日本創生のヒント

 「日本創生解散」などと言われ、就任最短で石破内閣が衆院解散、選挙モードに入りました。
 さまざまな問題を「創生」という、使うのに僭越で大仰であり、あいまいな言葉で解決できるのかと疑問はつきないです。

 しかし、まあ本来石破氏の持論だった地方創生、地方からの活力が日本全体の国家としても希望を産み、創生につながるということはあながち間違いではありません。
 石破さんの著書「日本列島創生論」の中にも、この本からの離島での事例がいくつか引用されています。
 石破氏にも島根県という地方で育ったという自負があり、二世議員という看板、地盤は引き継いだ立場ではあります。政治家を引き継ぐのに時間も経た上、衆参も違い、直接に選挙区を引き継いだわけではないので、東京の宿舎で生まれ育った地方、広島や山口、などには縁のない完全世襲の名門議員には大いに反発も自負もあるようです。実際に田中角栄流の握手した数以上の票は集まらないを受け継いだどぶ板型の選挙から始めています。

 離島に代表される、地方との格差の拡大、過疎化は、人口減少や防衛の面でも国家を危うくしているのは著者や石破氏の書いている通りです。
 尖閣列島や、北朝鮮のミサイルのEEZ内着弾、拉致問題、台湾有事などは熱く語られ、騒がれやすく、マスコミも取り上げやすいのかもしれません。しかい過疎地が放置され、離島が見捨てられているのは現実に既に起こっている国家全体に関わる問題なのにその報道に「熱さ」はあまり感じられないです。
 NTT出身の著者、海土町長、島根県の隠岐の島前にあります。まちづくりに励んでいる地方では、ちょっと有名な島です。民間出身の町長が経営戦略を立て、リスクをおそれず、魅力的なまちづくりを展開中。高校生を呼び込む島留学など、多くの移住希望者をひきつけています。

 こういう政策、一人のカリスマに任すのではなく、国家として地方創生をどうするか。そこに必要なインフラや、ノウハウ、人材、予算はどのくらい必要かを、最優先にして考えて取り組まないと進みません。

 今テレビに出まくっている。泉房穂元明石市長が、子育て支援など改革をしたと言われますが、局地的にそれをやると、全国で通用するものと、近所から奪っているだけの場合があります。ここは注意して、汎用性のあるものとを見極めて実行していかないと、地方任せにもできません。

 石破さんの著者のリストを見ると、やはり軍事系、集団自衛権などの本が数が多く、地方創生に関しては、まだ知識もノウハウも途上のようです。ここを国防、経済と上手く繋ぎ政策を具体化させないと、ただの軍事オタクで防衛省の実務交渉的知識を持った担当レベルで終わっていまいます。
 いろいろ低評価でスタートした石破さんですが、ここをワンイッシュで責めて突破を図って欲しいものです。

同級生の死

  今の中学や高校、大学なども、私たちの学んだ40年も50年も前とは,施設は随分変わっているかもしれません。それでも、子供や新卒の後輩などから漏れ聞くところは、学び舎の友達関係は大筋では変わらないような感じがあります。
 学内には少なからず、イジメもありました。
 それでも親しい友達を作り、それなり楽しかったのが学校に行っている時代でしょう。大学までにはアルバイトもして、ちょっとは働くことを覚え、社会を知ったつもりでも、社会人になったのではありません。
 中には学校がつまらなかったと言う人もいるでしょうが、やはり社会に出てからの厳しさ、格差の大きさに比べると、学生時代までは楽しいこと、気楽なことが多かったと思う人が多いのでしょう。
 好きな言葉ではないですが、「勝ち組」「親ガチャ」「家ガチャ」、社会に出て大成功した人もいます。逆に「負け組」ともいえる落伍者や、実力や学力は変わらずとも貧乏くじを引き、出世できず平凡なポジション止まりに終わる者は多いのです。
 やはり辛く、残酷に感じるのがそんな「負け組」となる立場に落ちいった人です。

