死刑とは 書評:中山七里「殺戮の狂詩曲(ラプソディ)」

 以前は本格ファンにも人気で「このミス」上位の常連だった中山七里も、どんでん返しや叙述トリックのパターンは尽きた感じです。社会派テーマとキャラミス的なシリーズ探偵人気にシフト、ややパワーダウンはいえ安定した読み応えです。
 悪徳弁護士の御子柴が主人公の司法がらみということで相変わらずテンポも良く、サクサク読了しました。 今回の依頼人は老人ホームで大量殺人を行った男、相模原の例の事件を想起させますし、御子柴自身が神戸の連続幼児殺害犯が更生、成人した設定の弁護士で、この二人が被告と弁護人で組むという話になります。
 ネタバレであらすじはここまでにしますが、大量殺人で死刑求刑かということでは京アニ事件もダブります。
 些細な面では、傍聴券の抽選の制度は、ほんの少しのタイムラグですがこれが書かれ2021年からは当日右腕にタグを巻き絶対に代理が不可で転売ができない仕組みになっています。
 作者は、音楽や法廷のミステリを書いていますがどちらも専門ではなく、表現がやや極端でバタ臭い印象を私は感じますが、最近の社会派的テーマがそこを薄める印象を与えるのでしょう。
 死刑制度、いわゆる永山基準も文中に登場し、問題を投げかけます。
 ここからは書評とは離れた情報と一般論です。相模原の実際の事件の判決はすでに控訴棄却で死刑が確定しています。京アニの方は控訴のようですが、ここまで来ると結局極悪の犯人が死にたいなら死刑は極刑、あるいは被害者遺族の恨みが深いから極刑と言えるかです。
 死刑と無期だと刑の重さがえらい違いやと、いまだに思い、無期懲役だと十年ぐらい我慢したら模範囚で身元引受があれば、シャーシャーと臆面もなくシャバに出てくると、結構誤解の向きもあります。今は10年では釈放されません。言葉どおり無期で、殺人罪なら何十年と出てくる可能性はありません。死ねば終わりの死刑よりも、永遠に罪の償いをさせられる無期懲役の方が、遺族の憎しみの対象があるからいいという話も聞きます。
 このあたりは、何か裁く方が粛々と罪に照らし行わねばと思うところです。

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