「ふ・ゆ・み さん」が来る #野辺送り #土葬 #ラノベ #コイバナ

【相川冬魅】 
化粧品メーカーに勤めていてまだ独身の頃、元号が昭和から平成に変わる頃の時代ですからまだ地方には死者を弔うにもいろいろ因習がありました。
 季節の字を入れた名前はあまり幸せになれないという話がありますが、ある県に赴任した時、四季の中でも「冬」という一番寒く暗い季節が入った相川冬魅(ふゆみ)さんという方が部下のチームリーダーにいました。
 名は人を表すのか、ふゆみさんは雪女かと思うほどの色白美人でした。目は切れ長で鋭く、髪は黒いストレートで、肌は透き通るような白さでした。
 私は霊感が強いというほどではないですが、ときおり何かを感じて無意識に避けるような第六感や、あとから気付けば奇妙な体験をして、命からがら助かることはたまにありました。
 ふゆみさんを見た時、とてもキレイだとは思いましたが、近寄りがたいものを感じました。仕事もよくでき、部下の指導も任せられるのですが、何か暗い影があり、軽口や冗談を許さないような空気をまとっていました。
 当時、30の大台になる頃で、友人の多くも結婚し、親や親せき、上司や取引先も当時ですので「まだか」と言うような催促と、縁談も持ち込まれました。
 社内でも仕事上のパートナーのふゆみさんは年齢も一つ下ぐらいで、適齢であり交際を勧める上司もいましたが、私はいくら美人でももう少し気楽に話せるような相手の方が連れ添うにはいいとも思いました。同じチームではその下の世代、柳田エツコさんや、中野えみりさんの方が気楽につき合えると思ったぐらいです。

 【柳田エツコ
 特に柳田エツコさんは、小柄ですが目鼻立ちのクッキリした可愛い顔で、愛嬌も良く気軽に飲みに行けるような感じでした。仕事も技術力は高く、良くガンバるのですが、ムラがあり遅刻や急な病欠があるのが玉に傷ですが、コミニュケーションを深め会社に帰属意識を高めればいい面が出ると思い、私は柳田さんに大事なポイントを任せました。
 しかし、どうもこれがリーダーのふゆみさんには気にいらなかったようで、中野えみりを重用すべきと猛反発をされます。二人で個人的によく話していることも不評だったのかもしれません。私の机に誰が書いたのか、チーム全員と写っている写真の柳田エツコの首に赤いマジックで線が引かれています。
 ある時、ふゆみさんが真顔で進言してきました。
「井上主任、エツコちゃんと付き合うのは止めておきなさい。あの子にはウラがあります。何で遅刻が多いのか考えたことがありますか? 〇〇〇、〇〇〇!」
 ふゆみさんは、それだけ言って理由までは言いません。最後の方は聞き取りませんでした。私は確かに柳田さんが好きになりかけていましたが、確かにふゆみさんの指摘することも気になりました。
 この年で交際するなら、ある程度遊びではなく結婚もと思う時代なので、そういう面でも気になりました。柳田さんが遅刻の多い曜日の前日、こっそり中野さんに行動を調べてもらいました。
 柳田さんは水商売、しかも相当いやらしいい感じの店でホステスとして働いていました。実際に私も確かめました。
 会社では、アルバイト禁止なので解雇案件にもなります。柳田エツコは友人に頼まれ一時的なバイトで二度としないと約束し、何とか解雇は逃れました。
 この措置にふゆみさんは相当不満だったようで、以来柳田さんを無視したり冷たい態度に出ます。あからさまなイジメではないですが、柳田エツコは以前の元気さを失いました。
 それからしばらくしたある日、総務から連絡があり柳田エツコが交通事故で首を負傷して重症と聞かされました。
 病院には駆け付けましたが、意識を取り戻しても、私の名前は言えても、誰とどうなったかは一切喋れまれせん。何か言っているのですが、言語が意味不明になり、隠しているのかと思いました。彼女は復帰することなく退職しました。
 ふゆみさんと、中野えみりや、他の新人たちと柳田エツコのカバーをしながら乗り切りました。 

