それでも歩く

同年代の死、親の死。それぞれキツイと感じるいろんなことがありました。前向きに考えられない出会いや運命もあると思います。
それでも歩いてゆかないといけません。生き残った運命を活かすのが遺された人の宿命です。
昨日死んでいった人が生きたかった明日は、貴方が空しく生きたかもしれない今日です。
今日を大切に生きましょう。

日本最大の企業の栄光と崩壊【カネボウ】3

カネボウとともに歩んだ人生

化粧品専門店の組織の強さはカネボウが最後まで頼った流通です。私は入社したころ繊維部門で作ったインナーやパンスト等を専門店で売るようになりました。化粧品販売会社を総合商社にしたい向きもあったようです。
制度品と呼ばれるメーカーが直で販売店に卸す化粧品は、価格が決まっていておとり廉売等がされない安定した利益を産む商品でした。
原価率が15%前後ともいわれる商材ですが、ブランド力により市場を大手数社で寡占することと再販制度により価格も維持され販売店も儲かる時代が続き、化粧品事業は順風満帆でした。有力な販売店と優秀な美容部員のマインド、モチベーションを上げ、営業マンを炊きつけることが幹部の仕事になっていました。
高度経済成長期を迎え、バブルを迎えても繊維の構造不況は止まらず、カネボウの持っていた工場や土地のほとんどは売却されました。それでもこの会社の財政の厳しさは変わらず、化粧品の黒字を食いつぶし粉飾を重ねて100周年を終え110周年を迎えようとします。
従来の五角形の多角戦略を替え、情報先端技術等も加えて国内のトップで1兆円の売り上げを目指そうと110計画を中期計画として進めますが、内実は厳しいものでした。国内トップ社員の福利厚生、処遇も掲げましたが110計画はあさり挫折します。
再販制度が撤廃され、ドラッグストアや大手GMSがオフプライスを打ち出すと、長年カネボウを支えていた専門店のシェアも下がり、化粧品の販売はどんどんそれほど儲からない時代に入ります。それは販売する者も作る側もでした。

スポーツの日、命のこと

コロナ禍がなければ2020年7月23日にオリンピックの開会式が行われ24日はそれを祝う祝日で4連休のはずでした。
1年後に延期されたオリンピックということで、期待と不安の入り混じった報道が、コロナ感染者激増のニュースとともに流れます。
代表に選ばれたアスリート達、まだ選考途上の競技の選手らの複雑な心境でしょう。
大雨の被害からの復興もなかなか進まない中、命をめぐる衝撃的なニュースとして、ALSの患者に医師が積極的な安楽死を行った容疑で逮捕された件が流れました。
主治医ではなくネットで知り合った別の医療機関の医師が、難病とはいえ仕事人のような依頼を受けたということでしょうか。
賛否はありますし、世の中に高齢や難病、延命しても苦しむだけの状態の方が多々いることもわかります。
実際には表には出ないにせよ。終末期には物理的生物的に心肺を動かすことに意味はなくなり、延命を取りやめるケースは多いでしょう。
ただそれは大っぴらに表に出してはいけないことなのかもしれません。自殺や安楽死、模倣を生む殺人等は報道の規制は必要です。
闘病を乗り越えたアスリートが、他のアスリートの励ましの力に支えられたとお話しされていました。
オリンピックの開催は、現状を考えれば考えるほど難しい課題は多いです。観客をどのレベルまで入れるかを想定しても今から制限をかけたり、大幅な縮小をすることも発表していかない時期を迎えます。
感染拡大予防もかなりのレベルで予算を投じないといけないし、ある程度の感染が起った場合の責任もコストも想定して、開催の是非は難しいところです。
IOCや競技者の中にも懐疑者は多いでしょう。目の前のコロナ、豪雨災害の復興も大事です。
それでも日本のいろんな人がアスリートの頑張りを見て希望を抱くならば、最善最大の努力をして開催して頂きたいと私は思います。
WITHコロナ、言葉だけが先行しています。感染者が多いアメリカやアフリカ等の地域から選手や関係者、観客をどう受け入れるのか。中止するこは順当な選択です。困難すぎる課題だからこそ、日本の総智を搾って努力と工夫で実現できればあっぱれです。
進むも地獄、引き下がるも地獄の正念場です。莫大なお金もかけられません。すでに五輪にお金はかけています。やめても違約金や施設の建設、キャンセルは莫大な負です。旅行や宿泊関連等でコロナ倒産は今後キャッシュフローで増大する中、五輪辞退でさらに増えます。著名な五輪パートナー企業もインバウンド縮小とともにかなりのダメージを喰らい業績、雇用に大きな影響を与えます。
「GOTOの旅行がいいとか悪いとか、他の県に来るとか来ないとか」つまらない議論をしているところではありません。
政府と民間の知恵を出し合い、コロナの感染を押さえ込み、イベント開催をしていく知恵を見出すことが急務です。

