人生応援:辛いときも

失敗したと思う時、辛い時期、苦しい時必ずあります。でもいつか振り返れます。それは次のステップへの糧になった。あんな時代もあったと思い返せる時は確実に来ます。

未来を想像しながら、今日を生きよう!【7】

想像しやすい未来というのは、ロボット化した社会だったり、リニアや宇宙旅行、がんの特効薬が市民に身近なものになるイメージかもしれません。
これが実際に少子高齢化の日本だと、こういう夢に描きやすいポジティブなものが、雇用の喪失、都市部と地方の格差、貧富格差、財政破綻の問題になります。医療は発達して寿命は延びてもそれは、高齢者が住みにくいお金もないでは悲劇にしかつながりません。
具体的には、献血や輸血が可能な世代の割合が減っていきます。どこかのポイントで血液製剤なども高騰します。今は日本が金満で世界に先んじてコロナのウィルスも買い付けられます。20年30年経つと、働き手も減りGDPもどんどん真ん中から下位の国になったら、そうもいかなくなります。
グローバルが何もかも良いとは言いませんが、今の世界の大学ランクの上位にまるで食い込めない日本の学術や研究ではとうてい技術立国は崩壊しています。
世界のトップ近くをぐんぐん加速して走っていた時代と、中下位で目標も無く引きずられる苦しい走りでは、高度成長期やバブル期に育った日本人に想像できない難しい問題が山積します。

生きることも老いることも病気になることも、死ぬことと同じ四苦の一つとも言われます。それでも医学の進歩で寿命が延びることが悲劇なら、研究自体に大義がなくなります。
苦痛を緩和することに専念した方が良いではないですか。高齢化とは年寄が死なないことでその比率があがることです。
少子化とイコールではありません。
少子化は子供の数が減ることです。人口全体も減る問題です。少子のままですと次の子供を作る世代の人数も減るとうことです。少子化対策は子供を沢山つくることを奨励することです。
高齢化社会は、勤労者人口の割合が減るという問題につながります。2050年ころには日本全体で半部くらいが老人ホーム、高齢者住宅等の世帯になっています。
年金や健康保険などは崩壊しかねないです。何とか高齢者も簡単な介護などで働けるような雇用を作るしかないでしょう。夢に描かれた未来とは遠いですが、現実はAIやロボットを活かし、人間が楽に仕事するイメージの雇用が必要でしょう。
今の雇用は、ハードな肉体や、専門的なマネジメントやスキルが必要ですが、もう少し人間がそこにいて確認と信頼を与えるだけの仕事にできないかでしょう。
人生が豊かで面白いから、次の世代に伝えたくなるから子供やその先の世界が広がるのです。

日本最大の企業の栄光と崩壊【カネボウ14】

カネボウ化粧品と歩んだ人生14  白斑自主回収【前半】

タイトルだけで言いますと日本最大の企業だったカネボウは倒産していますが、私の人生の中でのカネボウ化粧品との勤めは続きました。2007年から2011年あたりはシナジーを模索し、両者の企業風土の違いを詰めるのに動きだしました。物流を統合したり、販促の連携はするもののなかなか一体にはなれず。やはり化粧品はカネボウの安堵感も社員に流れました。
2011年の東日本大震災も大変な被害でしたが202年の業績は順調でした。ところがこの翌年2013年7月不穏すぎるムードが漂いました。7月1日の人事異動も凍結して事態に当たれとの指示でした。明日大きなニュースがあると聞かされ、大きな回収があるという話でした。
当時のカウンセリングスキンケアの肝心要の、美白化粧品ブランシールスぺリアを中心に美白シリーズ52の化粧品に含まれる医薬部外品の主剤(美白有効成分)ロドデノールにより、斑に白くなる症例が判明したのです。
私は当時、本店に呼びつけられた大阪の幹部に『大変なことになった。これは存亡にかかわる一大事』とこっそり告げられました。私はカウンセリング比率の低い企業担当でした。全社あげての対応に駆り出されます。
休日も返上の社員も増えました。
それは実質カネボウの名前の販売会社が消えるという流れを加速させました。
押し寄せる返品の電話。涙する販売のスタッフ。押し寄せる返品や販促撤去。
(15:白斑自主回収後半に続きます)

