平成ウルトラマンさえリメイクされ令和のウルトラマンへ

ウルトラマンが誕生して今年は55周年だそうです。私が子供の頃、ウルトラQに続いてカラーとなって巨大ヒーローや怪獣退治の戦隊が登場する特撮番組に胸躍ったものです。
初代ウルトラマン、それに続くウルトラセブン、その怪獣ゼットンやバルタン星人等のキャラクターも商売上手な親会社になった円谷プロがいろんな映像や商品タイアップで今でもよく見かけます。
55年なので、3世代、3元号を跨いでプロデュースもマーケティングもされています。昭和の最後が予算不足でレオや80で息切れして終わった後、単発や海外制作、アニメ等の時代を経て平成ウルトラマンという初代のからのウルトラマンと一線を引いたシリーズが産まれます。ティガ、ダイナ、ガイヤと続きコスモス等に続きます。私の子供は平成シリーズをビデオで見てコスモスをリアルで見た世代です。その子ももう成人で子供向け特撮は卒業してます。
ウルトラマンティガに始まる平成シリーズは、仮面ライダーの平成ライダー「クウガ」と並びよくできたエポック的作品です。
ティガの高評価でシリーズの継続が確定して今に至ります。
そしてそのティガが令和でリメイクされて、現在放映の「ウルトラマントリガー」となっているのですからもう時代の変遷はスゴイです。
これまでの平成シリーズにもマックスやメビウス以降さんざん大人が懐かしむような怪獣の再登場、エピソードの続編等も良く作られました。そして最近はもう過去の全ウルトラマンの力を借りるアイテム、その子孫たちも主役で登場して盛りだくさんです。特撮を見て育った優秀な作家や脚本家が本を書いてなかなかいい出来のモノも多かったです。
こんな時代がくるとはあのとき、昭和41年のガキには思いもよらなかったことです。当時の最新鋭の通信はさすがに今は当たり前です。

セミの短い命に思うこと

毎朝、セミの鳴き声がうるさいという人もおられます。
セミの成虫期間は短く、まあほっといてあげればとも思います。セミは地中生活が長く、飼育も難しい昆虫なので分かっていないことや誤解されていることも多いです。
成虫の命は1週間と言われていて「八日目の蝉」という小説がありましたが、実は成虫はもう少し長生きなのが知られてきました。元々発声、生殖するのに数日かかり最短でも2週間どうやら1か月くらい生きる者もいるようです。
これは飼ったセミが1週間程度で必ず死んでいたことから生じた誤解ですね。
まあそれにしても「不完全変態」とはいえ幼虫の地味さに比べ、成虫の時期はイベントでしょう。
地中に5年以上雌伏して、日の当たるのが長くて1カ月程度というのは、人間の目からは哀れに思えます。もちろんセミは哀れも、喜怒哀楽も四苦八苦も煩悩もないでしょうが。
ただメスを呼ぶための発声機能と飛翔と生殖の力だけを備えたシンプルに身体構造は進化しきったものと言えるでしょう。意外と多くの仲間が環境に適応して生き残っている凡虫ともうべき多数派です。
仏教の輪廻転生を信じるなら、いつかセミの一生にも巡り合うのでしょうか。
シンプルに解脱、断捨離しきった生き方なのかもしれません。

一番熱い時期は過ぎた

日本の夏で一番暑いと思うのは、梅雨明け10日間だと個人的には思います。
最高気温そのものではなく。日射時間、湿度や体感も含めて8月上旬まででしょう。
暑さの最大のピークはもうすぐ過ぎるように思います。
日の入りがやや早くなり、夕方はジリジリくる日光も早く和らぎます。
まだまだ夏の日は続きますが、セミの鳴き声もいつかピークは過ぎます。
秋の虫も動き出します。
もちろん夏バテ、熱中症はまだまだ警戒が必要です。コロナよりこの時期怖いと言うよりも、トータルでの健康管理、安全管理なのです。疲れた身体には感染に対して免疫力も弱くなります。夏には風邪は引きにくいですが、かからないわけではありません。冷房や寝冷えの対策も含めて、夏の一般的な健康管理とコロナに対する対策は一体です。
まだまだ暑さ+コロナの対策は続きますが、何だかピークは過ぎた感じはあります。もう一息乗り切りましょう。

コロナ トンネルの出口は見えたのでしょうか

東京と首都圏の感染者は増えているが、もう報道はオリンピック一色です。
本当はもう重症者や死者が出る感染症ではなくなりつつあります。
飲食店や、観光等からに広範囲の日常的は仕事に関してはなかなか以前の活気、景気が戻ってこないようです。
度重なる緊急事態宣言等に翻弄されていた方には、オリンピックはどう映っているのでしょう。
スポンサーがついてお金の心配はとりあえずなくスポーツに打ち込めるアスリートは恵まれているという憧れや妬みが産まれてもしかたないでしょう。
しかし日本経済全体を底上げするのは、日本人の元気、やる気です。
コロナの終息宣言はどこが数値的基準も時間的目標もあいまいな日本らしく先が見えにくいですが、あいまいだからこそ臨機応変にそれぞれの立場でゴールを目指し、トンネルの出口の明かりを確信して進むしかないです。