日本最大の企業の栄光と崩壊【カネボウ】2

京都高野にある工場跡の銘板
団地の集会所として残る工場の建物の一部(京都高野)

カネボウと歩んだ人生2

京都の洛北高野にイズミヤと阪急のグループのショッピングセンターがあります。
京都に生まれ育った私にはスケート場やホテルだった時代も思い出されます。そしてその横にある高野団地というステータスの高い集合住宅とともに、以前は鐘紡京都工場という京都最大であり東洋一とも言われた紡績工場がありました。
山科にも大きな工場を持ち、間違いなく京都市内で戦前戦後を通じ面積、人員等の規模で最大の工場を有する企業でした。それは全国におよび雇用、知名度の面でもステータスの高い企業だったことがわかります。高野工場だけでも戦前で3000人を超え、戦後でも2000人近い従業員がいて天皇陛下も行幸されたとあります。
私が子供の頃に、元慶應の野球選手で化粧品の地区販売会社のトップに来られた方が得意先を回っていました。
事業転換、本業喪失からの異動とはいえ、化粧品の他メーカーに比べ、慶應出のエリートが上に立つカネボウ化粧品は上品な会社に思われていました。
戦後何度も都市対抗を制した全鐘紡というアマ野球の最高峰のチームを抱えていました。それも繊維不況もあおりで手放すこととなります。
オール鐘紡の名前はオールド野球ファンには著名です。また全国には鐘紡工場の地名が通りや街に残っています。静岡のカネボウ通りや、防府の鐘紡町等は有名です。
ちなみに鐘紡では工場長、販社社長のトップを支配人という役職で呼びました。
高度経済成長と資生堂に食らいつくチェーン店戦略の勢いで化粧品は伸び、繊維の赤字を体よく誤魔化す状態が続きました。多くの工場が閉鎖され土地も売られていきました。
野球部のリストラでさえかなりの反発を食いながらの英断でした。繊維事業を元から手放すのはさすがに躊躇われました。そのまま100周年で世間はバブル期を迎えます。
私は社会人としての基本、営業マンとしての基本がまだまだの時代でした。バブルとはいえ厳しい前年比のノルマで楽をした覚えはありません。
カネボウと歩んだ人生等と大それたモノを書いてますが、今でこそ三十数年勤め上げたと褒められる時もありますが、歴史ある会社にとってはほんのミジンコのような存在でした。それまでも栄光ある大会社の諸先輩は綺羅星のごとく沢山おられました。
それでも当時の会社は勢いとしては化粧品業界として二番手ながら印象度を資生堂と同格に認知させるマーケティング戦略もあたり、すっかり総合的な美を売るメーカーとして新たな時代を迎えていました。