日本最大の企業の栄光と崩壊【カネボウ】6

カネボウとともに歩んだ人生6

化粧品の営業でしたが、総合繊維メーカーとしていろんなモノを扱いました。
それは前にも述べた繊維をはじめ食品、ファッション、薬品、ハウジング、電子部品などは上位シェアに程遠く、ニッチ商品はあってもなかなか売上高や収益を大きく改善できなかったからです。
百貨店やスーパー等ショップで扱いのも厳しいなか、カネボウ化粧品の専門店に白羽の屋が立ちます。
第一弾が私の入社2年目1983年、ジャンティショーツという女性向けのパンティでした。 単価はしれていましたがまあまあ売れてヒット商品と喧伝されました。
その後、売りにくいパジャマやらブラウス、パンスト等が続々発売されました。化粧品より卸値は低いが返品不可でした。パンストは今も続く大ヒット商品となりました。
健康食品系も沢山でました。ビタミンEやC、減肥茶やロイヤルゼリー、アミノ酸、怪しげな健康食品も化粧品店に取扱いを懇願しました。
三菱電機との絡みでランジェリードライヤーという下着乾燥機を売ったこともあります。
薬品はさすがに卸すことはできませんでした。
カタゲンというB型肝炎のクスリに三共製薬と共同で力を入れていましたが副作用が問題で1985年販売中止となり、新薬部門は大きく後退し、漢方薬中心の部門になりました。
新薬部門は業績悪化で後に外資系の切り売りされ、漢方だけ残りました。長年の研究開発から認可までコストと時間のかかる新薬にこれ以上力を入れるお金は無かったのでしょう。

日本最大の企業の栄光と崩壊【カネボウ】4

カネボウとともに歩んだ人生4

昭和から令和にかけての各時代、カネボウ化粧品の営業現場にいました。
昭和57年、まさに昭和のモーレツ営業の大阪第一南販社というところに転籍配属されました。
今の営業と、本質的には違わないのですが、まず男性ばかりで夏も背広にネクタイ。クールビズなんて無かった時代です。
毎月15日が売上〆、別に月末の売上〆も中間にあり、返品の〆切が月初めにあり、こういうものに追われるスタイルでした。今でも悪夢のように思いだします。「〆だけど足りない」どうしよう、月末〆は空打ちのような売上計上で返品で誤魔化せても、15日〆は末か(口座振替日)にお金が入らないと行けません。なかなか毎月の報告も大変でした。
昭和なんで、人間関係の占める部分が多く、顔を売り人の良さにつけこむ、汗を流すと何とかなる時代。相手も安定した利益の幅があり、お金も持っているけれど在庫もあるというそれはそれで難しい時代でした。
牧歌的と振り返るほど良い時代ではありません。週休2日でもなく隔週に日曜日となぜか月曜日が休みになる変則週休2日程度。残業代のでないサービス残業は毎日4時間以上深夜に及びました。というか営業は外で休んで、遅く会社に帰り幹部の帰りを見計らって仕事をしたり帰ったりでした。〆前だとのうこれは帰れません。テレワークなんぞとは遠い世界でした。
人間を育てる側面もあったかもしれませんが、私はダメでした。
ただその昭和の営業、その力がアダとなり粉飾へと駆け上っていく。そんな苦しさを昭和から平成への時代で映画を極めた化粧品事業にも影を差していくのでした。
商品の架空売り上げが海に浮かんだとかいいうのも実際にありました。そして商品、カネ、女性関係で退社する人間も沢山いました。
もちろん随所で成功してのし上がった人間もいますし、各人の運と力量、相性やタイミングもそれぞれだったのでしょう。資生堂は待遇はいいようでも決して行きたいとは思わない。コーセーはまだまだ個人経営で今ほどの勢いはない、外資のマックスファクターがP&Gになる前でここも泡沫でした。
最後の社長となった帆足隆氏などは伝説のカリスマ営業マンで、粘りと熱意で突破するタイプで上に立てばパワハラになりやすく、下につくものはどうしてもイエスマンになり、事なかれで従い粉飾の温床となるのでした。