  継いだ事業や、家族、健康などさまざまな要素もありますが、苦労しながら這い上がった人もいる中、同窓の中で若くして自死を選んだものがいました。
 参加した告別式では彼の子供の頃からの30年ほどの生涯が読経の中に語られ、良く知る高校時代のエピソードもありました。
 悲しいという感情と、口惜しいというのか残念な思いが入り混じった不思議な気持ちになりました。
 自分だって、イヤなことはいっぱいありますが、優秀な彼がそんなことに耐えられないほどもっと辛い日々だったのか。30近くになり、会社勤めだと、主任や係長と出世の階段を上がる、友人の景気のいいバブル時代、それがかなりキツかったと聞きました。
 自分の居場所がみつからないと、やはり人は悪い選択をします。

 もう一人親交のあった友人も少し残念な別れでした。
 還暦を過ぎ、悲しい別れだなあと思ったのです。高校で人気者でむしろいじめる側に近い、面白い存在、授業や遊びの中心にいたタイプの人間です。
 こういう人は、社会に出て上手くいかなくても、友達に誘われると見栄を張り背伸びをして、自分を盛り(もり)ながらも昔のツレに会いに出てきます。
 誘う側も、面白いメンツが多ければ多い方がいいから悪気なく声をかけます。
「高校時代が一番楽しかった。一番人生で戻りたいのが高校時代」飲み屋の女性にもよくタイムマシンで戻れるならと質問し、自らはこの解答をしていました。
 小学校時代は優秀で、中高でも元気で、授業もいろんな活動も華々しかった彼ですが、老舗の家業を継ぎ失敗、いくつかのしくじりを重ねて、再出発とは言っていました。
 もう、サラリーマンなら安定した定年後を考え、事業を展開していた人も息子への承継を考える年齢です。その友人が格差ある「勝ち組」のもう一人と3次会で、近況やら本音を語り合ったようですが、正直あまりの現状の自分の立ち位置、同窓生のリッチとプアの格差に気づいたら驚いたか呆れただけならいいと思いました。
 
 どうもイヤな予感のする二人でした。もう一人は温厚なので喧嘩とかではないですが、実力なのか強運なのか親からの事業を拡大して大成功して、大変な資産でもう遊んで暮らすような老後の人物です。
 その後、「俺はまだまだ頑張らないといけない」と、すでに老後の計算ができている人間に比べて、自分を謙虚に卑下したホンネを語ったとその夜の話を少し聞きました。
 
 元々高校生ぐらいまでは口が上手く面白かった特性が社会では信頼されない軽い人間とされ迷走、しくじりは続いたようです。
 ある時、SNSで私の職場が近いということで、また飯でもいこうとメッセージが来ました。しかし。何週間も経っても一向に連絡はなく、相変わらずいい加減な男だと思っていましたが、その後事故というか病変で亡くなったという悪い知らせが来ました。
 あの夜に会ったきり、結局彼の人生はもう一度輝くことはなくなりました。

 私も地元にいない時期が長く同窓会への出席はおろか、親しかった友人グループとあうことも稀な時期が続きました。帰省しても移動して子供を双方の実家に連れていき父母に孫を見せるだけでも大変でした。
 妻と子供の病気もあり、転勤が多く上手くいかない社内で立場も難しく、それぞれ環境の違う友人に心を割って相談するゆとりも時間もなかったです。
 ネットで繋がろうと誘われても、しばらくは絶縁でした。
 今、思えば誰も他人は成功して幸せそうに見える症候群だったのかもしれません。
 関西に戻り、ようやくSNSなどで繋がりを取り戻しはじめ、還暦近くで再会を果たす友人も何人かはできました。ただ自分の中で、鎖国のように友人を拒んでいた選択も間違いではなかったと思います。
 冷静に自分の居場所を見つけるのは、時には逃げること、誰か信頼のおける人に頼ること、それぞれの勇気と優しさが要ります。そして、その時に助けてもらったり、迷惑をかけた人には必ず礼を尽くす、感謝の気持ちは持ち続けることです。

