではと思います。手に入りやすいものは、捨てやすいものになり、ゴミが増えすぎるのは、環境以前に、地球の空間を考えるだけでとんでもない問題です。