母逝く

私事ですが、8年前父を亡くし、昨日87歳の母が他界し、送りました。
父の時はまだ私も兄も還暦や定年を迎えていませんでしたし、一応父母は商売をやっていました。その関係でいろいろ弔問や社交も多かったですが、今回は家族葬に近いものでその分悲しみは集約された感じです。
年齢も70、80と過ぎ、勤めも止めれば、知り合いも減っていきます。そんな中で高齢化社会とはいえ晩年は寂しいものもあったでしょう。
父の時も真夜中に起こされましたが、正確に言えば病院に駆け付けた時は時すでに遅く、見とれませんでした。今回はギリギリに、間に合いました。そして式や火葬も比較的空いている日で、待ち時間も少なく滞りなく進みました。
晩年はワガママも多かった母が最期に楽をさせてくれました。
8年の歳月で周りも世相も随分変わりました。変わらない火葬場の情景もあります。告別式、通夜等の弔問慣習では、香典や供花等の辞退、省略が進みました。
葬儀屋さんも大筋では変わりません。仏教曹洞宗しか基本詳しくは知りません。葬儀のやり方は、葬儀会社、お寺とも分かり易くし簡略したりして進化していると感じました。曹洞宗はお寺で本格的に法事をやるときはかなり賑やかに動いたり、音を出したりします。
いろんなことがやはり心を巡ります。
自分自身も母との思い出は想起し、頭をよぎりました。それでも一度もう少し若い頃に胆嚢がんで手術した時ほどは動揺はなかったです。暗黙の寿命という諦観が分かっていたのか、もう今の母はほぼまともにしゃべることもなかったです。
もうしばらく私達を見守った後、どこかで若い頃の母に戻って、清らかにまた生きていくのでしょうか。

体調に気をつけて:文月17日

本来なら梅雨も明け、京都の町は山鉾巡行でにぎわうのですが、今年は何もかも異常です。
コロナももちろんですが、長雨で気温も低めの後、梅雨明け後いきなり猛暑が来そうな来週です。
病院など行きたくないのに、夏バテとかになる可能性があります。
今年は本当にいろいろ大変な年です。幸い感染症の予防は手洗いうがいなどで出来ています。夏バテ、熱中症予防には、水分の補給、直射日光を避ける、痩せがまんでずクーラーを適度に使う,,等これらも良く知られています。
仕事や遊びで体力を使い過ぎるのもですが、涼しい時間やクーラーの効いたところでは運動もしておきましょう。ジムに行かなくとも、ハムストリングを鍛える。ウォーキングやスクワット、階段昇降等は筋肉や内臓、循環器にも良いです。
旬の夏野菜や、鰻なども食べて精をつけ乗り切りましょう。
そして心を静かに整える
いろいろなニュースや情報があふれていますが、少し息を吸い込んで落ち着いて考えましょう。コラムやスレッドにはそれぞれの立場で都合の良いデータの見せ方や論調があります。反対の当事者になれば気分の悪くなるものも多いです。フェイクも混ざっています。急いで共感や反対のシェアやレスポンスはしないことです。(自戒をこめて)
落ち着いて、一歩一歩歩いていきましょう。