 【中野えみり
 夏はチーム全員でレクレーションとして、海水浴に行きました。なつみさんは水着になることはなく、日焼け止めを厚く塗ってパラソルの中でチームのみんなを見守るだけでした。中野さんらも水着を貸すから泳いだら言いますが、頑なに水着にはなりませんでした。
 肩口から乳房にかけて交通事故にあって傷があるから、自分が絶対にこれ以上素肌を晒さない。
 中野さんの話で、ある先輩に聞いた話だと、ふゆみさんが恋人とデート中に運転を誤り不幸は事故に遭って、ケガを負ったそうです。その時、最愛の恋人は亡くなったそうです。それ以降、彼氏はいないそうです。
 中野さんは、ビーチ上にある木でできた島の上でそう語ってくれました。ふゆみさんや柳田に比べ、中野えみりは決して美人タイプではないですが着やせするのか、水着になると胸が大きく一目を引くスタイルでした。
 私はふゆみよりも、中野えみりと話している時間が長くなりました。
 私は素朴で良く仕事をしてくれる中野さんが好きになりかけました。中野さんを食事に誘うと、一度だけは夜遅くまで一緒にいましたが、それ以上の関係はきっぱりと抵抗されました。
「井上主任はやはりふゆみ先輩を大事にしてあげないと、積極的にアタックしてつき合ったらいいのに」
 中野さんと話しているのをふゆみさんは咎めませんが、それがかえって中野さんには重荷のようになる感じでした。私自身もふゆみさんは美人であり、仕事もできるしっかり者なので交際や結婚を考えないことはないのですが、何か心のどこかでためらいを感じました。

 【沼田雄一
 ある日、ふゆみさんの父親が亡くなったという訃報が届きました。
 会社を代表して上司の沼田雄一課長と私が葬儀に向かいました。中野さんら社員は現場をカバーしないといけないので、会社からの出席は二人だけです。もっとも田舎のムラで町内の人だけで葬るので参列はしなくていいと言われてもいましたが、規定の香典も渡すし参列すると伝えたのです。
 この県にこんな山奥があるかというぐらいうねうねと山道を飛ばし、カーナビのカの字もない時代、上司が車酔いしながら地図と首っ引きで1時間近くさまよいその集落にたどり着きました。
 村人が喪家に集まる様子で、家はすぐ見つかりました。家族や親類縁者、村人も全員白装束でした。黒いスーツに黒ネクタイと喪章の二人は明らかによそ者で浮いていました。
 紹介はされましたが、相川村で、苗字も相川、ほとんどが姓名も「あいかわ・ふゆみ」といい「ふゆ」と「み」の漢字が違うだけで、独自の続柄やあだ名で呼び合っているようでした。田舎ではよくあるのでしょうが、不便なものです。
 ふゆみさんの家族は、よく似た感じの女性ばかりでふくよかな年配の方が多く、顔にある特徴がありました。それは遺伝的なものと想像されて、ここで書くことはできません。30人近くいて男性はふゆみさんの亡くなった父親と、僧侶(導師)、小学校ぐらいの男の子がいるだけの、異様なムラでした。
 昼をすぎ、鐘が鳴らされ、葬儀が始まるようです。2回目の鐘が鳴ると、楽器を奏でる人と、導師が出てきて、読経のようなものが始まるのですが、〇〇〇〇ソヤカーとか、サンスクリット語か、活舌か聞き取りが悪いためか、日本語ではないのかまるで意味が不明でした。
 やがておぞましいいような手足を縛られた座位の遺体が、重い石を抱えさせられ、樽の棺に納められました。死者が悪霊に利用され蘇らないように、縛り、石も抱かせるそうですが、その所業が悪魔のようです。
 そして樽を担いで野辺を練り歩く葬列が始まりました。山間部で人は少ないのに、上流に滝だとか、谷や岡を上り下りして大変な行程です。土葬のようです。
 途中で沼田課長は根を上げて、「親族だけで、俺たちはもういいんじゃないか、帰らせてもらおうよ」と言い出します。
 荘厳な雰囲気の中で、その承諾を貰うのに、切り出すのも難しいところですが、何とか私がふゆみさんに、やや強引にコンタクトしました。他の人らは明らかによそ者が顰蹙というオーラを出して睨む。
 恐る恐る「課長が後は親族だけで、、もう帰してもらえないかと?」
 「元々、ムラだけでやる弔いですからね。わざわざこんな辺鄙なムラへ来ていただきありがとうございます。他所の方だから大丈夫だと思います。ただ〇〇〇さんが悪さしてくるかもしれません。追いかけられた気配がしたら絶対後ろを振り向いたらいけません」
「良かった。申し訳ない、相川じゃあここで、失礼する。井上早くクルマのとこまで帰ろう」
 二人で山道を帰るのも結構な距離でした。昼間なので道に迷うことはないですが、森の中や山は鬱蒼として不気味でした。カサカサと音がして、奇妙な鳥の声もします。沼田課長は明らかにおびえています。
 やがて、ヒタヒタ、ザクザクと後ろから走って追いかけてくる足音が聞こえてくるようです。
「振り向いたらいけないと言われてましたね」
「ああ、葬式やから迷信やとは思うけど」
 ヒタヒタ、ザクザク、ヒタヒタ、ザクザク、ヒタヒタ、ザクザク、
「何かが悪さすると言ってましたが、よく聞き取れなかったんですが、課長聞こえました?」
「『ふ・ゆ・みさん』と聞こえたけど」
「!? 何か足音がますます近づいてきてませんか? 村人はみんな葬列に参加してるはずなのに」
「村八分でも葬式は参加できる。熊とか?狐狸とか、いずれにせよ悪さするというのは良い者でないな。急ごう」
 ヒタヒタ、ザクザク、ヒタヒタ、ザクザク、ヒタヒタ、ザクザク、
 かなり疲れてはいましたが、必死になって走りました。こちらが速度を上げても向こうも合わせてきて一向に距離は縮まらず、追いかけてくる相手の息遣いのようなものも感じられる距離になっているような気がしてきました。
 ヒタヒタ、ザクザク、ヒタヒタ、ザクザク、ヒタヒタ、ザクザク、
 最初は迷信かと気にしていなかった沼田課長も、半泣きでほぼ全力疾走になりました。
 私も覚えている聖書の一説や讃美歌、般若心経などを必死につぶやきました。
ようやく、集落の喪家前に戻り、駐車場の車の前まで来ると、足音のようなものは聞こえなくなりました。
 二人ともゼイゼイ息を切らしていましたが、ようやく安堵のため息をつきました。
「本当に、気のせいかな何だったのかな」
クルマを始動させる時、沼田課長は後ろを振り返りました。
「ああ、『ふゆみ』さんが、、、」と。呟きましたが、その後は何を話しかけても無言でした。顔は疲労で土のような色になっていました。
 沼田雄一課長は、翌日出社しましたが、終始無表情で、口を開いても意味不明はつぶやきだけをされ、翌日から高熱を出し入院されました。見舞いも断られ、その後家族が退社の手続きをされました。
 ふゆみさんは、葬儀の後3日ぐらいして普通に仕事に戻りました。