祇園祭発祥の地

祇園祭のハイライト還幸祭の夜のはずでしたが、今年も中止でした。私の実家、本籍地は京都市中京区御供町(おんともちょう)祇園祭の街としては西で、三つの神輿の中継所祇園御供社の斜め向かいでした。最近は少し後祭も注目されましたが、本来の祇園祭の由来から言うと鉾(矛)は神輿の露払いに過ぎないのです。場所も八坂神社ではなく、神泉苑のこちらが発祥といわれています。山や鉾の保存の街とはまた違ったお迎えとおかえりのお世話がありました。

オリンピックがらみのお休みも終わりました。個人的には梅雨明けの一番暑いこの時期に大人にも連休が毎年あってもいいように思います。私はいい年こいて青春の鉄道三昧の二日間でした。幸い疫病にはかからずにリフレッシュしました。皆様も暑い夏、ご自愛ください。

【五輪開幕】復興五輪の形になるものができなかったものか

コロナ感染拡大でどうなるかと気をもませたオリンピック。ようやく開幕しました。深夜までの開会式は、セレモニー、選手行進、会長らのスピーチと長時間にわたりこれも物議をかもしました。
式の演出、進行等はある程度長めの尺の決まった中で、開催国の意気込み、文化芸術や伝統、最新技術までテンコ盛りでした。これが賛否両論で、ネット上はまあ否定の方がやや(かなり)多い印象です。これからアスリートが頑張り、感動を与えてくれるから四の五の言うなとの声もあります。
開会式の芸術的な部分やテクノロジーの部分は人の感性、知識のあるなしやら感じ方にもよります。
まあ多くの予算が投じられた開会式であったことは衆目の一致するところで、「コンパクト」や「復興」というテーマは感じられなかったように思います。
これからのアスリートのパフォーマンスにしろ、人によって「不甲斐ない」ととる人も「感動した」という人もいるでしょう。
津波や原発事故を経験した人やコロナ禍で医療が逼迫した面を見てきた人が、これだけの開会式を日本で行えたことに感動している方もいないとは言えません。
しかし、巨額の税金、お金がかかり過ぎている上に、そのお金が復興には回らず、広告会社や制作会社、五輪関連の組織にだけ潤沢に還元しているということをもう多くの人が感じています。
演出家の過去のコントをめぐる突然解雇をはじめ、女性差別発言等、主催側に対してどうしても厳しい目がいくのはこういうところです。スポーツに関係ないパフォーマンスが延々と行われる開会式に当然賛否ありますが。そこで良かったと世界の誰かが思って、「いいね」投票したり、募金したりして「復興」に活かすシステムはできなかったのでしょうか。
すでに日本は「復興」しているというなら、原発の非常事態宣言下に低賃金で従事したり、復興途上の仮説住宅にいる人に、いますぐにでも高額の報酬を還元すべきとの声にも頷けます。
それでも、200もの国と地域がっ出ていれば多くの国は、復興途上の日本より恵まれていません。メダルはおろか、競技に参加するのがやっとの国が過半です。アナウンサーの国の紹介も平板でした、もう少し国の状況を説明し、テレビを見た人が各国に応援できるように国別のデータはすぐ字幕やデータ放送が出るようにできそうなものです。
ミャンマーやシリアが今どういう政権下で選手を送ってきているのか、本当のところは分かりません。
衣装や表情、人数等に国の雰囲気は伝わります。そういう面では入場行進はメダル争い以上に参加の意義をもった祭典の中心です。
メダルの数の競争はもういいのではないでしょうか。せいぜい気にしているのは20か国くらいでしょう。こんな数でいまさら国威は上がりも下がりもしません。

「アスリートは頑張っている、アスリートに罪はない。アスリートがひた向きに国を思い競技する姿に感動する」
それを共有、強制、洗脳するような報道になりがちです。アスリートとだけ言ってすべて許されるなら、ナチスのオリンピックでも許されます。
国威を上げるためだけならもう日本に今さら要らないと思ってしまうのか、まだまだメダルを集めたいと思うのかはやはり感じ方の違いです。

いまだ高額納税者?タバコ値上げ

ひと昔前の映画やテレビドラマだと、悪役に限らず正義の主人公でさえタバコを吸うシーンがありました。
最近は電子タバコが増えたとはいえ、やはり旧来の紙巻きタイプにライターで火をつける愛煙家も未だに見掛けます。
オフィスや家庭でさえ嫌われ、吸い場を失い、早朝や深夜のベランダや公園で見かけたりします。
高額納税者と揶揄され、さらに値上げされるのにちょっと待遇はかわいそうなくらい悪いです。
最近、近くに建設されたスーパーが建設中の頃や、職場に向かう途中に産廃のトラックや、金属加工の工場等でみていると、ブリーカラーの方の喫煙率がまだまだ高いのを感じます。
習慣性が高いのと、ハードワークの後の気分転換に欠かせないのかなと思います。決して高い賃金でない彼らの税負担を思うと何だか同情したくなります。でも彼らはそんなことは気にせず美味しそうに煙をふかしています。

