福井県の賭け、未来はどうなる北陸新幹線

 明治以前の旧越前国と若狭国が今の福井県です。現在の福井県というのは、失礼ながらややマイナーな県、とくに首都圏からは遠くて県名、県庁所在地、位置などもなかなかクイズでも完全正解できないぐらいではと思います。北陸3県の中でも、百万石の金沢と能登半島のある石川県、黒部ダム、立山のある富山に比べると、福井は一番知られていないのではと思います。
 その福井県にこの2024年3月新幹線が延伸開業し、大いに注目されています。
 とは言え東京から福井まで乗り換えなしでいけるということで、逆に関西や名古屋方面からは直通の特急がなくなり、敦賀乗り換えとなります。運賃も上がるわりには乗り換えの面倒が生まれ、距離は長くないのでそれほど時短効果もありません。


 関西からは一番近い、中部北陸の県の一つですが歴史的にも文化的にも近畿の影響は大きいいところです。実は廃藩置県後の一時期、明治9年今の福井県は嶺北地方を石川県、嶺南いわゆる若狭と敦賀あたりまでを滋賀県と合併して消滅していた時代もあります。嶺南地域といわれる旧若狭国は近畿の天気予報にも入り、中部都の中間とも言えます。

 明治14年、福井城のあった福井市を県庁として47都道府県の一つ福井県は誕生します。敦賀も日本海の重要な港湾で、鉄道の要衝でもありましたが、南部であるため、やはりどこの地域からも便利な福井が選ばれました。歴史好きには源氏物語にも描かれた国府の武生、戦国時代朝倉市の一乗谷、柴田勝家の北の庄があったあたりが越前の中心と言えます。
 若狭地方は、今回の敦賀延伸後はたして小浜ルートで新幹線は来るのか微妙なところで、いずれにせよあと十数年は開業のめどは立ちません。

 北陸新幹線の敦賀延伸は福井に何をもたらすのでしょうか。かつて欧州へつなぐ交通の要衝でもあった敦賀ですが、現在の人口は8万程度で地方の小都市で新幹線の終着駅としては、他の都市と格が違うのは否めません。県庁のある福井市を含めて、東京とのつながりを新たに強力にして、なおかつ関西や中京とのつながりを持ち続けるという独自色でどこまで勢いを取り戻せるでしょう。地震被害を受けた石川県とともに、福井が日本海側のモデルケースとして地方再生、過疎化、人口減少、高齢化という課題をクリアしていけるのか、新たな局面を迎えます。

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