日本最大の企業の栄光と崩壊【カネボウ】1

カネボウと歩んだ人生1

明治20年(1887)年から平成19年(2007)年まで120年間存在した大企業、カネボウに私は昭和57年(1982)年から解散の日まで在籍しました。
戦前の日本を支えた戦後復興の中核だった栄光の繊維産業の時代はほとんど知らないわけですが、この恐竜のような大きな企業の断末魔を見ることができました。
何章かに分けて、先達、同僚からお聞きした話を含め、この企業の盛衰が現代にも語り継がれるべきもの警鐘とされるものを紡いでいきたいと思います。
昭和51年に横浜の山手ワシン坂に偉容を誇る教育センターを開設していました。伊藤淳二社長の人材教育の肝入りで、化粧品で採用された私ですが入社時は統一採用となり本体の繊維と同じ待遇で入社式を行いました。
都島工場や小田原工場、関西の須磨の教育センター等、横浜に比べると食事も施設も劣るところを入社導入教育ということで2週間か3週間回りました。
最後の社長となった帆足隆氏が、当時チェーン店部長という幹部でした。激を飛ばすパワフルな個性のまま、会食の同じテーブルでした。粘り強い営業スタイルの逸話が多い方で、美容畑の女性幹部古島町子氏の「シャツは綺麗にしておかないといけない」の言を語った同期に「そんなものどうでもいい」と一喝していました。夜討ち朝駆けで、毎朝毎朝、早朝に攻略する薬店のシャッターの前に立ち開店の準備を手伝って信頼を得た人たらしで粘着的な気質の方で、このDNAは長きに渡りカネボウ化粧品の幹部に受け継がれました。
慶應出、本社総務人事出身が歴代社長、重役のコースだったのを最後の帆足隆氏だけが異例ともいえる地方大学の、子会社出という経歴でした。化粧品戦略を中心に据えその恩恵を受けた伊藤淳二氏が帆足を評価し、またいかに帆足が伊藤に取り入ったかを示しているといえます。
関西の私大から入った私は、「慶應閥の会社で、本社に行って企業の中枢に行けるのですか?」という質問を教育担当の講師にしたところ「帆足さんの例があるじゃないか」と言われました。
晩年、粉飾に手を染め汚名をかぶり獄窓に入った帆足氏ですが、当時飛ぶ鳥を落とす勢いだったのです。
そして高度成長期でカネボウもシーズンのキャンペーンを資生堂と競い合い次々と話題を提供する。戦前とはいかないまでも、テレビでの露出は一流企業であり、食品や漢方薬の薬品、ハウジング等も手広く発展しているように傍目には見えました。
しかし四季報等で良く見ると株価やその内容は決して良くはありません。もはや日本の中心輸出産業は繊維から家電や自動車に以降していく時代でした。繊維から脱却を図っているようでうまくはできず化粧品という孝行息子の働きを食いつぶす不良老人。
戦前は退職金で都内に3軒も家が買えたという、超一等の会社が、日本はおろか業界トップの資生堂に比べても給与賞与で大きく差をつけられていました。
同期の「戦前に入ってたら良かった」という嘆きは分かるほど、一流とは呼べない待遇と、泥臭い現場の営業でした。
入社して見習いを終え、8月1日が正式配属ですがその日に私の同期2名、なんとなくウマがあったNとKという二人は、先輩方の情けない営業や向上心の無さにあきれ辞表を叩きつけました。Nはその後国家公務員上級試験に合格したという便りがきました。外務省で日本を支える立場になっているようです。私は当時、そこまでの選択をするアタマも度量も無かったです。その後何度も後悔もしましたが、この企業を看取ることができたことは今ではいい経験ができて幸運だったと思っています。

VS戦争からVS疫病の時代へ,愚民を繰り返してはいけない

全国の祭りの花火も多くが中止でした。不定期で観客が集まらずにやる花火はあるようです。

戦争中の末端行政や、新聞ラジオの劣化、を思い起こす。なんだか今と戦時下似てきました。他府県ナンバーのクルマを傷つけたりする。過剰な自粛警察は戦前の隣組、婦人会、警防団と似てきました。
イヤな時代にしたくないのに、騙されやすい人がたくさんいます。
人類の敵は飢餓であったり、人間同士の戦争だったりしましたが、大国の戦争も一段落しました。今の戦争は無理くり悪役を作って軍需産業を儲けさせる世相を作っています。これも限界がくると、同じような手法で疫病をクローズアップして刷り込む。愚民政策の一環です。
コロナだからと、すべての施策や予算執行、自粛などの活動を盲従することはないはずです。一人一人良く考えないといけません。

自殺で解決できることはない。若者よ死に急ぐな。

30歳の若い命を自ら断たれた有名人のニュースが流れました。
コロナや大雨災害で暗い話題の多い中、さらに陰鬱な影を落とす訃報でした。
どんなに苦しい状況でも、我慢すればいいことがあります。
躱したり、他人に頼ったり誰かに相談したら別の結果になります。
自殺で全てが解決するわけではありません。
周りの人も、自分の魂もそれでは救われないのです。
私も30歳の頃、失敗ばかりで情けない時期がありました。死にたいと思ったことも何度かあります。でもそれから30年以上、辛いことも楽しいことも繰り返し、今でもそれを繰り返しています。それが当たり前の人の歩みです。何も恥じることはありません。生きていたら次のステージが見えます。ワクワクするような次の時間が必ずあります。60歳前後まで生きたら思わずニヤッとするような再会とか、幸運もどこかであります。
私のように出来の悪い人間でも、とりあえず生き続けることに逃げなかったからボーナスステージのようなところに来れました。歯を食いしばった甲斐がありました。
未来を心配するような人。いつの世も未来は不安で激動に見えました。予測等つかないものです。だから誰にも公平で楽しいのです。
自分で命を絶たなくとも、どこかで必ず運命で死ぬ時は来ます。それまで精一杯生きる。生き物はすべてそうです。
人間は一人だと弱いし、流されて安易な方に行きそうになります。しっかり踏みとどまって、みんなで支え合いましょう。