夏は暑い、外に出て太陽に当たり汗かき、それで体力もつき免疫力も上がる

梅雨が明け、やはりうだるような暑さです。
炎天下での仕事ではないですが、事務所への往復、たまに外出する時は汗だくです。最近はクールビズでキンキンの冷房がかかる場所はあまりありません。一日、オフィスで働いても結構な汗かいてました。
でも帰りにすれ違った部活の女の子、健康的に焼けてました。何だか爽やかな夏という感じでした。コロナで多少制限があっても、しっかり外で日にあたり汗をかけば体力もつき、免疫力も高まるでしょう。
こんな暑い日に、コロナなんぞに罹る確率より熱中症の方が怖いです。
子供や学生たちは、いろいろな経験を積んで免疫をつけていくのです。

熱く感動した仙台での「復興」オールスター

東日本大震災からあ10年の今年も夏になりました。野球の話になりますが7月17日仙台でNPBオールスターの第2戦が行われ、試合前に震災の時1歳だった小学生が「東北は強くなりました」「10年後は選手になって、感動させる立場になりたい」旨の挨拶をしました。東北ゆかりの選手の目頭を熱くさせました。
本番の試合も東北楽天ゴールデンイーグルスの選手が投打に活躍し勝利、セーブ、決勝に得点打点も総なめしました。
派手な演出ではないですが、10球粘って四球で出塁し、同僚島内選手の長打で一塁から懸命にホームに駆け抜けた小深田選手の姿と、それに声援するベンチの全選手の姿に感動しました。
まだまだ東北が完全に復興して全ての人々が強くなった訳ではありません。
東北人のひた向きな粘り、真摯な努力にはいつも感心します。
次は東京を中心にオリンピックが開催されます。コロナ禍で当初目論んだ経済的成功には程遠いようですが、世界に今の東北の復興ぶりをアナウンスする機会として、大いなる成功を期待しています。

嘘つきでバチが当たった「コンパクト五輪」「復興五輪」の無観客開催

人間って弱いもので、どうしてもその場逃れに適当なことを言ってしまいます。うまく逃れたようでバチが当たり後で信用を無くしたり、しっぺ返しをくうものです。
当初、オリンピックは東日本大震災からの復興を世界にアピールし、既存施設を活用したコンパクトな五輪ということで開催都市に決まりました。
巷間伝わるところでは、合法か非合法かは知りませんが、東京開催誘致のため広告会社から数億のお金がアフリカ諸国に渡ったという話があります。その採算をとるためには結局は競技場、施設も新設をしド派手な五輪にしないといけなくなり、復興もコンパクトもその場しのぎの言葉で置いていかれたということです。いずれにせよ、「復興」や「コンパクトに」は裏切られ、予算は当初の3倍に膨れ上がりました。
コロナの蔓延で満員での開催が難しくなり、多くの施設は出鼻から満員稼働で稼ぐチャンスを失い、一度も使われることなく取り壊される観客席もあります。残るものも悲惨で今後は維持管理だけでも重荷になります。自治体の負の遺産が量産されているのです。
もちろんこれはコロナという予期せぬアクシデントではありますが、やはり何かリスクを見通した採算の見通しの甘さと、「原発事故も完全制御している」等の虚言まがいで強引に進めたツケのようなものがしっぺ返しを食った印象があります。
広告会社や人材派遣会社はコロナ禍でも利権太りしたままなのかよくわかりません。しかし倫理や道徳を逸脱してまで儲けだけに走る企業もまたいつかしっぺ返しを食らうでしょう。
自分自身でも仕事等で、その場をとりつくろい信頼を失うようなことで大いに反省したことがあります。
国家、政府、官僚もその場だけでなく、将来未来、世界に通じる言葉を大切にしないと信用、信頼は得られません。

苦言やマイナスの発言が多くて申し訳ありませんでした。とはいえ、世界のトップクラスのアスリートが競い合うイベントが間もなく開幕します。コロナのこれ以上の蔓延、亡命やテロ、大事故、災害がなく無事に終わることをまず祈ります。
プロ野球Jリーグ等も中断しますから、やはりオリンピックに注目は集まるでしょう。この時しか脚光を浴びないアマレスや重量挙げとか、マイナーや新興のスポーツの面白さに注目します。殺伐とした世情の空気を一掃して欲しいです。
スポーツの持つ力、ドラマ性は認めるところです。
新たな世代が、活気を持ち元気になれるようなドラマを大いに期待します。