 今でも、毎日あの時こうすればよかったと思うことは繰り返されますが、とりあえず多少自分勝手に生きてきて 


 65歳になっても役員でとか、大学教授、定年のない仕事、自由業、自営、雇用延長でがっつり働いている人もおられました。
 今は役職定年も増え、60歳以降となると再雇用で契約も違うそもそも肩書の無い人が増える割中で役員で残る前述のような人もいる肩書も所得も格差が激しいのです。「妬み」や「嘆き」はむしろまだまだ大きくて、「学生の頃はあんなに楽しかったのにとか、あいつよりモテたとか。優秀だったのに」ということがあってなかなかフラットになれないのです。結局いつまでも公平なんてないのが世間です。世の中の格差、不条理、理不尽を沢山みてしまうのがむしろ還暦以降かもしれません。四苦八苦の煩悩の一つでしょう、妬むとか驕るとかは結局毒であり、苦につながるのです。
 それでも今はSNSなどで、繋がり、励ましや癒しを共有してくれる友人も見つけやすくなりました、新しい居場所ができれば良きいことです。

勝ち組負け組とは – 天使の星座 (seizafpkotodama.com)

終わらない北陸、能登半島の悲劇

 不安定な天気で蒸し暑さは続きながらも、私の住む京都市右京区、太秦の地は、幸い秋の収穫時期を迎えています。

 市の真ん中の中京に住んでいた私から見れば、右京は子供の頃は田舎で、田んぼや畑ばかりだったところを、京福電車(嵐電)、西院本線、丸太町通りが嵐山に向け走っていました。今は住宅が増え、マンションや店も増えて、田んぼは片隅に追いやられた感じなのです。地下鉄の始発駅近くで、周りは住宅ばかりですが、少し歩くと昔ながらの田畑も点在します。

 狭いながらも、実りの様相が見られると、安心できる反面、ニュースで映る収穫前に大雨で流された能登半島の悲惨な光景を見ると心が痛むます。

 元旦の大地震から復興の途中なのに、その作業現場や仮設住宅をも豪雨が襲い、地震の時同等かそれ以上の悲劇に見舞われました。倒木やがれきの激しい濁流の光景は、東日本大震災のトラウマがよみがえるほどの凄まじいものでした。

 石川県能登は日本地図でも、北に突出した見つけやすい半島です。この地域に線状降水帯が、観測史上最大級の雨が続いたわけです。石川県は加賀地方と能登で旧国名も違い、気候も風土も変わります。地震の被害も加賀はそれほどなく、富山、福井と変わらない程度だったのです。能登地方の地形、地勢的な悲劇かもしれません。

 戦後、高度計成長期、バブル期を経て、東京の一極集中は進み、地方との格差はどんどん大きくなりました。地方にも道路やインフラは整備されているだろうと言われるかもしれませんが、東北や北海道はじめ、各都道府県の中でも県庁や中心都市と、閑散地では大きな差ができています。新幹線や主要鉄道網が整備されているところから外れると、不便なローカル線やバス、それすらもないところが、ほとんどです、クルマ社会なのでしょうが、全ての人がクルマの利便を活用できるわけでもありません。
 今年、福井県敦賀まで延伸した北陸新幹線もかつては長野まででしたが、2015年に金沢延伸で、一躍北陸が注目され、東京との行き来が激増しました。それでも能登地方の観光が劇的に増えて、潤ったわけではなかったのです。今回被災した珠洲市田古島、輪島市へ通じていたのと鉄道の2路線はそれぞれ2005年までに廃止されています。赤字で、いろいろ問題も抱えていましたが、北陸新幹線金沢延伸すら待たずに能登の北側は鉄道空白となり、見捨てられていたのです。
 整備新幹線で潤うのは、そこに駅がある地方の主要都市とそこにアクセスしよい観光地だけという課題は浮き彫りになっていました。ローカル鉄道は、JRからも切り捨てられ、第三セクターとして地元自治体に押し付けられます。新幹線を利用しないような町の人は高い料金で不便なダイヤになり、さらに赤字は膨らみました。
 それでも、災害がなければ、長閑な田舎として、看過されていたのでしょう。
 復興もなかなか進まぬ中に起きた重なる悲劇、切り捨てられない地方との格差是正、地方創生という大きな課題に、国は逃げずに取り組んで欲しい

謙虚な挨拶は大切

 漫才、芸人さんで好感度が長年トップに君臨するのがサンドイッチマンの二人です。人気が出れば、冠番組で若手をいじるだけの人が多い中、漫才をやり続けるのも好感ですし、東北出身の二人、素朴で優しい人柄や、ネタやトーク、活動にもよく出ています。