星座の歌

Greeeen「星影のエール」2020年夏放映中朝ドラ「エール」の主題歌です。音楽家のドラマで、主題歌もいい曲ですが歌詞も素晴らしい。まさに応援歌で、星をテーマにしています。
♪昔々ほら1000年もその前も 僕ら迷わぬように星に名前を付けた 誰よりも私には輝く星 
そうですね、2000年以上まえから星に名前があり、星座の伝説も語られ、洪水や豊作を占う占星術もありました。
戦争を占った時もあれば、恋や仕事、人生を占う占星術になっていきました。
山口百恵さんの「乙女座宮」阿木耀子さんの作詞。1978年ですか。こちらは星座をテーマにした名曲です。
歌詞
ペガサス経由で牡牛座周り蟹座と戯れ(略)
山羊座に恋して、蠍座ふって、うお座に初恋 今はしし座の貴方に夢中よ(略)乙女座の祈り 若い獅子座の貴方に夢中よ
獅子座は都合3回出てくるのに、出てこない星座もあります。ちょっと強引な歌詞です。
中島みゆきの「地上の星」の方が完成度と底知れないロマンの深さはあります。
人はやはり星を愛し名前をつけ、星の歌の響きを聴くのがすきなのでしょう。

#中島みゆき#地上の星#山口百恵#乙女座宮#Greeeen#エール

http://seizafpkotodama.com/wp-admin/post.php?post=558&action

コロナ対応で見るトップリーダーの役割

新型コロナウィルス感染症問題。政治的に極端な方向や主張はこのブログではしません。しかしリーダーシップや危機管理はどこの社会でも必要です。
また国民はこの危機においてあふれる情報に対してどう接していくのかも国難ともいえるこの時期に大切なことです。
総理や大臣、国会議員や都道府県知事や政令指定都市の市長らのステートメントがこれだけ頻繁に発せられ注目を受けたことはかつてないでしょう。
他府県の知事など、タレントあがりぐらいしかわからない。厚労大臣や経産大臣など大事件や自身の不祥事でもない限り名前も顔も覚えられないまま任期を終えることも多かったのです。今は毎日注目です。都知事などオリンピックがあっても開催されれば、アスリートに隠れ開会式くらいしか顔が出ず。これほど毎日会見するなどはなかったでしょう。
もうその中で、どの知事や大臣の株が上った下がった。どこの言い方が分かり易い。誰々はヘタレだとかは評価が出つつあります。これは専門家や学者でも同じです。
日本の政治家、国会議員等は責任を取りたがりません。失うものを恐れて、適当な言い訳や黙秘が多すぎます。民間企業のトップ等は危機管理体制が進んで、しっかり悪いことも公表するようになりました。
それに比べて、この1年以上いろいろ疑惑のあったことも、否定されると裁判にもならないのウヤムヤで大臣も議員も続けられます。歳費や文書費やら交通費、政党助成金など税金から多額をもらっているのにこれです。
少々疑惑があってもいざ危機というときに、しっかり決断できればいいですが、どうも有事にも喧嘩にも弱いのが今の二世や三世が当たり前の坊ちゃん議員たちです。
今国際社会は米中の二大国の力に引っ張られています。日本の最大の輸出入国は中国に移りました。とはいえ軍事関係、安保の問題でアメリカへの政治的隷属は続くねじれた状態です。韓国や北朝鮮との問題も残ったままです。
中国の共産党政府や中国人のマナー的なものも含め評判の悪いところはあります。しかしアメリカの誘導しているものも当然あります。日本がどちらかに傾くのを警戒しています。
コロナのマスク問題。ワクチンや薬も問題も米中がからみます。
複雑な情勢の中で、トップは方向性を決め、国民や市民を導く決断をしていかないといけません。それは極端な右左、白と黒ではなく中庸やグレーを選ぶ場合もあります。
リーダーにとって国民、市民や一般への説明は仕事の何パーセントかかもしれません。それでも国民っからはそこしか見えません。期初会見や答弁は丁寧に分かり易く、かつ力強く自分の言葉でしゃべるべきです。
カンペやプロンプターを見ながらで、たどたどしければ誰もついていきません。
もうひとつは財政も含めた危機感への対応力。普段あらムダな人員、ムダな予算だけ使っているといざとなるとおろおろして何もできません。柔軟に臨機応変に対応するにも、普段からの掌握力、人間関係も含めてさまざまな知識と度量が求められます。だからこその高給であり、名誉と威厳のある仕事なのです。
リーダーを部下は良く見ています。内容の詳細、是非よりも感じられるやる気です。
信じる相手を選ぶ時ここは重要です。もちろん中身も詐欺まがいのその場しのぎでは困ります。
周りの人の言動だけではいけません。しっかり自分の利害を見据え、相談できる人を選びましょう。
テレビもネットもファクト(事実)もありますが、多くの虚飾に満ちています。
リーダーになる人は暑い言葉と、数値や期限、根拠等をはっきり述べます。責任は自分が取ります。謝罪は実務執行者や参謀ではなくリーダーです。責任の覚悟を持つ人です。