体調に気をつけて:文月17日

本来なら梅雨も明け、京都の町は山鉾巡行でにぎわうのですが、今年は何もかも異常です。
コロナももちろんですが、長雨で気温も低めの後、梅雨明け後いきなり猛暑が来そうな来週です。
病院など行きたくないのに、夏バテとかになる可能性があります。
今年は本当にいろいろ大変な年です。幸い感染症の予防は手洗いうがいなどで出来ています。夏バテ、熱中症予防には、水分の補給、直射日光を避ける、痩せがまんでずクーラーを適度に使う,,等これらも良く知られています。
仕事や遊びで体力を使い過ぎるのもですが、涼しい時間やクーラーの効いたところでは運動もしておきましょう。ジムに行かなくとも、ハムストリングを鍛える。ウォーキングやスクワット、階段昇降等は筋肉や内臓、循環器にも良いです。
旬の夏野菜や、鰻なども食べて精をつけ乗り切りましょう。
そして心を静かに整える
いろいろなニュースや情報があふれていますが、少し息を吸い込んで落ち着いて考えましょう。コラムやスレッドにはそれぞれの立場で都合の良いデータの見せ方や論調があります。反対の当事者になれば気分の悪くなるものも多いです。フェイクも混ざっています。急いで共感や反対のシェアやレスポンスはしないことです。(自戒をこめて)
落ち着いて、一歩一歩歩いていきましょう。

Go Toキャンペーンは政争の具ではない

政府がコロナ関連での経済復興対策として、旅行や観光の業界と地域活性のため。GoToキャンペーンという旅行関連の給仕支援を今月22日から始めます。
私の同級生にも音楽関係の方、スポーツに携わる人がいますし、飲食や観光に関係する仕事に就き生活がかかっている人はもっと多くいます。外国からのお客さんが全く望めない中、少しでも仕事を回さないとやっていけないのは事実でしょう。当事者でない友達はやはりGoToに批判的な方も多いです。どちらの感覚もわかります。
織り悪く、新型コロナウィルスの感染者はこの1週間緊急事態宣言解除後最大を更新して東京を中心に各地で増えています。このキャンペーンの延期を訴える声も上がっています。
しかし、重症者や死者は少なく、若者を中心に軽症者や無症状者が多いのも特徴で、4月あたりはカウントされていないレベルの人も入っているのいう向きもあります。
潔癖型の自粛論者を煽動して政府批判系の強い向きがキャンペーンをディスられているようですが、移動制限や活動自粛で苦しむのはやはり旅館や飲食、土産物屋等です。
しっかりと体調を整え、旅先の施設などもきっちり対策されていたら個人の旅行での感染懸念はあまりないように思います。
今回は演劇などでもクラスターが発生しました。その他「夜の街」だけでない感染要因、場所もあるようです。
私も友人のライブ等、対策はとってい頂いていると信じますが公務の立場上万一を懸念していきませんでした。
音楽関係、演劇関係、飲食や土産物販売、旅行業界。それこそ軽症ではなく、倒産や失業のカウントダウンです。これから数か月、匙をなげる経営者は多く控えています。普通にやっていても失業や倒産はどんどん増えていきます。インバウンドが皆無なだけであと半年もたないところが多いでしょう。
このキャンペーンで全てカバーはできないでしょうが、老舗の旅館や料亭、旅行会社や観光の多い鉄道会社さえ1年持つか持たないかです。
当事者でない方は、「現政府がどうのとか、どこかの代理店がまた中間利益をえていようが」矛先は変わる批判に飛びつきます。
当事者でない人がどう言おうが、今生きるか死ぬかの人はキャンペーンを盛り上げて欲しいのです。感染拡大に関してはすでにプロ野球やJリーグも、TDL等も再開しています。関係者含め何千人何万人と移動しています。高校野球等の代替の大会も開催されることは賞賛され、藤井聡太さんの将棋なども関係者やマスコミ、ファンを含め多くの方が移動していますがとくにディスられていません。
個人の旅行など行程を明白にすれば感染のリスクはずっと小さいはずです。
考え方は両方あるのは良くわかりますが、こんなものは与野党や右左の論争とは違います。
改めてコロナは完全消滅はないのでWITHコロナの時期だということを冷静に考えて、いただきたいのです。

コロナ新規感染者だけの煽り報道には冷静に

東京都HP 新型コロナウィルス重症患者数

プロ野球やサッカー、やはりファンも選手も再開喜んでる。
東京都のコロナ重症患者数。
新規感染者だけ強調せず、こういうグラフも毎日出さないと。
報道は公平ではない。ミスリードを狙っているとしか思えない。わつぃだって
イタズラに経済や移動に賛成してる訳ではないです。
仕事がら、職を失ったり、収入がなくなったという悩みをよく聞く。やはりその人たちのため、コロナ自粛での失業者は何十万人とか自殺者は何人に増えているというのか‼️。Withコロナの本当のところは、この中でどう経済を復興させるか。
新規感染者数の報道も必要⁉️としても一辺倒は良くない。夜の街をまとめて非難したら3ヶ月ガマンしてようやく設備投資して再開したお店に責任もてないでしょう。
まして、よその都道府県を罵るような下品な文化を育ませない。日本は一つで復興しないといけない。