 最近はお笑いとか、歌手、俳優もどんどん新しい人が出て、M-1で優勝したといっても毎年王者が出てくるわけで、朝ドラも毎年主演の人気俳優を産みだすので、ちょっと見逃してると誰が誰だかわからないで、「最近のお笑いは分からない」「アイドル女優は誰かわからない」になってしまいます。

 十数年人気を維持する人はそういないです。サンドイッチマンやナイツの漫才は芸も確かだし、人をそれほど傷つけない内容もあるでしょう。

 お笑いは他人を虐めたり、不幸やズレを笑うのが手っ取り早いのですが、それは嫌われるような毒素もあります。サンドイッチマンは誰でも理解できるわかりやすさがあるのですが、うまく予測を裏切るところがあるのです。笑いというのは、発想が標準から大きくはみ出してしまうと、一部の人に深く刺さる代わりに、多くの人には理解されにくくなってしまう。一方、誰もが理解できる範囲を狙おうとすると、「平凡で面白くない」となり難しいものです。
 そこらを予定調和で安心させて面白く思わせるのは、実は人柄や謙虚さです。
 この辺は、サンドイッチマンの登場の自己紹介で長年使っていた「サンドイッチマン伊達です、富澤です。名前だけでも憶えて帰ってください」というスタンスは、謙虚で好感をジワジワと高めていました。
 M-1王者とは言え、毎年若手芸人もどんどん後からでますし、実際に顔と名前がわかるのはよくお笑いを見ている人だけです。たまに見たテレビなどに知らない芸人がいきなり定番ギャグを披露して、観客は爆笑していても「こいつらって、誰?何が面白いねん」になってしまいます。謙虚に丁寧に挨拶し、名前を知ってもらう姿勢はどんなビジネス、社会でも同じです。
 オレだ、俺様のことなんか、みんな有名で知ってるだろうというような登場の仕方、舞台とか内容の在り方といのうのは、自信家であればあるほどやりがちで、結局はフォローする人も増えないで、いつの間にか周りに人が少なくなる傾向はあります。友達限定のSNSなども、自己紹介とまではいかずとも、自慢投稿になりがちですが、丁寧な説明とか、事情の紹介など謙虚さは好感につながります。

 謙虚さ、大切にしたいものです。

 

すべてコードですますスマホの進化

 チエーン系の飲食店では、もうタブレットタッチや手持ちのスマホでQRコードを読んでのオーダーがあっという間に一般的になりました。愛想はないし、操作に戸惑うIT難民もいますが、なかなか注文を取りに来なくてイライラするとか、繰り返しても間違えて届くとかもなくなりました。店側も楽でしょう。
 鉄旅も、昭和から変わらないような、車窓や駅風景、古い車両もありますが、切符をはじめ乗り方や楽しみ方は変わりました。こちらもスマホで撮影はもちろん、切符の決済も可能になり、紙の切符や券売機も減ったばかりか、ICカードもスマホに取り込まれて、イッキにコード決済になろうとしています。

 スマホで、今どこにいるか、何キロで走っているとかを見比べて楽しむ方も増えています。混雑や運休、路線変更の情報も手に入りやすく、車掌のアナウンスもあまり必要なくなりました。
 時刻表や各駅の到着時刻、運行情報も最近は「QRコード読んでください」と新幹線は座席の後ろにコードがあるだけです。かつては駅にも、車内にもあった掲載の時刻表、ポケット時刻表もいつの間にか完全に消えました。
 こちらも、つい案内をするとき、URLやQRコードで済ませてしまいがちですが、手紙などだとやはり、内容な書かないと礼を失する者ではとも思います。スマホのスキルや知識などは個人差の多いマダラなもので、まだこれはできてもこれはできないということも多く、その辺は配慮しないといけないでしょう。 
 CITAとい地域のボランティアで、町内会などにスマホやパソコンを教える活動をしていますが、みんな不安も抱え、いろいろです。ここまで安全というスキルや知識の前に、どんどん情報が押し寄せてくるのが怖い時代です。