【ふゆみさん】
 私は一度、転勤してその県を離れました。
 ふゆみさんは残念そうに送別会で、私に話してくれました。
「井上主任遠くに行かれるのですね。本当に残念です。私は穢れ過ぎたのでもう結婚できない。また来世でお会い出来たら結婚したいと思います」
 冗談のようなことをふゆみさんは真剣に話します。私は次の県への転勤後に結婚することになります。
 前の支店の情報も入りますが、ふゆみさんはお医者さんだか実業家だけのお金持ちと結婚したそうでした。結婚か出産で退社され苗字も変わった挨拶状も見て、何となく安心しました。
 さらに10年以上過ぎて、経営に関わってその県を再訪した時、ふゆみさんは職場に戻っておられました。
 中野えみりは結婚しても仕事をずっと続けていて、ふゆみさんが女の子を授かったようだったけど、ご主人は事故で亡くなった。傷心のふゆみさんはまたウチの会社で働くことになったという話をしてくれました。
「もうすぐ、ふゆみさんが得意先から戻られます。井上部長が偉くなって戻ってきてまた会えたら大喜びですよ」
「ああ、でも新幹線の時間があるので、よろしく伝えてくれ、駅に向かわないといけないから」
 私は、支店から少し距離のある駅までを歩きだしました。ふゆみさんらしき人がクルマで戻ってくる姿が見えました。年齢を重ねてかなり恰幅のよい姿になっていいたが、色白の特徴的な顔は間違いなさそうです。しかし、その背後にはかなり黒い影のようなものがハッキリ見えました。
 私は急ぎ足になって駅を目指します。
 背後からヒタヒタ、ザクザク、と足音が迫る気がした。私は全速力で駆け抜けました。それでもいつの間にか、信じられない速度でそれが背後に追いついてきています。改札を駆け抜け、何とか電車に乗り込むとやっと足音は消えました。
 罵るような口惜しがるようなつぶやきが聞こえた気がしました。

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