1.1から1.17へ

 首都圏直下型地震や、東海や南海トラフ地震などが警戒された中、1月1日に能登で大地震が起きました。
 1月17日は阪神淡路大震災がもう30年近く前の1995年にありました。この時も、関西では地震なんてと思われていました。夜明け前、しじまを破る大きな揺れでした。
 大都市圏の都市高速や、鉄道、木造の古い家屋から高層建築まで大規模な被害を受けました。
 大都市であり国際貿易都市でもあった神戸が最も被害を受けたため、関西人の負けん気で今は住宅、経済を中心にかなり回復しきった感じです。それでも復興できなかった家屋や、この時のダメージで衰退した企業はあり、地震のトラウマは今後の南海トラフへの戒めともなっています。

 しかし、今回の能登北陸の被災と、災害関連死、その後の復旧の難しさを見ると、大都市圏へのインフラ重視、都会と過疎地の格差の問題を浮き彫りにしています。
 もちろん、都市部の混雑した地下街、列車、集合住宅での被災した場合のパニック、帰宅困難や海抜の低い土地の津波浸水、液状化など課題は多いでしょう。それでも、都会には物資も豊富で、代替交通含めて、耐震構築は進んでいます。逃げる場所や、被災時の助ける人や道がそれなりにあると考えられます。今後過疎地との、災害対策の格差は広がるのではと見られます。大都市に比べ、地方は通常のインフラを維持するのに大変で、災害のたとえば避難所の食糧、アメニティなどの充実、プライバシー対策など、予算的にも配慮して行きとどくのは厳しいところです。
 都市と地方の格差はこんなところにも感じるのです。
 

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