旅の途中

 確かに、旅は非日常のために少し、お金と時間は必要です。

 しかし、鈍行列車や徒歩の散策でも非日常を味わうことはできます。

 全国各地を出張や旅行で行ってたつもりでも、通過したり、滞在はしても、観光もしてないとか、県庁所在地だけとかでした。

 飛行機、特急や新幹線を使わないと言っても、昔の人が歩いて1日かかった所を電車や自家用車で十数分で通り過ぎます。

 海外行くのも、昔は何ヶ月もかかりました。江戸時代までは、今の宇宙旅行なみに普通には行けないものでした。地に足をつけて歩かないと、結局移動の意味が薄れるとも思います。

 通過駅が多くなると、そこの旅情は薄くなります。車窓からと言ってもスピードで見えなくなったり、見落とします。飛行機で上空を飛ぶのと変わりません。

 非日常という面では、今までしたことのない経験をすることですから、わざわざお金をかけて移動しなくても気持ちでてきます。

 近くでも行ったことのない寺社仏閣、ミュージアムもありますし、ボランティアなどをやってみても新鮮です。

書評:小林泰三「失われた過去と未来の犯罪」 是非お盆に読んで

 お盆に読むには、ある意味最適すぎるような本です。
『アリス殺し』の鬼才が贈るSFミステリ。輪廻とか人格の存在とは何か、倫理や宗教的なところまでも、領域が広がります。
【以下ネタバレあり】
 突然、自分の記憶が10分ともたないことに気が付いた女子高生の話から、全人類が長期記憶を失っている大混乱の状況に陥ります。
 人類が失った長期記憶を補うため、身体に挿し込む「外部記憶装置」(メモリ)に頼り、生活するようになった世界で「世にも奇妙な物語」のようなエピソードがかさねられていきます。
  ギリギリとところで、原発事故を防ぐ人達の話。
 「替えメモリ受験」をしようとした学生の話。
 交通事故で子供を亡くした父親の話。
 点検でメモリを取り違われた双子の姉妹の話。
 メモリの使用を拒否する集団の話。
 イタコのように、死んだ人間のメモリを違法に差し込み、会いたい人を呼び戻すプロの話。

 いくつかのエピソードの登場人物が絡まりながら、人類は適応し進化していくのか、衰退して滅亡するのか、時代は進んでいきます。そして、

 盆の電車の中や、墓参りやお迎えをして、読むと、何だかいろいろ思いが沸きます。

すでに、現代科学で人類はメモリの中や、何か媒体のようなものに記憶や人格などを保存するぐらいはできるまでになってそうです。
 原作者が死んでも、そのアイデアや手法を引き継ぎ、シリーズのアニメや漫画・劇画では半永遠的に続いているものもあります。
 そのような形で、SNS投稿なども死んでも、その人らしい発言をアップし続けることは、少なくとも簡単に行えることです。外見的には不老不死です。武田信玄の影武者どころではありません。
 ただ、本人が人格を持って、新たな肉体や機械などに記憶ばかりか「意識」や「魂」まで移せるかは、倫理の問題も含めて、まだ少なくとも表には出てきていません。
 永遠の命など、地獄のような退屈さ、虚しさかもしれません。死ぬことができるから「生きる」意味があるのでしょう。
 

南海トラフ 地震予知は難しい リアリティチエック

 記録的な暑さから、立秋を過ぎ朝晩はほんの少し、風があれば涼しい時もありますが、日中は炎天下容赦のない猛暑が続いています。
 東北地方を台風と大雨が襲う予想図も出ています。先日、宮崎県で大きな地震があり南海トラフの警戒情報が初めて発令され、その後神奈川県でも地震があり、気象庁も大わらわというところでしょうか。
 そもそも地震の予報など、根拠がなく、阪神大震災はじめ最近の大きな地震のほとんどが予測された地域でおきていないのです。地震学者が予算を確保して勝手に研究しているだけというのは、以前からも言われており、今もX(旧Twitter)などで上位で見られています。マップでも示され、日本では地震の予測はいかに難しいかがわかります。
 そもそも明日の天気も外れる気象庁が、地震を当てられるわけがないとのつぶやきも多いです。

 「気象」と地震や火山活動の「地象」は繋がっているようで違います。地震後の大雨や、洪水での土砂災害までは気象の範囲ですし、気象予報士は地震の勉強までは試験に出ないそうですが、災害全般に対する対策ニーズは増えています。