コロナ後テレワーク等働き方はどうなる

コロナの事も考え自粛もしないといけませんが、コロナ以後も考えないといけません。
行政や政治家の残念ぶりも明らかになり、非常時に出口はおろか、目の前すら見えない人にコロナの後の働き方や社会の変化を予測させるのは無理があります。
概ね政治家や行政よりは民間企業の優れたトップの方が先の事を読んでいることは多いようです。
これは個々人の能力というより、環境が行政は現在や目の前を財政を考慮しながら、規則と前例に照らして着実に執行していく環境にあるとは思います。
名だたる大企業もこの3月の年度もしくは四半期は大苦戦ですし、4月5月を含めた今年の予測も難しいです。名経営者でさえ予測しえなかった。リーマンショック以上大恐慌に匹敵する国難ともいえるものを乗り越えた後には何がくるのでしょう。
ほんの半年前、昨年10月に消費税10%で騒いで、リーマン級が来れば延期と言っていたのにさらなる大波です。
中小企業、個人経営の飲食、観光や旅行はインバウンドもアウトバウンドも厳しい状況が続いています。
スーパーやドラッグ、宅配、パスタ等の家で飲食が伸びましたがある意味これもイレギュラーな小さなバブルです。
そしてzoomやスカイプなどオンライン授業や呑み会まで、テレワークやテレビ会議、テレビ電話などの関連はしばらく隆盛でしょう。
働き方はどう変わるでしょう。これも大手で先進の民間企業で柔軟で優秀な トップのいるところから変わっていくでしょう。
少し頭の堅かったところ、中小で経営のしっかりしたところも、今回やれたから、今回苦戦したからが動機になり進むでしょう。
新幹線の本数もだいぶ削減していますが、テレビ会議システムを導入したら、どんどん出張も減り、宿泊やそれに伴う接待や社交の飲食も減ります。
東京大阪を5分おきに満員で運んでいたのぞみは、もう本数が減ったままで推移しそうです。
一般的な取引先を脚で回る営業もある程度、競合もあり元の体制近くには戻ったとして、効率は吟味されより戦略的にセグメントは進むでしょう。
ここでドラスティックに、変化をつけて大きく攻めの改革ができるかは、企業のトップの力量次第でしょう。
これは街の営業もグローバル企業も同じです。確かにコロナで少し海外戦略も変えざるを得ないのですが、だからこそ市場も資源も限られた日本の企業は世界と戦わないといけないはずです。
国際ニュースとえば武漢のウィルスが、人工的だとか、米中の検証のしようもない争いなどに惑わされてはいけません。米中以外にも市場はあります。世界の隅々を眺めねばなりません。
日本で判子や伝票に人件費をかけ、稟議に時間がかかっていては世界に勝てません。その意味では政府、厚労省、自治体含め、民間企業もすべて、今までの仕事ぶりを改め、将来にわたってロボットにできる仕事は今さら新しく人にやらせないぐらいの変革を試みてこそ、コロナ以後の日本が見えてきます。