 大きな地震がここで絶対起こるというような情報は、ほぼフェイクです。今の南海トラフの情報もよく確認すれば、警戒を促しているだけで、経済や社会の活動を止める指示ではありません。かといって、安全とも危険とも言えないのです。
 リアリティチエックということで、政府やマスコミの情報あるいは、ネットや知り合いからの情報から真実を読み取る力、想像力が必要です。
 これは、コロナ以降の健康情報、ファイアンスなどの経済情報でも同じです。
 政府もマスコミ、専門家も人の子で、悪気ばかりではないにしろ、多少の煽りが入ったり、わかりにくい表現を誤魔化す場合もあります。戦中の大本営発表でミスリードすることもあれば、立場上「まだ全然わからない」とは言い辛く、難しい言葉で双方の可能性を挙げたりして、愚民を翻弄します。
 大した知識はなくとも、よく考えたらそんなはずないということは多いでしょう。
 
 
 

愛別離苦 怨憎会苦 八苦の二つ

 愛するものと別れ、会うことができなくなる苦しみが『愛別離苦』です。
逆に会いたくない者、怨みや憎しみを感じる者と会わなければいけない苦しみを『怨憎会苦』といいます。
 仏教でいう、四苦八苦のうち、【生・老・病・死】の四苦に続く、八苦までの4つの苦の2つです。
 戦争中なら、出征での別れ、今はせいぜい海外などへの赴任ぐらいでしょう。それでもつながっていけます。やはり、愛した家族が亡くなる場合でしょうか。日常では『怨憎会苦』のケースのが多いでしょう。
 仕事に出るとか、学校に行くとか、あるいは家族の中でも相性の悪い人はいます。
 自分のいいところを見てくれる人ばかりではありません。
 ビジネスなどは特に、昔は「男は外に出れば7人の敵がいる」と言われたぐらいです。今は男性ばかりではないので、不適切な表現ですが、人の世の中を歩いてお金を稼ぐのは昔も今もそれなりに大変な苦行だったのです。

 ただ、愛する人と恨み憎しみを抱く人が、正確に分類されるのではなく、感じ方でしょう。
 イヤな上司も家に帰れば、優しい愛されるパパやママかもしれません。会ったタイミングや状況、自分の立場や感性、気持ちの持ち方で相手が変わる場合もあります。同じパートナーでさえ、時を経て愛が憎に変わる場合もありますし、逆もあります。
 「生」も含め、全てを苦行のようにしてしまうと、人生面白くありません。 
  八苦のもう一つの苦、「求不得苦」もありがちではありますが、我慢をすることを覚え、そこから人生の楽しみは生まれます。
 苦痛や地獄に絶望するのではなく、苦を乗り越えるところから楽が始まるというのが教えでしょうか。

兵器を作らず花火を作っていた国家

 猛暑が続いている時期です。これから8月のお盆にかけ、最も暑い時期ですが、パリではオリンピック、日本全国でも七夕や花火、お祭りが開催されます。
 花火大会の起源のいくつかは戦争の慰霊からの場合があります。長岡の花火なども以前に書きました。日本屈指の花火を眺めるのも良し、家族や親類、友人と集まり手持ちの小さな花火やらで楽しむのも良しです。
 スーパーや売店で買える花火の多くは中国産です。そういうと危なっかしいようですが、昔からですし、天津甘栗と花火は中国産のが古くからあります。花火の技術も、独自の優れたものがあるそうです。
 かつて、欧米列強に食い荒らされ、衰退した清という中国の王朝のある人物が、【中国人は何百年も前から、火薬の技術を知っていたが人を殺める火器は作らなかった】と今の軍備増強の国家に伝えたいような名言を残しています。結局は欧米や日本に敗れ、国は解体されてしまいます。民族を守るためから止むを得なかったのでしょうが、花火だけでは国民を守れないと銃器や兵器の開発にシフトします。やがて共産主義の軍事国家へ変わっていくのです。
 核兵器など破滅的な兵器を想うと、やはり世界中の人の争いは、花火の技術を競い合い、オリンピックのように誰も死なない競技で決着をつければと思います。

世界中の爆弾をすべて花火にかえよう 夏祭り全開 「平和への祈り」戦争や事故の追悼も – 天使の星座 (seizafpkotodama.com)